笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 お待たせしました!
 ちょっと期間が長く空いてしまいました申し訳ありません!!

 さて、今回はASの祝10話です!

 今回、けっこう長いです!

 けれど途中途中で区切りのシーンがあるので、休憩しながら読んでもらうことをおすすめします。

 それでは、今回もよろしくお願いします――。






AS File. No10

 

 

 

 空は薄暗く――、

 身体に籠もる熱は気温に逆らえないように高く感じる。

 

 人混みから少し離れた場所。

 上げた視線の先には石造りの大きな鳥居が見えていて、その向こう側には浴衣を着たカップルや、お面を着けて走り回る子供達といった大勢の人集りが蠢いている。

 

 

 あぁ……私、夏のお祭りに来たんだなぁ。

 そう、夕霧靜霞はひっそりと実感した。

 

 鳥居へと続く長階段の中腹辺りで一人佇み、私はどんどんと途切れの感じられない人々の行列が登ってくる下方の方向へと、視線を向かせる。

 

 手を繋いで歩く親子。

 恋人に肩を抱かれる女性。

 友達同士でうるさく騒いでいる男子達。

 

 遠くからは笛の高音やお腹に重く響く太鼓の音、三味線や琴の隆盛な旋律がお祭り音色となって聞こえてくる。

 

 ふと、私の目の前を、浴衣姿の女の子、二人組が通った。

 何気なく目をやると、彼女達は仲睦まじく、指を絡めるように手を繋いでいた。

 

 ……私も、あんな風に彼女と手を繋いでみたいな。

 

 

 

「よォ、待たせたか」

 

 

 

 急に。

 私が心の準備もなしに、無防備なまま呆然としていた時だった。

 

 真横からの声。

 反射的に、そちらを向いた。

 

 相変わらずのお姿。

 

 長い銀髪。

 真っ赤な瞳。

 繊細なほど白い肌。

 

 けど想像以上に、私は彼女の登場に驚いたらしく――、

 

「ひゃっ!? い、いやいいえ!? ぜんぜん待ってないわよ!?」

 

 何も考えずにそう強く反論してしまう。

 けど、相手はそう取り乱した私を対して気にせず、

 

「あァ、そうか」

 

 と、短く言う。

 

 同時に、私は気づいた。

 

「あ、夜伽ノさん――浴衣」

 

 そう。

 私の待ち人、夜伽ノ美雪。

 

 私からのお誘いに「来れたら行く」と素っ気なく返事をし、別にお祭り事になんか興味ありませんよと言った風であった彼女は、特に何の柄も描かれていない、灰色の帯を巻き付けた真っ黒の、男物の浴衣を着てきていた。

 

「あァ…別に、こンなもン着たくもなかッたンだが――まァ、仕方がなくだ」

 

 そう言う彼女の「仕方がなく」は、どういった意味だろう。

 別に私が強要した訳でもないし――何か、着てこなくちゃならなかった理由でもあったのかしら。

 

「あ、あのね夜伽ノさんっ!」

「あ?」

 

 気づけば、口が動いていた。

 訊くならこの場面でしかないと脳が判断したのか、その機会を逃すまいと、私は石階段の一段下に立つ夜伽ノさんへ、身を倒すように迫りながら――、

 

 

「わ、私もっ、……その、浴衣、着てきたのよね――これ、どうかしら?」

 

 

 夏祭りなんて、友人も恋人もいない私にとって、無縁のイベントであった。

 けど、今日は自分の思い人と共に訪れる真夏の一大イベント。

 

 浴衣なんて着る機会はないだろいと思っていた私が、母親のお下がりをもらって袖を通したこの姿。

 

 表現があれだが、まるで血に染まりそれが滴り落ちているかのような深紅の花が描かれた、薄い桃色の浴衣。

 

 両腕を控えめに開き、全身を見せるように身体を回してみる。

 

 すると、

 

「あァ、良いンじゃねェの? 語彙力のない俺にはあンま上手いことは言えねェが、一言で言ッちまえば――まァ、綺麗だ」

 

 ――綺麗。

 ……綺麗?

 

 夜伽ノさんが、私に――。

 

「そ、そそそそうかしららっ??」

「ン、どうした」

「な、なんでもないわよ! ほ、ほら! 早く行きましょう! ここじゃ通行の邪魔になっちゃうわ!」

「お前が待ち合わせをここに指定したンだろ」

 

 呆れるように言う夜伽ノさんに素早く背を向けて、私はきっと赤く染まったであろう顔を見せまいと、階段を昇り始める。

 

「あ……、」

 

 そこで。

 さっき見た、仲良さげに手を繋ぐ二人の女の子達のことを思い出した。

 

 ピタリと、一段だけ昇らせた足を止め、私は考える。

 

 いや、でも……。

 

「おい、……行くンじゃねェの」

 

 ハッ、として、隣を見る。

 私の横に並んだ夜伽ノさんの瞳が、じっと、不思議そうに私を見つめている。

 

「昨日も言ッたが、俺は夏祭りなンてもンは初めてだからなァ。ンな訳で、リード頼むわ」

 

 リードしてくれ。

 そう言われ、きっと彼女にその気はないだろうに、私は勝手に一人で、まるで自分達はデートをしに来たような雰囲気を内側に感じる。

 

「え、えぇそうね! さ、行きましょ!!」

 

 ……まだ、手を繋ぐのには早いわよね。

 

 

 

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 その光景を、彼女は見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 狭い吹き抜け店内に明るい光を灯してお客を呼びかける人がいる屋台の数々。

 多種な二字熟語を黒墨の毛筆で書かれ、華燭の灯しを照らしている提灯の長蛇。

 

 それらは個数が多すぎて、雑踏の群れに紛れてしまうまで、先が見えない。

 

「うわっ……凄……」

 

 とあるものを目にした。

 私は夜伽ノさんの来ている浴衣を袖を、クイクイと引っ張る。

 

「あ?」

「あれ、見てよ」

 

 遠目から見ても分かる巧みの彫刻の業。

 黄金に磨かれた外壁。

 前へと突き出るように顔を見せる、両翼を大きく開かせる金箔の鷲。

 

 十数人の男達に担ぎ上げられる立派な御神輿が、屋台と提灯に挟まれる広い石畳の通路の真ん中を通っていく。

 

 御神輿を激しく上下に揺らしながら大声を張り上げる鉢巻きと褌の男達に合わせ、その勢いに呑まれるように巻き込まれた大勢の人々も、両手を上げて同じように掛け声を上げる。

 

 強烈に漂ってくる男の臭い。

 大勢の人々の熱気の凄味。

 

 なるほど。

 これが、お祭りか。

 

 私は一人でそう思った。

 

「へェ……これがお祭りねェ」

 

 隣で、夜伽ノさんがそう呟いた小さな声を、私の耳は周囲の騒音の中から敏感に拾った。

 

「凄いわよね。人間って、何かのイベント事となるとこうも簡単に熱くなれるんだから」

「本当になァ。だッたら、一年中毎日のようにお祭りしときゃ良いンじゃねェの。きッと世の中から争いが消えるぜ」

「そんなの、疲れちゃうわよ。それにそんな世界、私からしたらかなり迷惑だわ」

「俺としてもだ」

 

 私達の真横を通過する、雑踏を巻き込む御神輿を見送ると、私は思い出したかのように、夜伽ノさんへの疑問を口にしていた。

 

「夜伽ノさん、……今日はどうして、私の誘いに乗ってくれたのよ?」

 

 正直、駄目かもとは少なからずどこかで思っていた。

 

 明らかに、夜伽ノさんは友達同士で馬鹿をやって遊んだり、恋人同士で甘いラブラブデートをしているタイプじゃない。

 

 ましてや、夏祭りなんて。

 

 けど、彼女は待ち合わせ場所に来てくれた。

 

「……まァ、断る理由もなかッたし」

 

 夜伽ノさんはそう言う。

 

 面倒臭いとか、怠いとか。

 付き合いのほとんどない相手に向かって言える文句はいくらでもあったはずなのに。

 

「つゥかどッちにしろ、今日の夏祭りには来なくちゃならなかッたからなァ」

「あら、予定でもあったの?」

「遊ぶ予定じゃないがな。ちと、お世話になッた人への挨拶ッつゥか」

 

 へぇ、意外。

 夜伽ノさんって、見た目に反して律儀な人だったのね。

 

「つゥか、お前も大丈夫か?」

「え? 何が?」

「その下駄」

 

 彼女は私の足下へと視線を落とし、そう言う。

 

 そう、私は今日、母親に勧められた下駄を履いてきていた。

 

「さッきから歩き方がぎこちねェが、履き慣れてねェンじゃねェの?」

「あぁ、これ。ぜんぜん大丈夫よ? 確かに少し歩きにくいけど、痛みとかはないわ」

「……そうか」

 

 そう言って、彼女は再び歩き出した。

 私も、夜伽ノさんの隣を歩く。

 

 ……明らかに。

 夜伽ノさんが、歩くペースを落としていた。

 

 合わせてくれている――?

 私に、気を使ってくれている……?

 

「~~~~っっっ!!」

 

 なんだかそのことに無性に、どうしようもなく嬉しく感じた。

 

「……なにニヤついてンの」

「に、ニヤついてないわよ!?」

 

 

 

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 そんな二人を、彼女は見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ……お尻が気になる。

 そう思い始めたのは、夜伽ノさんと会う前――意気込んで家を出た時からだった。

 

 浴衣はパンティラインが見えやすくなるからって、頑張ってTバックを穿いたんだけど……浴衣の布にお尻の肌が擦れて、なんだか変な感じがする。

 

「夕霧、どうかしたか」

「へ?」

 

 夏祭りの和のメロディーが盛大に流される人混みの中心で、夜伽ノさんがそう訊いてくる。

 

「さっきからモジモジしてるようだが……トイレか?」

「あ、あ、いや……」

 

 夜伽ノさん、けっこう目配りが良い。

 そんな所も素敵だと思うけど……さて、どうしましょう。

 

 Tバックのせいでお尻が浴衣に擦れて変な感じがする、なんてちょっと恥ずかしくて言えないし……。

 

「トイレなら向こうの端と、あそこの十字の左角にあるけどよ」

「あ……把握してるんだ。この場所、よく来るの?」

「いや、祭りとかの混雑の中で、トイレの場所が分からなかッたら困るだろうが。事前に調べてる」

 

 ……凄い。

 

「あァ、ちゃンと清潔に保たれている場所を選んであッから安心しろよ。まァ、連れがいなきゃいちいち調べたりはしなかッたがなァ」

 

 その言葉に、私は思わずトキメキそうになった。

 ……いや、もうすでにときめいてるんだけど、そうじゃない。

 

 さっきの歩くスピードと言い、今のと言い――。

 

 夜伽ノさんは、『私のため』を思って行動してくれている。

 そこらのチャラいだけの男なら絶対にしてくれないようなことを、彼女は当たり前のようにこなしてくれている。

 

「……惚れ直したわ、さらに」

「あ、何言ッてンのお前」

 

 やばっ!? 

 口に出てた!?

 

「つかいいのかよ、トイレ」

「あ、今は平気よ!? トイレに行きたかった訳じゃなくて、慣れてないTバックを穿いたものだからお尻に紐が食い込んだり浴衣に擦れたりしてちょっと気になってただけだから!!」

 

 ……って何を大声で暴露しちゃってんのよ私はぁぁぁああああああああああっ!!

 

「う……」

 

 やっばぁ、周りの人がちょっと私の方見てるじゃない……。

 

 あぁ、もう最悪。

 これ、夜伽ノさんにドン引きされてる可能性も……。

 

 

「あァ……ンだよそンなことか」

 

 

 けど、彼女はいとも興味なさ気に言って、また歩き出す。

 

「まァ、そのうち気にしなくなるだろうよ、そういうのは」

「……ふふ、そうね」

 

 あぁ、もしかしたら、これも私に気を使ってくれたのかな?

 

 そんな勝手なことを思いながら、私はまた夜伽ノさんの横についた。

 

「……あ、」

 

 けどすぐに、私は立ち止まる。

 それを見て、夜伽ノさんも先に踏み出した一歩で足を止めた。

 

 引っ張られるように横に向けられた私の視線の先には、禿げ上がった頭に黒い鉢巻きを巻いたおじさんがやっている、たこ焼きの屋台が煙を出していた。

 

 たこ焼きかぁ……。 

 悲しく一人で機具を用意して、材料を揃えて自分だけのタコパをしたことがあるけど……こういった祭りで出される屋台のものは、どんな味なんだろう。

 

「あァ、たこ焼きか。買うか?」

 

 背後で夜伽ノさんが尋ねる。

 

「屋台巡りは夏祭りのメインだからなァ、これから色々と廻るンだろ?」

「そ、そうね! あ、じゃあ夜伽ノさん! あれ、六個入りだし、半分こで――」

 

 私が振り返ってそう言った時だった――。

 

 不幸にもその絶妙なタイミングで、私のお腹の虫が鳴いてしまった。

 ……結構、大きい。

 

 正面にいた夜伽ノさんには当然、そのお腹の音は聞こえたらしく――、

 

「……」

 

 無反応に近かったけど、若干顔を背け、そしてわずかに口角が上げられた口元が見えた。

 

「~~~っっっ!!」

 

 一気に羞恥心がマックスに達する。

 女の子は、他人に空腹の音を聞かれることに大きな恥ずかしさを抱くものだった。

 

「しょ、しょうがないじゃない! あの鉄板で焦げてるソースの匂いとか、もう殺人級なんだもの!」

「なンも言ッてねェよ」

「わ、笑ってたでしょう!?」

 

 すでに真顔へと戻された、切り替えの早い夜伽ノさんに私は迫る。

 

「笑ッてねェし何も聞こえてねェよ。ほら、早く買ッてきちまえ、半分ずつにすンだろ?」

「……むぅ」

 

 まぁ、いいわ。

 夜伽ノさんと同じものを共有して食べられるイベントだし、ここは見逃してあげることにした。

 

 案外と短い列を並び、私は屋台の中で魅惑的なソースの香りを存分に嗅いだ後に、おじさんにたこ焼き1パックを頼む。

 

「あいよ! 四〇〇円な!」

 

 ……原材料を考えると、その値段はちょっと高いわね。

 お祭りだから許されてるのかしら……いえ、そういうことを考えることが負けなのよね、夏祭りは。

 

「あ……」

 

 財布の中身を見て、私は小銭がほとんどないことに気づいた。

 大きいのなら用意したのだが、そういえば小銭は一円玉や十円玉ばかりを転がしていた。

 

 仕方がなく一〇〇〇円札を指で摘んで取り出そうとすると、急に横から拳が作られた、真っ黒な袖に通された腕が伸びてきた――そう思っていると、その手の中から一〇〇円玉が四枚、差し出されたおじさんの手に渡される。

 

「はいよ、丁度な!」

「どうもォ」

 

 その正体は、気づかぬ間に背後へと近寄っていた夜伽ノさんで、

 振り向いて見上げた彼女の顔に、そして今の行動に、またも私は見惚れている。

 

「はいよ兄ちゃん!」

「いや俺は……まァいいわ、どうも」

 

 そう言って、出来立てのたこ焼きの入ったパックを受け取り、屋台から離れる彼女。

 私も、彼女の後に続いて出た。

 

「あ、ありがとう夜伽ノさん」

「こういう祭りには小銭を多く用意してきた方がいいぞ。最初は札を出して崩すのもアリだが、店側からしたら面倒に思うからなァ」

 

 言いながら、「ほれ」と――。

 輪ゴムで固定されていた爪楊枝を、ちゃんと先端は自分の方へと向けて、私に手渡してくる。

 

「……夜伽ノさん、本当はイベント事には行き慣れてるんじゃないの?」

「常識的に考えて分かる範囲だッつの」

 

 そう言って、夜伽ノさんは二つの屋台の間にできたスペースにある石段の上に腰掛け、隣に座るようにと私を促す。

 

 やだ、私、夜伽ノさんに誘われちゃった!

 

 さっきも指摘されたし、その喜びを表情に出さないまま舞い上がり、私は彼女の隣に座る。

 

「ン……」

 

 パックの上底を開けたそれからは、ソースと鰹節の彩りや、ふっくらとしたたこ焼きの皮が見え、同時にできあがった薫りが誘惑するように鼻を刺激してきた。

 

「持ッててやッから」

「あ、うん!」

 

 子供っぽく頷く私にまた多少の恥ずかしさを覚えるが、それはもうどこかへと忘れ去ろう。

 

 また、夜伽ノさんが優しくしてくれた。

 それだけが、ただただ嬉しくて。

 

「あ、底の部分、熱くない?」

「平気だ」

 

 そう言うので、私も遠慮なく、夜伽ノさんが片手で持つパックに並んだたこ焼きの一つに爪楊枝を突き刺し、それを持ち上げ、口元まで運ぶ。

 

「あ、あつ、あちっ……ふーっ、ふーっ」

「…………」

「ちょ、また笑ったでしょ夜伽ノさん!」

「笑ッてねェよ、それにまたッて何だ」

「んもう~っ、次は許さないんだからね!」

 

 ……わぁ、何よこの私のツンデレキャラっぽいの。

 

 自分で言った台詞に鳥肌と同時に寒気を感じたから、私はすぐに、その熱々のたこ焼きを口に入れた。

 

「……ん――あ、美味しい」

「へェ、そうか」

 

 左手を口元に翳し、口の中で弾ける弾力のある具材や濃いめのソースが、満足感と共に暖かさを与えてくれた。

 

「本当に美味しいわ……一人で食べるものとじゃ比べものにならないくらい」

「あ、なに? お前ッて普段からたこ焼きとか食ッてンの」

 

 やだ、いけない!

 リア充の真似がしてみたくて親が留守中の家で一人で虚しくタコパをしていることがバレたらそれこそドン引き――というか哀れまれるわ!

 

「よ、夜伽ノさんも食べてみなさいよ! すっごく良い味してるわ!」

 

 私は彼女にそう言ったが、隣に座る夜伽ノさんは少しの間、私の顔をジッと見たまま動こうとしなかった。

 

「? ……夜伽ノさん?」

 

 怪訝に思って呼びかける。

 夜伽ノさんは少し首を捻り――いや、周囲を見渡して? ――何かを考えるような様子を見せた。

 

 しかし、すぐに……、

 

 

「ンじゃ、食わせてくれ」

 

 

 そう、言ってきて――――??

 

「…………えっ!?」

 

 両目を見開き、身体までも大袈裟に反応させる程、私は驚愕した。

 

「く、食わせるって……」

「いちいちパックを持ち変えるのも怠ィし、そッちの方が手っ取り早い」

 

 そ、それって……。

 

 それはまさか、今、巷で有名(?)な……あのカップル同士がよくやっている、食べさせ合い――通称、『あ~ん☆』というやつでしょうかっっ!?!?

 

 だとしたら……。

 だと、したら……っっっ!!

 

 

「夜伽ノさん、もしかして私に気があったりする!?」

「は? 捻り潰すぞ」

 

 ですよね!

 というかまーた私は口に出してしまいましたね!

 

 ……あぁ、一旦、落ち着きましょう。

 

 私は深く深呼吸をして、

 

「おい、何を急に深呼吸はじめてンだ?」

「触れないで」

 

 右手に持った爪楊枝でもってたこ焼きを一つ、刺して持ち上げる。

 

 それがこぼれないように。

 はらはらと落ちる鰹節が浴衣にかからないように、左手でお皿をつくりながら、夜伽ノさんの方へと持っていく。

 

「あ、あ~ん」

「ン、サンキュ」

 

 夜伽ノさん、別に意識してないみたい。

 でも、逆に私の方は過剰なくらいに意識しまくりだった。

 

 熱が感じられる頬はきっともう真っ赤だけど、真上に提灯があって本当に助かった。

 

 目を瞑りたくなるけど、それは勿体ないだろうと私の本能が告げているのか、瞼は上がりきったまま少しも下げられない。

 

 腕が震える。

 心臓の鼓動がうるさい。

 

 多分、だけど……こんな無防備に口を開けて、私に顔を向けている夜伽ノさんのショットは、激レアなんだと思う。

 

 夜伽ノさんは、私に心を許してくれている?

 彼女は、私をどういった対象で見ているんだろう。

 

「…………へェ、確かに美味いな」

「え?」

 

 気づけば、爪楊枝に刺さっていたたこ焼きはすでになくなっていて、夜伽ノさんは何かを咀嚼するように口を動かしていた。

 

 ……あぁ。

 緊張のあまり思考が優先されて……見逃した。

 

「あ、あの~」

 

 そこで。

 石段に座る私達――いや、夜伽ノさんに、少しオドオドとした様子で声をかける、女の子が現れた。

 

「あ?」

 

 夜伽ノさんも、たこ焼きを飲み込んでから無愛想にそれに応じる。

 見れば、声をかけてきた女の子のすぐ後ろに、不安そうな色を浮かべる二人の少女の姿もあった。

 

 少女、と言っても、歳は私達の一つか二つ下くらいに見える。

 夜伽ノさんの後輩とか、そういった類かしら。

 

「も、もしかして、夜伽ノ美雪さん、ですか?」

 

 けど、すぐに私はその可能性を否定した。

 彼女が言ったその言葉は、夜伽ノさんの知り合いにしては不自然すぎた。

 

「……あァ、そうだが」

 

 石段に座りながら、夜伽ノさんは彼女達を見上げてそう応える。

 

 すると、少女達三人組が急に整列したかと思うと、お辞儀をするように背を曲げながら、それぞれ右手を差し出し――、

 

「「「大ファンなんです! 握手してください!!」」」

 

 まるで練習してきたかのように重なった声で、そう言った。

 

 

 

 ……ファン?

 

 

 

 ふと、その単語に疑問を抱いた。

 

 ファンって、夜伽ノさんの?

 夜伽ノさん、何か活動でもしているのかしら?

 

 い、いや待って。

 ファンってことは、イコール大好き――今のはイケメンな夜伽ノさんに向けての遠回しの告白!?

 

 なによそれ、思っていたよりライバルは多いってこと?

 

 ……いえ、なら彼女達は、どこで夜伽ノさんを知ったのかしら?

 もしかして、彼女達も私達と同じ、音ノ木坂学院の生徒ってこと?

 

 気づくと、夜伽ノさんは座り込んだまま彼女ら三人と握手を交わしたらしく、三人の少女は歓喜に満ち溢れた様子でお礼を言っている。

 

「あ、あの……それで、こちらのお人は……」

 

 すると、最初の夜伽ノさんに声をかけてきた少女が、私を見てそう言う。

 

 ……て言うか、何よ、その物珍しそうなものを見る目は。

 けれどどこか、奇妙なものを見るような表情が覗えた。

 

 まぁ、確かに私ほどの美人ともなると、ついつい魅入っちゃうのは分かるけど。

 

「あァ、こいつか」

 

 夜伽ノさんも私を見る。

 

「同じ学校の同学年で――」

 

 私も、特に何も考えず夜伽ノさんを見返す。

 

 が、次の瞬間だった。

 

 

 

 

「俺の、友達だ」

 

 

 

 

 …………。

 ……………………??

 

 ――友達。

 

 恋人とは、さすがに言われないけど。

 

 まだ、付き合いは浅い。

 こないだまでは他人も同然だったのに。

 

『友達』って呼ばれたことに、私は――。

 

 

 

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その言葉を、彼女は聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 夜伽ノさんの言う通り、お尻に感じていた違和感はとっくに気にしなくなっていた。

 おかげで、勉強した浴衣での上品な歩き方ってものを、夜伽ノさんの隣で披露できる。

 

 若干、内股を意識する。

 歩幅を小さくして歩く。

 すり足気味で進む。

 

 普段と同じ歩き方じゃ見た目が汚く見られるし、着崩れの原因にもなりやすい。

 

 好きな人を意識してこんな勉強をするようになっただなんて、私も随分と恋愛脳になってしまったようね。

 

「しッかし、まァ……」

 

 歩く私の隣で、夜伽ノさんがふと呟く。

 

「まさか泣き出すとは思ッてなかッたわ」

「だ、だから泣いたんじゃなくて屋台の煙が目に染みたのよ!」

 

 と言うのは、先程――夜伽ノさんの『ファン』だと名乗る子達がいた時のことだ。

 

 自分の友達。

 私のことをそう言ってくれた夜伽ノさんに、私は思わず感極まり、一筋の涙を零してしまった。

 

 それだけ、嬉しかった。

 本当に、幸せを感じた。

 

 私に気を使ってか。

 その場というものに合わせたのか――そんな夜伽ノさんの真意は分からない。

 

 ただ、好きな人に。

 きっと、何とも思われてないんだろうなと感じていた人が、私のことを友達だと言ってくれたことに対して、大きな喜びが大波となって、私の涙腺を崩壊しにきた。

 

 何とか涙一筋で耐えてみせたが――それはバッチリと、夜伽ノさんには見られていたらしい。

 

「もう……」

 

 拗ねるように言いながら、私はバナナチョコのクレープにかぶりついた。

 隣でも、夜伽ノさんが『コーヒー風味』とかいう謎のクレープを片手にして、長く間を開けるペースでそれを食していた。

 

「コーヒー味ッつゥから買ッてみたが、やッぱ甘いわ」

「まぁ、クレープだしね」

 

 それから私達はクレープを片手に、屋台と提灯が並ぶ祭りの道を歩き続ける。

 

 その間、お互い無言。

 周囲は雑踏でうるさいはずなのに、屋台の向こう側にある鬱蒼とした木々が風に揺れる音が、はっきりと聞こえるくらいの感覚があった。

 

 でも、私はこの無言の空間を悪いとは思わない。

 それはきっと、夜伽ノさんも同じ。

 

 人間、複数人いるからとずっと喋り続けるなんて可能ではないし、それはかなり疲れる。

 

 お互いに何も喋らず、静寂の時間があった方が、私は好きだと思う。

 

 ……まぁ、ぼっち特有の考えかもしれないけどね。

 

「夜伽ノさん」

「あ?」

 

 私は夜伽ノさんの前に立ち、彼女の進行を止める。

 

 そして気合いを入れ、可愛く上目遣いを意識しながら、

 

 

「一口、ちょ~だい♪」

 

 

 と、おねだりを試みた。

 

 これぞ、私が心得た業。

 その昔、私の母親が今の乳のハートを撃ち抜いた仕草であるという、夕霧家代々の必殺。

 

 ……まさかこの歳になって、お母さんと一緒におねだりの練習をすることになるとは思わなかったけど。

 

「……ほれ」

「あ、ありがと」

 

 ……頑張って可愛さアピールしながら言ってみたのに、こうも無反応で差し出されたらこっちも困る。

 

 せっかく恥を圧し殺して母親のレッスンを受けたというのに――というかお母さん、私が「夏祭りデート」してくるって言ったらもの凄く気合いを入れて「男を落とす練習よー!」なんて言ってたんだけど、あれって何テンションなのだろう。

 

「……ん!?」

「あ? どうかしたか」

 

 クレープを私に差し向けてくる夜伽ノさんに、口を開けた私。

 

 ……凄いわ、お母さん。

 超自然なまでに、『あ~ん☆』ができるようになってる……っ。

 

 そしてお互いにクレープを食べ終わると、中身を包んでいた紙を片手に、私は近くにゴミ箱がないかと探した。

 

「ほれ夕霧、これに入れろ」

 

 そう言って夜伽ノさんが、いったいどこから出したのか、コンビニで配られるような一枚のビニール袋を示してくる。

 

「夏祭りッてのは屋台は多いが、その割にゴミ捨て場がねェからな。持ッてきて正解だッたわ」

「夜伽ノさんは祭りのプロですか!?」

「はァ? テメェ、さッきからなに訳の分かンねェことばッか抜かしてンだよ」

 

 ポイ捨てもせず、ビニール袋持参とか、他の人達は絶対にやってないわよ……。

 

 そこに痺れるし憧れるわぁ。

 

 また、私は彼女に惚れ直した。

 

 そして思い返してみると、夜伽ノさんは言葉使いやその態度は荒々しくて棘が見えるけれど、それでも、一般常識というものは深く刻み込まれているらしい。

 

 誠実な人。

 とても素敵だと思う。

 

「あ、夜伽ノさん! 私、あのチョコバナナ食べてみたいわ!」

「お前、チョコバナナッて今のクレープと同じ味だッたじゃねェか」

 

 そう指摘されて、きっとハワイブルー味だと水色チョコの塗られた棒付きバナナを買ったところ、それはただのチョコと味は変わらないと、食べてみて初めて知った。

 

 けど――、

 

『チョコバナナはね、エロく食べてなんぼよ』

 

 母親の助言を思い出す。

 

 食事のマナーに悪いかと思いはしたが、これも夜伽ノさんに意識してもらうため――私は彼女に見せつけるようにチョコバナナを出し入れして…………。

 

 …………なんだか死にたくなってきたので中断した。

 

「焼きそばとかは浴衣の袖が邪魔で食べにくいと思うのよね……あ、綿飴だわ!」

「あれ、作ッてるところを見てンのが楽しい気がするンだよな」

 

 同感よ夜伽ノさん。

 私達は早速屋台の列に並び、綿飴を購入した。

 

 

 ……一本だけ。

 

 

 と言うのは、実はこの綿飴、一人分というサイズがかなり大きい。

 とぐろを巻くようにうねる綿飴の大渦を見て、私達は一つのものを二人で食べようということになった。

 

「ふわぁ~、甘いくて美味しいわ。はい、夜伽ノさん」

「ン…………甘ェ」

 

 今度は私が棒を持ってピンク色の綿飴を差し出し、それを夜伽ノさんが食べる。

 

 ちょっと口の周りがベタベタするのが気になるけど、こういうのだって、リア充達がやりそうな行為じゃない?

 

「夕霧、ポケットティッシュあるから使え」

「準備良すぎでしょ夜伽ノさん!」

 

 これも彼女にとっては一般常識……あ、ポケットティッシュは私も持ってたわ。

 

 

 それから、私達は色々な屋台を回った。

 

 

 フランクフルトを頬張ったり。

 じゃがバターの濃密な匂いに誘われて。

 なかなか溶けないリンゴ飴を二人で頑張って。

 金魚掬いを体験して。

 ヨーヨー釣りでは取れなかった私の分まで夜伽ノさんが取ってくれて。

 

「んもう! ぜんっぜん当たらないわよ!」

 

 射的の屋台のカウンターに上半身を倒れ込ませて嘆く私から、夜伽ノさんが長身のライフル銃を奪い取る。

 

「あと一発か……」

 

 すると夜伽ノさん。

 片手で銃身を器用にクルクルと回し、本当に狙いは定まっているのか怪しく思わせる、その片手だけで銃口を商品棚へと向け――、

 

 パァン!

 撃った。

 

 一直線に撃ち放たれたコルク玉はとある一枚の札に命中し、その軽い衝撃だけで札は倒れた。

 

「ナイス兄ちゃん! その札はポケットティッシュ一つと交換だ!」

「いらねェ、もう持ッてるし……」

 

 ちゃんと狙いを定めれば、良いものを取れたんじゃないかしら。

 

 そして、どれ程の時間が経過しただろう。

 

 空は完全に夜。

 提灯の明かりがさらに赤みを増し、担がれる御神輿の数も追加される時間帯となった。

 

 とても楽しい。

 夜伽ノさんと一緒にいて――夏祭りに誘えて、本当に良かった。

 

 あぁ、そうだ。

 今日のことを、ネフティスに自慢してやろう。

 

 そして、お礼も言わなきゃ。

 彼女には、お世話になったから――。

 

「痛っ――」

 

 そしてやはり、慣れない下駄は辛かった。

 少し前から違和感があったけど、今になってそれは確かな痛覚となっていた。

 

「……どうした? 足が痛むか」

「あ、あはは……まぁ、少しだから平気よ」

 

 まだ。

 もっと。

 

 もっと夜伽ノさんと遊んでいたい。

 一緒に並んで歩いていたい。

 

 そう思えば、こんな痛みなんて気にしていられなかった。

 

 けど――。

 

「座れ」

 

 なんとなく予想はしていたけど、夜伽ノさんはやっぱりそれを見逃してくれなくて。

 この人混みの中、奇跡的に開いていたベンチに私を座らせ、彼女は私の前に屈み込んだ。

 

「少し脚、上げろ」

 

 なんか、恥ずかしい。

 そう思いながらも、言われた通りにする。

 

 下半身の浴衣の裾から、私の生足がするりと覗き、それを夜伽ノさんに間近で見られているということに猛烈に恥ずかしく……そしてちょっぴり興奮した。

 

「って……夜伽ノさん、絆創膏まで」

「まァ、これッてかなり痛いらしいからなァ」

 

 本当に用意周到な人だ

 こんな良い人、なかなか見つからないわよ。

 

 左足の親と人指しの指の間に、それ専用の絆創膏を貼ってもらう。

 それだけで私がどれほど助かり、またどれだけ嬉しかったことか。

 

 きっと夜伽ノさんは予想すらしない。

 当たり前のことだと思ってやっているだけなんでしょうね。

 

「もう歩いて平気なのか?」

「えぇ、おかげで随分と楽になったわ。ありがとう夜伽ノさん」

 

 私は立ち上がる。

 このままベンチで休憩だなんて、時間がもったいなさ過ぎるから。

 

 少し、それは焦りに近かった。

 夜伽ノさんと二人きりでお出掛けなんて、きっとそうそうないチャンスだと思うから、今日は――なんて。

 

 と、その時。

 

「きゃっ――」

 

 人混みの中で誰かと肩がぶつかり、私はバランスを崩してその場に倒れ込みそうになる。

 

 やば――浴衣が汚れる。

 そう危機感を感じた矢先だった。

 

 

 受け止められる感触。

 そのまま引き寄せられるように、誰かの腕の中に収められた暖かみと安心感が、同時に私の身体を包んだ。

 

 

 

「おい、平気か夕霧」

 

 

 

 抱かれる私を見下ろしてそう言ってくれる夜伽ノさんに、いつだったか、あの日のことを思い出す。

 

 

『……おい、大丈夫か?』

 

 

 音ノ木坂学院の校門の手前。

 水溜まりに足を滑らせた私を、自分の鞄を放り投げてまで助けてくれた、あの時の彼女の顔。

 

 背景が違えど。

 状況が違えど。

 

 その顔は、私が一目惚れに落ちたあの時から、あまり変わってないような気がする――。

 

「――ふふ、あはは……」

 

 思わず、笑ってしまう。

 それは、どんどんと底知れぬ海へと溺れていってしまう自分に対して。

 

 夜伽ノ美雪。

 この人は、どれだけ私を夢中にさせたら気が済むのかしら。

 

「また、助けられちゃったわね」

「……別にいい、気にすンな」

 

 良い雰囲気だと思った。

 けれどそこで、お祭りの場には不釣り合いな無機質音が、アナウンスメロディで流れてきた。

 

『お知らせします。本日の午後八時から、境内舞台により、日舞三郷流本家、園田家筆頭、園田巌瀨先生より、園田家次女、園田海未の日舞披露を開始致します。また午後八時三〇分からは、本日のメインイベント、打ち上げ花火を予定しております』

 

 アナウンスの終わりのメロディが流れると、少し落ち着きのあった場がまた騒々しくなる。

 

 夜伽ノさんは私の身体を支えながら姿勢を立て直してくれて、私も、もう平気だと彼女から離れた。

 

「私、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」

「場所は分かるか」

「えぇ。夜伽ノさんが事前に調べてくれたお陰で、ね」

 

 そう言って、私は慣れない下駄を鳴らして足早にその場から去っていく。

 

 

 ……本当に、危ない。

 

 

 あのまま抱かれ続けていたら、本当に――――本当に、どうなっていたか。

 

 思い切り抱き付きたい。

 満足するまでキスがしたい。

 

 そんな欲望が渦巻いたその瞬間に、少し距離を開けないと駄目だと感じた。

 

 今まで近くにあった夜伽ノさんの存在が遠のいていくのが分かる。

 寂しさはあったが、今は安全の確保の方が大事だった。

 

「ほんっとに……重症ね、私ったら」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場面を、彼女は見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 けど、私は本当にトイレに生きたかった訳じゃない、別に尿意もないし。

 

 屋台の連なりを跨いだその向こう――鬱蒼とした木々が立ち並ぶ、提灯の灯りに和楽器の響きや人々の声といった祭りの世界が薄れている、落ち着きのあって静かな場所。

 

 あんな人混みに一人だけ置いてきてしまった夜伽ノさんに悪いとは思ったが、同時にこれは彼女に危害を加えないための手段であったから、許してほしいわね。

 

「本当に、危ない人間だわ、私」

 

 抱き寄せられたあの一瞬。

 至近距離で見つめ合ったあの瞬間。

 

 私の心は欲に塗れた。

 彼女を何としてでも自分のモノにしてしまいたいという獣の衝動に駆られた。

 

「……そういえば」

 

 先程のアナウンスを思い出す。

 

「打ち上げ花火、とか言ってたわね……」

 

 午後八時半から。

 本日のメインテーマ。

 

 夜伽ノさんは、私をそれに連れて行ってくれるのかしら。

 

 確かに私は夏祭りに行こうと誘ったが、花火まで見るといった予定を持っていなかった。

 

「あ……」

 

 そこで、私は思い出す。

 

 

『昨日も言ッたが、俺は夏祭りなンてもンは初めてだからなァ。ンな訳で、リード頼むわ』

 

 

 今日、待ち合わせ場所で彼女が言っていたあの言葉。

 

 そうだ。

 期待しなくてもいい。

 

 私が夜伽ノさんを、「花火を見に行こう」って誘えばいいのよ。

 

「えぇ、それで良いわ。ふふふ、あははははは……なんか、今からでも凄い楽しみ――」

 

 ……そこで。

 

 私は、実に不思議なものを見た。

 

「……え?」

 

 誰もいないと思っていた。

 

 お祭り特有のハイテンションで、こんな人気のない静かな場所で野外セックスでもしているカップルがいたらどうしようかと危惧していて、さっき、それは杞憂でよかったと安心していた所だった。

 

 なのに、見逃していた?

 あれ程の、存在を?

 

 小さくも、かなり目立つ。

 明らかに異色なものだと思った。

 

 

 

「女の、子……?」

 

 

 

 そう見えた。

 いや、実際にそうだった。

 

 

 

 大自然の原生林の中に紛れ込んでいても簡単に見つかりそうな程までに綺麗な、『緑色の長い髪』。

 

 磨かれた原石のような輝きと透き通る潤んだ膜で覆われた、赤よりも色の深い『紫色の瞳』。

 

 

 

 身長は小柄で、服装はどこか、季節をハロウィンとでも勘違いしているのかという、コスプレのような魔女風の衣装を着て、頭には唾の広い尖り帽子、右手には背の高い箒を持っている。

 

 明らかに、普通じゃない。

 あんな衣装と小道具を持った、見た目からして小学四年生ぐらいの女の子が、こんな場所で一人で何をしているんだろう?

 

 少し、不気味だと感じた。

 

 けど、好奇心には勝てず……。

 

 

 

 私は、その小さな女の子に近づいて――。

 

 

 







 長い文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 さて、また今回のお話でも、この作品に対して読者様の中で、新たな謎というものが浮かび上がったのではと思います。

 そして次話からはまた夜伽ノ美雪が主人公の本編です。
 次話もよろしくお願いします!



 ……舞台が夏祭りとかいう現実との大きな誤差。


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