インフィニット・ストラトス ~黒兎の見る世界~   作:フォールティア

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#10 四人だけの宴

時間は過ぎて、文化祭当日。

 

僕は慌ただしく出し物の最終チェックをするクラスを抜けて、第三アリーナへと来ていた。

当然、織斑先生から許可は得ている。

薄暗い通路を抜けて観客席に出ると、そこには楯無会長が居た。

 

「おはようございます、会長」

 

「おはよう、睦月君。気分はどう?」

 

「絶好調……では無いですけど、大丈夫です」

 

「それならよかった」

 

ばさっと広げられた扇子には『重畳』の二文字。

毎回思うけど、どんな技術で出来てるんだろ、これ。

 

「……ねぇ、睦月君」

 

「はい?」

 

「今日はいい天気よね」

 

「そう、ですね。快晴です」

 

唐突に訊ねてきた会長に空を見て返す。

台風や天気の不安定な時期だと言うのに、今日は一日中晴れだと天気予報に載っていた。

残暑の熱も、さほど強くない風によって緩和されて絶好の文化祭日和と言えるだろう。

 

「こんな天気のいい日は…………敵の涙が見たくなる」

 

「……は?」

 

ニヤリと笑う会長に一瞬反応が遅れる。

というのも、一重に会長が顕にした怒気がこれまでよりもさらに強かったからだ。

 

「耐えてきたわ。我慢に我慢を重ね、念入りに準備してきたし手回しもした。怒りを研いて、武器を磨いた。それが今日、実を結ぶ…………ふふ、ふふふふふ」

 

今の会長、他の生徒には見せられないよ……凄い顔してるもの。

ヒラコータッチの笑顔だよこれ、若干狂気じみてるよ……。

 

「ふふ……そろそろ時間のようね。行きましょうか、睦月君」

 

「は、はい」

 

「……絶対に、逃がさないわ」

 

一瞬で表情を切り替え、踵を返して通路へと向かう会長に再度面食らいながらも僕はその背中を追った。

 

もうすぐ、もうすぐだ。簪。

君を……取り戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……で、貴女はまんまと袋の鼠にされたと?』

 

「わざと罠にかかってあげたのよ。そのほうがそっちも動きやすいでしょう?」

 

所変わって学生寮。

割り当てられた自室でバートリーは通信先のスコールにおどけてみせた。

 

「どうせネロだってこうなると予想して態々私を送り込んだんでしょう」

 

部屋の窓から外を眺めれば専用の制服を着た警備員がちらほらと見えた。

文化祭が始まってしまえば更に私服警備員が増える。

十中八九、警戒対象は自分だとバートリーは結論付ける。

 

「空中にはドローンが複数に地上は警備員だらけ。しかも私は生徒会長直々にお呼びだし。いたいけな女の子に酷い仕打ちよね」

 

『自業自得よ……それでもこっちはどうにかなりそうだけど。貴女、勝算は?』

 

「さぁ?やってみなきゃわからないわ」

 

スコールの問いにあっけらかんと返してバートリーは待機形態の自分のISを空に翳す。

 

 

 

「ま、精々好き勝手やらせて貰うわよ。向こうもそれがお望みみたいだしね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『只今から、IS学園文化祭をぉぉ!開・催します!!』

 

 

遠くから文化祭の始まりを告げる声と歓声が上がる。

それを漠然と聞きながら僕は会長と共にアリーナのフィールドに立っていた。

 

目の前には、妖しく嗤うバートリーと、もう一人。

 

「やっぱり、そうなるよね。簪」

 

「………………睦月」

 

久々に会う彼女(パートナー)は目に隈を浮かべ、充血した瞳で僕を見た。

虚ろな眼差しが責めるように僕を貫く。

 

「まさか本当に病院から抜け出させるとはね……わざと『手を抜いた』とは言え、どうやったのかしら?」

 

「あら、手品は簡単にタネを明かしたらつまらないでしょう?」

 

「つまり力ずくと言うことね。まぁ、最初からそのつもりだし、いいけれど。時間もたっぷりあるし」

 

言って楯無会長は獰猛に笑う。

今、ここはバートリーが入った時点で完全な陸の孤島と化した。

外部への通信は一切遮断され、出入口も最上位セキュリティレベルによって封鎖。アリーナの上空には以前の襲撃事件から更に強固になったバリアが張られている。

 

「ねぇ、睦月……どうしてそこに居るの?」

 

「…………」

 

不意に、簪が問うて来る。

それに僕は無言で返す。

会長が本土に居る簪の警備を緩ませ、バートリーに連れてこさせたのには理由がある。

一重に、簪の状態が本土では手に終えなかったからだ。

診察の時点ではダウナー系ドラッグによる精神不安定だったが、治療を行う内にそれだけではないと判明した。

 

「どうして、お姉ちゃんの隣なの?どうして……!」

 

原因は不明。

ならばいっそ犯人と共に来て貰い、治療法を聞き出してその場で治してしまえばいい。

今の簪はバートリーにとっては体のいい人質だ。

だからこそこうして何らかの方法で連れて来ることも予想していた。

 

「そこは、私の場所なのに‼」

 

これは僕が産み出した、生み出してしまった事だ。

もっと早くに気づくべきだった。もっと速く、彼女の気持ちを、僕の気持ちを自覚するべきだった。

後悔は尽きない。

でもそれを理由に止まってはいけない。

 

「僕がどうしてここに居るのか……それは」

 

「……え?」

 

待機形態のヘイズルを手首ごと握り締める。

思い出すのは昨日の鈴音さんの言葉。

 

『簪は、アンタの隣にずっと居たいのよ……この意味、解るでしょ?』

 

 

「――君を、僕の隣に取り戻すためだ。絶対に、逃がすもんか」

 

 

告げるのは決意。

これ以上言葉はいらない。あとは行動で示すだけだ。

その為の『一手』もある。

 

「そういうわけよ。それじゃあ、私たちの宴(まつり)を始めましょうか……エリザベート・バートリー」

 

「上等じゃない、ならせめて愉快に踊りなさいな!簪!」

 

会長がISを起動する。

僕もヘイズルを起動すると、バートリーが指を鳴らす。

それが何かのスイッチなのか簪が打鉄弐式を起動した。

……やっぱり、薬以外になにかがある。

 

「貴女たち全員、私の玩具にしてあげるわ…テスタメント!」

 

そして、最後にバートリーがISを起動……『テスタメント』?

一瞬の光の後に現れたのは、紅椿とも、ヴラドのSガンダムとも違う赫の全身装甲。

右腕をすっぽりと覆い隠す複合兵装に、背面の大型スラスター。

特徴的な前に突き出したブレードアンテナ。

 

「まさか……」

 

知っている。僕は、あの機体を知っている……!

 

「テスタメントガンダム……!」

 

「知ってるの?扶桑君」

 

「ええ、まぁ……少しだけ」

 

また厄介な機体が出てきたな……よりによってあのゲテモノMSとは。

 

「会長、気を付けてください。あの機体は妨害能力が高いです」

 

「忠告ありがとう。じゃあ私はあの子を抑えるわ。妹の事、お願いね」

 

会長はウインクをして笑うと得物である槍を携え構えた。

 

「――了解!」

 

託された。

その言葉の真意を感じて強く応える。

さぁ、行動に移す時だ。扶桑睦月。

 

遠くで花火が上がる。

それが合図だった。

 

「さぁ私と踊りなさいな、дети(クソガキ)!」

 

「こっちの台詞よこのkurva(売女)!」

 

何の予備動作もなく会長がバートリーへと突っ込み、簪と分断する。

なにか言い合っていたようだけど聞かなかった事にしよう。

今は、僕の戦いをしなくては。

 

ガキンッ――!

 

「む……つきぃ……!」

 

簪の持つ薙刀《夢現》を手にしたロングヒートブレードで受け止める。

面倒な事に今の打鉄弐式のパッケージは僕らが造り上げた《運命の風》だ。

それでも『一手』を打ち込むにはまず弐式にダメージを与えないといけない。

骨は折れるが、でも。

 

「やらなきゃ始まらない!」

 

「くっ」

 

《夢現》を弾き、即座に脚部スラスターのホバリングで、距離を取りながらロングブレードを外した両手のビームライフルを乱射する。

 

「パッケージ、アウスラ!」

 

【パッケージ換装、ヘイズル・アウスラ 展開】

 

更にヘイズル・アウスラにパッケージを変更してウィンチユニットを展開して発射指示を出す。

スライドした開口部から桜色の閃光が解き放たれ、一直線に簪へと殺到する。

直撃の感触。だが、

 

「っ!!」

 

直感的に嫌な予感がして身体を右に反らした直後、青白い閃光が二発、土煙を貫き身体が元あった場所を通り過ぎてアリーナの壁をへこませた。

 

「やっぱり、簡単にはいかないか」

 

「…………逃がさない」

 

土煙が消え、現れた簪は無傷。

速射とは言えあの威力を防いだ……もしかしてリミッターを外されてるのか?

 

「だとしても……止める理由にはならないけどね」

 

正面を見れば、加速動作に入った弐式。

そうさ、だから。

 

 

「――来なよ、簪。全部受け止めるから」

 

「ッ睦月ぃ!!」

 

 

 

爆発音が、鳴り響いた。

 

 


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