今回も比較的短く、内容もコンパクトにまとめました。
「それで、凛?」
問い掛けるにこは、開かれた段ボールの中に両手を突っ込んで、何かを漁っているようだった。
俺はと言えば、起動させたノートパソコンを、凛が目の前で見れる位置で机に起く。
「あんた、まだ自分の外見とかを気にしてる訳?」
それに、凛はやや溜めてから、小さく頷く。
「やっぱり、凛はあまり、可愛いとか、そんなんじゃないんだよ……。髪だって、こんな短くて、男の子みたいだし……」
「そんなお悩みを抱えている凛ちゃんに、にこにーにこちゃんからとっておきのプレゼントにこ~♪」
そう言って段ボールから取り出したのは――いわゆる、カツラ。
オレンジ色の毛並みは豊富なボリュームで、長さもあるものだ。
「なに、それ?」
椅子に座ったまま、首を傾げて凛は尋ねる。
「見たまんまじゃない。カツラよ、カツラ」
にこは言うも、凛はソレを取り出した意図というものを理解できていない様子だった。
「なァ、凛。さッきも言ッたが、タイムラインについては知ッてるよな」
「あ、うん。凛達だって、何度か日記をアップしてきたし」
タイムライン。
『ラブライブ!』の公式サイトから繋がる各スクールアイドルのホームページ全てに設けられてある、とある投稿機能。
スクールアイドルが名前を売り出すための方法として活用されているのは、何もPV映像の投稿だけではない。
その日にあった出来事やメンバーの様子などを、写真や動画と添付して、日記を綴るように投稿できるものがある。
それが『タイムライン』。
今までも、μ'sは何度かこのタイムラインに投稿を続けてきた。
「まァ、これが今までの投稿したやつだな」
俺はサイトから、μ'sのタイムラインのページを開く。
【今日は海未ちゃんとことりちゃんと一緒に、駅前の喫茶店に寄りました(≡^∇^≡) お洒落な雰囲気で海未ちゃんが落ち着かないみたいだったけど、なんだか大人になれた気分~!!ヾ(@゜▽゜@)ノ】
投稿者――高坂穂乃果
投稿者の穂乃果が撮影したのだろう。
添付された一枚の写真には、恥ずかしそうに顔を背ける赤面の海未がストローを咥えているのと、チーズケーキに目を輝かせることりの姿が映っていた。
【今日はエリちと、遅い時間まで生徒会の書類の片付けをしました。疲れた後に飲む、エリちが淹れてくれる紅茶はやっぱり最高やね(゜∇^d)!!】
投稿者――東條希
ティーカップを手にして寄り添う生徒会組の二人が、柔らかい笑みで写真に映っている。
ちなみに、この写真を撮ってやったのは俺だ。
遅くまで付き合わされたが、紅茶のうま味というものを教わったから文句は言わなかった。
「まァ、数は少ないがそこそこ投稿してるよなァ。これは凛と花陽のじゃねェの?」
「ほんとだ。確かこれ、パソコンが苦手の凛に代わって、かよちんが投稿してくれたやつだ……。二人で虫を捕りにいった時の……」
その歳にもなって、虫取りか。
いや、童心を忘れていない心は、悪いものではないだろう。
「つかここ、随分と緑が多い場所だな。随分と遠くまで行ッたンじゃねェの」
「うん。あそこまでは電車でわっ――!?」
急に、驚いたように凛が声を大きくする。
いつの間にか凛の背後に立っていたにこが、彼女の頭に両手を乗せていた。
「ま、髪色は同じっぽいやつだし、平気でしょ」
「え? な、なにしたの、にこちゃん……?」
「ほら、手鏡。見てごらんなさい?」
それに従い、凛は机に置かれた小さな手鏡に視線を向けた。
俺からも、鏡の中に映るそれは見える。
一言で言ってしまえば、髪の長い星空凛。
カツラを被っている、と一目で分かってしまうような違和感はなく、髪色にも違いは見られない。
丁度良くフィットしたものになっていた。
「あっ……」
「どう? 髪を長くした感想は」
背後から両手を凛の肩に回すにこ。
どう答えていいか、分からないといった様子の凛。
すでに時刻は七時一五分。
そろそろ夕飯時の頃だ。
「よく、分かんないよ。凛、今までこんな髪を伸ばした事なんて、なかったから」
「初のロングヘアーって訳ね。新鮮味が感じられて良いんじゃない?」
「ん~……。なんか、首の所とか肩がくすぐったいにゃ」
「繊維の疎らなカツラだから尚更よね。――あぁ、そう言えば前から思ってたけど、美雪の髪って凄くきめ細やかで綺麗だけど……何か手入れとかしてるの?」
「俺がそンな事に気を回せるような女に見えるかァ?」
「知ってたわよ」
にこはそう言い捨て、凛に被らせたカツラの微調整をする。
それを終えて彼女が退くと、俺は凛にパソコン画面を見るよう促す。
「え、まさか撮影って……」
「あァ、この事だ」
タイムラインのページから動画撮影の機能をクリックし、カメラ表示を反転させる。
パソコン画面に、長い髪を持った凛の姿が映し出された。
「なんでもいい。どうして自分はカツラを被ッているのか。それを身に付けてどう感じたか。今までの髪の短い自分と比べてどう思ッたか。何でも構わねェから言葉にしてみろ」
「それって、投稿するの?」
「当たり前だろ。何の為の撮影だと思ッてるンですかァ?」
途端、凛の顔が緊張で固まった。
強張ったように表情を硬直させ、額には汗も滲んでいる。
「な、なんで……」
「そんなの決まってるでしょ?」
にこは一拍置き、両手を腰に当て、その作戦の本意を説明する。
「見極めてもらうのよ。μ'sを応援してくれているファンのみんなに。星空凛は可愛いかどうかを、ね」
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『あ……えっと、何から話したらいいかな。えへへ、ちょっと、一人きりで映るのは初めて、だから……少し緊張してましゅ。……して、ます。――あ、なんで凛がこんな髪を長くしてるかっていうと……これは、その、カツラなんです。いきなり、こんな事を話されて、困っちゃう人もいるかもだけど……凛は、髪が短いのがコンプレックスなんです。中学まで陸上部をやってて、規則で髪を短くしてたから……あははは。……昔から、髪が短くて男の子みたいって言われてて……たまに、自分はアイドルに向いてないんじゃないかって、思ったりもしちゃうんです。その、だから今回、カツラでも、長い髪を自分がしているっていうのは、すごく貴重な体験だと思って――えへへ、似合う、かな?』
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翌日。
無論、練習はあった。
μ'sのメンバーが、μ'sのタイムラインを何度も繰り返し見続けているなんて事はそうそうないだろう。
他のスクールアイドルでも同じ事が言える。
故に、凛が動画として映るタイムラインに、誰も言及してはこなかった。
花陽にだけは事情は通してある。
少し不安を感じているようだった。
練習の後。
だいたい昨日と同じ時間帯だった。
窓から見える外は夏の夜に染まっている。
「昨日のタイムラインに感想として寄せられたコメントは二〇〇件以上だな。見ろよ凛、これだけのコメントが、お前の一人舞台の動画に寄せられてるンだぜ? もう人気者じゃねェか」
少しからかうように言ってみる。
にこがマウスを操作してパソコン画面のページを開き、それを凛に向けた。
「これって?」
「感想欄よ。ほら、コメントの所を見てみなさい?」
にこが指さす所に、俺と凛は目を通す。
『私は、髪の短い凛ちゃんの方が好きかなぁ……? 凛ちゃんらしいっていうか……』
『凛ちゃんは可愛いですよ! アイドルに向いてないなんてこと、ありえません!』
『凛ちゃんの笑顔には、いつも癒されています。でも今回の動画は、なんか暗い……?』
『いつもの元気な凛ちゃんが見たいです! 落ち込んでいるようですが、何かあったのかな?』
そこには、視聴者のコメント。
ファンからのメッセージ。
カツラの長い髪。
いつもより大人しい態度。
珍しいとは言われるものの、それを褒めたり良いねと言ってくれる感想など、どこにもなかった。
いつもの星空凛が良い、と。
その言葉が大量に書き込まれていた。
「凛、これで分かったでしょ?」
パソコンの電源を切り、画面を閉じてにこは言う。
「みんな、あんたの事を可愛いって思ってくれてる。あんたの笑顔が大好きだって言ってくれるファンは存在するのよ。誰が今の凛を、女の子らしくないなんて言ったのよ。被害妄想も良い所だったじゃない」
結局は、そういう事だ。
俺の予想通り。
今回のタイムラインを利用した企画の考案者は俺だった。
心ない言葉がコメント欄に書き込まれていたら、即刻削除してから凛に見せようかと思ってもいたが。
その作業すら必要としないほど、星空凛はファンに認められている。
凛は、単なる恥ずかしがり屋。
昔の思い出など気にしていなかった。
カメラの前に躍り出て目立とうとするのは、楽しい雰囲気の中で現れる彼女の素。
可愛い服を着飾るのに躊躇いがあるのは、それに慣れていないから。
支えてやれば、凛を成長させられる。
少しずつでいいから、前へと進められる。
自分の事を可愛くないと言い張っていたのは、ただの逃げ道の確保。
髪が短いからと言い逃れていたのも、心の弱い部分が作った単なる言い訳。
ありのままの星空凛は魅力的である。
贔屓しているつもりはない。
実際に、彼女は誰かに劣っている訳ではないのだから。
「無理して自分を押さえ込む必要なンてねェと思うぞ。可愛い服装とかには、ゆッくり慣れていきゃいい。それができれば、もうお前は立派なアイドルだろ」
それが正解だと思った。
「自信がないとか、あンま言わない方がいい」
人間、慣れていない未知なるものには大きな不安と恐怖を覚える。
凛にとって、その未知なるものが、女の子らしい可愛い格好。
習うより慣れよ。
素晴らしい諺じゃないか。
やはり、人間の心理というものは面白い。
俺は確かにそう思っていた。
だが――。
「――てよ」
ボソリと。
凛が俯き、言う。
「……?」
「どうしたのよ?」
彼女の顔を覗き込もうと、にこがしゃがもうとする。
直後だった。
「もうやめてよっ!! こんな事して何になるの!? 凛はっ、凛はこんな風に慰めてもらいたかった訳じゃないの!! 自分勝手な考えをわたしに押し付けないでっっっ!!!」
席を立ち、睨むようにして叫ぶ。
牙を剥いた猫の威嚇は、予想を超越するほどの迫力が――。
「っ……」
「おいッ、り――」
俺とにこが呆然としていた数秒間。
凛は素早い動きで、鞄を抱えて部室から出て行ってしまった。
「――――」
訪れた沈黙。
久々に感じる、内側の痛覚。
……馬鹿な。
計算が、狂った――?
「み、美雪……」
「……いや、悪いが……俺にも分からン」
どこかで間違えたか?
何か勘違いをしていたか?
あるものを見落としてはいなかったか?
思考は働くも、俺の声は出ず、身体も動かなかった。
凛が、あれほど感情を露わにした事など、あっただろうか。
いや、きっと彼女も人生の中で初めてのことだろう。
投げ捨てたのか。
開け放たれた扉の前に、オレンジ色のカツラが目に入る。
完璧だと思った。
今回の作戦はきっと、凛の自信に繋がると――。
間違え。
勘違い。
見落とし。
探し出せ。
どこかで零れた片鱗があるはずだ。
何が凛をあそこまで怒らせた。
どうして凛は言葉を受け入れなかった。
なぜ……。
「――ッッッ!!」
脳の全体に電撃が走った。
思わず、身体がビクンと反応を見せるほどに。
「しまッた、――あァ、クソッたれ……ッ」
「な、何よ……。どうしたのよ美雪、ねえ!」
焦るように俺の身体を揺さぶるにこも、相当なほど動揺しているだろう。
当然だ。
俺の仕立て上げた計画に、彼女も完璧だと。
つまり、彼女もおれと全く同じ考えを持っていたのだから。
だが、矢澤にこは聞いていない。
あの話を聞いていたのは、その場にいた俺と花陽だけだったじゃねぇか!!
『でも凛は――可愛くて女の子らしいかよちんに憧れてるよ』
見落としていた。
だから、方法を間違えた。
凛の心理を勘違いしていた。
「あァ……やッちまッた――」
その心に残るのは、後悔。
何年ぶりだろうか、俺がこんな気持ちになるなんて――。
美雪ちゃん、やらかしちゃった回でした。
あの時の凛ちゃんの言葉を、遅くなりながら思い出した美雪。
彼女はこの後、どういった行動に出るのか。
次話もよろしくお願いします!