笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 アナザーストーリー:八話目。

 実際の話、夕霧靜霞というキャラは最初、『ただのツンデレ属性』の女の子に仕立て上げるつもりだったのですよ。

 




AS File.No8

 

 

 

 高校最後のリア充祭(夏休み)も、折り返し地点に差しかかっている。

 

 課題は終わらせた。

 予習復習も早めに終わらせた。

 なぜか教員に任された特別書類の確認や仕分けも完了させた(優等生って辛い)。

 

 そう考えると、今年の夏休みもまた、学校に関わるものしかしていない。

 

 遊びにでかけた? ――いいえ。

 友達を家に呼んだ? ――いいえ。

 親と旅行なんて? ――いいえ。

 恋人と楽しんだ? ――いいえ。

 

 まず、外に出た? ――まぁ多少。

 

 うそ……私の自宅警備員適性レベル、高すぎ……?

 

 でも勉強は手を抜かなかったからニートじゃないわ。

 将来、私の頭はきっと社会に貢献できるもの。

 

 やだ……私の模試の全国偏差値、高すぎ……?

 

 

 

 まぁ、今はそんな事、どうでもいいのよ。

 

 

 

 私――夕霧靜霞は今、かつてないぐらい、心臓がドキドキしています。

 

 夜伽ノ美雪さんの家に泊まりにお邪魔した時だって、そりゃ心臓が破裂しそうなぐらいうるさくなっていた。

 ただ、あのドキドキは緊張からきたもの。

 

 今回は、違う。

 

 楽しみのドキドキ。

 

 時刻は夜の一一時を少し回っているところ。

 場所は、敷地が広くて街路灯の明かりも多い、とある公園。

 

 時間的に、今はもう水が止められているけど、目の前には宮殿とかにありそうな、西洋風で立派な噴水がある。

 

 それを囲むように設けられた横長のベンチの一つに、私は腰掛けていた。

 

 

 夕霧靜霞はただ今、ある知人と待ち合わせをしているのです。

 

 

 誰かと会う予定を立てて、場所を指定して、待ち合わせをする。

 そんな、高校生なら誰でも普通にやっていそうな事を、私はどれだけ長い間、経験せずにいたか。

 

 久しぶりの感覚。

 それが嬉しい。

 

 待ち人と会えるのを、今か今かって昂ぶって、胸の鼓動が早くなる。

 

 まだ、私は『彼女』と一度きりしか顔を合わせた事がない。

 今日の約束は、そのお互い初対面の際に取り交わしたもの。

 

 楽しみ。

 

 まるで友達と待ち合わせをして、この後に、どこかへ遊びに行くようで。

 ただお話をするだけって分かっているけど、そんな妄想が私の気分をさらに良くした。

 

 私の予想以上に、夕霧靜霞は、友達っていう存在に憧れていたのかもしれないわね。

 

 

 ただ……。

 

 

 今から会うその『彼女』について。

 いささか、疑問に思う点がある。

 

 

 

「こんばんわ、夕霧さん」

 

 

 

 前回と同様、足音も気配も感じさせず、異世界から顕現されたように現れる彼女。

 

 

 このような美しい容貌を持って。

 

 

 それほどまで艶やかな長い髪を揺らして。

 

 

 そんなに神秘的な瞳を潤ませて。

 

 

 こんな真っ白に光る肌をして。

 

 

 そこまで綺麗な声を流して。

 

 

 それほど見事なプロポーションを持ち。

 

 

 まさに、存在そのものが幻想的……漆黒に染まる桃源郷を象徴するような彼女は――。

 

 

 

「えぇ、待ってたわ……ネフティス」

 

 

 

 本当に、人間なのかなって――。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 一つのベンチに二人、隙間を空けずに座っていた。

 

 こうしていると、寄り添い合って互いの身体に密着しているカップルに見られそう。

 女の子同士でも、ここまでのレベルの二人の美少女が肩を寄り添っていたら、華になるでしょ。

 

 けど、私達のそんな姿を拝もうとする見物客はいない。

 夜遅くだからか、この公園には人気も、小動物一匹の気配すらもない。

 

 街路灯の明かりに群がるはずの羽虫は姿を見せず、鳴いているはずの蝉の鳴き声だって聞こえない。

 

 感じるのは、肌にひんやりと触れる、夜の冷たい風。

 聞こえるのは、その風に揺られる木々の葉っぱが掠る、微かな音だけ。

 

 あぁ、とても落ち着く。

 左肩から胸の辺り……、隣に座る絶世の美女の暖かい体温に、とても落ち着いた。

 

 心臓の鼓動も、今では安心するように穏やかなリズムで打たれている。

 

「ねぇ、ネフティス」

 

 しばらくこうしていたかったから、姿勢は動かさないで、彼女を呼びかける。

 

「なにかしら?」

 

 そんな短い言葉でも、奇蹟の音色は私の耳の奥まで滑り込んできて、神経を優しく刺激し、脳にまで直接的に囁いてくる。

 

「あなたは、どうして夜にしか会えない、なんて言ったのかしら? 信じられないけど、あなたは私と同じ歳なんでしょう? なら、学校に通っているはずよね」

 

 それは、二日前に初めて邂逅した時、彼女の口から聞いたものだ。

 

 あの時はお互い、自己紹介と――私が抱える悩みをほんのちょっと聞いてもらっただけで別れていた。

 

 まぁ、私と同じ高校生だって聞かされた時は、嘘だと思った。

 彼女は、普通の高校生より――自分にちょっと自信を持った私より遥かに、大人びて見えたから。

 

「高校生なら、今は夏休みでしょ? 日中は何をしているのよ?」

 

 そう尋ねると、彼女――ネフティスと名乗った少女は、同じく姿勢を変えないまま、言葉のみを返そうと、柔らかそうで、滑らかな桃色の唇を動かす。

 

「いいえ、私は学校には行ってないわ」

「……え?」

 

 驚くべき言葉だった。

 

 何となく、私のイメージだけど。

 

 ネフティスは、きっと頭が冴える人間。

 明晰な頭脳はもちろん校内トップで、全国模試の結果でも最難関の国立大学すら合格圏に収めていそうな、そんなイメージ。

 

「ふふ、……私、そんな天才じゃないわよ?」

「えっ……」

 

 また、意表を突かれる。

 

 心の中を読まれた……そんな気がした。

 

「分かり易い顔をしてくれるわね。人って、第一印象だけが全てじゃないのよ?」

 

 まぁ、確かにそうだろう。

 

「なら、日中は何をして……?」

 

 そう尋ねると、隣でネフティスがふと、顎の角度をわずかに上げ、瞳を見上げさせたのが見えた。

 

「……?」

 

 私もつられて、真上に顔を上げる。

 

 綺麗な満月だった。

 

 黄金の光を放つ月は、黒一色の世界に浮かぶ分厚い雲を照り付ける。

 

「そうね、私は……」

 

 一点が輝く夜空を見上げたまま、ネフティスは言う。

 

「朝から夕方まで、工事現場で働いているの」

「………………んん?」

 

 あれ、おかしいな。

 

 そんな馬鹿な。

 聞き間違いだ。

 

 そうは思うけど、言葉ははっきりと耳に届いていて……。

 

「工事現場って、つまり、その……あの、ダボダボなズボンと汚れた作業服を着崩して、身体を泥と汗で塗れさせて炎天下の日も雨の日もずっと働き続けてるみたいな、あの工事現場で?」

 

 小さく。

 彼女は頷いた。

 

「えぇ、そうよ。ちなみに今日の現場は、先月から始まっているガソリンスタンドの敷地改装工事ね」

「…………いや絶対に嘘でしょう」

 

 間が開いたのは、唖然としていたから。

 私としては、その言葉は即答だった。

 

「あら、どうしてそう思うのかしら?」

「いや、だって……」

 

 どう考えても、イメージが合わない。

 

 漆黒に輝く美麗な少女。

 思わず、『黒雪姫』だなんてロマンチックな名前で呼んでしまいそうなほど。

 

 今も彼女は、雪のように真っ白な肌とは真逆に位置する、深淵の黒で染められた服を纏っている。

 大きな蜘蛛の巣を描く箇所の素材は透ける仕様になっていて、そこから覗く光る柔肌の色気を匂わせる、真っ黒のワンピース。

 

 細いウエストが際立たせられ、盛り上がった胸とお尻が強調されている。

 完全に露出している膝から下と両腕には、細かな染み一つない。

 

 何より、美人。

 学校に通っているのなら、間違いなく学校中の男を夢中にさせてやれただろうに。

 

 そんな彼女――ネフティスが、工事現場の作業員?

 まるで、世界を天空から見下ろす全知全能の神様に、「私のベストプレイスは地下の下水道なんです」と言われたみたいな衝撃だった。

 

「あら、あなたはまた、私の人物像を勝手なイメージで決めつけたわね」

 

 クスクスと、からかうように妖艶な笑みを見せる彼女に、私は息を詰まらせる。

 丸めた細い指を口元に当て、こちらを向き、微かに肩を震わせて笑う彼女の姿が、あまりにも人間離れした美しさだったから。

 

「こ、工事現場で働いているって言う割には、随分と上質な髪を保てているようね」

 

 思った事を、ふと口にしてしまう。

 

 ネフティスは私の言葉に、今度は嬉しそうに微笑み、濡れたように長い自らの黒髪を肩の前に通し、優しく撫でる。

 

「この黒髪はね、私の自慢なのよ。小さい頃から、両親によく言われていたわ。貴女の髪は本当に綺麗だ、ってね」

 

 綺麗。

 そんな単純な一言で済ませてはいけないと思える程の魅力が見えた。

 

 黒く輝く粒子を振り撒く。

 宇宙空間でも何よりの存在感を放つ。

 暗黒の闇よりも黒く浮き上がる。

 

 決して、絵の具を一面に溢したような黒ではない。

 悪意が集約した闇ではない。

 

 しかし、明るくもないのに、光など全く感じないはずなのに。

 じっと見つめていると、目眩を起こしてしまいそうになるほど深く、清らかな黒色。

 

「別に、特別な手入れをしている訳じゃないわ。これは生まれつきなのよ。私自身、良いものを持って生まれたと感じるわ」

 

 彼女の魅力は髪だけに留まらない。

 ただ全ての中でやはり、最も目がいくのは、その長い黒髪。

 

「……ねぇ、ところでさ」

 

 私はまた尋ねる。

 今度は正面から彼女へと顔を向けた。

 

 彼女もまた、私を見つめ返した。

 

「っ……」

 

 瞳に吸い込まれそうになる。

 眩しい肌に目を覆ってしまいたくなる。

 

 必死に耐えて、何事も無いよう自然に次の台詞を口にした。

 

「あなたの、『ネフティス』って名前は……本名じゃないわよね?」

 

 これは、出会って自己紹介を受けたその時から気になっていた事だった。

 初日のあの時は彼女の姿を拝んでいるのに精一杯で、訊いてみる事を忘れていた。

 

 ネフティスは黒髪を肩の後ろに流すと、また微笑んでくる。

 その微笑みは、何か、私を試しているような……それでいて、全てを見透かしているような……。

 

 もう、混乱さえ起こってしまいそう。

 何の感情も読み取る事ができない。

 

「どうして、そう思うのかしら?」

「だって、明らかに外国の名前じゃないの。あなた、日本人よね。それは見た目からでも分かるわ、さすがに。日本語の発音も流暢だし」

 

 高く響く音色の声も、とても綺麗。

 異国の言葉をそこまではっきりと発音する事なんて、学校へも行っていない(それが本当だとしたら)未成年が成せるものじゃない。

 

「本当の名前は、教えてくれないの?」

 

 少し、青く寂しさの帯びた声が、自分でも分かった。

 

 どこかで、私は彼女と友達になりたいとでも思っているのか。

 私の事を気にかけてくれた、この黒髪の少女に、もっと近づきたいと思っているのか。

 

 けれど、彼女は目線もずらさず微笑みも絶やさないまま、答える。

 

「ごめんなさい。少し複雑な訳があって、今は私の本名を口にする事はできないのよ」

 

 それを聞いて、私は少し俯き、肩も落とした。

 

 けど、同時にすんなりと諦めた。

 余計な詮索をいれても簡単にはぐらかされるだろうし、言及しても徒労に終わるだけだと悟ったからだ。

 

 すでに私は……夕霧靜霞はネフティスに敵わないと、脳が白旗を揚げていた。

 

「けど、そうね……」

 

 ネフティスは指を顎に当て、考え込むように瞳を閉じた。

 長い睫毛と細く整った眉が見えて、それすらも可愛らしい。

 

 やがて、彼女はまた私を見る。

 やはり微笑んでいた。

 

「特別に、イニシャルだけを教えてあげるわ」

 

 特別に。

 そう言われた事自体に歓喜を覚えた。

 

 

 

「A・M」

 

 

 

 二つのアルファベットの発音にいやらしく唇を弾ませ、綺麗に発音されたその言葉。

 

「……つまり、苗字がMで名前がA――ってこと?」

「ふふ……、ヒントはこれだけよ」

 

 そう言うと、彼女はスッと腕を伸ばしてきた。

 雪肌が月光によりさらに照り輝き、思わず短い時間だが、それに魅入ってしまう。

 

「っ……!?」

 

 ネフティスの、右手の細い人指し指の先が、私の唇に触れた。

 

 それだけで、心臓の鼓動が微妙に早くなる。

 同時に、汚れを知らない純粋物を汚してしまったような、そんな罪の意識すら感じた。

 

「ねぇ、夕霧さん。さっきから私の事についてばかり話しているけれど、今日、私達が会った目的を忘れているのかしら?」

 

 顔をさらに近づけられ、鼻のすぐ先にある口元からの甘美な声に、私の思考が再稼働するのに数秒を必要とした。

 

 構わず、ネフティスは続ける。

 

「私は、あなたを『救済』する為にここに存在しているのよ。それが私の使命であって、存在の意義なのだから」

 

 そうだ。

 私は思い出す。

 

 二日前、私は彼女に打ち明けた。

 自分が抱えている悩みを。

 

 

 恋の悩みを――。

 

 

「あ、……わ、私……」

「えぇ、分かっているわ。好きな人がいるのよね。それも同性――女の子の」

 

 近すぎる彼女の顔を感じ、熱い息を吐きながら頷いた。

 

 するとネフティスは、いったん離したと思った人指し指で、今度は私の唇を優しくなぞる。

 ゾクゾクとした、よく分からない感覚が背筋を走った。

 

「名前は確か、『夜伽ノ美雪』さん、だったかしら」

 

 また、私は頷いた。

 ネフティスは微笑みを少し濃くさせ、ようやく互いに近づいた身体を離す。

 

 私達はまた、最初と同じく普通の姿勢でベンチに座り直した。

 まだ、肩とか胸元の横辺りは触れているけれど。

 

「女性であるあなたが惚れてしまうほど可愛い子なのかしら。それとも、女の子でありながらクールで、カッコイイ性格の人?」

「……えぇ、後者よ」

 

 まだ息が上がっている。

 心を落ち着かせ、私はまた言う。

 

「あれは、一目惚れだったのよ、前にも話したけど。彼女の顔を一目見た途端、わずかながら好きっていう感情が芽生えたの」

「前に聞いた話だと、長い銀色の髪に真っ赤な瞳、だったかしら? その人、ハーフか何かなのかしら」

「そこは……あまり詳しくないわ。日本人離れした外見だとは思っていたけれど……」

 

 そこからは、私も話を続けた。

 

「いきなり家に泊めてくれってお願いをした時、少し渋っていた様子もあったけど、結局は許してくれたり。お風呂掃除を押し付けられたけど、美味しいご馳走を作ってくれたり。見た目は怖い感じだけど、優しい性格なんだと思うわ。それに、まぁ、色々と話も聞いてもらっちゃったし。それに何と言っても、見ず知らずの人が転びそうになっていた所を、自分の鞄を投げ捨ててまで助けてくれた人だから、……すごく、素敵な女性なんだと思うわ」

 

 ネフティスは、黙って聞いてくれていた。

 

 お互いまた正面を向いて、水の出ない噴水を見ていたけど。

 見つめ合ったまま話していたら、きっとこんなスラスラ言葉はでてこない。

 

「確かに、話を聞いただけなら素敵な人なのかもしれないわね。一度、そのお顔を拝見したいものだわ」

「会わせたい……って言いたいけれど、私もまだ彼女とは、人を紹介し合える仲でもないのよ、残念ながら。それにネフティスは、この時間帯じゃないと駄目なんでしょ? 夜遅くに夜伽ノさんを連れ出そうとしたものなら、きっと文句が飛んでくるわ」

「彼女は怒りっぽいのかしら?」

「う~ん、多分? 私も一度、大声で怒鳴られたしね」

 

 ネフティスの声が綺麗と言うなら、夜伽ノさんの声はカッコイイわね。

 

 すると、ネフティスはベンチに座りながら脚を組んだ。

 そのせいで黒のワンピースの裾が捲れ、平均的な肉突きの太股が露わとされた。

 

 やっぱり、太股まで真っ白だわ。

 わずかな日焼けの跡すら見当たらない。

 それに、セクシー。

 

 ……って、私はいつからエロオヤジになっちゃったのかしら。

 

「ん……?」

 

 そこで、私はある疑問が湧いた。

 なぜすぐに思いつかなかったのだろうと思える程の事だった。

 

 ネフティスは、視線を下げて考えるように、どこか一点を見つめている。

 おかげで私の声には反応を見せなかった。

 

 ネフティスは、日中は工事現場で働いていると言っていた。

 汗水垂らして泥を被り、力仕事を強要される職場にいるのだと。

 

 だとしたら。

 日中、ずっと外で働きずくめの作業を行っているのなら。

 

 

 どうして、日焼けの跡が少しも見当たらないのかしら――?

 

 

 日焼け止め?

 体質?

 日陰の作業?

 長袖長ズボンにヘルメット?

 

 けど、ネフティスの白肌の素は、そんなものではないような気がした。

 

 けど、そうしたらやっぱり。

 工事現場で働いているなんて、嘘――?

 

「そうねぇ」

 

 ふと、ネフティスが顔を上げる。

 私の思考も打ち切りにされた。

 

「クールでカッコイイ、けど少し怒りっぽい性格の彼女とどう仲を縮めるか……」

 

 ネフティスは、それを考えていたらしい。

 私の為と言ってくれた彼女の隣で、脚がエロいなふへへなんて考えていた私が惨めだわ。

 

 ……あ。

 そう考えると、根本的にこれも変ね。

 

 

『迷える子羊たちを導く――。それが、私の使命なのだから』

 

 

 初めて会ったあの日、ネフティスはそう言っていた。

 

 それは、なぜ?

 使命って、なに?

 

 彼女はどうして、私の前に現れて、悩みを聞いてくれたりなんかしたのだろう。

 

 考えれば、ネフティスは謎だらけ。

 

 A・Mっていう頭文字もよく分からない。

 A・Mさんなんて、そこら辺にたくさんいる。

 

 ネフティスは私を見た。

 彼女と視線が交差する。

 

「夕霧さん。あなたは、デートに誘うならどこが良いと思っているの?」

「あ、そうね……。いろいろと考えてみたんだけど、やっぱり映画館かしら」

「映画館……、なるほどね。共通の好みのジャンルの映画を見た後、適当なお店に入って、あのシーンがこうであのシーンがどう……、みたいな会話を弾ませる。まぁ、ありきたりな少女漫画にでもありそうな場面ね」

 

 私、あんまり少女漫画とか読まないのよね。

 私の思考は少女漫画脳なのかしら。

 

「私も、その意見には賛成よ。ただ、もう少しインパクトのある場面が欲しいわね」

「……インパクト?」

 

 訊くと、ネフティスは頷く。

 

「夜伽ノさんっていう方は、同性愛に興味をお持ちなのかしら?」

「……」

 

 そう考えて、私は不安になる。

 

 きっと夜伽ノさんは、性格からして男の恋人なんて存在しない。

 かと言って、女性同士の同性愛が好みなのかって言ったら、頷けない。

 

 そんな保証はどこにもないし、偏見を持っているとしたら気持ち悪がられるだけ。

 

 私の表情を汲み取ったのか、ネフティスは言う。

 

「だとしたら、一般のカップルが日常で行うやり取りだけじゃ駄目よ。女の子同士じゃ所詮、お友達と遊びに行くという感覚にしかならないわ。まして、相手はあなたの事をさして注目していないようなのだから」

「うっ……」

 

 改めて人の口から指摘されると、辛いものがあるわね……。

 

「何か、イベントが欲しいじゃない?」

 

 ネフティスは、何か企みを用意しているかのように笑う。

 

「イベント? クリスマスとか、バレンタインとかの?」

 

 私が言うと、ネフティスはおかしそうに、控えめにだが声を出して笑う。

 というより、小さく噴き出したと言った方が正しかった。

 

「あなた……今は夏よ? 十二月でも二月でもないわ。というか、イベントと聞いてその二つを真っ先に出してくる辺り、青春を謳歌していない臭いが漂ってくるわね」

「な、何よっ」

 

 いや、確かに恋人なんていた事ないけど!

 

 ……というより、ネフティスには恋人とか、いるのかしら?

 

 だとしたら、彼氏は最高の幸運の持ち主ね。

 そこらのアイドルや女優とかなんて相手にならない程の美貌の持ち主と付き合えているのだから。

 

 しかしそんな事よりと、私はネフティスに詰め寄る。

 

「じゃあ、あなたの言うイベントって……?」

 

 その問いに、ネフティスはまた、夜空を見上げた。

 

 いつの間にか。

 満月の月光が半分ほど、分厚い雲の壁に遮られていた。

 

「もう、すぐそこに迫っているじゃない。大勢の人で賑わい、そこで新たに生まれるカップルも決して少なくはない、恋愛事においては見逃せない大きなイベント――夏のお祭りが」

 

 月明かりが制限された地上から――。

 

 ネフティスの漆黒の存在が、夜の闇に溶けていくように見えた。

 

 

 







 今回のお話で、『ネフティス』という少女の魅力が読者様に感じていただけたのなら幸いです。

 そして登場した『A・M』――。

 これから先は、さらにミステリアスが深くなるでしょう……。

 次話もよろしくお願いします!


 
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