決して方向性を見失うなよ。
「単刀直入に言うわ。あたし達はあなたに、μ'sのマネージャーになってもらいたいって思ってるの」
先程の態度とは打って変わって、迷いのない紫がかった眼差しが俺を捉えていた。
前髪のかかった目で俺も見返すが、西木野真姫の冷静な表情はぴくとも動かない。
自慢じゃないが、俺の眼光はなかなか鋭い方だと思える。
そこらの男でも、真正面から俺の眼光炯々とした視線を受ければ思わず数歩後ずさる程だ。
その辺り、俺は目の前の西木野真姫には感心できた。
だがそれとはまた話が別であり、
俺の心情は呆れるものを通り越していた。
「またそれですか……」
μ'sとやらのメンバーはどれだけ必死なのか。
日程が押しているのか、または単なる人手不足なのか。何か大会に出場する際にマネージャーの名前が必要なのか。
いずれにせよ、その役目は俺じゃなくてもいいはずだ。
「他ァ当たれ」
そう俺はいつものように突き放す。
「当たってきたわ。今まで、あたしの友達がいろんな人に、できる限りを持って声をかけてきた。でも誰一人として引き受けてはくれないのよ」
そりゃそうだろ。
廃校寸前の学園で、何の前触れもなく立ち上げられたスクールアイドルなんてものに興味や関心を持つ奴がいなけりゃ、イコールそのマネージャーの依頼も受けてくれる生徒などいやしない。
「それでみんな落ち込んじゃって、部室に少し悪い空気が流れた日もあったわ」
でもね、と彼女はスカートの裾をギュッと握り締めながら言った。
「一番辛かったのは、あたしだったの」
……?
「そりゃそうよ。だってあたし、今まで誰一人として勧誘の声をかけてこなかったんだもの。μ'sのみんなが頑張っているのを横目で見てるだけで、あたし一人だけ何にも行動できなかった。人と話すのが恥ずかしくて、突き返されるのが怖いって理由だけで……」
若干、声が震えて聞こえた。
「そんな自分が情けなくて、せっかくμ'sのみんなに受け入れてもらったのに、何の力にもなれない自分でいるのが辛くて、だから……」
決して泣いている訳ではないだろう。
彼女の瞳に涙は見えない。
それでも肩が震え、声に憂いが帯びているのは彼女の言うように、自分を情けなく見て、悔しい思いを感じているからか。
「……なら何で、今日は俺をここに呼び出した? お前が東條に、俺をここに呼べッて言ッたンだろ?」
俺の問いに、彼女はこくりと頷く。
「そうよ。だからあなたは、あたしが最初で最後に、μ'sのマネージャーに勧誘する人なの」
「……最後?」
「そうよ。あたしはあなたにかけるわ。イケメンキャラとして穂乃果があなたを推しているのと似たように、あたしも、μ'sのマネージャーはあなたが良いって思ってる。どうしてか理由、聞きたいかしら――?」
腕を組んだと思うと、片手で自分の赤毛を弄くりだした彼女は微笑を交えた口元でそう言った。
音ノ木坂のスクールアイドル、μ'sのマネージャー。
その座に俺を欲しがる彼女の理由。
だがそれ以前に。
俺の頭にはさっきから、もっと素朴な疑問が浮かんでいた。
「お前さ」
俺が言うと、西木野真姫は髪の毛に絡ませていた指先の動きを止める。
あまり話題としてこの名前は出したくなかったのだが、どうもやはり気になったので、好奇心に近い感情からそれを尋ねる。
「スクールアイドルなンて、やッてる暇ある訳?」
彼女の表情には期待通りの変化が現れた。
続けざまに俺は指摘する。
「お前があの西木野総合病院を経営する人間の娘だッて事は俺でも知ッている。今でもその話題は三年でもちらほら出てくるし――」
それに。
「ちょいと前まで、俺の母親が世話になッてたからな、あの病院で」
もしかすると俺は今、案外自分でも意外な程に表情が怖くなっているかもしれない。
無意識に棘のある口調へと変化した自分の声でそれが感じられた。
「一人娘のお前は当然、あの病院を継ぐつもりなンだろ? だッたら今のうちから必死こいて勉強してンのが普通だろうが。スクールアイドルなンてもンにうつつ抜かしてていいのかよ?」
適確な的を射ていると思った。
間違った事は言っていない。
この質問には相手も答えに躊躇うだろうと。
だが予想に反して。
西木野真姫の答えは早かった。
「構わないわ」
威風堂々たる風貌で、彼女は肩にかかる赤毛を振り払う。
「あたしは絶対に医者になる。もちろん医学の道は厳しいって事も分かってる。けどそれを覚悟した上で、あたしは高校でようやく掴めた友達と一緒にアイドルをしていきたいの」
彼女はふと足を動かすと、ピアノの隣にあるイスを引き、それに座った。
ピアノに手をかけると、白と黒が規則的に並んだ鍵盤が見える。
鍵盤に指を置いてピアノと向き合う西木野真姫は、どこかその光景が絵になっているように感じた。
「聴いて」
鍵盤へと視線を向けながら、彼女は言う。
「あたしが、μ'sに入る前に初めて作曲したものよ。今ではちゃんとサビ以外の歌詞も完璧に出来上がってる。今から、それをあなたに聴かせてあげるわ」
「……はァ? お前、いきなり何言ッて――」
「黙ってて」
つい数分前、扉の前で一回目と似たように鉢合わせた時、目の焦点さえも合わせられない程慌てている様子だった彼女はどこへ行ったのか。
ピアノと一つの風景と化した彼女は別人なのかとさえ思える。
やがて彼女はその細く白い指で、鍵盤を押す。
同時、音楽室には。
あどけなさを感じさせない、大人びた、綺麗とも美しいとも表現しきれない、西木野真姫の歌声が響いた。
――愛してるばんざーい……。
「……………………」
俺も、それなりにCDなどの曲は聴く。
ジャンルなどは特にこだわらないが、竜三が勧めてくるような歌手や曲名などを自分で調べて視聴してみたりはする。
派手なギター。
リズムカルなドラム。
間奏の間に轟くトランペット。
細かな役割を果たすベース音。
だが。
今、俺が耳にしている歌声にそれらは参加していない。
女の子一人の歌声と。
一台のピアノ。
たったそれだけの単純ハーモニー。
しかしそれだけで。
その曲は遥かに、俺が今までに聴いてきた数々の歌を凌駕していた。
素直に、ど肝を抜かれた。
全てを超越した歌声。
その音色が俺の心に何かを刻み込んだのは確かな事だった。
――みんなの夢の木よ育て……。
次の瞬間だった。
西木野真姫ではない、また別の歌声が歌詞に混ざった。
見事に、調和している。
振り返れば、隣の音楽準備室へと続く扉が開いている。
一列に整列するのは音ノ木坂の制服を着た五人の女子生徒。
見知った顔が三人程いた。
絢瀬絵里、東條希、矢澤にこ。
他の二人の顔も、曖昧だが見覚えがあった。確か、最初に西木野真姫と顔を合わせたあの渡り廊下で、彼女の名前を呼びながら走ってきた猫語の女と、それを追いかけて来ていた体力なさげな女だった。
向け直せば、鍵盤を叩きながら喉を震わす西木野真姫も、彼女達を見て驚いたように両目を見開いている。
――大好きだばんざーい……。
……あぁ、なるほど。
なんとなくだが、分かる。
こいつらは凄い。
歌唱力という単純な問題だけならば、まず腑に落ちない点はないだろう。
見回してみれば容姿だって、俺なんざ比べものにする事も勿体ないくらいの可愛い顔揃いだ。
――ほら、前向いて……。
両手をジャージのポケットに突っ込んだままで聴いていたが、しっかりと歌詞は頭の中に入ってきている。
笑おう。
進もう。
隣にいてよ。
一緒に。
燃える太陽。
始まったばかり。
明日もよろしく。
青空。
愛してる。
大好き。
どれもこれも単純で。
ありきたりで純粋な言葉ばかりで。
捻りもないワンテンポな曲調で。
それでも。
西木野真姫達が歌ったこの曲は。
非の打ち所がない程に完成されたものだと感じられた。
「――これが、あたし達の歌よ」
鍵盤から指を離し、立ち上がった西木野真姫は言う。
「まぁ、なぜか途中で予想外な人達が入って来ちゃってたけど」
彼女がちらと視線を向けると、五人の女子生徒はそれぞれの笑顔を浮かべた。
彼女らの元へ、西木野真姫は歩く。
首を回して視線を動かすと、彼女は列に並び、また俺へと向きなおる。
「夜伽ノ美雪先輩――」
赤毛が乱れる事も恐れない様子で、先輩に敬語すら使わなかった彼女は礼儀正すように腰を折って頭を下げる。
「あたし達μ'sの、マネージャーになってください」
続くように、絢瀬絵里などを含めた五人の女子生徒もそれに習った。
「「「「「お願いします!」」」」」
声を揃える彼女らに、こいつら、実はどっかで打ち合わせしてきたんじゃねぇのかとさえ思う。
だが、重要なのはそこではない。
問題は今、この状況。
俺は完全に包囲され……
それなのに――
どこかで、こいつらの相手をするのも悪くはないんじゃないかと思っている自分がいる事だ。
おかしいな。
面倒臭い事は嫌ってたはずの俺が。
西木野真姫の歌声を聴いただけで、
他人から必要とされるとう初体験に心が躍っているなんざ……。
そんなもん、ある訳が――。
「わたしからもお願いします!」
背後からの声に振り向くと、どうも印象に残っているその顔が音楽室の扉を開けていた。
どこからか走ってきたのか、落ち着かない息を吐いて肩を揺らす高坂穂乃果。
彼女の傍らには薄い茶髪の女子生徒の姿も見えた。高坂穂乃果と二度目の対面の際、彼女と一緒に廊下に立っていた二人の生徒のうちの一人だった。
「あ、あの! 不躾なんですけど、私からもお願いします!」
やや甲高い声がそう言っている。
なんだかんだ、俺以外にこの音楽室には八人が集まっている。全員がμ'sというアイドルグループのメンバーなんだろうが、初対面に近い者が三人はいる。
それでも俺は。
ここまで情熱的に、他人に頼られた事がなかった。
水浦竜三であろうと、こんな無理矢理な真似はしてこない。
分かっている――理解している。
今の俺は人に頼られているという初体験に気分が上がっているだけだ。
その場の感情に乗じて適当な返事をしたら後で必ず後悔する。
だから――。
「美雪」
ふと、名前が呼ばれた。
見れば、いつからか俺の事を名前で呼び捨てにしていた矢澤にこが、相変わらず上からものを言うような態度でこちらを見ている。
「私達にここまでさせておいて今さら断るなんて許さないんだけど……やっぱりあんた、μ'sに入りなさいよ」
理不尽な言い分に、偉そうな態度。
彼女の顔は、それでも優しく微笑んでいる。
「そうすればあんた――絶対に笑えるから」
……ったく、ほんと。
しつこい上にずる賢いときた。
「後悔しても知らねェぞ……」
我ながら、単純すぎるだろと思う。
前髪を掻き上げるようにして言うと、それだけで室内の雰囲気が一変するのが分かる。ったく、獲物に飢えた狼みたいな反応するよなお前ら。
けど、まぁ。
「名前だけなら、貸してやる。後はお前らの好きにしろォ。俺はマジで知らねェからなァ」
そう言った刹那。
どっと、μ'sのメンバーが俺に押し寄せてきた。
まず一番に背中に飛びついてきたのが、高坂穂乃果だと声で分かった。
ーーーーーーーーーー
一気に騒々しくなった音楽室。
その前の廊下の壁に背中をあずけながら立っていた園田海未はため息を吐いた。
(まぁ、なんとなく……穂乃果が言い出した辺りからこうなるのではと予想していたのですが……)
自分の幼馴染みは何でも思い描いた事を実行できてしまうのだから、やはり凄い。
だが今回の場合。
この人選に間違いはなかったのか。
園田海未はやはり不安な念があった。
(穂乃果だけでなく、絵里やにこもなぜか彼女を強く推していました。いったいなぜ……特別深い関わりがあった訳でもないというのに……)
そこの所が彼女には一切分からず、また。
(そもそもなぜ穂乃果はあぁいう態度を取れるのですか……一度、自分を強烈に拒絶した相手なのですよ? ことりもことりです。穂乃果が心配ではないのですか?)
そうは思うも、もう遅いだろう。
西木野真姫が夜伽ノ美雪を説得しに行くのだと東條希から聞いたのは五時間目が終わった休み時間。
園田海未は、彼女だけはやめておいた方がいいと、そう意見しようとした。
だが他に候補してくれそうな人材もなく、今の自分達には明らかに人手が足りていない。
実質、園田海未本人だって、家での稽古や授業内容の予習復習、屋敷のように広い自宅の掃除が欠かせない日課となっている。そこに加えて作詞の作業が入れば、睡眠時間がさらにごっそりと削られていくのは目に見えていた。
あと一人、どうしても欲しい。
自分を含むメンバー全員が希望している事から、私情を挟んだ我が儘を言うのは園田海未自身が許せなかった。
だから、この状況を妥協してしまっている。
「相手は先輩ですが、まずはお手並み拝見といきましょうか……もしまた穂乃果に、あるいは別の人にでも手を上げようものなら、私がその腕を竹刀で使い物にならなくしてあげます」
背中を壁から離し、彼女は青くなびいた長い髪を左右させながら廊下を歩いて去っていった。
俺って語彙力低すぎじゃん、と自覚せざるをえない今回でした。
そしてあの名曲をこんな場面で使ってしまうとは……はっはははは(棒)。
素人作品を最後まで読んでいただきありがとうございました!
読んでくれた方、いままで本当にお疲れ様でした!
ありがとうございます!
感想をお待ちしております!
ここん所はどうなんじゃわれ、という指摘も、ぜひ!