大学は決まっても高校を卒業できない可能性がでてきた西海です。
微かに聞こえる誰かの話し声。
塞がれる視界にぼやける淡い光。
目を開けると、見知った顔が見えた。
「だから、どうしてお前はそうすぐ他人に手を出そうとする。今回は美雪だったから良かったものの、こいつ以外の人間ならば死んでいたぞ」
「うぅ……」
「まぁ、軍隊で訓練されたメイのナイフ捌きで生き残れるとか、美雪ちゃんこそ何者~? って話だけどぉ」
凛とした声と甘さのある声。
どうやら、仰向けで寝ている俺の頭上で会話をしている。
薄目を開けたまま、俺はどうにか起き上がろうと、腹に力を入れて――。
「ぐ……ッ」
右の脇腹に、鉛を落とされたかのような重い痛みがあった。
俺の呻き声に、三人が気づくように同時に俺を見下ろす。
「美雪! あぁ、良かった、目を覚ましてくれたか……」
「あらあら、私としてはもう少し、その可愛らしい寝顔を眺めていたかったのだけれど」
真っ白の、制服姿の英玲奈と優木あんじゅ。
二人はそう言いながら肩を貸してくれて、俺の上半身を起こすのを手伝ってくれる。
「あァ……わ、悪いな……」
自分でも驚く程、満足に声が出せない。
息を吸うにしても吐くにしても、腹に痛覚が振動するように感じられる。
「いや、謝るのはこちらの方だ、美雪。訳も分からない事態に巻き込んでしまったようだな」
英玲奈の声を聞きながら、鈍重な動きで身体を起こす。
四方の壁が真っ白に染められた大部屋のソファに寝転がっていた俺は、足も下ろし、腰掛けるように体勢を直す。
「……あァ~、ッと――?」
「くすっ、……多分、今の状況が全く分からないのでしょう?」
おかしそうに笑いながら言う優木あんじゅに、俺は少し、頭を整理させようと、また状況を把握しようと周囲を見渡す。
「……あ」
そこで、目に入る。
どうも、バツの悪そうに顔を俯かせ、前に組んだ手をモジモジとさせながら小さく身を捩っている、あの、金髪メイドが――。
「ッッッ――!!」
全て思い出す。
「英玲奈気を付けろ! そいつは、その女はやばいッッ!!」
「うおっ――!?」
反射的に、俺の身体は飛び跳ねるように、英玲奈の元へと突っ込んだ。
ただ突っ込むだけではなく、英玲奈の身体を庇うように覆い、倒れ込んで床に伏せさせる。
「くッ……」
しかし、ここからの策がない。
ケーキナイフもどっかにいっちまったし、これじゃあの金髪メイドとやり合うための手がない――!
――最悪、英玲奈だけでも守る。
所詮、俺はマネージャーだ。
μ'sのメンバーと一緒に、同じステージや舞台に上がることはない。
だが英玲奈はA-RISEのメンバーとして、表立って活躍するスクールアイドルだ。
英玲奈にだけは、絶対に怪我はさせてはいけない――!
「あ……ぅ……」
振り返って見てみれば、金髪メイドの手にはすでに、湾曲のナイフは握られていない。
……チャンスだ。
お互いに肉弾戦での勝負だ。
武器がない場合、俺と金髪メイド、どちらの身体能力がより長けているか――。
覚悟を決めろ。
やるしかない。
そう決心し、いざ俺が床を蹴って走り出した――。
直後。
「待て美雪! 私達の話を聞いてくれ!」
左手を背後から、床に倒れ込んでいる英玲奈に掴まれる。
勢いづこうとした俺の身体は、思わず後ろに倒れて尻餅をつきそうになるが、危うくの所で踏ん張れた。
「おい離せ英玲奈! あいつは――」
「だから待て! あのメイドはもう、お前に対する敵意はないし、この場においての敵でもない!」
言っている意味が分からなかった。
あのメイドは、確かに――。
「ちょっと美雪ちゃん? 英玲奈のことは庇って、私のことは構ってくれないのぉ?」
「……お前は知らン」
「ひっどぉ~い」
おちゃらける優木あんじゅを見て、俺もようやく、どこかおかしいと気づく。
あの殺人メイドが目の前に佇んでいるにも関わらず、英玲奈と優木あんじゅは全く、物怖じしていない様子だった。
それどころか二人は、あのメイドのことを知っている風な口調も叩いていた。
「ぁ……うぅ……」
俺が気を失う前、両手にナイフを持ってあれだけ暴れ、あれ程の殺意を纏わせ、挙げ句には俺に鋭すぎる蹴りを放った後、発射された弾丸をナイフで真っ二つに切断するという、人間離れの業を振っていた、あの金髪メイド。
ボサボサの髪や服装に変化は見られないが、どこか様子がおかしい。
申し訳なさそうな、哀しそうな表情で、先程から俺のことをチラチラと見て窺っている。
ナイフもなく、やり場のない手を組んだりブラブラとさせたり、女が初めて水着姿を恋人に見せた時のように、恥ずかしそうにクネクネと身体を動かしている。
「あぁぅ……うぅぅぅ……」
何か呻いてる。
というより、なぜか、照れているように柔らかな声を漏らしていた。
「ほら、メイ。ちゃんと美雪ちゃんに、ごめんなさいしなさい?」
あろうことか、優木あんじゅは金髪メイドに近づくと、その肩に手を置き、囁きかけるように言った。
危ないだろうが。
もう少しで、そう叫びたくなる。
しかし、金髪メイドは優木あんじゅの言葉に小さく頷くと、小さな歩幅とゆっくりの足取りで、時間をかけて俺の方へと近寄ってくる。
「……美雪、退くな」
「ひ、退いてねェよ」
おかしい。
無意識に、俺が後退るように下がっているなど。
「ふふ。美雪ちゃんにも、怖いものってあるのね」
「ッ……」
怖い、だと?
男相手でも。
何人を相手にしようと。
今まで一歩も退かず、ただ真正面から正々堂々と立ち向かって行けたこの俺が――?
「殺されかけたんだ、無理もないだろう」
「うぅ……」
そうだ。
改めて自覚する。
殺されかけた経験は、俺ですら慣れていないものだった。
金髪メイドはさらに、顔を俯かせる。
そしてとうとう、金髪メイドが俺の手前までやって来た。
その距離、一メートル程だろうか。
俺は退かない。
というか、身体が固まっているようだった。
金髪メイドは顔を上げる。
身長差が少しあり、俺の顔を見上げる風だったが、やはりその瞳は黒と紫が混濁しているように暗い。
「あ、あにょ……っ!」
今、金髪メイドが噛んだ。
何かを言おうとして、噛んだ。
金髪メイドの後ろで、優木あんじゅが面白そうに笑いを堪えている。
俺の背後から、英玲奈の呆れた風の溜息が聞こえた。
金髪メイドは顔を赤くし、瞳を潤ませ、震えた唇をまた、動かす。
「あぁの……こ、この、度は……」
必死に俺と視線を合わし、俯かないよう努力している態度がよく分かる。
潤んだ瞳からは、少しの刺激でも与えてやれば、簡単に滂沱の涙が零れてしまいそうだった。
……あ、駄目だ。
俺の方が目を合わせていられなくなりそう。
「ほん、……ほんちょうに……、うぅ……ほ、本当にっ!!」
うおっ。
肩が跳ねる。
いきなり大声出すなよ怖ぇな。
……あぁ、やっぱりか。
もう認めてしまう。
俺は、この女が怖い。
「ごみぇ……ご、ごめんなさいでしたぁ!!」
掠れながらも、甲高い涙声。
腰を直角に曲げ、勢いよく頭を下げたせいで、床に涙の滴が数滴落ちた。
……あぁ。
つまり、何だ。
この女は、俺を襲ったことに対して許しを求めているのか。
俺の肩に、背後から英玲奈の手が乗せられる。
「すまないな、美雪。半殺しにされながら冗談じゃないと思うかもしれないが、メイも、ただ仕事を全うしようとしただけなんだ」
「……いや、ナイフで人に襲いかかッて蹴りを入れて気絶させるッて、どンな仕事だよ俺にも紹介しろ」
「茶化すな、メイも真剣なんだよ」
「…………」
ただ、俺としてはこの金髪メイドに、思いきり『死ね』とか言われてたしなぁ。
はっきり言って、あの日焼けた坊主頭のボディーガードが来てくれなかったら、多分、死んでいただろう。
親指と人指し指で、前髪を掴み取る。
……あぁ、あんまり長さは斬られてねぇな。
「あァ~、まァ取り敢えず、頭、上げてくれよ」
「……はい」
金髪メイドは顔を上げ、姿勢を直す。
と言っても少し猫背で、先程で限界を迎えたのか、正面から俺を直視するのに抵抗が見られる。
「……まァ、お互い無事だッたから良かッたけどよ。その、何だ。……次からは、誰彼構わず襲わないように、気ィつけろ」
なぜ、俺は自分を殺しにかかってきた相手を慰めるように説教しているのか。
「私達A-RISEに害を成す、敵だと思っちゃったのよねぇ」
茶色の髪を指先で絡め取りながら、優木あんじゅがそう言った。
「……敵だァ?」
「美雪ちゃん、アポも何もなしに、UTXまで来たでしょ? 当然、私達は美雪ちゃんが訪問してくるってことを知らない訳だから――学院に潜入して、『ラブライブ!』の覇者である私達に危害を加えようとする不審者なんだって、メイが思い込んじゃったのよ」
……それ、何か俺が悪いみてぇだな。
いや確かに、事前に何の断りもなく学院にやって来た俺にも非はあるが。
「だとしても、少しやり過ぎだろ。普通に過剰防衛だッたぜ、あれは。あ……、お、おい泣くなよ」
俺の言葉に身体を震わせ、また俯いたまま涙ぐむ金髪メイドを、思わず俺はあやしてしまった。
何だかその泣き顔が、親に叱咤を受けて泣いてしまう赤ん坊に、どこか似ている。
俺を殺しにかかってきた時の、あの冷酷な殺意の眼差しとは大違いだ。
もはや別人と思えてしまう。
「メイは少し、私達A-RISEに恩を感じていてね。それのせいか、私達のボディーガードとしての役目を、ある意味凄く重く受け止めちゃってるのよ」
「そうなんだ。メイは我々A-RISEの敵となる存在を見つけると、誰であろうと武力を行使して、徹底的に相手を追い詰めてしまう」
それで、あのナイフか?
それで、あの蹴りか?
銃弾を弾き返した奴だぞ。
どこで訓練を積んで――。
「つかこの……メイッつゥ女。メイドじゃなくて、ボディーガードなのかよ」
「そうよ。ちなみにその服装は、私の趣味♪」
楽しそうに優木あんじゅが言うと、金髪メイド――メイは羞恥にかけられた真っ赤な表情を浮かべ、やや短いスカートの裾を握る。
「はァ……仕事意識高すぎだろ。お前ら、このメイドにどンな恩を着せてンだよ」
ふと、何気なく言った一言。
それが、まずかったのか。
金髪メイドのメイが酷く取り乱し始めた。
英玲奈と優木あんじゅを交互に見て、必死に首を横に振っている。
何か言いたげに、口も上下に少し大きく動かしていた。
「……?」
俺が奇妙に思っていると、優木あんじゅが片手を上げる。
「それについて、メイは他人に知られたくないのですって」
「美雪。あまり女子のプライベートな空間に立ち入ってはいけないぞ」
「何で怒られてンの、俺」
金髪メイドのメイは、酷く安心した顔で、大きく息を吐いた。
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『穂乃果! 美雪は!?』
「駄目! 見つからないよぉ!」
電話越しに、高坂穂乃果と園田海未は叫び合っていた。
お互いに相手の姿は見えないが、首元にはYシャツの襟元がべったり張り付く程の汗を、二人は流している。
ただ伝わるのは、乱れすぎた呼吸から分かる、相手の疲労感だけ。
「凛ちゃんの家には!?」
『いませんでした……。なぜか凛も帰ってきていないようでしたし……。他に、他に美雪が行きそうな場所は!?』
そう言われ、高坂穂乃果は考える。
普段は勉強など全くもってできない彼女だが、真剣に考えれば頭の回転は速い。
『美雪のことですから、ただブラブラと目的もなく街を歩き彷徨っている可能性もあります。そうなれば見つけられる可能性なんて――』
「ううん、海未ちゃん。わたしは、美雪ちゃんのことだから、何の目的もなかったら外出なんてしないと思ってる。美雪ちゃんならきっと、暇を持て余せば家でゴロゴロしてると思う!」
『……ふふ、まるであなたですね』
幼馴染みが珍しく冗談を言ってきたなぁ。
高坂穂乃果はそう思いながら続ける。
「きっと何か目的があって動いてるんだと思う……。多分、スクールアイドル関係じゃないかな」
『な、なぜそう思えるのですか』
「穂乃果の勘!」
『やっぱりですか! えぇそんな気がしてましたよ!』
園田海未の大声に、高坂穂乃果は力なく笑う。
「でも海未ちゃん。美雪ちゃんって、私達のために一晩徹夜してまで、曲を書き上げてくれた人だよ?」
『あ……いや、まぁ。それはそうですけど』
だから何だと、園田海未は言いたいのだろう。
高坂穂乃果もそれは分かっている。
「きっとさ、美雪ちゃんは今も、μ'sのマネージャーとして行動してくれているんだと思う! だとしたら、美雪ちゃんが行きそうな所は――」
そこで、高坂穂乃果は違和感を感じる。
受話器の向こうから園田海未の声が聞こえているのだが、しかしそれは、こちら側の自分に対して――つまり、受話器に向かって発せられている声ではない。
耳元から携帯を離し、誰だろうか――園田海未は、男の人と会話しているらしい。
「海未ちゃん……?」
その数秒後。
園田海未の声が、こちらに向けられた。
『えぇ、穂乃果。確か、美雪はμ'sのマネージャーとして、行動していると言ってましたね?』
「あ、えと、穂乃果がそう思ってるだけで――」
『いえ、それは正解かもしれませんよ』
園田海未の、すで息が整えられた声に、高坂穂乃果は額の汗を拭って耳を傾ける。
『今、駅から出てきた人に話を聞いたのですが……どうも秋葉原駅で、長くて綺麗な銀色の髪をした『男性』が降りていった、とか……』
「っ! それって――」
高坂穂乃果は直感する。
長い、綺麗な銀色の髪。
男だと見間違われてもおかしくない、イケメンな容姿。
『μ'sのマネージャーとして、スクールアイドル関係で美雪が動いているとしたら、秋葉原の街で該当しそうな場所は……?』
園田海未からの質問。
高坂穂乃果は考える。
「う、うぅ~んと……」
痺れを切らしたか。
直後に、園田海未の大声が向こう側から叩き付けられる。
『秋葉原の街で、最もスクールアイドルに関係している場所と言えば!?』
同時に。
高坂穂乃果は閃いた。
「ゆ、UTX学院――!!」
さて、そろそろ凛ちゃん編も終盤を迎えてきました(多分)。
アニメなら2期でやる内容でしたが、無理矢理ここにぶち込んだのは正解だと思っています、西海(せいかい)だけに)ドヤァ
それでは、次話もよろしくお願いします!