すぐに投稿するとか言っておいて数日間あけてしまいましたm(_ _)m
夜の公園。
時間なんて気にしていない。
もはや気にしていられるものではなかった。
街灯の薄い照明に照らされるベンチに深く座り、とっくに飲み干されたペットボトルを、仰ぐように口に咥えたままの姿でいる美少女。
他は、星空凛と小泉花陽。
彼女ら二人は立ったまま、ただ黙って、目の前の少女がペットボトルの飲み口を舐め回しているのを見守るだけだった。
「――ぷはっ」
やがて、その美少女――來栖麗羅はペットボトルから唇を離し、また素早く空気を吸い込んだ。
「ん……」
まだ諦めていないらしい。
夜空を見上げて唇を開けたまま舌を出し、残りのわずかな水滴すらも拾おうと、ペットボトルを口の上で上下に揺らしている。
どうもその姿は意地汚いような。
アイドルにはあるまじきものではないかと、星空凛は思う。
しかし隣を見ればどうだ。
彼女の幼馴染みである小泉花陽は、まるでその人を目標として野球を続けてきた少年が、その大選手を目の前にした時のような光り輝く眼差しをしている。
それもそうだろう。
來栖麗羅はプロのアイドルではない。
しかし彼女は、小泉花陽が憧れるスクールアイドルの一人――それは同時に尊敬され、また羨望の感情を向けられている一流アイドルでもある。
遠い存在だと思っていた。
しかし今となってはランキング上では一位差に迫り、また生の姿をお目にかかれたとなれば――。
「ふわぁぁ~~~」
……と、表情を蕩けさせるようになるのもおかしくはないだろう。
「むぅ……」
そんな彼女の姿を見ていても、星空凛は少しも楽しくない――というか、つまらなく思う。
そんな可愛い面だって、彼女は持っている。
來栖麗羅はようやく、短時間で軽くなったペットボトルをベンチに置いた。
「ふぅ……本当に助かったわ、ありがとうね小泉さん。でも私、今は持ち合わせがなくて……」
先程よりは大分、顔色が良くなった。
自分に呆れるように笑いながら頬を掻く彼女に、たったそれだけの仕草さえも可愛らしいと、小泉花陽はそう思いながら、すぐに慌てて首を振る。
「い、いえ! いいんですよそのくらい! せいぜい一〇〇円程度ですし!」
そう言われた來栖麗羅は、今度は申し訳なさそうな控えめな笑みを見せた。
「ごめんなさいね」
「いえいえ平気ですよ本当! それに、あのえっと――凛ちゃんだって!」
「……え?」
唐突に自分へと向けられた言葉と彼女の顔に、星空凛は少し狼狽える。
小泉花陽としても、大物スクールアイドルと一対一で会話をするのにも、緊張による限界があった。
「凛ちゃんだって、倒れてる來栖さんのことを運んであげてましたし! お、お礼を言うのなら凛ちゃんへどうぞ!」
「……えぇ、そうよね」
だが、まだ少し、疲れは残っているようだ。
世話になって礼を言うような態度だが、まだ彼女の身体は全て、ベンチが与っているような状態でいた。
「本当に、ありがとう星空さん」
「……別に」
初対面の人間には基本的に壁を作る。
いつからだったろうか……それは星空凛の弱点でもある。
星空凛は改めて、來栖麗羅を見下ろした。
上質で、絹糸のような艶を持つ赤紫の長い髪。
洗い立てのように清潔で、凄絶なほど白く肌理の細かい肌。
胸元の広い長袖無地のシャツに比べて、短く色鮮やかなスカート。
そこから見える胸の谷間やセクシーな脚線美。
(はは……凛とは大違いだなぁ)
何も、そう比較する前から分かりきっていたことだけど――。
星空凛は小さな溜息すら漏らすこともなく、彼女から視線を外した。
「あ、あの……」
「ん?」
小泉花陽が來栖麗羅に声をかける。
蒼さを纏わせて濡れて光る瞳で見つめられ、小泉花陽はまた息を詰まらせるのを必死で耐えながら、続ける。
「ところで、來栖さんは……えっと、今まで何をしてたんですか……?」
そう尋ねられた來栖麗羅は、少し困ったように笑った。
「ん~? 何ってぇ?」
「あっ――いえやっぱり何でもないです! わたし如きが來栖さんともあろうお方のプライベートを詮索しようだなんておこがましすぎました!!」
小泉花陽は訂正し、もう無茶苦茶に首を振りながら顔の前で両手をばたつかせる。
「そんな、わたし如きって……別に大した差はないじゃない。私達Sexy・Charmとあなた達μ'sは、県内地区の上位――しかもお互いにたった一位の差しか開いてないわよぉ?」
妖艶な口調で、自然体のまま色香を漂わせる彼女の言葉に、小泉花陽は一瞬、時間が停止したかのように固まる。
直後。
「わ、わたし達のことを知ってるんですかぁ!?」
「きゃっ……!?」
ズイッ、と。
スクープネタにここぞと食いつく熱心記者すらも越えるほどの勢いで、小泉花陽が來栖麗羅へと身体を押し寄せた。
興奮しているのか、鼻息も荒い。
「で、でもわたし達は名前しか言ってないのに……」
「――ふふっ、くすくす」
すると。
來栖麗羅は目の前の彼女がおかしそうに、口元を手で押さえながら上品に笑って肩を揺らす。
「何か、思ってたよりも控えめな感じの子じゃないわねぇ、あなた」
「へ??」
「あなた達μ'sは、はっきり言って私達Sexy・Charmのライバルなのよ? ライバル達の情報を広く多く掴むことは、どこの世界でも共通の、初歩的戦法じゃない?」
同じことを、矢澤にこ部長が言っていた。
「ねぇ小泉さん。あなた、アイドルオタクでしょ?」
「えっ、あ……はい!」
「なら分かるでしょう? いくらまだ無名の新人アイドルグループ達でも、店頭にCDやDVDが出ていたら迷わず購入して、隅々まで調べ上げて将来性を見る。それと似たようなものよ」
「な、なるほど……。確かにわたしも常に、全国のスクールアイドルグループの動画やタイムラインなどを観察しています!」
「まぁ……そんな所かしら?」
あーだこーだと。
二人は共通の趣味を見つけた友人同士のように、どんどんと話を進めていく。
独りで、星空凛はつまらなかった。
(なんか、……もう家に帰りたいよ)
そう思いながらも、小泉花陽が楽しそうにしているこの時間を邪魔するのも気が引ける。
二人の会話の内容が一段落するのを待ち、ここだと、星空凛は口を開いた。
「ところで……えっと、來栖さん」
「ん、……なぁに?」
談笑しているうちに疲れを忘れたのか。
來栖麗羅の潤った声に、星空凛がどこか萎縮しそうになる。
「その……さっきから気になっていたんですけど。スカートが、破れてるの……何でかなって」
指をさして言う。
星空凛の向けた人差し指の先にある、來栖麗羅のミニスカートの裾の端――カッターか何かの刃物で切り裂かれたような、そんな跡があった。
「あぁ~、これはねぇ――」
來栖麗羅は少し戸惑った。
(くっそ、今日三人目に抱いてやったあの野郎ねぇ……次会ったら絶対に弁償させる)
決して口に出してはいけない。
そんな心の声を自分のファンに聞かれでもしたら、どれほど幻滅された眼差しを向けられることか――と思う。
「さっき、ちょっと犬に追いかけられちゃってね?」
前に一度、自分のチームメイトに対しても同じ方法で逃げた手を、來栖麗羅はここでも使った。
しかし、明らかにその切れ跡は野良犬を相手にしたようなものでもないが。
「え!? だ、大丈夫なんですか!? け、怪我は!?」
小泉花陽が取り乱す。
「あぁ、平気よ。何とかスカートの一部分を持って行かれるだけで済んだし……さっきまであんなに疲労していたのも、必死にあのワンちゃんから逃げ回っていたからなのよ。ほんと、モテるって辛いものだわぁ……」
わざとらしく甘い声を出した。
苦し紛れの言い訳は、小泉花陽を酷く取り乱させたが、星空凛に対してはどうも効果が出ないようだった。
いや、むしろ――。
「ふ~ん……犬にまで惚れられちゃうぐらいの魅力があるなんて、凛からすれば羨ましいんだけどなぁ」
普段は言わないような皮肉さえも言わせてしまう程、彼女を不機嫌にさせる。
小泉花陽はようやく、どこか幼馴染みの様子がおかしいと、彼女に視線を向けた。
実際、星空凛は他人に嫌味や皮肉を言ったりする人間ではない。
口に出したところで、それはお遊び気分のからかい程度のものだ。
また、あまり事情を知らない來栖麗羅は無神経に口を開く。
「あらぁ? 星空さんだって、すごく魅力的よ? とってもキュートなお顔をしているじゃない」
その褒め言葉。
蛇足も何もない単純で、嬉しいはずの評価。
それは、星空凛の奥歯を強く噛みしめさせた。
「……もう行こ、かよちん」
「え……、凛ちゃん?」
「あぁ、來栖さんとまだお話していたいんだったら、別にいいよ。凛は一人で帰れるから」
そう言って、彼女は踵を返して公園の出口へと、幼馴染みを待とうともせずに歩き出す。
(そうだよ、できる……凛は一人でもできるもん。今までだって、ずっと――)
「ほ~しぞ~らさん」
馬鹿にしてくるような。
挑発するような。
そんな声色だった。
足を止め、彼女は振り向く。
來栖麗羅がベンチから立ち上がっていた。
「そういえば見たわよぉ? 長髪のウィッグを被ったあなたが一人で映っていた、あのタイムライン」
「っ……」
思わず後退りするところだった。
星空凛は下唇を噛む。
最悪だ。
苦手なジャンルの相手に見られた。
この時ばかりは、今まで自分のためにと行動してくれた夜伽ノ美雪と矢澤にこに対し、初めて恨みの感情を持った。
(また、馬鹿にされるんだ……)
星空凛は静かに悟る。
(相手は全国にファンがいる大人気のアイドル……綺麗で、可愛くて、大人びてて、セクシーで、すごく女の子らしくて……)
今までのトラウマ。
経験がそう語るのだ。
(そんな子に、凛のあんな……底辺から藻掻いているような姿なんて見られて――)
そんなもの。
相手からすれば格好の獲物を見つけたようなもの。
小学校では、髪を引っ張られ、スカートを無理矢理に引き剥がされて……。
中学校では、クラスの中心人物みたいなカーストの人間達に陰で虐められて……。
(また、か……)
星空凛は俯いていた。
足下の砂の地面を見つめながら、視界の端で震える拳が握られていることにようやく気づいた。
(結局、高校に上がったところで――)
そんな時。
軽く。
優しく。
添えるように。
「……え?」
來栖麗羅の右手が、彼女の頭に置かれた。
短い髪を、撫でられる。
「あなたはどうして、スクールアイドルを始めようと思ったのかしらぁ?」
それが、彼女からの言葉だった。
「もう削除されているみたいだけど……あの動画を見て、私はそう疑問を抱いたわ。髪が短いのがコンプレックスで? 自分はアイドルに向いていないんじゃないかって思っています? ――なら、そんなあなたはどうして、わざわざ女の子としての魅力を一番に見られるアイドルの世界に飛び込んできたのかしらぁ?」
近くに寄られて、初めて分かる。
抱き付かれている訳でもないのに感じる、來栖麗羅からある抱擁の暖かさと安心感。
彼女の汗(きっと犬に追いかけられたせいだ)に混じって漂うほのかな甘い香り。
男女かまわず虜にしてしまいそうなその色気や大人の雰囲気から、Sexy・Charmというチームのセンターに相応しい風格が感じられた。
(あ~あ……來栖さんが邪魔でかよちんが見えないにゃ。かよちん、今どんな顔してるんだろうなぁ……)
そんなことを思う。
そう思考を働かせないと、そのまま身体を委ねてしまいそうになるから。
「ねぇ……できることなら教えてもらえないかしら、星空さん」
來栖麗羅は囁きかける。
「あなたが何を目的として……何を手に入れようとして、スクールアイドルをやっているのか――」
そんな、素朴な質問。
表も裏もないものだ。
矢澤にこ。
高坂穂乃果。
きっと彼女ら辺りなら、迷わずに即答して胸を張るだろう。
夜伽ノ美雪。
彼女の場合はどうだろうか。
仲間として迎え入れられて嬉しい反面、きっと照れ臭くて素直になれない所があるかもしれない。
そう考えれば、彼女と西木野真姫は、よく似ているのだろう。
小泉花陽。
自分もアイドルになりたくて。
自分自身を変えたくて。
そう決意し、また友人達に背中を押してもらえたことで、スクールアイドルの道へと踏み出すことができた。
なら、
星空凛は――?
アイドルの世界に憧れていたか?
自分自身を変えたいと思っていたか?
母校を廃校から救おうと心から願っていたか?
いいや。
否定すらしていたではないか。
故に。
「ははっ――ほんと、どうしてだろうなぁ……」
星空凛は、答えられない。
彼女にしてみても、
なぜ、自分のような志の低い人間がいるグループが県内三位にまで到達できたのかすら、理解できないのだから――。
「私より……遥かに『綺麗』な身体を持っているのに――」
來栖麗羅の発言に、疑問や興味は微塵にも持てなかった。
凛ちゃん編、完結一歩手前の場面まで進めることができました!
凛ちゃんに対する疑念、またこの作品で次々と発展されていくミステリアスな部分について、読者様が読みながら色々と思案を巡らせてくれている――また解決編が待ち遠しいと思ってくれているのならば、僕としても嬉しいです(^^
それでは次話も、よろしくお願いします!
本編次話はひとつの夕霧靜霞編を挟んでからの、いよいよ解決編です!