笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 凛ちゃん編、クライマックスです。
 
 今回、ちょっと長いです。






78話 深傷の勇者と最弱のお姫様

 

 

 

『たくさんの失敗を重ねてはじめて、真実の全体像が見えてくるのです』

 

 オーストリアの精神分析学者、ジークムント・フロイトは自らの著書にこう記した。

 

 それを読んだ時、俺は正直、馬鹿馬鹿しいもんだと感じた。

 失敗を重ねてまで真髄を追い求めようとするその行為が、くだらなく思えた。

 

 失敗して、周囲から責められて、自己嫌悪に陥って、勝手に落ち込んで――。

 そんな愚かな過程を経てまで手にしたいものなんて、今までの俺にはなかった。

 

 今は、違う。

 解決したい問題がある。

 

 失敗してきた。

 己の能力に自惚れて、自分と親しくしてくれた人間を傷つけた。

 

 だから、後悔した。

 だから、奔走した。

 

 結果。

 俺は辿り着いた。

 

 その答えはとてつもなく嫌なもので。

 容赦のない過去との因果があった。

 

 思い出したくもない過去の記憶。

 それは俺も持っている。

 

 向き合おうとしてきた。

 そう努力してきた。

 

 挫折の道を歩くのは辛かった。

 だからせめて、友人には同じ思いをさせたくない。

 

 故に、俺は鬼になろう。

 悪魔にだってなってやれる。

 

 失敗に導かれた真相。

 

 例えそれが、当人達にとっていかに辛苦な味であろうと――。

 

 強引にでも、俺は差し向けてやる。

 

 前に進むために、必要なことだから――。

 

 

 だが。

 

 その前に……。

 

 

 

  ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「すまなかッた」

 

 頭を下げて謝ろう、と。

 ずっと前から決めていた。

 

「え!? いきなり……ど、どうしたの美雪ちゃん!?」

 

 ダラリと降ろされる銀髪と足下の廊下を見ている俺に聞こえてくるのは、慌てふためいた凛の声と、たじろいでどうフォローすればいいか迷っている花陽の戸惑いの声。

 

 位置的には、花陽の一歩手前に凛がいて、その彼女に向けて俺が頭を下げている。

 

 無理を言って一日だけ登校を許可してもらえた今日。

 

 強い陽射しが入り込んでくる渡り廊下。

 俺がいつも世話になっている自動販売機の真横。

 

 俺はジャージ姿で、二人は練習着だ。

 

 二人に練習を途中で抜けさせ、俺がここに連れ出した。

 

 開口一番に訳の分からない謝罪ともあれば、戸惑いの色を見せるのも仕方がないだろう。

 

 だが、

 

「本当に、お前には悪いことをしたと思ッてる」

 

 凛にだけは。

 彼女にだけは、謝っておきたかった。

 

「だ、だから何のこと!? そんないきなり言われても困るよ!」

 

 影が見えた。

 凛が俺の方へと、首を振りながら両手を胸の前であたふたとばたつかせている。

 

 俺は頭を上げた。

 

「色々と、酷いことをお前に言ッた。さすがに、無神経すぎた。ほんと、お前を言う通りだッたよ。勝手に俺は優れているンだと思い込んで、自分勝手な考えを凛に押し付けて、傷つかせた。反省はしているが、本当に、許されないことをしたと思ッてる」

「あ……、あぅ……」

 

 凛の瞳を真っ直ぐに見て言った。

 

 凛は慌てる身動きを止め、目線をずらす。

 やはり、彼女自身、何のことだとかは察しがついていたんだろう。

 

「それでもな、凛」

 

 俺は続け、凛は再び顔を上げた。

 

「それでも俺は、やッぱりお前を救うのはやめたくない。乗りかかった船だからとか言うンじゃなくて、ただ単純に――」

「だ、だからもう良いんだってば!」

 

 遮って、凛は叫ぶように言った。

 彼女の背後で花陽が、ビクッ、と肩を跳ねさせる。

 

「前にも言ったでしょ? 凛は別に、慰めてもらいたい訳じゃ……」

「慰めるンじゃない」

 

 ハッキリと。

 そう宣言する。

 

「……え?」

「お前に同情して、お前を哀れに思ッて慰めて、今まで辛かッたななンて言葉を与えてやるつもりはない。ただ――」

 

 ただ……。

 そうだ、俺はただ――。

 

 

「底なしの沼に未だはまッて抜けられずにいる友達を『救済』して、一緒に前を進ンでいきたいと願ッているだけだ」

 

 

 自己満足だと言われるかもしれない。

 余計なお世話だと突っぱねられるかもしれない。

 

「だが悪いが、いくら拒否されようと俺は絶対に退かねェぞ。あの時はお前を逃がしちまッたが、今回はそうはいかない。これはお前のためであり、それにμ's全体のためでもある」

 

 μ'sは歌い手は絶対に九人であること。

 一人でも欠けることは許されない。

 

「お前がμ'sに存在する限り、俺は星空凛を絶対に諦めはしない」

 

 いつ以来だ。

 こんなカッコよく決められた言葉を口にするのは。

 

 生まれて初めてではないか?

 昔の記憶なんてほぼ存在しないに等しいかもしれないが――嫌な思い出だけは鮮明に残っているという残酷な現実かもしれないが――それでも。

 

 それでも俺は、今、こんな台詞を。

 友人のためだと、躊躇いなく吐ける。

 

「もう、外見にコンプレックスを抱いてないンだろ、なンて言ッたが……あれは訂正だ」

 

 さっき謝った。

 それがこの内容だった。

 

「コンプレックス、なんて甘い言葉で収まッていい訳がなかッた。お前の抱えている過去は酷く、濃いトラウマとなッて心に深い傷を残していたッていうのになァ」

「っ……」

 

 凛の上半身が圧される。

 焦るように、練習でかく汗とはまた違った冷えたものが、彼女の首筋や額に見られる。

 

「昔ッから男とばかり遊んで、スポーツするのに邪魔だからと長い髪も、可愛らしいスカートも捨てて、思う存分に身体を動かして……それで手に入れたのが、忘れられないトラウマか」

 

 全ての行動が善ではない。

 自分で満足いく過程を経ていたとしても、それらが全て報われる訳ではない。

 

 それが故に。

 奈落のどん底へ突き落とされ、一生這い上がることができなくなるケース。

 

「小学校じゃ髪を引き抜かれ、スカートを脱がされ、今まで友達だと信じて疑わなかッた奴らに嘲笑われて……そンなもン、俺だッて耐えられるか分かッたもンじゃない」

 

 深い心の傷。

 刻み込まれたトラウマ。

 

 これらを克服するのに最も効果的な存在を知っているか。

 

 誰かに慰めてもらうことじゃない。

 気分転換のノリで趣味に没頭することでもない。

 

 

 理解者だ。

 

 

 その苦しみ。

 その痛み。

 その悲しみ。

 

 それらを理解してくれて、同情ではなく共有してくれて、今までのために濁りきった吐き気を全てぶつけても尚、自分に手を差し伸べてくれる存在。

 

 俺は不器用だ。

 他人に任せれば、きっと俺より良い方法で凛を救済できるのかもしれない。

 

 だから言ったろう、自己満足だと言われるかもしれない。

 

 自今満足野郎でおせっかい野郎だと、顔も名前も知らない奴に後ろ指さされて笑われたって構わない。

 

 だが、

 それでも。

 

 俺は凛を――友達の理解者になってやりたいと、強く想っている。

 

「中学に上がって、それはますますエスカレートしてたみたいだな」

「っ……なん――」

 

 なぜ、それを――。

 そう言いたげな表情だった。

 

「加減を知らない罵声に暴力。それが三年間だ。思うンだが、もうこの時点でお前は凄ェ人間だよ、凛。それほどの仕打ちをされてきたのにも関わらず、当のお前自身は本来の『目的』を忘れられずにいるンだからなァ」

 

 それを聞いて。

 花陽が動いた。

 

「ま、前にも聞いたけど……やっぱり、おかしいよ」

 

 震える声。

 花陽は俺を見ている。

 

「わたしは、凛ちゃんとずっと同じクラスで……でも、そんなことをされているような感じはなかったし、凛ちゃんだって、そんな素振りは――」

「虐めッていうのは影でやられるもンだ。表立ってやりたい放題でいられる訳がねェ、教員とかがそこに介入してくる訳だからなァ」

 

 頭をよぎる。

 思い出したくもない――病室のベッドの上で、再びその、包帯をグルグルに巻かれた面を血塗れにしてやった、あの忌まわしき男のこと。

 

「悪いが勝手に話は聞いてきた。男女隔たりなく、お前を虐め続けてきた奴らのこと」

「…………」

 

 瞳を大きく見開いて。

 小さく、俺のその行動力と手に入れた情報量に驚いたか、口をポカンと開けている。

 

「……そうなの?」

 

 花陽は呆然として口だけを動かす。

 

 じょじょに顔を俯かせる凛に、花陽は悲しみの色を帯びた表情で言い詰める。

 

「なんで、花陽に相談してくれなかったの、凛ちゃん。なんで黙って……どうして、一人で我慢してたの……?」

 

 ショックだろう。

 自分が、無知でいたことに。

 

「わ、わたし……幼稚園の頃から、凛ちゃんの隣にずっといたのに、なのに……」

「そのせいだ、花陽」

 

 俺は言う。

 花陽は疑問を浮かべた顔をした。

 

 そうだろう。

 そりゃそうだろう。

 

 小泉花陽。

 お前はきっと、何も知らない。

 

 知ることを許されなかった存在だ。

 

 まさかそこに。

 幼馴染みのトラウマの中心点に。

 

 まさか自分が存在しているとは思ってもみないだろう。

 

 さぁ、ここからが本番だ。

 

 失敗の可能性は堕ちた。

 あとは勢いに乗ってしまえ。

 

「凛は、その現実を自分から望ンだンだよ」

「……え?」

「っ――!!」

 

 俺の言葉に、理解の追いつかない花陽と、何か必死の形相で顔を上げる凛。

 

 小泉花陽は、星空凛の理解者にはなれなかった。

 なってくれることを、星空凛は拒んでいた。

 

 幼馴染み。

 一番の親友。

 

 そんな絆が壁になり、星空凛は、自分のことを見て欲しいと、小泉花陽に言い出せなかった。

 

 それは――。

 

「なァ、花陽。凛はお前を――」

「やめてよっっっ!!」

 

 咆哮だった。

 渡り廊下から響いたその声は校舎内、また様々な部活動が動き回っている校庭の方まで渡っていった。

 

「はっ――はっ――はぁ――っ」

 

 荒い息を吐く。

 額から流れ、彼女の目端を辿った一滴の汗が、涙のように頬を伝った。

 

「もう、……お願いだから、やめて」

 

 星空凛は懇願する。

 

 強く。

 必死に。

 

 今まで守り続けたものを壊されないように、彼女は取り繕っている。

 

「……断る」

「っ……いい加減に――」

 

 俺の頭の中で。

 

 何かが、キレる音がした――。

 

 

 

「いい加減にすンのはテメェだ大馬鹿野郎ッ!! 俺達はいつまでテメェの一人舞台に付き合えば良いンだよッ!!」

 

 

 

 吼えろ。

 獣を演じろ。

 

 μ'sに入る前の夜伽ノ美雪を思い出せ。

 

 水浦竜三と喧嘩に明け暮れた――、

 何もかもが嫌であったあの時を。

 

 八つ当たりの気分だ。

 あの時に溜めた鬱憤をここで全て晴らしてしまうぐらいの勢いで、星空凛にぶつけてしまえ。

 

 彼女の理解者になってやるには、この方法が最善だと――これが俺の、自己満足野郎のやり方だと証明してみせろ!

 

 

「テメェがいつまでも英雄気取りでいッから、未だに小泉花陽が自立できねェンだろうがッッッ!!!」

 

 

 ドクン、と。

 俺の心臓が苦しいほど跳ねた。

 

 突然の矛先を向けられた花陽。

 硬直している。

 

 構うものか。

 

 俺の仕事は、言いたいことを全て吐き出す。

 簡単なミッションだった。

 

「心配かけたくないだとか巻き込みたくないだとか! 強くもねェ癖に一人前のヒーロー気取ッてンじゃねェぞクソ野郎ッ! テメェ自身が最弱だと分かッている癖に! テメェ一人じゃ抱えきれねェことも理解していた癖に! そこでどうして誰かの手を求めなかッたッ!! 花陽じゃなくてもいい、親でも教員でも誰でも良かッたろうがッ!! テメェ一人が勝手に諦めて、勝手に周囲を全員敵だと思い込んでただけじゃねェかよッッッ!!」

 

 眉を寄せて何重もの皺を作る。

 

 それでいて、歯向かうように。

 俺を恨むかのように。

 

 星空凛のこんな表情は、また初めて見た。

 

「花陽を守れるのはテメェ一人だけか」

 

 俺は容赦なく言葉を振り翳す。

 

「周囲は全て敵軍で……この世界全てが戦場で……味方なンて誰もいないテメェが守るべきものは一人のお姫様だけか」

 

 守りたいと思うことは悪ではない。

 立派で、正義感に溢れた者にしかできないことだ。

 

 だが――。

 

「その戦場を独りぼッちで駆け抜けた結果、勇者様は一生かけても治らない深傷を負い、お姫様は自分に依存してしまいましたッていう――これは果たしてハッピーエンドか!? 悪いが俺からしてみりゃ胸クソ悪い超バッドエンドなンだよッ!!」

 

 きっと、花陽からしてみれば、俺の言葉の意味なんて一つも分かっちゃいない。

 

 それに、俺は自分のことを自己満足野郎だと言った。

 

 凛だって、似ている。

 だが、一段階、彼女のは違っている。

 

「なァ聞かせろよ『自己犠牲野郎』……テメェは今までの戦いを経験してきて何を手に入れた? 名誉か? 金か? それとも満足感だけかァ?」

 

 いいや、違う。

 大仰に両腕を広げて、俺は断言する。

 

「凛、テメェが手に入れられたのは、ただの胸クソ悪いトラウマと、一人の幼馴染みの心だけだ――その幼馴染みの……花陽の心を離したくない、また花陽を傷つけさせる訳にはいかないッつゥものから来た、自己犠牲感が――」

 

 もう、後戻りはできない。

 

 前から分かっていた。

 二人をここに呼び出した時点で理解していた。

 

 星空凛。

 史上最強の自己犠牲野郎。

 

 悲劇のシナリオの主役気取りの彼女が招いた今までの言動によって――。

 

 

 

「入りたくもないスクールアイドルなンかに、入部しちまッたンだからなァ」

 

 

 

 決定的な一打。

 今度は誤植であってほしいとさえ思えたこの真相。

 

 全ては俺の推測。

 一人の人間の知能が好き勝手に導き出した結論に過ぎない。

 

 だが、失敗の見込みはなかった。

 一度目に失敗を経験できたからこそ辿り着けた、この事実。

 

 それを突きつけられた星空凛。

 探偵に、お前が犯人だと指をさされ、逃げ場を見失ってどうしようもない焦燥感に駆けられる真犯人のような形相をしている。

 

 呼吸が乱暴で。

 汗がとめどなく流れている。

 

 握り締められた両の拳は震えている。

 膝が寒さに耐えるように笑っていた。

 

「どういう……こと、なの……凛ちゃん」

 

 当然のことだが。

 もう、花陽も黙ってはいられなかった。

 

「μ'sに……入りたく、なかった……? な、なんで……? ま、また一緒にいられるって……あの時、屋上で……真姫ちゃんも入れて三人で、凄く……喜んで、たのに……」

 

 涙声だった。

 掠れた喉を必死に動かし、それでいて、今の凛に近づくことを恐れるかのように、その場から動かず、花陽は言う。

 

「凛がμ'sに入ッたのは、花陽――お前がいたからだ」

「……へ?」

 

 こう聞けば。

 仲の良い友達がとある部活に入ったので、自分もそれに付いていきました、なんて可愛らしい日常風景が思い浮かぶだけかもしれない。

 

 だが、彼女らの場合は違う。

 

「なァ花陽。凛は中学時代、誰にも見られることのない陰気な場所でイジメを受けている時、その自分を虐めていた奴らにいつも、こう言ッていたらしいぜ」

 

 それは、あの忌まわしき男から聞いたこと。

 その光景を脳裏で想像するだけで、腸が煮えくり返る感じがするのだ。

 

 

『かよちんは巻き込まないで』

 

 

 後退った。

 花陽は口元を両手で覆う。

 

「ヒーロー気取りで、凛はいつもお前のことを守ろうとしていた。幼い頃から消極的で、周囲とうまく溶け込めない花陽をいつも庇い、隣にいてやろうと気遣ッてきた」

 

 泣かせるだろう。

 立派だろう。

 

 友情の素晴らしさを訴えかけられる、よくできた物語だろう。

 

 ……そんなことを言い出す輩もいるかもしれない。

 

 俺にはそうは思えない。

 自分の心身を顧みず、常に傷を負いながら、それを相手に隠し通して付き合える仲なんざ、ただの偽物としか思えない。

 

 だから、小泉花陽は理解者になれなかった。

 

 今まで俺は、凛の問題だからと、星空凛ばかりを見てきた。

 

 そうじゃない。

 それこそが間違いだったんだ。

 

 

 本当に目を向けてやるべきは、小泉花陽の方であったんだ。

 

 

 それに気づかせてもらえたのが、あの日――UTX学院を訪れ、俺が依頼を託した綺羅ツバサによってであった。

 

 ライバルだが――奴には感謝している。

 訳の分からない言葉でμ'sを評価したことにも、何か意味があるのではないかと感じられてくる。

 

「花陽。そもそもお前は、凛以外の人間とコンタクトを取ろうとする努力もしてこなかッた。小学時代も中学時代も、お前は常に凛の周りにだけい続けた」

「そ、それは……」

 

 図星だった。

 しかし、きっと彼女ならそうなのだろうと、確信に近い予想はあった。

 

「そこからくる凛の、花陽を守らなければならないという使命感。それは幼馴染みだから、親友であるから沸き起こるもンだ。確かに花陽、お前は良い友達を持ッていた。だがな、少し、お前は凛を頼りすぎた」

 

 続けろ。

 罪悪感を感じて言葉を止めてはならない。

 

「お前が執拗に頼ッてくるから、凛も花陽を守るために行動し、また遠慮されたくないが故、そのことを花陽には隠し続けた」

 

 それに、だ。

              

「今だッて、凛はお前を守るために戦ッている」

「……え?」

「花陽のアイドル活動を応援したい。だが花陽が部活内で周囲と溶け込めなかッたら、花陽が諦めてしまうかもしれない。そンな不安から、凛はμ'sに加入し、花陽が全員と仲良くなれるよう手助けをした」

「っ……」

「…………」

 

 思い当たるところ――自分が今まで、積極的にμ'sのメンバーに話しかけようとしなかったことに覚えがあるのだろう。

 

 また凛の沈黙を、俺は肯定と捉えた。

 

「PVの撮影中、凛がカメラの前に出て目立とうとする理由もそれだ。恥ずかしがり屋の花陽は一人ではセンターに立てない。だが、自分が一緒なら……と、凛は無理をしてでも、気にしている短い髪を振り乱し、着たくもないスカートを揺らして、花陽と一緒に前へと躍り出る。動画を見返してみりゃ確かに、綺羅ツバサの言う通りだッた。必ずお前らは二人一緒で、カメラの前に出てきていた」

 

 そしてもう一つ思い出す。

 これも、重要であることだった。

 

「凛がスカート――つか、女の子らしい服装をできなくなッたのは、やッぱ虐められたトラウマのせいだろ。主に小学生時代のなァ」

 

 そのトラウマも、やはり時間をかけて解消していくしかない。

 

「このままじゃ一生、その場で足踏みしているだけだぞ」

 

 まとめる。

 俺は仕上げの段階に入った。

 

「羞恥心からくる花陽の弱気な態度。それを見て起こる凛の過保護な態度。凛は花陽に隠し、花陽は凛を見ようとしない。これらを消していかないと、お前ら……もう前に進むことは絶対にできない」

 

 あとは、こいつらの態度次第。

 それで、この後の対処が変わってくる。

 

 けれど、別にいい。

 

 放って置いてくれとか。

 構わないでくれとか。

 

 いくら言われても、俺はこいつらを諦めるつもりはない。

 

 μ'sを抜けると言い出さない限り。

 友達関係を断つと言われない限り。

 

 俺は、堂々と構えられた。

 

 やがて――。

 

 

「っ――はぁ……」

 

 

 大きな溜息。

 それは凛だった。

 

 

「ヒーローには……なれなかったなぁ」

 

 

 天井を見上げている。

 ボソッ、と呟かれた声は、俺にも、花陽の耳にも届いていた。

 

「ぁ……」

 

 花陽は、膝から崩れ落ちた。

 絶望するかのような瞳で、声にならない乾いた息を吐くだけだった。

 

「……でもね、美雪ちゃん」

「……なんだ」

「一つだけ、間違ってるよ」

 

 星空凛はそう指摘する。

 俺は眉を寄せた。

 

 

「凛は、μ'sに入りたいって……最初から思ってたよ?」

 

 

 それは、俺が最もな自信とある希望を持って告げたもの。

 

 彼女の言葉に、どこか嬉しく思う俺がいた。

 

「凛だって、アイドルとか……女の子らしい服装とか……結構、憧れてたもん」

 

 後ろで手を組んで。

 片脚に体重をかける体勢で言う。

 

「ことりちゃんの作ってくれる衣装は可愛いし、絵里ちゃんが考えてくれる振り付けは楽しく踊れる」

 

 彼女は言っている。

 μ'sは、楽しいと。

 

「μ'sに入りたくないとか、入ってから後悔してるとか――そんなの、ありえないにゃ」

 

 ……久しぶりに聞いた気がする。

 いや、実際に暫く聞いていなかった。

 

 俺も少し気に入っている、凛のその語尾。

 口元がニヤけていないか、慌てて意識した。

 

「……さて」

 

 星空凛は左足を軸に、クルリと反転する。

 

 その影を見て顔を上げた花陽と、目が合ったようだ。

 

 涙を溜め込み。

 少しでも衝撃を与えれば、赤子のように泣き叫んでしまいそうな。

 

「り、凛ちゃん……」

「……かよちん」

 

 お互いの名前を呼び合う。

 きっと、十何年という長い年月を経ながら呼び合ってきた、その名前。

 

「あ――ご、ごめっ……凛ちゃ……花陽は、花陽……」

 

 ぽろぽろと溢される大粒の涙。

 花陽のふっくらとした頬を伝い落ち、廊下を塗らす。

 

 後ろから見ていて、凛が大きく息を吸い込むように、背筋を逸らすのが分かった。

 

 直後。

 

 

 

「かよちーーーーーん!! もう泣くなーーーーー!!」

 

 

 

 大声。

 先程の暴れた咆哮とは違い、丸みがあった。

 

 花陽は思わず固まる。

 凛はしゃがみ、幼馴染みの涙を拭ってやった。

 

「もういいんだよ、かよちん。全部、凛が主人公を気取って勝手にやっちゃったこと。かよちんは、な~んにも悪くないの。ただ、美雪ちゃんがちょっと意地悪だっただけにゃ」

 

 意地悪……って。

 

 ――いや。

 

 それでいい。

 悪役は俺だとしておけ。

 

 きっとこの場に主役はいない。

 気取っているようなアホも、助けを待っているだけの弱虫も引退すればいい。

 

 物語に必要なキャラを探すこともない。

 キャストがいなくなって、そこで一つの物語が終えられれば、それだけで十分だろう。

 

「で、でも……でも凛ちゃんは、花陽のせいで……花陽が、気づけなかったから……」

「~~~んもうぅ」

 

 ……何か、目の前が眩しい。

 太陽のせいではないだろう。

 

 

 正義のヒーローを真似た偽善者であった少女が、未だ甘えを求める者を抱き締めている。

 

 

 凛が、花陽を。

 

 

 随分と違うじゃないか。

 

「な~んかさ、凛――吹っ切れちゃったよ」

 

 そう呟く。

 花陽の耳元で、俺に届く声で。

 

 そうだ。

 それでちょうど良い具合なんだ。

 

 終わってみれば、結局のところ俺は、星空凛の理解者になれたかなんて、分からなくなった。

 

 

 だが……もう、良いだろう。

 

 

「ねぇ、美雪ちゃん」

 

 幼馴染みの頭を撫でながら、凛がこちらへと振り向く。

 

「どうすればいいかな」

「あ……?」

 

 凛の質問に、俺が疑問を抱く。

 だがすぐに、凛は続けた。

 

「美雪ちゃんは、今までの凛達の人生を否定したんだよ、もう思いっきり」

 

 ……あれ。

 なんか責められてる?

 

「だからさ――教えてよ」

 

 ……あぁ、そうじゃない。

 

 今まで一人で戦ってきた星空凛。

 

 

 彼女が、俺を頼っているんだ。

 

 

「凛達は、どうすれば、前へ進めるの?」

 

 俺の、最後の仕事。

 取りかかり始める。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 二人を連れて屋上に戻る。

 扉を開けると、先程まで休憩を取っていた七人のメンバーがいた。

 

「……あれ?」

「え……?」

 

 凛と花陽が首を傾げる。

 

 それもそうだろう。

 目の前の光景。

 

「二七! 二八! 二九! 三〇!」

 

 そう声を上げるのは、μ'sのメンバーではなく、高坂穂乃果のクラスメイト。

 

 屋上の中央。

 両端で縄を回している二人は、これもまた高坂穂乃果のクラスメイトらしい。

 

 では、μ'sのメンバーは?

 

 

 七人。

 二列に整列し、次々と真上から円を描いて迫り来る大縄を、汗を飛び散らせながら引っかかることなく、飛び続けている。

 

 

「な、なんだにゃこれ……」

「あ……」

 

 一瞬。

 俺の隣で、花陽が顔を青ざめさせた。

 

「加わッてこい」

 

 俺は言う。

 

「一〇〇回飛べるまでやめるなと言ッておいてある。だが、九人揃ッて飛ばないと駄目だという条件付きだ。途中参加でも認めてやる。ただせめて半分の回数は飛べ。時間になッたら飛び始めろと絵里に言ッておいたが、まだこの回数とは誰かが引ッかかッてるなァ」

 

 すると、声が聞こえてくる。

 

「あはぁ……あぁ……も、もう、やばい……」

「頑張ってください穂乃果! 引っかかるとまた一からですよ!」

「よく縄を見て穂乃果ちゃん!」

 

「みんな頑張って! 今度こそ飛ぶわよ!」

「あっはは。にこっち、ツインテールがピョンピョンしてて兎さんみたいやん」

「あ、あんたの……跳ねてる胸が当たって……じゃ、邪魔なんですけどぉ……!?」

 

 すると、真姫が気づいたように、俺達を見た。

 

「凛! 花陽! あなた達も早く来なさいよぉ! ずるいじゃない!」

 

 癖毛の赤い髪を振り乱しながら、自分もかなり疲労があるはずであろうに、同学年の彼女らを呼ぶ。

 

「なァ、凛」

 

 呼ぶ。

 凛は俺を見上げた。

 

 そして、言ってやる。

 

 

「ジークムント・フロイトの言葉だ」

 

 本日、二度目。

 彼にお世話になろう。

 

「『自分に対してとことん正直になること、それが心身によい影響を与える』――ッてなァ。大縄飛びを見て、もう身体が疼いてンだろ?」

「あ……」

「まだ花陽が気になるか?」

 

 俺と凛は花陽を見る。

 若干、足が震えていた。

 

「手本を見せてやれ、凛。ここに――μ'sに、お前らの敵はいねェよ」

 

 そう言ってやる。

 そう断言してやる。

 

「――オッケー」

 

 舌なめずり。

 それを一発、自信満々といった風にかますと、彼女は走り出す。

 

「かよちん! お先にゃ!」

「あ……」

「平気! かよちんなら、凛のとこになんて簡単に追いつけるよ!」

 

 そう言って、彼女は走る。

 前へと、走る。

 

 タイミング良く飛び、彼女は縄の中央にいる真姫の隣に飛び込んだ。

 

「三五! 三六! 三七!」

 

 ……やはり、凛にはあの笑顔が似合う。

 改めて確信できた。

 

「なァ、花陽」

「うぁっ……は、はいっ!」

 

 未だ震える彼女の肩に手を置く。

 

「『未熟な自分を責めてる限り、幸せにはなれない。未熟な自分を認めること。それができる者だけが強い人間になれる』――これも、とある有名な心理学者が後生に残した有名な言葉だ」

 

 肩に置いた手に力を込めた。

 抱き寄せるように、花陽を自分の片腕の中に入れる。

 

「四二! 四三! 四四!」

 

 カウントは進む。

 誰も引っかからず、順調に進んでいく。

 

「強くなりたいか、花陽」

 

 最後だ。

 最後に、俺は訊く。

 

「凛に追いつきたいか。気弱な自分を覆したいか」

 

 花陽は、頷かない。

 Yesとも言わない。

 

 それでも。

 

 震えは止まっていた。

 拳を握り締めていた。

 下唇を強く噛んでいた。

 

 ……いいだろう。

 十分だ。

 

 覚悟はできていると見た――。

 

 

「なら行ッてこい小泉花陽」

 

 

 彼女の背中を押す。

 しかしその必要はなかったかのように、

 

 

「はい――っ!!」

 

 

 弱虫で、内気で、消極的であった彼女は抜け殻を捨て、走り出す。

 

 助けは求めない。

 凛に縋らない。

 

 一人で――。

 その背中は、どれだけたくましいことか。

 

「えーーーいっ!!」

 

 掛け声と同時。

 タイミングを逃さず、花陽は縄をくぐる。

 

 第一歩。

 飛んで――。

 

 

「五〇! 五一! 五二! 五三! 五四! 五五!」

 

 

 ……続いた。

 

 続けられた。

 

 星空凛。

 小泉花陽。

 

 向かい合って、飛んでいる。

 

 彼女らは紛れもなく、一歩、前へと進めた。

 

 それは俺が保証してやる。

 

 

 よく、頑張れた。

 

 

 俺は踵を返し、屋上入り口の扉を開け、校舎内の階段の踊り場に出る。

 

 扉を閉めて階段の段差に腰掛け、ジャージのポケットから先程買っておいた缶コーヒーを取り出し、プルタブを開け、それを飲む。

 

「……美味い」

 

 相変わらずだ。

 この味は、別に変わる必要はない。

 

 必要であるものと、そうでないもの。

 見極めなければならないこの世界は、本当に難しくできている。

 

 

 ……やがて。

 

 

 扉の向こう――屋上から、大歓声が聞こえてきた。

 

 μ'sメンバーと穂乃果のクラスメイトを合わせて一二人の小規模なものだが――その大歓声は、俺の身体に鳥肌を立たせるだけの興奮はあった。

 

 そして、重なって聞こえてくる大きな泣き声。

 二人分のその声が誰のものか、簡単に察しがつく。

 

「ははは……やり遂げたンだなァ、最後まで」

 

 お疲れさん。

 

 ……本当に。

 

 

 お疲れさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時はまだ、気づいていなかった。

 

 すでに、俺はとんでもない間違いを犯していたことに――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 書き終えた作者の心境↓↓↓

 「なぜこれだけの文字数を一話に収めようとしたのか」


 まったく、謎である。


 次話もよろしくお願します!

 夏祭り編までが七章です!



作者「今日は僕の妹の誕生日であってだな……」
??「……あァ、そう」
作者「来うへんのかい!」←新喜劇見た


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