カラオケかぁ……。
友達がみんなセンター受験に向けて勉強中なので、最近は行ってないですねぇ。
しかし、きっと美雪ちゃんはカラオケなんて娯楽、今まで目もくれなかったことでしょう。
そんな彼女に、僕の代わりとして行ってもらうことにしました(^^
「か、カラオケ……?」
その報告を聞き、絵里は目を開き、口をへの字に曲げて唖然と呟いた。
「うん! どうかな? これからみんなで!」
「一〇人みんなで遊びに行ったことなんてないから、きっと楽しくなりそうだにゃーっ!」
というのは、俺がプレゼントされた衣装から再びジャージに着替えた後のこと。
本当なら練習を行うはずの予定だったが、穂乃果や凛が、せっかく学校も早く終わって全員が揃っているのだから、どこかへ遊びに行きたいと希望を出してきたのだ。
最初は海未がその提案を呑むのに渋ってはいたのだが、そういえば夏休みの間も、合宿以外でメンバー全員と遊んだことがない、という考えに、彼女も賛成派についたのだ。
にこやことり、花陽は元から賛成派に立っていたが、真姫だけは「どっちでも良いわ」と冷たく返していたので、「じゃあ真姫ちゃんは一人で自主練習かにゃ」と言った凛が、かなり深くショックを受けたように呆然としたまま涙を浮かべる彼女に、必死に謝っていた。
「真姫ちゃんも素直じゃないわよね~。行きたいなら行きたいって、素直に自分の気持ちを言えばいいのに」
「な、何よにこちゃんまで! あたしは本当にどっちでも良かったんだからぁ!」
まだ言うかあのツンデレ娘。
だがまたそれに言及すれば先程のように泣き出してしまうので、今度は誰も、何も言わなかった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。もうすぐ文化祭があるのよ? そこでは大勢の地域の人達や保護者が来てくれるだろうし、その舞台で私達のライブだって予定されているのよ? 今日から張り切って、文化祭ステージの練習に取り組もうって話だったじゃない」
予想外の展開に絵里も動揺を隠せない様子だった。
ちなみに俺はというと、実のところ絵里と同じ意見は持っていたものの、プレゼントを貰った直後に「いや練習しろよ」とは強く言えなかったのだ。
「ぅ絵里ちゃん!」
「きゃっ!? な、何よ穂乃果ぁ……」
ズイッ、と身体を寄せて顔を急接近させる穂乃果に、絵里は体勢を背けて身を仰け反る。
「確かに練習だって大事だよ! でも穂乃果は思うんだ……。思い出作りだって、人生に一度きりしかない高校生活のうちではとても重要なことだよ!」
穂乃果の勢いは止まらない。
すると横から凛が口を挟む。
「そうだよね穂乃果ちゃん。たくさん遊べるのは学生のうちまで。凛達が社会に出たら、上司に虐められて、同僚の愚痴を聞かされて、飲み会に引っ張り回された挙げ句、時にはサービス残業で睡眠時間を削らされる毎日が待っているに違いないにゃ」
「ちょっと、そんなリアルな話やめなさいよ」
にこの制止も聞かず、凛は続ける。
「世の中辛いことだらけにゃ! 社会に進出すれば辺り一面が茨の道だにゃ! だから高校生という籠の中にいる鳥さん身分で気楽に過ごしていられる今こそ! 友人達との思い出作りに精を出すべきだにゃ!」
「り、凛ちゃん……っ!」
なぜか、花陽が子供の成長を涙ぐんで喜ぶ親のような面持ちでいる訳だが。
「ほうほう……穂乃果ちゃんも凛ちゃんも良いこと言うようになったんやねぇ。よしっ! お姉さん、君達の味方についちゃうぞ!」
「「希ちゃん!!」」
と、そうして希までもカラオケ賛成派についてしまう。
こうなると、相手の土俵は絵里一人のみになってしまった訳だが。
「み、美雪ぃ……」
助けを求めるように、彼女はマネージャーである俺を見る。
きっと俺のことだから、カラオケなんて行くキャラでもないし、唯一自分の味方になってくれるかもしれないと考えたのだろう。
だが、悪いな絵里。
俺も現在の立場上、空気を読むしかないのだ。
何のアクションも起こさない俺を見て、絵里は絶望的な溜息を天井に吐いたが、やがて両手を腰に当てて全員と向き合う。
「……はぁ、もう――本当、あなた達は……」
やれやれ、と言った様子で。
「ほんと、今日限りにしてよ? 明日からはビシバシ厳しく行くからね、いいかしら?」
その締め括りに、穂乃果や凛、希が「おーっ!」と手を挙げる。
そしてようやく、この場での意見がまとまった。
「でもカラオケでお昼食べると料金が高くついちゃうから、お昼ご飯を済ませてから集合にしよう」
誰かのケチな提案に、そういった計画が立てられる。
「はぁ……社会進出」
「? 海未、どうかしたか」
「いえ、先程の凛の話を聞いていて、思ったのです。寝坊が当たり前で、いつの日もどんな時も大雑把でお気楽な性格をして、他人様に多くの迷惑をかけている穂乃果が、無事に社会に出られるのか、と」
「あァ……あァ~~」
失礼だが、確かに頷ける。
そういう点で言えば、穂乃果よりはまだ幾分、凛の方がしっかりしていそうだ。
「まァ、穂乃果の活発な行動力も、高校生のうちまでなら良い方向に向いているかもしれないが、世の中に出て、それが続くとは限らねェしなァ」
「えぇ、考えると頭が痛くなるのです、ほんっと……。先程の絵里も、少し困っていたようですし」
「…………」
前から思っていたが。
そして今回もそうだったが。
練習。
勉強。
特訓。
それ以外のワードには全て否定の意を見せているのではないか。
彼女――絢瀬絵里。
遊びに行こうだとか。
合宿で、少し気の抜けていたメンバー達に向けての、あの発言もそうだ。
たったの一度でも、メンバーと親睦を深めようとする際の提案に、絢瀬絵里は二つ返事で承諾したことがあったか。
そして、問題がもう一人。
解決、していたはずなのだが――。
「社会進出、か……」
譫言のように。
窓を眺め、空の向こうを見上げて呟く南ことりの背中に、俺は言葉にならない奇妙な感覚を覚えていた。
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俺を含めて全員が私服姿に着替え、待ち合わせ場所の集合時間は午後一時半――現在はすでに、一〇名様ということで、特に広々とした空間のカラオケボックスに案内された。
「一番! 高坂穂乃果! 雪景色!」
「そんな昭和のタイトルじゃないにゃーっ! 二番は凛ねーっ!」
「にこっち~、ウチとデュエットせぇへん?」
「良いけど、ソロを少し歌ってからね」
「ねぇ花陽、あの天井にぶら下がってる球体は何かしら?」
「あれ? あれはミラーボールっていうんだよ。光を反射させて色々な色を室内に映し出すの」
「カラオケといえば、中学の頃、一時期ハマっていた穂乃果に誘われて、毎日のように通っていましたね」
「あったね~。海未ちゃん、三回目辺りから凄い量の喉飴持って来てたよね」
五人ずつに分かれて両端のソファに座ると、我先にとマイクを手にした穂乃果が、段差のあるステージに颯爽と飛び込む。
何かのアイドルの曲だろうか。
聞き覚えのない前奏と共に、誰かが設定したのか、ミラーボールが回転したと思ったら、赤やらピンクやらの淡い色彩が部屋の中を包み込んだ。
まぁ、スクールだろうが何だろうが、やはりアイドルだ。
その歌唱力と元気溌剌とした表現力は、とても絵になっている。
踊りがない分、それだけ神経や集中力を歌声に回せるのだろう、追加採点にある得点がグングンと伸びていっている。
「えェ~、ご注文はコーラ、コーラ、レモンソーダ、メロンソーダ、オニオンティーにラムネソーダ、麦茶、麦茶にハートジェネラル、そしてコーヒー、と……」
居酒屋のバイト君か俺は。
ドリンクの担当を自ら請け負い、席を立って部屋を出ようとすると、絵里まで同じ行動を取った。
「手伝うわ、美雪」
「おう、サンキュ」
カウンターの横に設置されたドリンクバー機で全員分の飲み物を用意すると、トレイにグラスを五つずつ乗せ、二人で運ぶ。
「そういやお前、生徒会の仕事とかで、来れるかどうか怪しいとか言ッていたが……無事に終わッたンだな」
「こういう時にだけ、希が真剣に手伝ってくれたりするのよ」
「あァ、なるほど」
部屋に戻り、全員にグラスを回した所で、穂乃果の歌が終わったようだった。
二番手の凛は飛び跳ねながらテンションマックスの歌を歌い、本人がさっそく息切れする程のペース配分もしないくらいだ。
希は落ち着きのある方かと思ったが、「気合い入れてくで~!」と啖呵を切ると、歌い出しの部分でもかなり激しく体を揺らしながら歌い、その度に希の短いスカートがふわりと浮き、衣服越しに胸が烈しく揺れていた。
歌のサビでは動きと声量の勢いがさらに増し、弾ける笑顔も満開に咲いていた。
「あいつ、友達とこういう場に来たの、初めてだろうしねぇ……」
ボソッと呟いたにこの声が、俺の耳に微かに届いていた。
「海未ちゃ~ん。いつもの和風の曲じゃなくて、もっと激しいの入れてよ~」
「ほ、穂乃果! あなた何てことを……っ。南島三郎さんの何が悪いというのですか!」
と言いつつも、海未は曲を選別すると――。
「…………え………………」
全員が、ソファの背もたれに押し付けられるように……引いた。
あまりの……強烈さに。
部屋がヒートアップするようにミラーボールが真っ赤に染め上げられ、急速に回転する。
画面に映る歌詞は次の瞬間には新たな歌詞へと変わった。
希にも劣らない感情表現は、彼女の体自信が表していた。
舞う、や踊るではなく……何だこれ……暴れる?
サビに入ると海未の甲高い声は声量を上げ、動きにも磨きがかかる。
え、どうして今ポールダンサーがやる演技みたいな事したの?
つか何でこの部屋にはポールがあんの?
「ふぅ…………やはり久々にこのように歌うと気持ちが良いですね。――って、あら? どうしたのです、皆さん?」
四番手のことりの選曲した歌は、穏やかであり、波に乗ったような激しさも所々にあり、といった曲調が豊かなものだった。
柔らかく響く声も良いし、抑揚の使い方も上手い。
希や海未のように踊りはしなかったが、腕を上げたり横に広げたりする程度には楽しめている様子だった。
にこは威風堂々と、自信ありげに、身内しかいないこの空間の中で必死に可愛さをアピールしながらキャルルンと歌い、最初は恥ずかしがっていた真姫も、凛や希の煽りで「やってやろうじゃない!」と格好良く決められていた。
絵里はただ歌っているだけで、何のアクションも演じなくても、十分にパフォーマンスとしては良い点をあげられた。
花陽も、大勢の前で踊った夏祭りの舞台に比べればこんなもの、と……羞恥に遠慮する態度は少しも見せず、見事歌いきっていた。
九人。
一周するのに、やはりこの人数だと少し時間をかけてしまう。
次からは適当にデュエットでも組めばいいんじゃねぇの、と。
そう助言しようとした時だ――。
「さっ! お次は美雪ちゃんの番だよ!」
…………お?
何を言っているんだか、高坂穂乃果は。
「いや、お前なにを言ッてンの? 俺はアイドルじゃなくてマネージャーだから。この場で歌う必要も歌唱力を鍛える必要もないから」
そう言うと、穂乃果は「もうーっ!」と頬を膨らませる。
「美雪ちゃん!」
「な、何だよ……」
「今の私達はアイドルじゃなくて、『女子高校生』としてカラオケに来てるんだよ? 別に練習とかじゃなくて、ただ単に楽しむことだけを考えようよ!」
え、何ソレ初耳な訳だが。
見ると、穂乃果の言葉には自分も同意だと、他のメンバーも頷いている。
「そうですね。美雪だけ歌声を披露しないのは、少し不公平です」
「そういえばあたし達、美雪が歌ってる所なんか、見たことないんじゃないの?」
「おっ! これは美雪ちゃんの生歌を聴ける時が来たのかな~?」
……そういえば。
強く、意識したことはなかった。
いくら友人だと、仲間と言っても。
今まで、俺の中のこいつら九人のイメージは、『部活仲間』でしかなかった気がする。
放課後に部室で顔を合わせ、一緒に練習をする。
そして本番では、頑張れよと声をかけるだけで、俺の仕事は終わりだと――。
二年生、また一年生の三人組とは、それぞれ一度だけ、放課後の枠から外れて遊んだ経験がある。
今回、全員が――一〇人が揃ったこの場で、そして穂乃果の言葉を聞いて――。
今更、なぜだろう。
改めて、こいつらの存在を、不思議と実感できた気がする。
「……しゃーない」
差し出されたマイクを受け取り、ソファから立ち上がる。
その際、入力機器に素早く曲名を打ち込み、本体に送信した。
「つッても、普段から聴く音楽や歌のジャンルが狭いからな。お前らが知ッている歌手かどうかは、保証しねェぞ」
ロック風の前奏が流れると、室内に全員分の驚きの声が響いた。
それは、俺が立ち上がったことに、か。
俺が初めて、自分達の前で歌を披露することに、なのか。
そう意識してみると、少し恥ずかしいものがある。
『USERworld』というバンドが歌う、『ジ・オーバー』という歌。
中学の頃、俺が初めて、水浦竜三に勧められた、お気に入りの曲だ。
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「やッぱ、恥ずいな」
結果、歌い終われば拍手喝采の大好評だった。
歌っている時の表情が良いとか。
イケメンボイスだとか。
マイクを持つ手の指がお洒落とか。
にこに至っては、俺のソロを動画でアップさせようとか訳の分からんことを抜かしていた。
しかし、カラオケは俺にとって不慣れな場所であった。
一曲歌っただけでこれだけ疲労が来るとは、さすがに甘く見過ぎていたようだ。
そう言う俺は今、トイレで手を洗った後に通路へ出て、自分達の部屋に戻っている所だった。
「ン…………?」
このカラオケ――。
いや、全国のカラオケボックス、全てがこういう造りなのか。
それぞれの部屋の扉には、真ん中に長方形の形でガラス張りにされてあり、中から外はもちろん、外から中を覗ける仕様になっている。
矢澤にこではないが、プライベートの空間を覗き見されているようで、どうも好みではない。
A-RISEやSexy・Charmも、メンバーの全員を揃えてカラオケボックスを訪れたりするのだろうか。
きっとその時にこの窓から姿を見られれば、たちまち部屋の前に大勢の人集りができあがることだろう。
そんな、外からも中が見える部屋の一つ。
チラと、一瞥した時だった――。
「あれは……」
西海は思う。
女子のカラオケでのテンションが分からない、と。
経験不足者が小説やら漫画を表現するのは、難易度が高いですね。
それでは、次話もよろしくお願いします!