お久しぶりです西海です!
前回の投稿から二週間が経過する直前でギリギリの投稿です!
さてさて、最初に言って置かなくてはならないことがあるのですが……。
↑後回しでも構いません(^^;)
この作品はけっこう、ミステリアスな展開やら設定やらが多いと、すでに読者の皆様方もお察ししているのだと思います!
今回もミステリアス(若干ホラー)な描写がほんの少し多くなっているのですが……。
作者、決して迷走している訳ではありません!
今回のお話は、後に非常なお仕事を果たしてくれる重要回となります!
かといって、このラブライブ!の二次創作作品をSFやらファンタジーな幻想世界へと潜り込ませるつもりも毛頭ございません!(何やらそうするつもりだと思ってらっしゃる方がいるようで←僕の友人ですけど)
その辺りをご理解していただければな、と思いますm(_ _)m
それでは本編、どうぞ。
夜。
時刻は午後の九時を回った頃か。
一人。
当てもなく、だが導かれるように歩いていると、気づけば一つの公園に俺はいた。
周囲は広大な敷地を囲むように聳えて並ぶ、鬱蒼とした緑の木々に、いくつもの明るい街路灯。
またそれに照らされた鋪装された道には歩く人影もなく、さっきまでの祭りの会場とは違い、寂しいものがあった。
長くうねる滑り台や羅列するように並べられたブランコ、大きな砂場や山のように盛り上がった真っ白のトランポリン――その他諸々の遊具が種類豊富に設置されている。
近所にこんな公園があったか。
初めて知ったその場所の中心には、大きな噴水が堂々と構えられていた。
見上げれば、高さはゆうに三メートルはありそうな立派なものだ。
西洋風な造りで、宮殿に集う高貴な貴族達が、それを囲んではお茶をする――そんな場面が連想できる噴水だった。
すでに、水は止められているようだ。
噴水の至る所に開けられた大小それぞれの蛇口穴からは、一滴一滴の滴が垂れ落ちるだけで、水の噴出は見せていない。
噴水の周囲には、それを取り囲むかのようにいくつものベンチがあった。
それに腰掛けるでもなく、俺は噴水とベンチが並ぶその周囲を、行ったり来たりと忙しそうに歩き回っていた。
「…………」
思い悩む事柄は、先程の祭り。
俺――夜伽ノ美雪は珍しく……と言うか人生で初かもしれない夏祭りというイベントに赴いては、一人の少女と屋台巡りや、花火観賞などをした。
夕霧靜霞。
彼女のことが、頭から離れない。
いや、何も彼女に惚れたとか、そういうものではないのだ。
差し当たっては、彼女の言動。
謎だけが、残ってしまった。
『好き、です……』
俺が案内したあの高台。
二人で花火を見上げている時だった。
『あなたのことが、好きです……』
浴衣を引っ張られたかと思いそちらを向くと、花火の色鮮やかな色彩に顔を染める彼女の口元が、急接近してきて――。
「あァ……クソッたれ、マジで意味わかンねェ」
頭を掻いては毒突く。
さっきから、あの出来事のことでいっぱいいっぱいだった。
「そもそも、俺はあいつに何かしてやッたか?」
好かれることなんて一つもしていない。
何も、意識させてやるような言動なんか何一つ、取ってはいないはずなんだ。
自惚れていると思われるかもしれないが、一目惚れという線も考えた。
だが大抵、俺の容姿を初見の奴は、恐怖を感じることはあろうが、熱愛を抱くことなんざまずないだろう。
だから、分からない。
夕霧靜霞がなぜ、いつから。
俺をそういう目で見ていたのか。
女同士、だとか。
付き合いの期間だとか。
突っ込み所はまだあった。
が――。
「……いや、もういい。考えるのはやめだ、やめ」
そう自分に言い、思考を強引に切り捨てる。
こんなケースは、もう一度、当の本人と話し合った方が良いんだ。
だが夕霧靜霞も、俺に思いの丈をぶつけた直後、逃げ出すかのように走り去ってしまった。
だが、そろそろ二学期が始まる。
同じ学校なら、校舎内のどこかで鉢合わせすることがあるだろう。
そう、一人で解決――いや、保留に収めようとした。
「はァ……」
溜息と同時、改めて見回すもやはり無人。
この時間帯では、こんな場所をランニングコースにしている者や、犬の散歩なんかをしている者がいてもおかしくはないだろうに。
ましてやこれだけ遊具が充実していて、芝生もあり、広い公園だ。
いや……、その全員が今日の祭りに出向いているのかもしれない。
なら好都合とでも言おうか――一人で、静寂が永遠と続くようなこの空間は好きだ。
……いや、静寂という表現はおかしい。
なぜならさっきから、公園全体を取り囲む木々に留まっているであろう蝉やら何やらの虫の鳴き声や、街路灯の明かりに群がる羽虫の羽音がやかましく聞こえていた。
「よッ……こいせ」
そんな年寄りじみたことを口にしながら、噴水を取り囲む横長のベンチの一つに腰を下ろした。
やはり祭りで歩き疲れていたのだろう、背もたれに体重をあずけた途端、フワッと身体が浮くような脱力感が全身を流れた。
「あら、こんばんは夜伽ノさん」
……。
…………?
「あ……?」
ベンチに深く座ったまま左腕を背もたれの後ろに回し、首を回して背後を見た。
……おかしい。
誰もいない。
正面にも、視界の隅で何かが動く気配もなかった。
芝生が一八〇度方向に広がり、石畳の道はあるものの、人間はおろか小動物さえいるようなものも見えない。
これだけ広大な公共施設だというのに、自分以外のものが存在しない……なんていうのも奇妙な感覚だったが――。
「……したよな、声」
聞こえた。
いや、聞こえた気がした……?
気のせいか。
女の声だったような。
体勢が楽だったので腕はそのまま背もたれの上底に置き、また正面を向く。
やはり、人はもちろん犬や猫、黄色い満月と満天の星空が浮かぶ夜空に飛んでいる鳥の姿さえも見えない。
「…………気のせいか」
俺はそのまま上空を仰ぐように見上げ、呟く。
名前を呼ばれたような感じもあったのだが……。
いや、勘違いはいくら考えた所で勘違いだ、深みに嵌ってしまう前に抜け出そう。
そう、考えていた――。
「ン……」
ふと。
違和感を覚えた。
おかしい――。
いや、これも勘違い……?
祭りで歩き疲れて思考が空回りしているのか……日常で起こり得るはずの出来事、その光景に異常性を感じるなんて…………?
「……いや、おかしい」
そうだ。
よく考えろ。
よく見ろ。
「おい……………………、待て待て待て、待てよ……おかしい、明らかに異常じゃ……」
上空を。
『眩しい程の夜空』を見上げて、俺は目を見張る。
ここは日本だぞ。
なのに、なんだこれは……。
今日の夜空に浮かぶ、黄色い満月と、満天の星空……?
いや、ありえない。
そんなはずはない。
極東の島国から、ここまで神秘的な星屑の空模様が拝めるはずがない――ッッ!
「何だ……こりゃ……」
立ち上がりもせず。
大声を出すこともなく。
俺は静かに呟く……が、冷静ではなかった。
満天の星空。
上空のそれは、都会とは違い人工の照明が存在しないド田舎でも見ることはできないだろう。
漆黒の全天を覆うかのように。
夜空という箱の中にぎゅうぎゅう詰めにされたかのように。
無数という言葉では片付けられない膨大な数の銀河の輝きが、そこにあった。
様々な光度と様々な光彩。
真っ赤に燃え上がるような炎の塊とも見える星もあれば、拝むだけでも凍てつく程の悪寒を感じる真っ青な星もある。
夜空というキャンパスの中で、南極の天空にも似た無数の砂金がチリチリと光を振るわせ、遥か彼方の方から目に刺激を与えてきた。
数多のおもちゃが押し込められた段ボールを赤ん坊がひっくり返したかのように――神という存在が誤って、銀河に漂う光の粒を集中的に放射させてしまったか……そう思える程の光景だった。
もはや一つ一つの星屑を数える術がないと見えるようなその景色は、先程の満開に咲いた打ち上げ花火と比べれば、それこそ天と地の差のように感じた。
それ程の光景。
明らかなる異常事態。
いつからこうだったのか……そういった人間の思考を回す余裕すら、容易く奪うくらいのものだった。
「何、だ……これ……」
無数の星々が散りばめられる――そんな表現ではまだまだ甘い。
絵の具に『星空色』というものがあったとして、それをキャンパス上に何重にも描き足し、満遍なく塗りたくったかのような。
その星群が放つ神話的な輝きは、世の万物から影という陰を失わす程かと思えた。
またその中でも際立つ存在感を見せる、見事に澄みきった満月は、周囲と似て似つかない黄金の金紙を貼り付けられたかのように映えていた。
「…………。……………………??」
言葉がもう出ない。
喉が干上がった。
乾ききった舌は重く持ち上がらず、視線は数秒前の日常を探し求めるかのように彷徨い続けている。
「…………?」
ふと、聞こえてきた。
それは、音楽。
夏の虫の鳴き声に混じり、どこからか、様々な楽器の音色を織り交ぜた演奏が、じょじょにじょじょに大きくなって聞こえてくる。
西洋音楽のように聞こえた。
クラシックもポピュラーも、囓った程度の知識しか持ち合わせていない俺に、その曲がなんというものかは分からない。
だが――。
「ピアノ……トランペット……? これは……シンバル、木琴か鉄琴か…………あ、重い、アルプホルン……琴、竪琴か……」
呆然と。
放心状態のように、首をカクンと曲げ、異様な上空を見上げたまま呟く。
もっと、様々な楽器があるようだった。
音階のある打楽器が少なく思えて、金管楽器は種類が多い……弦楽器だってある。
緩やかに奏でられるその演奏は、どこから聞こえるのか。
祭りではない……日本の夏祭りで、このような和の何も感じられないような音楽は弾かれないだろう。
ここらにスピーカーなどあったか。
だが、明らかに無機質な機械越しに聞いているようなものではなく、直接的に、魂が込められた――まるで大ホールで鑑賞しているような迫力と刺激が、耳の奥まで伝わって――。
すると、演奏が止んだ。
途端――。
「――――ッッ!!?」
凄まじい激流。
晴天の霹靂を感じた。
長い髪を存分に振り乱すように頭を振り、汗を飛ばしながら身体全体でもってその威力、魅力を魅せようと躍起になる、指揮棒を巧みに操る指揮者が見えた。
ピアノの低音は重い鈍器で打ち付けるように。
トランペットの高音は翼を生やした天使の子供達が遊ぶかのように。
竪琴の流麗で精緻な演奏は神話を語る聖母の声を思わせ――。
その全てが、重力を叩き付けて大地を震わすような、まるで大巨人がくしゃみをしたような、烈火の如き苛烈な爆破の迫力でもって――それは天空から地上へと衝突していた。
「ッ…………ッッッッ!!!」
空気を裂き、重力を震わせ、俺のしわくちゃな脳を縮み上がらせる。
両耳を押さえることすら不可能で、俺の身体は凄烈なグラヴィティでもって、木製のベンチに沈められた。
「動け……」
口が動いた。
完全な干潮を迎えた俺の喉が潤いすら求めぬまま器官を目覚めさせる。
「働け思考……何が起こッてる、そもそも……これは現実の光景なのか……」
耳への痛み。
ベンチに叩き付けられた腰の痛み。
狂瀾の如く集められた星屑達の輝きに射られる両目の痛み。
嫌という程の痛覚に、心の内で密かに芽生えた恐怖が大きく高鳴り始めている。
「なッ……」
今、何が起きた。
いや、馬鹿なそんなはずは……。
「――――いやッ! おかしいッッッ!!」
俺の――一人の人間の視界に映るその現象は、人智の限界も果てなく届かない。
何十……いや何百という楽器に周囲を包囲された状態で聞かされる大オーケストラ――その心地を味わうまま見上げる上空。
星が……星を追い越している。
いつの間に、満月はその数を増やした……?
現実に、瞬きすら忘れた瞳は回転草が転がる西部の砂漠のように乾き――激しい痛みを伴いつつ、俺はそれを目にする。
途端の出来事だった。
夜空という丸い箱の中で激しく動き回り、一つ一つの煌々とした粒子達が、当てもなく流浪しているかのように移動しているのだ。
それも、視界に収まっていなかった方面に輝いていた星々が、信じられない速度でもって瞳に映っては、また消えて新たな流星がなだれ込んでくる。
見えない壁にぶち当たっては激しく乱反射し、ビリヤードの白玉で弾かれるその他のボールの動きを、何億倍にも早送りしたかのような速度。
何十万と数はあるのに、一つの輝きすらまともに目で追えない程の速度、落差、急角度でもって自由自在に跳ね回っている。
「……ァ…………ァあ?」
直後、全てが停止した。
演奏の鳴り止まぬまま、夜空での儀式は全て終えたかのように、全ての群星は眩い夜空で動きを止める。
「………………」
なぜか、俺は冷静だった。
いや、やはり唖然としていたのかもしれない。
だが俺は、数え始めた。
不可思議にその数を増やした、黄金の満月を。
――二〇個。
無限の星屑達と重ならない位置に置かれた満月は、大きさも形も何も変えないまま、ただその数を勝手に増やしていた。
月という惑星は、もともとこの数だったか。
何かしらによって銀河に沿われる軌道から逸れ、その姿を地球へ見せてしまったのか。
だが、やがてその満月も姿を変貌させる。
まるで、かろうじて残る漆黒の闇に侵蝕されるかのように、ある月はその一部分の欠片を失い、ある月はその半分を夜空の黒に食われ始めた。
歪型の三日月が一つ、代表するように大きく映えている。
それは上底を闇に犯され、三日月型へと変わるも、まるでそれは不気味に微笑む黄金の唇のようにも見え、俺の全身はすくみ上がり、今更ながらに鳥肌が立った。
「…………ァ」
どこか。
聞いたことのない曲だが、天空からの演奏が佳境に入ったような――そんな、クライマックスを感じさせる波の勢いが感じ取れた。
瞬間。
夜空に、まるで定規で引かれたかのように真っ直ぐに、俺の髪色とも似た銀色の閃光が伸ばされた。
それは、星から星へ。
細く頼りない糸で紡がれたような……。
「あ…………」
神なのか。
幻なのか。
どちらかは分からないが、その光景を地球人に魅せている者の意図が分かり始めた。
夜空に、星座ができあがっている。
銀色の線で繋がれた星々からは、神話の絵が浮かび上がり、夜空いっぱいにプラネタリウムを創り出した。
「…………」
これもおかしい。
冷静に判断できた。
あれは、わし座にへびつかい座……明星アンタレスが輝くさそり座の隣に小さないるか座だって見える。
それに、あれはオリオン座にうさぎ座……なぜなのか、すぐ隣には密接するようにりゅう座があった。
それに……ありえないが、あれはへび座に、くじゃく座だ――。
今日ほど、一時期に星座に興味を持っていてよかったと思ったことはない。
でなければ、この異常性に気づけない。
夏と冬の星座が織り交ぜられ、さらに南半球の土地でしか見ることのできない星座まである。
それが、日本の夜空に描かれた。
「…………ははッ」
あぁ、そうか。
これは、何かの実験……もしくはイベント、夏祭りの余興か何かだ。
きっと俺の知らない所で話が進んでいて、夏祭り運営側がこっそりと、ギャラリーを驚かせようと仕掛けてたんだろう。
「あァ、きッとそうだ……どッか外国の研究施設にでも頼み込んで、そういッた機材を提供してもらッたンだろ。……ははッ、そうかそうかァ。日本より技術が進んでいる国なンざそこらにあるンだからなァ……そりゃ、こンなことも……。元々の夜空が浮かぶ空にでッけェ幕張ッて、そこに映像とかを流せば……」
そうなんだろう。
そうでなきゃおかしいだろう。
きっと、俺の部活仲間の九人だって、今頃は驚いて腰抜かしているはずだ。
気の強い幼馴染みも、ヤンキー気取ってる馬鹿な親友も、過剰ナルシストなストーカー野郎だって、今頃はこの夜空と、今聞こえている空からの演奏におったまげている頃だろう。
そういった反応を見て、運営側は作戦成功とニヤニヤ笑っているんだろう。
こっちの気も知らずに、かなり恐怖だったってのによ――。
直後。
演奏が、ピタリと止んだ。
「…………あ?」
仕組みの予想が成り立ったことで、俺の頭は思考能力を少しずつ取り戻していた。
どうした、機材の調子でも悪くなったのか。
曲が終盤を迎え、フィナーレを飾ったような終わり方ではない。
打ち切られたかのように、曲の途中で演奏が、全ての楽器の音が一斉に鳴り止んでしまった。
途端の沈黙。
俺は相変わらず異常現象を空一面に展開させられたその光景を見上げながら、いい加減疲れた首の痛みも気にしないまま、ただぼうっとしていた。
「…………虫の声すら止ンだ」
また、
「風も、止ンだ……」
それらは、
おかしい、ことか……?
「ッ……」
ブルルッ、と。
身体が震える。
「さ、寒……?」
どういうことか。
……これは、おかしいことだった。
寒い。
気温が急激に……。
「いや……寒すぎるッ!!」
叫んだ。
身体が無意識のうちに、体温を高めようと本能を働かせた行動だった。
風が出てきた訳ではない――まして、風なんて全く、不自然なくらい吹いていないのだ。
髪の毛先から裸足のつま先まで。
ギラギラと太陽が照り付ける南国のリゾートから、猛吹雪が酷い北の奥地へと、突然として転移させられた感覚。
大袈裟だと思われるかもしれないが、そうなのだ。
風が出ていないのが唯一の救いと思える程――今、薄手の浴衣一枚しか着ていない自分が馬鹿じゃないかと笑える程だった。
「はァァ~」
息を吐く。
別に、冬で見られるような白い息ではなかった。
おかしい。
この季節に、この気温。
これも、機械か何かによる演出だとしたら、クレームが殺到してもおかしくはない。
上下の歯が寒さに耐えてカチカチとなる。
この体感気温は偽物ではない――さっき、息を吐いた時の声だって、確かに震えていたのだ。
凍てつく寒さとはこのことだろう。
身体を丸め、両腕を抱える。
その厳しい冷寒に、夜空を見上げている余裕すらなくなった。
「な、何なンだ……これ、マジで運営の細工なのかよ……? いや、俺が……おかしい、のか。さッきから、目にする光景も幻覚で、……か、風邪でも引いた、のか……?」
現実的じゃないのだから。
神話とかファンタジーな世界に俺が迷い込んでいない限り、ここは現実世界――なら、今に俺が体験している現象は全てありえないことなのだから――。
しかし気づくと、多少だが寒さが和らいだ。
だが、急激な気温低下が原因なのか――。
「…………霧?」
だと、思った。
突然と目の前に作られた真っ白な、靄のような世界は、きっと霧が広がっているのだと。
だが、なぜ霧が……。
その疑念から、かじかみ、小刻みに、怯えるように痙攣する指を無理矢理に広げ、手を伸ばす。
あっという間に、俺の手の平は白色の霧に呑まれ、見えなくなった。
「大分、濃いな……」
これは、演出なのか。
それとも、異常気象なのか。
だが、異常気象という言葉ではとても片付けられない光景が広がった夜空を見上げると、頭上の向こうにまで霧は立ち上り、あれだけ眩しかった星空すら見えなくなっている。
……いや。
霧が濃すぎる――!
「おい……」
だんだんと。
「おい、おい…………」
怖くなってくる。
「おいッ――!!」
思わず立ち上がる。
すると、俺が座っていたベンチさえも、あっという間に真っ白な霧に呑み込まれた。
ありえるのか。
気象として、この現象は――。
俺の周囲、三六〇度。
手を伸ばせばたちまち見失ってしまう程の濃厚な霧が、白一色の世界を構築し、俺を閉じ込めた。
「……ははッ」
また、俺は笑う。
嘲笑うかのように――全てを諦めて。
「おい、分かッたよ。もうお手上げだ、降参するよ」
俺は両手を上げた。
上げられた両腕さえも、頭上から先の位置では霧に埋もれてしまう。
腕に、ドライアイスの冷気が立ち籠められる箱の中に入れられたような感触が伝わった。
「なァ、そこで見てンだろ運営。こりゃあれか? ライブッつゥ無理なお願いを引ッ張り出してきた俺への仕返しか何かか?」
語りかける。
一寸先は真っ白――雪景色よりも淡く光るその空間へと。
「だッたら悪かッたよ。メンバーの親父さンに頼みこむなンざ、確かに少々汚い手は使ッた。それしか方法がなかッたのも認めるよ。俺の負けだ。ここから出してくれ」
出してくれ。
そう表現してしまうくらいの閉塞感だった。
……が。
「……おい」
返事がない。
それに……認めたくはなかったのだが、どうもさっきから、人のいるような気配がないのだ。
――いや。
万物の気配がない。
一歩。
後ろに下がれば、俺の座っていたベンチにぶつかるはずなのだ。
……ない。
片脚をブラブラと前後に振ってみるが、木製の乾いた物体の感触が見当たらない。
まるで。
全ての人が、物が。
詰まる所、俺以外の存在が――。
この真っ白い世界に、呑み込まれてしまったかのように。
「ありえるか……」
ありえるのか?
実際、どうだ?
この世の中。
右か左か。
白か黒か。
そう定められないこの世の中。
美しさを保てない。
欲望に抗えないこの世の中。
どう幸せであるか。
何が楽しいか。
考えるだけで、どうしてもその視界の端に世の中の汚濁した部分が見えてしまう、この世界。
用意された綺麗な舞台に立たされようと、そこから見下ろすと眺めることのできる汚い現実。
踊らされながら……時には伝達用の糸さえ断ち切られ、見棄てられた人生を自分の足で奔走しなければならないこの世の中。
そんな世界に――。
「ありえる、……かもな」
最後の審判だとか。
最後の晩餐だとかいう言葉が、頭の中を駆け巡る。
とうとう、神様って奴が痺れを切らしてしまったのかもな。
人間という怠惰で陳腐な生き物を何十億年と見てきて、とうとう今、意味を成し得ない存在だと見切りを付け、それまでの歴史に終止符を打とうとしているのかもしれない。
「……いつから、こンなファンタジー脳に染まッちまッたンだ、俺」
だがな。
しょうがないじゃないか、と。
俺は言い訳をしよう。
それは、目の前。
真っ白な霧の世界の、その奥。
人影。
人間ではないと、雰囲気で強くそう思った。
だが、数にして現すと、九人なのだ。
九人という数字に仲間達の顔を思い出すが、それらは彼女達では決してない。
乳房の形。
丸みの帯びた腰回りと突き出た尻回り。
一糸纏わぬ裸体の女が九人。
純白に純白をいくつも重ねた白の世界の中で、薄暗い人影としてその姿形がはっきり見て取れる。
彼女達は、何をしているのだろうか。
見た様子では、腕を伸ばしてステップを踏み、長い髪を振りながら踊っているようだ。
だが、俺には分かる。
スクールアイドルのマネージャーとして、仲間達の練習を見てきたから、分かる。
どうも息が合っていない。
バラバラな動きは他人を気にしていない様子さえ窺えた。
この人影は……九人の団体として踊っている訳ではないのか。
九人がそれぞれ、個人種目として一人一人の演技を魅せているのか。
そもそも、彼女らは誰なのか。
この霧の中、何をしているのだろうか。
もはや、白一色の世界の中、どこに地面があるのか、自分はどこに足をつけているのかすら分からなくなっている。
しかし人影達のステップは一定の場所で両足をつま先から着地させるが、その足音や、彼女らの息遣いなんかは全く聞こえない。
個人個人の舞踊のレベルは高いと見えた。
スクールアイドルの振り付けとはタイプが違うようだが、明らかに日本の舞いではないと感じた。
そういうえば……二人一組で、手を繋いで共に踊っている人影を見つけた。
その二人は互いの手を取り合い、脚を絡め、まるで長年の付き合いでしたかのように、阿吽の呼吸で踊りを魅せていた。
その二人だけだ。
あとは全員、個人種目を演技するかのように、西洋風のダンスを踊っている。
「……なァ、アンタら誰だ」
声をかけてみる。
だが、彼女らは答えようとしない。
聞こえない距離ではない――そう感じたのだが、依然として九人の人影は踊り続けるままだった。
「……なァ」
正直な所――。
もう、参っていた。
精神とか、色々なものが。
折れそうになっていたのだ。
この世のものとは思えない異常現象。
怒涛に轟く狂気の演奏。
唐突に顕現された霧に舞い踊る、九人の謎の人影。
人間、自分の立場や現状といったものを見失うことが、最も辛いことだ。
今、俺の心は今までにない程、崩れかけている。
それが、これは俺じゃないんだと思えるくらいに、情けないくらいに、はっきりと分かる。
「ッ――!」
そこで。
気配があった。
いや。
感触があった。
背中。
何かが――体温を感じさせる何かがくっついている。
「……ッ」
ザワァ、と。
首筋に、人間の髪の毛のようなものが触れた。
誰か、いる。
背後に、背中合わせで立っている――?
「ッ…………誰だ」
情けない、本当に。
声が泣くように震えている。
そしてその問いかけは、九人の人影へは向けていない。
俺は、背後に佇む『何者』かへ向けて、そう尋ねた。
「そうね――どこかの誰かが、私のことを『ネフティス』と呼んだわ」
背後のすぐそばで、背丈が少し低いかと思わせる位置から、その声は聞こえた。
女だ――。
誘惑的に、奏でるかのような声をした……。
「でも、あなたの前では『A・M』と……そう紹介させてもらおうかしら。お久しぶりね、夜伽ノさん」
同時に、どこかで。
どこかで……聞いたことのあるような声だった。
あ~~~……。
申し訳ありません、第七章はあと一話だけ続きます。
この回で終わらすことができると思ったのに……(T_T)
さて…………。
次話もよろしくお願いします!!