第七章を書き始めて二ヶ月、ですかね……?
この物語を書き始めて……どんくらいでしょう?
半年経ちましたかね?
ふと、そんなことを思いました――。
俺と、穂乃果と海未。
三人で、UTX学院からの帰路を歩く。
駅から徒歩一〇分程度。
もう少しで俺の家が見えてくる頃だった。
「つゥか何も、付いてくる必要なかッたろうが」
気怠そうに俺は言う。
日頃に比べて今日は、動きすぎたせいかもしれない。
嫌な思い出のある西木野総合病院に出向いて一人の男を締め上げ、秋葉原にまで出掛けてお嬢様学校で謎の戦闘を繰り広げてきた。
少し、疲れたのかもしれない。
そんな俺の気も知らずに、穂乃果は頬を膨らませ、海未は鋭い視線を向けてくる。
「駄目だよ! 美雪ちゃんにまたどこかに行かれちゃったら困るもん!」
「その通りです。今回の件に関して、美雪には深く反省してもらわなければなりません!」
……まぁ、俺もこいつらの考えや意見なんざ全く聞かず、行動を起こしちまった訳だしな。
穂乃果にもあぁ言われたばかりだ。
俺にも少し、メンバーの思いを聞いてやれなかった節がある。
「でも、どうしてUTXに行ったの?」
そこで、そんな疑問を穂乃果が口にする。
確かに、という風な表情で、海未も俺を見た。
住宅街の道を歩きながら、俺も口を開く。
「少し、μ'sのマネージャーとしての仕事をしに……だな」
口籠もりそうになったが、別に嘘を吐いている訳でもない。
俺がそう言うと、穂乃果は笑顔を浮かべた。
「ほら、やっぱりね。穂乃果の言う通りでしょ、海未ちゃん?」
「……あ? 何の話だ」
「なんでもありませんよ」
少し気がかりな穂乃果の言葉だったが、晴天から降り注がれる日射の暑さに、その違和感もどうでもよくなる。
なんだかんだ、まだ太陽によって街が熱く蒸されている時間帯だ。
行動が多かったためか、俺の中で、随分と時間は経っていてもいいはずだと思っていた。
夏休みのとある日に、同じ部活に所属する女子三人組が並んで歩く。
特に、どこかへ遊びに行ったりする訳でもないが……これも、やはり経験が少ないせいで、新鮮なものと思えた。
「UTX学院を訪問したということは、A-RISEに会ったのですか?」
「……いや、A-RISEは不在だッたみたいでなァ。特に誰とも会わなかッたわ」
「な~んだ、残念なの」
そう嘘を言ったのは、A-RISEのフルメンバーと顔を合わせてきたなどと言えば、きっと穂乃果がうるさくなる。
そう思い、面倒事を回避するためだ。
それに、A-RISEのことで特に、こいつらに話さなければならないこともない。
「……そういえば海未ちゃん」
穂乃果が海未に話題を振る。
ちなみに俺と海未に挟まれるように、穂乃果が真ん中を歩いているので、彼女の首は先程から忙しなく左右を行き来していた。
「結局、凛ちゃんの家には誰もいなかったんだよね」
凛。
その名前に、俺も思わず反応する。
「はい。……あぁ、正確に言えば凛のお母様がいたのですが、凛本人はまだ帰ってきていないと」
「みんなで学校を出たんだから、もう時間的に家に帰っていてもおかしくないはずだったんだけど……」
俺は、堪らず会話に入る。
「どうして凛の家に寄ッたンだ、海未」
「あなたを探している最中、凛の家にいる可能性を見出しましてね。まぁ、徒労に終わったのですが……」
訊いても分からなかった。
なぜ、俺の捜索の道中で、凛の自宅が思い浮かべられるのか。
「あ……そういえばね、美雪ちゃん――」
そう、少し遠慮がちな声と伏せられた視線で語る穂乃果から、今日の部室で行われた会議の内容を聞かされた。
「……そうか」
「花陽ちゃんが、話してくれたの。本当は黙ってるつもりだったらしいけど、美雪ちゃんをただの悪者にはできないって……」
そういう奴だ。
小泉花陽は消極的で、肝っ玉の小さい奴だと見えるが――その性格は優しく、癒しのあるものだ。
誤解によって誰かが悪人に仕立て上げられることに、きっと真実を知っている彼女自身として、それを許さなかったのだろう。
「美雪」
厳格な雰囲気を纏わせて俺を呼ぶ海未。
「確かに、仲間を侮辱されて腹が立つ気持ちも分かります。ですが、暴力で解決するといった考えは最も下劣なものであり、醜悪な行為でもあります」
最もな意見だろう。
「個人的な意見ですが、あなたは私が思っていた以上に、マネージャーとしての役割を良く果たしてくれています。ですが今回の件を経て、μ'sのメンバーの中でも、あなたに対するイメージを変えてしまったという人がいてもおかしくないのですよ?」
確かに、その可能性は大いにある。
こちらも想像より、その言葉は俺の内側に深く突き刺さった。
「今後はこのようなことがないよう、お願いします」
「……あァ、反省するよ」
ただ――言い訳にしか聞こえないだろうが、あの時は……。
頭が真っ白になった――という訳ではなく、たた単純に苛ついて、目の前の男をぶっ殺してやりたいという……俺の本能に近いものが働いた。
本能には逆らえない。
性悪説にもあるように、生まれて持って、未だ綺麗に磨かれていない俺の汚い部分が、覚醒したとでも言うか――。
……いや、もう素直に。
簡単に纏めてしまおう。
「どうしても、許せなかッただけだ……。凛を馬鹿にした、何も知らねェ癖のあのクソッたれ野郎のことが……」
口から漏れた感覚だった。
知らぬ間に喉が震えていた。
言葉にする気はなかったのだが――すると俺の頭に、優しく手が、置かれる。
「……?」
「ふふっ……よしよし」
何を、されているのか。
少しの間、理解できなかった。
歩きながら、腕を上に伸ばして俺の髪を撫でる穂乃果の右手が、驚くぐらい暖かい――そんな気がした。
「そうやって友達を思いやれることは、本当に凄いことだって、穂乃果は思うな」
にっこりと。
太陽ほど熱くなくて、それでいて、春のポカポカとした気持ちの良い陽気を与えてくれるような笑顔に……。
思わず足を止めていた。
目を見張るように穂乃果を見つめていると、いつの間にか俺の隣に回った海未が、俺の肩に手を乗せてくる。
「えぇ、それは非常に立派なことですよ、美雪。仲間を本気で思いやれる――簡単に聞こえますが、実際にはとても難易度の高いものなんですよ。そもそも、そんな相手と出会うことすら難儀なのです。あなたが私達のことを、本気で想ってくれていることが、よく伝わってきました。……嬉しいです」
美しく。
海未は温情のある微笑みを見せた。
……少し。
ほんの少しだが。
先輩として恥ずかしく思い。
また、未経験の驚きの中に少しの照れが――。
再び歩き出すことを、俺は強く躊躇った。
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「あ、そういえば……」
俺の家が見えてきた。
そんな頃に、穂乃果が思い出すように言った。
「美雪ちゃんの家に寄った時、金色の髪したお兄さんが出てきたけど……」
「あぁ、そうでしたね。美雪の友達だと言っていましたが……まさか、友人を置いて一人で出掛けたのですか?」
そう問い掛ける海未に、俺は一瞬、思考が止まりかけた。
表情に何の色もでなかっただろうと思えたのが、幸いなほど。
「あ! 美雪ちゃんが見つかったって絵里ちゃんに言うの忘れてた!」
「そういえば絵里も、あれからどうしたのでしょうか……?」
絵里も、一緒だった?
俺の家まで?
そして俺の家に金髪のお兄さんだと?
そんな身なりで、無許可で俺の家に出入りできる奴と言えば――。
「今日初めて来たけど、やっぱり大きい~」
メールを打ち終わったのか、穂乃果がスマホを鞄に仕舞いながら、俺の家の門の前で、見上げながらそう言った。
「確かに、大きいです」
「……海未の家も大きいだろ」
「うちは平屋ですので。敷地は広くても、二階がないのですよ」
なるほどな。
そう納得していた時、俺の家の玄関が、突然開かれた。
「あら、美雪。たった今穂乃果からメールきた所なのに、帰ってくるのが早すぎない?」
絵里だ。
制服姿でスクールバッグを持ち、いつもの金髪を高い位置で縛っている彼女が、なぜか俺の家から出てきた。
そして、もう一人。
同じ金髪だが、やはり染料のものと地毛では艶が違う。
随分とラフな格好をしているその男は、紛れもない――かなり久しぶりに会った気もする、水浦竜三だった。
「やッぱりか……」
そう呟く俺と目を合わした竜三は、誤魔化すように青空を見上げる。
その露骨な態度が、余計に俺の癇に障った。
「どこを歩いてたのよ美雪、あまり心配かけないでちょうだい」
随分とドライだ。
ふと、俺はそう感じる。
「そういえば真姫から連絡があって、凛を慰めるために一年生組でラーメンを食べに行くとか言っていたわ」
「あ、そうなんだ。だから海未ちゃんが家に行ってもいなかったんだね」
門から出た絵里は俺の隣を通り過ぎ、背後で穂乃果と言葉を交わしている。
「……絵里、何をやっていたのですか?」
「え? 何って?」
「いや、その……美雪の家で、……あそこの彼と、何をしていたのかな、と」
言葉で表現するのを躊躇うように言う海未に、絵里はおかしそうに笑った。
「あら、別に何かをしたって訳じゃないわよ? ただ少し疲れてたから、家の中で休ませてもらっていただけ。ねぇ、水浦さん?」
「ん? あぁ、……」
玄関の扉から身体の半分を覗かせ、頭を掻きながら短く肯定する竜三。
俺は顔だけ後ろに振り返り、言う。
「穂乃果、海未」
二人が俺へと視線を向ける。
「今日は、迷惑かけて悪かッた。もうここまで見送れば、さすがにお前らも安心すンだろ? 明日も変わらず部室集合だから、今日の所は、休ンでくれ」
早口だった、分かり易いほど。
先程とは違い、とにかく、こいつらと早く別れたいと思う一心だった。
「うん、そうだね。それじゃ美雪ちゃん、また明日!」
「えぇ。それでは美雪、ゆっくり休んでくださいね」
別に風邪を引いてる訳じゃねぇ。
そう言おうとしたが――。
「美雪、また明日」
「……あァ」
……やはり、どこか変だ。
いや、竜三と何かがあったのかということを疑っている訳じゃない。
ただ、やはり――絢瀬絵里には、ずっと前から違和感を感じっぱなしだった。
厳密に言えば、合宿の辺りから。
あの頃から、やはり彼女はどこか……。
そう思いながら、俺は帰宅路に着く彼女ら三人の背中を見送る。
まだそう距離が離れていない時点で視点を外し、俺は門から庭を歩き、玄関へと行き着く。
友人に顔を、久しぶりに見た。
直接会うのも、いつ以来か。
が――。
よう、元気にしてたか。
寂しかったぞ。
なんて言葉はかけてやらない――。
「……っ」
竜三の着ているシャツの胸ぐらを掴み、乱暴に奴の身体を振り回しながら家の中へと入り、玄関の扉を閉める。
「いい加減にしろよ竜三ィ!!」
竜三の背中を思い切り、玄関にぶつけ押さえつけながら吼えた。
竜三も、背中に感じる凹凸の痛みに顔を顰めながら、俺と目を合わせてくる。
俺は止まらなかった。
頭にきて、やはり、本能が勝った。
「真姫の時もそうだ、真姫の次は絵里かッ!? どうしてそう関わッてこようとする! 裏でびびるように嗅ぎ回ッて動いて、汚ねェコソ泥みてェな真似してンじゃねェよ……いつからそンな臆病野郎に成り下がッた! テメェはッ!!」
もう、約束なんて関係なかった。
お互いに隠し事はなしだなんて、そんな戯言に構っている必要すらない。
だが、責める必要はあった。
「音ノ木愚音隊……」
「っ――」
竜三の表情から、色が消えるようだった。
「ンだよ、やッぱ知ッていたし俺に隠してたじゃねェか!! 何を企んでいるか? 何を隠しているかだァ? 約束を破綻させたのはテメェの方だろうがよッッッ!!」
「ぐっ……」
弱くなった。
俺は、目の前の裏切り者に対して、そんな感想を抱く。
水浦竜三はいつから、そんな薄弱な表情を浮かべるようになったのか――。
「それとも何だ? 柊蒼太郎のことか?」
俺はその可能性も思い出す。
あのストーカー野郎のことを、俺は瀬戸際の窮地に立たされるまで、竜三に話したことがなかった。
「確かにあの変態のことは黙ッていたがよォ……それでもおかしいよなァ? 明らかにテメェの方が『酷い』ンだからなァ!!」
怒号がやまなかった。
これだけ怒鳴ったのもいつぶりだろうか。
「いいか竜三、警告してやる。テメェが音ノ木愚音隊とか訳の分かンねェ奴らとドンパチやンのは勝手だが、俺はともかく、あいつらを巻き込むンじゃねェよ」
右手の人指し指をピンと伸ばし、短くも鋭利な爪を先端に、竜三の額へと向ける。
「今はまだ問題になッてねェかもしれねェよ。だが聞いてみりゃ竜三、愚音隊の奴らッてなァ、目的のためなら手段なンざ選ばねェ極悪グループみてェじゃねェか? そいつらに、標的であるテメェと一緒にいる俺の『友人』達を見られでもしてみろ。たちまち、俺のようにとばッちりを受けるハメになンのは目に見えてンだろうが」
最終通告。
それを、俺は言い渡す。
「金輪際、μ'sのメンバーとコンタクトを取ろうとするな。もう一度俺を裏切ッてみろ……必ず、テメェを粉微塵になるまでぶッ潰しにいくからなァ」
鬼のような表情。
龍が吐くような声色。
それが、鏡を見ているかのように、また自らの耳を介してよく伝わった。
久々の再会で、完全な対立を約束する。
俺と竜三は、もう戻れない関係にまで堕ちてしまった。
そこに間違いはないだろう。
これが夢だなんて都合の良いことにはならないだろう。
――そして。
また現実が、狂うに狂わされる。
「……お前が、」
「あァ……?」
竜三の口が微かに動く。
至近な――お互いの間は三〇センチも空いていないような間隔の中で、俺の耳に、細かく、竜三の声が届く。
「確かに……それは、悪かった。……お前を、巻き込んだことについては、本当に、申し訳ないと思ってる……」
その声は、本当に弱い。
「けどよ、何だよ……」
けれど表情が、弱くなくなっている。
それでも怒るような、また睨むような目ではなく……。
悔しそうに、また嘆くような、かつて俺が一度も見たことのない、竜三の瞳。
「あいつらと一緒に進めば何かが変わる……? 短い間で何かを変えることができればそれで十分? はっ、凄ぇよな、本当に……羨ましくなっちまうぐらい、お前は強い人間だぜ、美雪」
だがな……、と。
竜三の右手が、シャツを掴んで捻り上げている俺の手首に置かれる。
握られる力は、大して強くはない。
「やっぱり、それじゃお前じゃねぇんだよ。なぁ美雪、あの時の質問をもう一度してやる」
嘲笑うような声になった。
鼻で笑い飛ばすと、竜三は続ける。
「さっきまでお前と一緒にいたあいつらの何に惹かれてそこまで積極的に、協力的になれた? 音ノ木坂学院とかいう、時代に遅れを食らった高校のためなんかにどうしてそこまで行動できる? 自分可愛いですとか調子に乗ってる女子高生が集まるだけのスクールアイドルのどこに惚れ込んで、お前はマネージャーなんつぅ務めを担っている?」
竜三の言葉を聞いているうちに、シャツを握り締めていた手の握力が、だんだんと弱まっていくことに気づく。
ショックを受けたとか、呆れたとか、苛ついたとか。
そういう気持ちじゃなかった。
「お前、どうしてそこまで弱くなれた……」
決定的な一言は、俺の右手から完全に力を失わせた。
シャツを離し、そのまま俺の腕はブラリと下げられる。
竜三が。
目の前の男が。
唯一の親友が――。
どこか、可愛そうに見えた。
「……竜三ィ。警告の中に、もう一つだけ追加しておくもンがあッた」
俺も静かに言う。
どんな表情をしているか、それは、もう分からない。
だが、俺を見つめる竜三の表情の変化で、何となく察する程度はできた気がした。
「俺の前で、二度とあいつらの――μ'sのことに触れるな。あいつらと接点を持つなというのは当然だが、俺といる時でも、話題に出すことすら許さねェ」
指を翳して。
短くも尖った爪の先を、竜三の目元の前に指して言い付ける。
「何も知らないテメェ如きに、友人のことを悪く言われるのは不愉快だ」
初めて俺は、誰かに向けて、μ'sのメンバーのことを、『友人』だと――。
そう、口に出して言うことができた。
心の中で、今まではやはりどこか、恥ずかしく感じていたのかもしれない。
彼女らのことを、親しい関係であると言葉にするのを、意識して避けていた節があった。
今は、それすらも忘れていた。
それほど――。
「だったら……」
急に。
声を低くし、竜三が呟く。
しかし、少しの間が。
だが、すぐに竜三の口元が動くのが見え――。
「ずっと同じ舞台に立ってくれているんだと思っていた親友に、無様に置いてきぼりを食らわされる俺のこの惨めな気持ちも、美雪には理解できねぇか」
……………………………。
……あぁ、
なぁんだ。
こいつも、自覚はあったのか――。
思えば、この物語を書き始めて半年以上――七ヶ月になるのですねぇ。
第七章で、七ヶ月……なんちゃって。
突然ですが、この場を借りて――。
今まで僕の作品にお付き合いくださり、本当にありがとうございます。
感想を書いてくれる方々や評価を付けてくださった読者様方、またお気に入り登録してくれた読者様には、深く感謝を申し上げたいと思います。
これからもドシドシ投稿していきますので、今後とも僕の作品をよろしくお願いします!!
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僕「ふぅ……これを言えてよかった(本当は半年が経過した時点で言おうとしてたんだけどすっかり忘れてたなんて言えない)」
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そういえば、この回のお話でようやく、物語の中で美雪と竜三が直接、顔を合わせたんですよね。