この作品、まだ夏の物語を書いている……。
現実じゃ冬だぜい??
「あっ! 見つけた!」
祭りの中央道を歩いていると、そう聞き覚えのある声が背後から聞こえ、俺の浴衣の背中部分がクイッ、と引っ張られた。
振り向くと、そこには帰ってきた夕霧靜霞の姿があった。
焦った様子で、どこか怒っている色が表情から窺える。
「ちょっと夜伽ノさん! 私がお手洗いに行ってる間にどこに行っちゃってたのよ!」
彼女の、あざとく頬を膨らませる顔に、俺も少し忙しかったのだという事実もあり、少し釈然としない思いが募る。
「テメェのクソが長すぎンだよ」
「クソッ……て、別に違うし!」
そこでふと、人混みの流れの勢いが増したことに気づいた。
なるほどと思い時間を見ると、もうのんびりしていられる暇はないようだ。
「おら、こッち来い」
「へ? あ、ちょっ……夜伽ノさん!?」
夕霧の腕を掴み、無理矢理に彼女を引っ張りながら、俺達も川に流されるかのように人混みの中を歩いた。
「ン? ……どうした夕霧。顔が赤いが――」
「うえっ!? な、何でもないわよ!?」
酷く焦燥し、誤魔化すような無理のある笑いを浮かべて反応する夕霧が、いったい何に焦っていたのか、俺には分からなかった。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
見ててやる、と誓ってしまった手前、興味がなかろうと無視する訳にもいかないだろう。
「よ、夜伽ノさん? どこに向かってるの? 何か、他の人達もこっちに流れ込んでるみたいだけど」
「あ? お前、さッきのアナウンス聞いてなかッたのかよ」
そう。
俺の目的は――。
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祭りの道はいくら厳しい混雑状況だろうと、彼ら彼女らは歩き、動いてくれるから、まだいい。
だが、それらの集団が限定された一箇所に集い、高密度を形成させた状態のまま、全く動きを見せないといった地獄の真ん中に放り込まれるというのは、何とも耐え難いことだった。
「あッちィ……」
「す、凄まじい人口密度ね……」
付近の人との多少の身体の接触は致し方がない程の、人間の集合体。
その中から見上げれば、日本の伝統を受け継いでいるような木造の造りと壁の絵画などが見られる、大きなステージ。
「でも、夜伽ノさんが日舞に興味があるなんて、意外だわ」
「人は見かけによらねェンだよ」
まぁ嘘だ。
本当は日舞にも日本の伝統なんかにも、全くもって興味などない。
ただ、μ'sのメンバーはライブのスタンバイがあって場を外せないので、たった一人、園田海未の日舞披露を見に行く担当が、俺であったという訳だ。
「きゃっ」
「ッと――」
満員電車よりも過酷なこの状況下、俺達の付近の人集りに大きな揺れがあった。
そのせいで、背後から背中を押された夕霧が、俺の胸元に倒れ込んでくる。
反射的に、彼女の身体を支えようと俺の両手が前に出た。
「おい、平気か?」
「え、えぇ……ほんと、何度も何度もありが――っ!!」
そこで、突如。
夕霧が言葉と同時に身体をピンと張るように硬直させたかと思うと、みるみるうちに、彼女の顔全体が熟成されたリンゴのように真っ赤へと染まっていった。
「お、おい……?」
その急変様に、さすがの俺もびびる。
本当はこいつ、熱でもあったのではないかと。
「よ、よっよよよ、夜伽ノしゃん!?」
「な、何だよ……」
「ひゅっ……みゅ、ムネ……胸っ!!」
「……あ?」
滑舌の回らない彼女を奇怪に思ったが、俺のその、左の手の平に感じる妙に柔らかい感触で、事態を察した。
「あァ……」
夕霧の右胸を、俺の左手が、思いっきり鷲掴みをするように、揉んでいた訳だ。
「あァ、悪いな。ン……」
……これだから人混みは。
手を胸から離そうにも、身体の両サイドをぎゅうぎゅう詰めに圧縮されているせいで、腕が引けない。
「すまンが夕霧、しばらくこのままでも――」
「あわわわわばばばばびゃびゃびゃびゃびゃびゃんjへjkdcえうぃおえいづえうぃdfねへsじゃあkdcあd―――――――!!???!!?」
「ゆ、夕霧……?」
今にも頭から煙が吹き出しそうなほど顔を紅潮させ、果たしてそれは発達した人類の言語であるかどうなのか疑いたくなるような発音を口にしながら、夕霧が目を回し始めた。
おい……マジで異常じゃないか、これ。
顔だけじゃなく、耳までも熱が籠もったように赤みを帯びている。
「お前……もしかして、女同士でもこういうことは、意識しちまう方か?」
「へひゃうわっっ!? え、いひぇいえ! ぜ、じぇじぇん大リョウ夫ですよわよっ!?!?」
「あァ、意識しちゃう訳か」
……ん?
冷静に考えてみて、俺は危機感を覚えた。
今、この状況。
他人から見れば明らかに、『銀髪の男が茶髪の女の子の胸を無理矢理に揉みしだいている』と見られるのでは……と。
「ヤベェ……」
一刻も早く夕霧の身体から離れなければ――そう判断した時だった。
舞台を照らす照明がバンッ、と音を鳴らして落ちたかと思うと、すぐさま、今度は薄くぼやけ、霞んだ白い照明が一箇所に向けられた。
いつ、現れたのか。
照明が落とされていた二秒間の中で、どうしてその中央の場所に立てたのか。
薄化粧を済まし、明らかに普段の彼女とは別人である、誰かの雰囲気を纏わせながら、きっとその基本形に美を感じさせてその場に佇む、和服姿の園田海未の姿が、そこにあった。
その周囲には、四人の和服姿の男女の姿も見られた。
五人――そのうちでセンターに立つ園田海未。
やがて、和楽器の演奏と共に、彼女が動き始める。
観客は、誰一人として発言しなかった。
「あばばばばばばばばングッ――」
俺も、隣で壊れている夕霧の口を、右手で塞ぐ。
……日舞ってのには、ナレーションが入ったりするものなのか。
専門家ではなく、またその道を囓っている訳でもない俺に、深い評価や感想、ましてや見たままの印象なんかも、詳しくは言えない。
ただ、力強い――それだけだった。
また、美しい――。
外見だけの問題であったが、素人の目の俺からしても、園田海未は綺麗であり、その衣装とも融合され、豪華絢爛という言葉がピッタリだった。
これが日舞か。
これが日本舞踊か――そう納得して頷くことはできないが……。
それでも、園田海未という一人の少女の存在だけに――普段から目にしているが、今日だけは別人である彼女に、身体全身の神経に通る感覚を全て、根刮ぎ奪われるようだった。
それほどの魅力。
それほどの圧力。
いよいよ本当に、どうして園田海未ともあろう高貴な者が、アイドルという偶像の存在に手を伸ばそうとしたのか、分からなくなってくる。
日本の和は、受け継がれる神の伝統であり――。
アイドルというものは、低俗なお遊びを楽しみ、人々の目に強引として入り込んでくる愚かな偶像だと――。
そう、多くの人々は評論する。
それが今の時代、年齢を重ねてその昔、俺達よりも『日本』という国を知っている者であれば、尚更。
テレビに映るアイドルという存在を目にして、『レベルの低い歌詞だ』とか、『こんな世の中じゃ将来の日本は滅ぶ』などと口にする。
しかし、目の前の園田海未から、それは感じられない。
当然だろう。
今の彼女は『日本の和』を舞っているのであり、決して『アイドルとしての偶像』を構えている訳ではないのだから。
そう、割り切っている。
俺も、海未も。
……やがて、海未の舞台は終わりを告げ、幕が戻された。
五分か、一〇分だったか。
正確な時間は覚えていないが、もしかしたら俺はその時間の間、一回として瞬きをしなかった気がする。
目が酷く乾く。
周囲から沸き起こる拍手喝采に、幕の内側にいる園田海未は、何を思っているのか。
それは明らかに、アイドルとしてライブステージに立った時とは異なる感想。
緊張や恥など全く持っていない――ただ彼女の胸にあるのは、きっと誇りだけ。
「ほんと……凄い奴だよ、園田海未」
それが、素人である俺からの感想だった。
「キュ~~~……はっ、日舞は――」
「もう終わッたぞ。つか、まだショートしてたのかお前」
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日舞の舞台から降りた園田海未は、幕の向こうから聞こえる拍手を耳にしながらすぐさま控え室へと移動し、化粧を落として顔を洗い、衣装を脱いでは音ノ木坂学院の赤いジャージに着替えた。
「海未さん、平気ですか?」
「はい。大丈夫ですよ」
一声かけてくれた女性スタッフに微笑みを返すと、彼女は控え室を出て裏口の扉に回り、そこから祭りを外れた細道を駆け抜けると、集合場所である大きなテントの中へと入って行った。
「海未ちゃん!」
「お疲れさん海未ちゃん、平気?」
そう出迎えてくれたのは、同じユニットのメンバーである星空凛と東條希。
すでに、二人はライブ衣装へと着替え終わっていた。
彼女らのその、星屑が散らばっているような煌々とした衣装を目にして、園田海未は、和の衣装との違いを改めて実感する。
「お待たせしました。私はぜんぜん平気ですよ。日々の稽古修行で鍛えられている私の体力を舐めてもらっては、困ります」
そう言い、園田海未は不敵に演じた。
二人も、そんな彼女を見ると安心したと同時、また気合いを入れるように、その目に闘志を灯す。
「ふふふっ……二人とも、準備は万端のようですね」
「あったり前やん?」
「なんと言っても今日は、lily whiteの晴れ舞台なんだにゃーっ!」
星空凛は特に元気そうで、両手をいっぱいに広げながら無邪気に笑って言う。
そこで、赤系統をベースとされた衣装を身に纏う、絢瀬絵里が更衣室から現れた。
「美雪から連絡が入ったわ。みんな、そろそろ舞台裏に向かうわよ。海未、大急ぎで着替えてもらうことになるけど……」
「えぇ、分かっていますよ絵里。すぐに追いつきますので、先に行っていてください」
そう言い、園田海未は自分の着替えが用意されてあるであろう更衣室に向かおうと歩き出す。
そこで、ちょうど更衣室のカーテンからヒョコッ、と顔を覗かせる高坂穂乃果と、目があった。
「お疲れ様、海未ちゃん」
「はい。ですがその言葉は、ライブが終わってからまた改めて、ですよ」
入れ替わるように、二人は互いの横を通り過ぎて行く。
高坂穂乃果に合わせるように、海未の除いた他のメンバー全員が、衣装を着て一箇所に集う。
「さぁて、ついに本番よ」
両手を腰に構え、アイドル研究部の部長である矢澤にこは中心に立ち、全員を見回した。
「美雪がせっかく用意してくれたこの大きな舞台――無駄にしないためにも、絶対に成功させるわよ! いいわねあんた達っ!!」
その意気込みに。
全員が、拳を上げて応える。
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「夜伽ノさん、今度は何をやるの?」
そう尋ねる夕霧の手を俺は相変わらず引いていて、歩いている方向は、とある目的地へとだった。
「いや、せッかく祭りにの舞台なンだし、見ていこうかな、と」
「……??」
夕霧が、俺の一歩後ろで小首を傾げるのが分かる。
そこでまた、アナウンスが流れる合図音が祭りの会場に響いた。
『打ち上げ花火の前に、急遽ですが、乱入イベントを催します。音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sによる、ユニット別ライブ――一〇分後に開始致します』
……いよいよか。
そのアナウンスを聞いて、多分、祭りに訪れた人々がずっと疑問に思っていたであろう謎のステージが置かれてあった場所へと、大勢が流れを変えて向かいだした。
俺は左手を耳元に当て、はめてあるインカムを押さえた。
「こちら夜伽ノ美雪。彼女達の状態は――」
そう小声で尋ねると、インカムからザザッ、と砂嵐の音が流れた後、
『順調です。全て予定通りに進んでいます。開始を早めますか?』
そう言う、祭りの運営側の女性スタッフの声が届けられた。
「いや、当初の予定通りの時間でお願いします。客の集まりが良い状態でないと、いけませンから」
『了解しました……が、打ち上げ花火の時間を押されるのはこちらとしても不都合でありまして――』
「何も三つの曲、全てフルで歌わせる訳じゃありませンよ。せいぜい五、六分くれれば、ライブは終了します」
そう言って、俺はインカムの電源を落としてから耳から外し、それを浴衣の小さなポケットに仕舞い込む。
浴衣の袖を、クイクイと、夕霧に引っ張られた。
「夜伽ノさん? さっきから何を話してるの?」
「ン……いや、別に何でもねェよ」
……そういえば。
本当に、今更だが。
この夕霧靜霞は、俺が音ノ木坂学院のスクールアイドル――μ'sのマネージャー職に就いているということを、知っているのだろうか。
今やμ'sは、神田町や秋葉原はもちろん、学校内と収まらず、東京都全域にその名を馳せている存在だ。
同じ音ノ木坂学院の生徒として、彼女がμ'sの存在を知らない、という可能性は極めて低い。
しかし彼女は、マネージャーである俺にそのことについては一言も触れてこない。
もしかすると、μ'sというスクールアイドルグループの存在は耳にしているが、マネージャーが夜伽ノ美雪である、という話は聞いたことがないだけだろうか。
――訊いてみるか?
何も、隠しておく必要なんてない訳だが……。
「ン……?」
そこで。
俺の浴衣の袖を指で遠慮がちに摘みながら、夕霧が立ち止まった。
いつの間にか、俺が握っていたはずの手は、離れている。
「どうした――」
「ね、ねぇ夜伽ノさん……」
それは、苦笑いが一層、酷くなったような表情。
風通しの良い浴衣を纏っているはずなのに、別に先程のような混雑状況に埋もれている訳でもないのに、彼女は額に脂汗をかいているようだった。
「さ、さっきのアナウンスだけど……」
「……あァ、スクールアイドルμ'sのことか?」
「う、うん……」
……どうした。
やはり、夕霧の様子がおかしい。
「なんか、アナウンスが流れてから他の人達、みんなステージの方向に向かってるらしいわよ……?」
「あァ、らしいな」
「……それで、夜伽ノさんも、同じ方向に行こうとしてる」
キュッ、と。
浴衣を摘む彼女の指に、力が加えられる。
「もしかして……見に、いくの? μ'sの、ライブ……」
…………?
だから、どうしたと言うのだ。
だが、これだけははっきり分かる。
夕霧靜霞は、それを拒絶している。
μ'sのライブを見に行こうとする俺を、彼女は止めようとしている。
「……何か不都合でもあッたか」
「あ、いや! その、アイドルとかそういうのにも興味あるなんて、意外だな~、と思ってね」
「人は見かけによらないと、さッき話したばかりだろ」
俺は、μ'sのマネージャーだから。
それを理由としては言えなかった。
それを言うと、何か、いけないと直感したから――。
「同じ学校の生徒が出るンだろ? なら、少しくらい興味が沸いたッて何も不思議なことはない」
「あ、でも……夜伽ノさんは――」
「自分の通う高校の野球部が甲子園に出場すれば、例え知り合いがいなかろうと、自分の高校を応援するだろ。それと同じだ」
「あ……ぅ……」
どうした、夕霧靜霞……。
いきなり、何を悩み出した。
……もしかして。
『それ』と、関係があったりするのか――?
「わ、私……」
「…………」
俺は黙って、彼女の言葉を待つ。
スッ、と。
彼女はゆっくり、俺の浴衣の振り袖から手を離した。
「わ、私、どこかに財布を置いてきちゃったみたいなの……さ、探して来るわね。あ、もしライブが終わっちゃったら、また二人で、ここに待ち合わせしましょ?」
……つまり。
彼女は、μ'sのライブを見に行かない、という選択をした訳だ。
「……そうか」
敢えて、一緒に探しに行ってやろうかという言葉はかけてやらない。
向こうがそれを望んでいたかどうかは知らないが、そんな面倒臭い道は通りたくなかった。
「ンじゃ、俺はちと行ッてくるわ」
「え、えぇ……それじゃ」
そうお互いに言い、俺達はそれぞれ真逆の方向へと、足を進めた。
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会場に到着する。
時刻は八時一五分。
「おい……予定より遅れてねェか」
未だ照明すら灯されていない無人のステージを見つめながら、俺はライブを見に来た観客達の中でそう呟く。
「あ……」
そして、思い出す。
インカム、仕舞ったままだった。
急いで浴衣のポケットからインカムを取り出してはそれを起動させ、耳に嵌め込む。
すぐに、女性スタッフの声が聞こえた。
『夜伽ノさん! こちちらはもういつでもオーケーです!』
「遅れて悪かッた。――ンじゃ、始めましょうかァ」
俺がそう言うと同時、ステージに眩い、カラフルな――どこか色気を感じさせるピンク色のスポットライトがステージを照らす。
途端、観客から歓声が沸き起こり、俺は顔を顰めて耳を塞いだ。
『長らくお待たせいたしました。ただ今より、音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sによるスペシャルライブを行います!』
力の込められたアナウンス。
同時、最初の曲の前奏が流れ出したと思うと、高いステージの中にあったのだろうエレベーターの床に立つ、三人の影が現れた。
『BiBi――Cutie Panther』
この曲は確かに、あの三人が歌うにはピッタリかもしれない。
俺から言わせれば、派生ユニットの中では最も、アイドルとしての力量を持つメンバーが揃っているだろう。
矢澤にこ。
絢瀬絵里。
西木野真姫。
矢澤にこの、アイドル分野に特化した知識を応用させた歌詞――それに西木野真姫が作曲し、ダンスに長けた絢瀬絵里が振り付けと踊りの特訓を担当する。
三つの派生ユニットの中では最も優秀な者達が集い、やはり今のライブでも素晴らしい披露を、それに観客達のボルテージも最初っからマックスへと高鳴りだしていた。
そして、二分とも立たない一番歌詞だけの歌が終わり、観客からは、園田海未の日舞披露の時にも劣らない拍手と歓声が響めき起こった。
『みんな~! 今日はにこ達のライブを見に来てくれて、ありがとうにこ~っ!』
『これからも私達BiBiを、よろしくお願いしま~す!』
『う゛ぇ……お、お願いしま~す!』
三人はそれぞれ言葉を残し、手を振りながらステージを降りる。
観客達の歓声はやむことを知らないが、構わず俺はインカムへと指を添えた。
「次だ、もう送ッてください」
『了解です』
一度は鳴り止んだ演奏に、また別の曲の前奏が流れ始める。
やはり初のユニット別のライブ披露、また続けざまに魅せられる新曲に、観客達は大喜びのようだった。
またやがて、三人の姿は現れる。
『Printemps――Love marginal』
高坂穂乃果。
南ことり。
小泉花陽。
そんな純情で甘々しくてピュアッピュアな三人が揃えられたこのユニットには、ピッタリとマッチした曲ができあがっただろう。
先に乗り込んだ電車の中では唇が震えて――。
友達なのにあなたが好き――。
そんな歌詞は、以前も経験のある南ことりが担当し、高坂穂乃果と小泉花陽が足りない知能を振り絞り、しかしアイドル好きの花陽が穂乃果を引っ張る形で、作曲を完成させたらしい。
またこの三人の見所は衣装であることが強いが……やはり、それはことりの存在だろう。
理事長にも言ったことだが、本当に、彼女はスクールアイドルの衣装担当という器で収まっていることがもったいなさすぎる。
『みんなーっ! お祭りはまだまだ終わらないよーっ!』
『最後まで楽しんでいってくださ~い!』
『え、えと……わ、わたしはっ! 今日のお祭りで、みんなの前でライブができて、本当に幸せです~っ!』
……そうだ。
よくぞ言ってくれたぞ花陽。
その言葉は、アイドルという偶像に絶対必要なものなんだ。
そして、三人はステージを降りる。
「ラストだ、上げてくれ」
『はい』
曲が終わり、また待ち時間も一切与えないように次の前奏が流れ出す。
一曲ずつと色の変化を見せるライトは、それぞれのグループのイメージカラーだろうか。
――さぁ、最後だ。
ラストまで華やかに飾ってみせろ。
そこに現れる、おおとりを務める三人の少女の影。
『lily white――微熱からMystery』
東條希。
園田海未。
星空凛。
三つの派生ユニットの中で唯一、一から三年まで全ての学年のメンバーを取り入れたグループ。
彼女達のユニットについては、俺がもっとも不安を覚えたグループであった。
特に、東條希と星空凛。
彼女ら二人を一緒にすると、いつも飽きることなくふざけたり誰かを茶化したりするもんだから、彼女らが共に作曲や振り付け考案に真面目に取り組むとは思えなかった。
そこで、園田海未の出番。
彼女は良い仕事をしてくれた。
ふざけた態度を取る悪戯の二人を、園田海未は時に叱咤、時には拳の制裁を与えたりした。
それでも、時として園田海未も、二人のムードに流され巻き込まれ、手に負えない状況に陥ったりもする。
しかし、そんな彼女達三人は、どこかお似合いに見えた。
それは、まるで一家の姉妹のように――。
園田海未の作詞。
東條希と星空凛の慣れない作曲。
踊りの練習をしている時が、一番輝いていたか。
そして。
今の、星空凛。
あぁ――、綺麗だよ、本当に。
『みんなのこれからに、幸せがたっくさん訪れますよ~にっ!』
『みなさん、今日は本当にありがとうございました!』
『さあ! 最後の打ち上げ花火も最っっっ高に盛り上げていくにゃーっ!!』
……上出来だ。
俺が発案した急なイベントだったというのに、彼女達はよくそれを果たしてくれた。
顔を合わせたら、もう一度、改めて礼を言おう。
また、穂乃果や凛あたりが、耳にタコができるとか言い出しそうだが。
盛り上がりにさらなる隆盛を見せる観客達が、μ'sのメンバーの名前を叫びながら汗を飛び散らせる。
曲は終わり、メンバーも全員がステージを降りたというのに、未だ腕や頭を振っている奴もいれば、アンコールの声を上げている奴もいる。
「……終わりだ。協力、感謝するよ」
そうインカムに、向こう側の女性スタッフに向けてそう言った。
……が。
『いえ、まだですよ』
――ん?
まだ……?
「おい、どういうことだ」
そう尋ねる。
しかし返事を聞く前に、答えが見え始めた。
突如、幕を下ろすはずであったステージに新たな照明が当てられる。
その様子に、観客達は予想外の演出に、さらに声を荒げて盛り上がりを見せた。
「おいおい待てよ、話に聞いてねェぞ」
そして、前奏が流れ始める。
聞き覚えのあるものだった。
「この曲……まだ完成されてなかッたはずじゃァ――」
そうだ。
それは、最近になってようやく形になってきたばかりの歌で。
まだ、衣装の制作にだって取りかかっていないはずだと――。
しかし俺の考えは全くの的外れであって――ステージ上に現れた九人は、俺が一度も見たことのない衣装を着て、それぞれの立ち位置に整列している。
『WILD STARS』
作詞――園田海未。
作曲――西木野真姫。
衣装――南ことり。
振り付け――絢瀬絵里、星空凛。
ユニットではない。
いつも通りの担当メンバー。
ステージ上には、九人の正規状態。
「あいつら……」
完璧だった。
歌えていたし、踊れていた。
笑顔も見られた。
俺の指摘していたミスも、個人はしっかりと修正してきている。
『始まりたい……WILD STARS――』
歌詞の締め括りであるその部分で、九人が揃って全員、見つけられたのか、それは明らかに俺へと向けて、指を差し向けていた。
とある奴は堂々とした姿で。
とある奴は白い歯を見せる笑顔で。
「……はァ、やれやれ――とンだドッキリ企画だな、こりゃァ」
大盛況の真ん中、耳元のインカムから女性スタッフの声が聞こえる。
『彼女達からの伝言です』
少し、期待を持った。
楽しみだという感覚が、今――そして、これからの未来に対して、そう思えた。
『遠慮しなくていい。そして、あなたは自分達のマネージャーという仕事を、本当に良くこなしてくれている――これからもよろしく、と』
……そうか。
そうなのか。
「あいつらに伝えておいてください。今回のライブは、大成功だッたと――良くやッた、と」
かくして、夏祭りでの『μ'sスペシャルライブ』は、大成功したという訳だ。
この話を書いていて挙げられた謎の点。
海未ちゃんの和服を脱いだり化粧を落としたりする作業時間がとてつもなく短すぎる件。
早すぎるな、超人かな?
そう思いましたね僕ぁ。
次話もヨロシクお願いいたします!
予定ではあと二話で、第七章は幕を閉じます。
……それと、『緑色の髪の少女』については、また後ほど登場いたします。