長かった第七章もいよいよラストスパートです。
たぶん、第八章からアニメ一期の終盤ストーリーに入っていくのかなぁ……。
「さァてと……」
屋上での大縄飛び。
彼女ら九人はそれを見事に成功させた。
その成果を聞き届けた後、俺は一人で廊下を歩く。
ジャージの前を全開にし、アンダーシャツの胸元を手でパタパタと煽らせながら、もう片方の手には空き缶を持っている。
缶コーヒーを買いに行く。
いつもの日課だった。
「一つ、あの場所に思い出作ッちまッたなァ」
呟く。
目的地は渡り廊下の自動販売機。
あの場所は、学校に来れば必ずと言っていいほど訪れていた所であったが、それはただ単に、缶コーヒーを買うためだけのものであった。
その場所で俺は、ついさっき、星空凛と小泉花陽に喝を入れてきた。
きっと今日以降、あの場所に訪れる度、あの光景を思い出すのだろう。
星空凛の睨むような表情。
小泉花陽の愕然とした様子。
今でも、彼女らに向けて自分で言った言葉だって、一語一句覚えている。
「……まァ、あれで良かッたンだろうが」
――そうじゃないか。
あぁ、あれで良かったはずだ。
解決した。
二人は立ち上がれた。
揃って前へ踏み出すことができた。
…………はずだろう?
だとしたら――。
「何だ……この拭いきれない違和感」
濡れ雑巾でいくら拭こうが擦ろうが、隅の方で小さくまとまっているカビや埃が、しつこいまでにこびり付いているままであるかのような。
「……おかしなことは言ッていないはずだ」
夏休みなので当然だが、誰もいない教室が左右に並ぶ廊下を歩きながら、一人で考える。
結局、俺が二人に向けて放ち続けた言葉なんてものは、全てが模範解答のようなものだ。
問題が提起されて、その答えの片鱗を探し回って、解答を述べた。
推測。
伝聞。
助言。
それらから模範の正解を導き出し、それを相手が作り出した隙間へと強引に嵌め込んでいってやっただけのこと。
失敗するはずがなかった。
それは俺の独断行動でなかった、という前提からすでに成り立っていた。
「だとすると何だ……この、しッくりこない感じ……」
自分の確信に不審の念を抱いている。
どこかが不一致であるような――。
「もう用事は済んだのかしら、夜伽ノさん?」
前方から声がした。
「ン……」
考え込んでいるうちに、無意識と視線を歩く足下に向けていたようだ。
声の方向へと、顔を上げる。
「あァ、理事長ッすか」
「こんにちは」
薄い灰色がベースとした、タイトスカートのスーツ姿をした理事長――南ことりの母親が、そこにいた。
片手で抱えるように、薄っぺらい表紙のものと何枚かの書類を持っている。
……正直、俺はこの人をあまり好んでいない。
説教されたとか、お小言をもらったとかいう訳ではないのだが……どこか、本能的にこの人には苦手意識を持っている。
「えェ、まァ……用事ならもう済みましたよ」
「あら、そう。早かったのね」
用事……というのは。
自宅謹慎を言い渡されている俺は、決められた期間中は登校はおろか、外出すらも許されていない状態だ。
今日は凛と花陽に話があったため、どうしてもと、特別に登校の許可をもらった。
その用件が済んだのなら早く帰れ。
理事長はそう言いたいのだろう。
「ンじゃ、俺はそろそろ帰るンで――」
「あぁ、夜伽ノさん」
理事長の隣を通り過ぎようとした時、ふと呼び止められる。
あぁ、今度こそ説教か?
そういえばまだこの人に、暴力事件のことで言葉をもらっていなかったが――。
「時間、あるかしら? 理事長室に招待したいのだけれど」
……いや。
これは説教とかではないな。
そうであったとしたら、『招待』だなんて言葉はここで使わない。
ーーーーーーーーーーーーーー
「そっちのソファに座ってて。今、紅茶を淹れてあげるから」
「あァ……お気遣いなく――?」
紅茶よりコーヒーの方が好みなんだがな。
まぁ嫌いという訳ではないし、何より招待された身となっちゃ文句は――、
「あ、ごめんなさい。夜伽ノさんはコーヒーの方が良かったのよね」
「……なぜ?」
「ことりが心配していたわよ? ブラックばかりを飲んでいるあなたが、身体を壊すのではないか、って」
「……あァ、娘さンから」
ことりから話が筒抜けか。
なるほど、娘の前で理事長の悪口を言うのはやめておこう。
……いや、別に普段から言っている訳じゃねぇけど。
理事長がいつも座っている大きなデスクが部屋の奥にあり、その手前の中央に、長方形のテーブルを挟むように二つの大きいソファが向かい合わせで置いてある。
入り口から見て左側のソファに、俺は腰掛けた。
こういう時の客人は、常に左側なんだという豆知識をどっかで見たことがある。
……まぁ常に意識している訳でもないが。
「砂糖やミルクは……いらないわよねぇ」
いらない――と言おうと開けた口を閉じる。
もう分かっていたみたいだったが。
しばらくして、良い色をしたコーヒーが、デミタスカップに淹れられて、机の上に運ばれてくる。
「はい、どうぞ」
「どうも」
理事長室ってのには、電気式のコーヒーメーカーが置いてあるのか。
これは当然だが、いつも口にする缶コーヒーとは違った上品な味わいが楽しめるのだろう。
「夜伽ノさんの家には、コーヒーを淹れる機械なんてものはあるの?」
反対側のソファに座り、自分の手元にもコーヒーカップを置きながら理事長は尋ねる。
「えェ、まァあるにはあるンですが……使ッてませンね。いつも缶の方で済ましてしまうンで」
「あら、宝の持ち腐れね」
「別に、そンな高価なもンでもありませンし」
一口。
ハンドルに指を通し持ち上げ、淹れられたそれに口を付ける。
「あら、まだ熱いでしょう?」
「…………」
そうだな、まだ熱い。
顔に近づけただけでも湯気の熱気が感じられる。
俺は素直にカップを戻した。
「ふふ……緊張しているのかしら? ここには何度か来ているでしょう?」
「……まァ、そうですね」
「三年間で一度もこの部屋には入ったことのない生徒だっているもの。それに比べたら、あなたはきっと多い方だわ」
「怒られる訳でも褒められる訳でもないのに、どうして俺はここに来ていたンでしょうね」
「くすくす、さぁ……?」
おかしそうに理事長は笑う。
随分前にうっかりと口を滑らせて暴露していた理事長の年齢は四十路手前……いや、ちょうど(?)であったが、微笑む表情はそれよりも遥かに若く、綺麗に見える。
ことりも、きっと大人になれば親と似て、綺麗な顔立ちとなっていくだろう。
今でも十分に魅力的だとは思うが、さらに磨きがかかると思う。
「……で?」
「はい?」
いや、はい? じゃねぇよ。
「俺に、何か用事が……?」
「――あぁ、そうだったわね」
なに、忘れてたの。
俺だって暇じゃねぇんだぞ……あぁ、いや暇だったわどうせ。
「いえ、あなたに必ず言っておかなくちゃならないっていう用件はないのだけれどね?」
「はァ……」
「見てたのよ、さっきの」
……見てた?
さっきの?
そのワードだけで、何のことだか、俺にはすぐに理解できた。
「あァ、あの渡り廊下での……」
「えぇ、そうよ」
つまり、俺が星空凛を叱咤し、小泉花陽を執拗に虐めてしまったあの光景を、だ。
「あなたは、本当に凄いわ夜伽ノさん」
「……あ?」
凄い?
そう言ったのかこの大人は。
「付き合い始めてまだほんの数ヶ月しか経っていない人に向けてあれだけの威勢で、あれだけの言葉を向けられるだなんて……常人にはできないわよ。それにあなたは、短い期間の中で彼女達――星空さんと小泉さんのことを、よく理解しきれた」
姿勢良く座り、理事長は真っ直ぐ俺を見る。
まだ表情は優しく笑っていた。
「あなたは、μ'sのマネージャーという役割を良く、果たしてくれているわ」
そう言って、俺を賞讃する。
理事長は俺を評価する。
「ははッ……」
小さく笑ってしまう。
やはり、人間なんてそんなもんだ。
当事者であろうがなかろうが、見えない部分なんて詮索しようとはせず、ただ見たままありのままの景色だけに拍手を送る。
ヨーロッパのとある国じゃ、ある時期になるとイベントで、動物の頭や角、毛皮や翼などを大量に集め、それを飾り、美しく彩るように組み上げ、ライトアップさせる。
その芸術作品に、多くの観光客や地元の人々が『生命の神秘』だと讃える。
その裏で、どれだけ多くの罪のない動物たちが殺されているか知っているか?
家畜だ道具だと言われ続け、自分達がなぜ殺されるのかも分からないまま、子孫も残すことなく駆逐されていくその情景に、果たして人は拍手喝采を送れるのか?
俺と理事長も同じだ。
理事長は知らない。
俺が裏で暗躍していた――以前に星空凛を虐めていた奴を入院先の病院まで追いかけ、聞き出すだけ聞き出した後に腹いせとして、血塗れになるまでボコボコにしたことや……天下のUTX学院に無断アポなしで侵入するといった無礼極まりない行動に出たことなどを。
「……ま、運動部と違ッて、アイドル研究部とかいう中でできる仕事には、限りがありますからねェ。マネージャーとして、何かできることはないかなァ――なンていう軽い気持ちでやれただけですよ」
「その程度の軽い気持ちであれだけのことをやってのけてしまう能力を持っているのだから、あなたはやっぱり凄い人だわ」
それでも尚、理事長は言う。
夜伽ノ美雪は凄い人間だと。
「……俺より凄い奴はいる」
「あら?」
気づけば、呟いていた。
……いや、そうじゃない。
話を『そっちの方向』に持っていこうと、咄嗟に、少々、無理矢理な手口で繰り出した。
「例えば、高坂穂乃果」
右手を出し、拳を作ったそこから人指し指だけを上げる。
「あいつはμ'sの発起人です。あいつの天真爛漫さ、また濁ッた感情なンて微塵もない、そンな意味での天衣無縫さに惹かれて、他の八人が集まれた。ハッキリ言ッちまえば、高坂穂乃果が音ノ木坂学院に存在しないとなれば、同じくμ'sなンていうスクールアイドルグループは生まれていなかッたでしょう」
俺の意見に、理事長は「そうね」と、深く頷いた。
「確かに、穂乃果ちゃんの行動力や、一つのものに熱中する態度。それに物事に対して諦めない心というのには、昔から凄まじいものがあったわ」
へぇ……あいつ、やっぱ幼い頃からあぁいった性格なのか。
穂乃果ちゃん――そう呼んでいるのは……穂乃果とことりは幼馴染みだ、きっと親とも昔から交流があって、親しい仲なのだろう。
「例えば、矢澤にこ」
中指を上げた。
「μ'sの中じゃ一番、アイドルについて詳しく、また真剣である奴です。ふざけたキャラを取り繕ッてはいるが、彼女の中にあるアイドルへの憧れ、希望――そういッた想いは誰にも負けてないでしょう」
それにも、理事長は頷く。
「一年生の頃から、彼女は一人で頑張り続けていたからね。きっと今のμ'sは彼女にとって、最高の場所となっているはずよ。環境的にも、将来の道のためにもね」
…………?
一年生の頃から、一人で?
その言葉に、俺は疑問を抱いた。
そういえば、矢澤にこ――あいつはあれだけアイドルに対して熱い想いを持っていて、あれだけ熱心にスクールアイドルをやっていて……それでも、自身がステージに上がって踊るような、自らが加入したスクールアイドルは、μ'sが初めて?
『アイドルは、私の小さい頃からの絶対の夢なのよ!』
そう言っていた彼女は、一、二年生の頃……何をしていたのだろう?
プロを目指すのなら、高校でスクールアイドルを始めようと思うのは当然だとは思うが。
しかしそれはひとまず置き、俺は薬指を上げ、合計で三本の指を立てた。
「そして例えば、西木野真姫」
続けて、小指も立てて四本を示す。
「また、園田海未」
この二人。
もはや尊敬するに値しても良いだろうと、俺は思う。
「この二人は家が道を究めていて、また自分達はその跡を継がなくちゃならないという使命を持ッている。だと言うのに、スクールアイドルの作詞作曲を担当し、踊りや歌の練習をしながら勉強や稽古を怠らない――俺じゃとても同じステージに立てない、そンな境地に達している奴らです」
言うならば彼女らは、音ノ木坂を代表として輝けるトップエリートだ。
当然、理事長からの評価も高いことだろう。
「確かに、あの二人は並外れの能力と才能を持っているわ。そして、立派な努力家。あの子達みたいな生徒がこの学院にいてくれて、おかげで私も鼻が高いのよ」
笑って言う理事長。
事実、彼女達のことは誇りに思っていることだろう。
俺は四本の指を畳み、その右手でコーヒーカップのハンドルを掴み、今度こそコーヒーを口に流し込む。
見れば、理事長も同じ行動を取っていた。
……美味い。
「まァ選抜して何人か言いましたが、他の奴らだッて十分に優れている。理事長の娘さンだッて、衣装作りの腕は一級品だ。スクールアイドルの衣装担当ッつゥ器に収まッているのが勿体ないくらいなァ」
「あら、それは親としても嬉しいお言葉ね。ふふっ、ことりにも聞かせておくわ」
東條希だって。
星空凛だって。
小泉花陽だって。
それぞれが魅力的なものを秘めている。
まだ俺の知らない良い部分だってきっと持っている。
未だ芽は出ていないが、磨けばきっと眩しい程に輝きを見せるものを隠している。
きっとそうだ。
マネージャーとしてそう言ってやりたい。
「……けど」
「……けど?」
そこで、俺は少し黙る。
しかし、これはきっと、理事長自身もそれなりに付き合いが長いだろうと重い、俺もここまで引っ張ってきた。
「……俺が気にしているのは、絢瀬絵里です」
口に出すと、どうも胸の中心部がきつく締められる。
凛と花陽を相手に怒鳴っていた時は感じてはならないと意識していた罪悪感が、ここで俺を呑み込んでいくようだった。
「あいつは、……どこか――何て言うンだかな……これは、合宿の時から思ッていた、つかそう勝手に思い込んでいただけなンだが……」
言葉にするのに躊躇いがあった。
オブラートに包み込める表現を、語彙力のない頭から懸命に探し出そうとする。
「夜伽ノさん」
そこで。
理事長が言う。
「はっきりと、ストレートに言ってみなさい」
ストン、と。
心の枷が外れたかのような。
この人に言ってみても、別に平気ではないかという――。
そんな謎の安心感がトリガーとなり、俺の脳から迷いを消した。
そして、
俺は柔らかくなった口を開く。
「絢瀬絵里は……どこか、信頼できない――」
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「星空凛へのお届け物です」
「どうも。誰からですッて」
「お母様からです。こちらがサイン」
「――はい了解ィ」
「スクールアイドル、頑張ってくださいね」
「……まァ、俺はマネージャーなンで、サポート役ですけどねェ」
理事長室を出る際、一本の連絡を受けた理事長から『事務室に寄ってほしい』と言われたのでその通りにしてみれば、俺は事務員から一つの紙袋を預けられた。
星空凛の母親から。
凛の奴、何か忘れもんでもしたのか……?
ちらと……見る気はなかったのだが、カバーも何もかけられていない紙袋の中身に、俺の視線はつい引き寄せられてしまう。
それは――。
「あァ……、凛。お前に、スクールアイドルに入りたくなかッたンだよな、なンて勝手なことを言ッて、本当に悪かッた」
屋上へと戻る途中の廊下で呟く。
やはり俺はまだまだ、メンバーのことを理解できていないみたいだ。
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「凛ちゃん、どこに行っちゃったんやろ?」
「美雪の持って来た紙袋を手にしたまま、慌てて校舎の中へ入って行きましたが……何を渡したのです?」
「……さァ?」
屋上に戻った俺が例の紙袋を凛に渡すと、その中身を見た彼女はすぐさま走り出し、逃げるように屋上から出ていってしまった。
そのせいで、練習は一時中断している。
水分補給を取りながら各々、中央の日向でストレッチや座り込んだりしていた。
「どうするのよ、これじゃ練習が進まないわよ?」
「まァそうカリカリすンなよ絵里」
俺は落ち着いた様子で行ってやる。
「あいつなら、すぐに戻ッてくるよ」
自信満々の言葉。
絶対の可能性。
俺の言葉に、斜め前に立っていた花陽が振り返ったが、俺は特に何も言ってやらない。
もう、必要もない。
彼女はすぐに戻ってくる。
「あ――」
やがて。
屋上の扉が開かれる。
「み、みんな……お待たせにゃ……ははっ」
まだ、照れているか。
それも含めて、かなり可愛いじゃないか。
星空凛。
生まれ変わった彼女の姿。
短いオレンジの髪を上の位置でシュシュで纏め上げ、服装は紙袋に入っていたであろう、白とオレンジが重なるミニスカートの練習着。
誰もが息を呑んだ。
そして響めくような歓声が上げられた。
我先へと、全員が新しい彼女の元へと駆け寄る。
可愛いといったお言葉。
急にどうしたと驚きの声。
似合ってるという拍手。
そして、『ありがとう』という感謝の言葉。
その五文字には、どんな想いが込められ、どんな意味があったのか。
それはきっと星空凛と、そう言ってくれた彼女の幼馴染みにしか分からないだろう。
そして、ある一人。
俺の元へとやって来る。
「で? どんな魔法を使ったのよ?」
矢澤にこ。
気づけばこいつ、途中から消えてたな。
……いや、そうじゃないな。
協力者であった彼女を置き去りにして、俺が一人で暴走していただけの話だ。
やっぱり、俺には役があった。
今回の物語は、たった一人のキャストが爆走し、つまらない方法で二人の心を拾ってやった。
少なくとも、俺の中ではそうだ。
にこの質問にある、魔法などの類ではない。
「悪役を演じさせられた、……それだけだ」
それだけで十分だ。
十分、自己満足に浸れた。
そこで、俺は両手を数回、叩く。
「よォし、お前ら静まれェ」
そう声を上げると、凛ちゃん可愛いよキャッキャウフフありがとう照れるよエヘヘしていた奴らが全員、俺の方へと振り向く。
「いよいよ明日は祭りの――お前らのライブの当日だ。今からが最後の大詰めだ。最後の練習、いつも以上に気合い入れていくようにィ、分かりましたねェ」
マネージャーの指示に、長く伸ばすがやけに元気な声で返事をする彼女らは、また口々に言い始める。
ついに明日かー。
頑張ろう。
盛り上げよう。
屋台巡りは自由ですか。
……おい最後テメェ穂乃果。
とまぁそれは放って、俺は新ユニフォームに着替えた凛を見る。
「凛」
「はい、美雪マネージャー!」
敬礼のポーズで俺に返事をする彼女。
もう、いつもの調子は取り戻したようだった。
……なによりだ。
「お前のうるさいぐらいの掛け声で全員に喝入れだ。バシッ、と決めてくれ」
そう言って、俺は場所を遠ざかり、屋上の入り口付近に座り込んで缶コーヒーを開けた。
理事長には悪いが、個人的にこっちの方が好きなんだ。
そして。
星空凛は、全員を前にする。
まるで猫が跳び上がるかのようなポーズを決めて、大声を張り上げるのだ。
「すぅぅうっ…………今日も練習、いっくにゃーーーっっっ!!」
それに応えて揃えられる八人分の「おーっ!」という声。
……いいじゃねぇか、花陽。
今の声、お前が一番、目立っていたよ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
『つまり、何だかよく分からんが、上手く解決したんだな』
「まァ、とりあえずはなァ」
夜の九時。
俺は自宅のリビングのソファに寝転びながら、携帯電話を通じて英玲奈と会話をしていた。
『結局、お前はツバサと何を話していたんだ?』
「それ、綺羅ツバサから聞いてねェのか」
『あぁ。何やら依頼をされたとかどうとか言っていたが、詳細までは教えてくれなかった。あんじゅがもの凄く気にしていたぞ』
「なるほど。なら俺も教えてやらねェ」
『む、むぅ……』
ふとテレビの画面へと視線を向けると、マウンド上で親父がフォームを取っていた。
しかし直後、親父の投げたボールは快音を鳴らされ、深く守っていたはずの左中間を真っ二つに割られる。
『あぁ……打たれてしまった』
「はッ。あの外人バッターに球が浮いたら、そりゃ打たれるに決まッてやがる。スタンドまで持ッていかれなかッただけでも幸いだな」
『貴様は本当に親父さんを応援しているのか?』
「勝利投手になッて家に帰ッてくる時のあいつ、露骨に機嫌が良いからなァ。ただでさえ鬱陶しいのに、負けてションボリとされている方が丁度良いンだッつの」
と、そう言っていると。
「あ……?」
家のインターホンが鳴らされた。
現在、俺の家のインターホンに取り付けられてあるカメラが故障していて、家の中から誰が来たのかが確認できない。
「悪い英玲奈、客人だ」
『ふむ、そうか。ではまたな美雪、おやすみ』
そう言われ、通話を切る。
……誰だ?
水浦竜三か?
柊蒼太郎か?
μ'sメンバーの誰かか?
それとも宅急便か何かか?
俺は玄関まで行って靴を履くと、派手な取っ手をしたドアを開ける。
「はい、どちらさン――」
そこで、俺は口を開けたまま言葉を途切ってしまう。
予想していなかった人物が、そこにいた。
「あ、……こ、こんばんわ、夜伽ノさん」
確か……えっと――。
あぁ、そうだ。
夕霧靜霞だ。
以前、家の鍵をなくしたと俺の家に泊まっていった、あの――。
「……おォ、どうした。何か用事か」
そう訊く。
すると門の外にいる彼女は、明るい街灯に照らされながら頬を赤く染め、しかしすぐに、何か決意めいた眼を俺に向け、息を吸う――。
「明日のお祭り、私と一緒に行ってくれませんかっ!!」
羞恥に紛れ、なにか怯えのある声だった。
嫌い嫌いよやんなっちゃう♪
ふぅ……。
尋常ではないほど腰が痛い(まだ一八歳ですキャピキャピ)
次話もよろしくお願いします!