……やばい。
想像以上に狐の体に慣れすぎていた。人間の体が辛い……
直立で立とうとしてもどうしても猫背になり、数十秒で倒れる。起き上がろうとしても一分近くかかり、歩けば五~六歩で転けるし、石に躓いてもまず確実に転ける。
(ええい、俺はハイハイから抜け出そうとしている乳幼児かッ!)
そう心の中で叫びつつ、また一分ほどかけて立ち上がる。数歩歩く。転ける。またまた一分ほどかけて立ち上がる……途中で転ける。
それでも俺は止めぬ、懲りぬ、諦めぬの精神で歩む。ひたすら、人間の体に慣れるためにあえて歩く。
「……?」
歩き疲れ、森の中で仰向けになって休憩している途中、違和感が襲ってきた。
先程までは、意識を歩くことや起き上がることに集中していた所為で気づかなかったが、何かが……何かが、違う。
そう、まるで『有って然るべきものが存在しない』様な違和感。
しばし、黙考……ふと、頭の中に嫌な予感がよぎる。
いやいや、そんな筈はない。この人化の術がそこまで不完全な訳がない。金髪だし、狐耳に尻尾も生えてるけど、まさか、そんなことは……
念の為に確認する。………………。
「何だとおおおおおおおおおぉぉっ!?」
無い! 無い! 無い! いくら触って確認しても、無い!
どうしても信じられず、服を脱いで視認するも……無い。
「女の体じゃねえか、これ……」
よくよく聞いてみたら、人間状態の時の声も若干女みたいな声色に聞こえる。多少は俺の声の面影があるが、若干女よりになっている。
「ああ、畜生。また徹夜の日々が続くのか……いや、性別変えるだけだから、運が良くて一徹か?」
そこからは、また服を着て歩いて、手頃な洞窟で寝て、次の日の朝から人化の術を改良する作業に入った。
しかし、どういうわけか、どれだけ頑張っても性別を変えることができなかった。
「ここの術式をこうして、そいで、これをこうで……よし、出来た。次こそ……」
こんな感じの事を何十日も繰り返した。が、『女性になる』という結果から逃れることは叶わなかった。一応、狐耳と尻尾の隠蔽は出来るようなり、人間と並んでも不自然なところがない所では改良できた……と思いたい。
「もう、諦めるしかない……か」
人間の形態で、そう呟く。
しかし、顔も声も、一応男と取れるし、確認しない限り女とは断定できない……筈。そんな結論にたどり着き、仕方なしに諦めることにした。
あれから十数年。俺はやっと人間の身体を不自由なく操ることができるようになっていた。力も一般的な人間よりは強い……と思う。
それと、人類(の祖先と思われる者共)に変化が見られた。
なんと、木から降りて平原に移住し始めたのだ。……俺の前世の記憶だと、大陸変動云々によって森から離れざるを得なかった……筈なのだが、なんとこいつらは自主的に平原に出始めた。
自分たちから危険なところに出向く等、自殺行為だろうと思いつつ見てみると、なんと、既に殆どの個体が二足歩行を成し遂げいている。
それに、その手には出来はお粗末なものの、武器……打製石器や、明かりとして松明を握っているものまでいる。
おまけに洞窟で生活し、動物を狩る生活をしてるようだ。
……いくらなんでもこれはおかしい。
なんだ?もしかしてここは地球とは似て非なる星なのか?それともパラレルな世界とかか?
疑問は尽きないが、奴らが俺の知っている原始人達よりは賢いということが解った。
「……教えてみるのも、面白いかも知れんな」
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
そうだ、これだけ賢いのならば、俺の知っていることを教えれば、それを吸収して……それも、乾いたスポンジが水を吸うように知識を取り入れ、文明の発達が早くなったり……するかも知れない。
この数百年、娯楽という娯楽がなかったもので、非常に退屈だった。教育という暇つぶしも、いいかも知れない。
まだ経験したことない『楽しみ』に対する期待を胸に、奴らの住居(洞窟)に歩を進めた。
今、俺は洞窟の中に入れてもらっている。が、まさかあそこまで敵意を向けられるとは思わなかった。
いや、こうなるのは目に見えていた。それに気づかない俺が間抜けだったか……
洞窟に赴いた俺に向けられたのは、敵意の眼差しと数々の武器であった。
無理もない。いきなり自分たちの見たこと無い服を着た人型の者がこちらへ近づいて来たら、警戒するのが当たり前というものだろう。
言語も通じない相手の警戒を解くことが出来たのは、ある一匹の、不運な妖怪のおかげだ。
――数刻前・洞窟の入口付近――
「ち、ちょっと落ち着こうぜ?な?武器しまえよ、武器。危ねえから……」
俺は両手を挙げて、相手に手の平を見せる……所謂「ホールドアップ」をしつつそう言ってしまうが、全く通じる様子はない。全員が全員で「何言ってんだ?こいつ」みたいな顔で唸っている。
現状、あちらから襲ってくることはないものの、後一歩でも近づけば一斉に襲いかかってくる……そんな気配が漂っている。
どうするか……そう悩んでいる所に、一匹、茂みから妖怪が現れる。
その姿は、濃いこげ茶色の肌を持ち、耳は尖り、やけに鋭利な牙と爪が生えており、いかにも「雑魚妖怪」な見かけだった。
それを視認したと同時に、洞窟の中の様子が一変。皆が一斉にざわめき始める。大人の顔から血はの気が引き、子供は大声で泣き出す。
妖怪は、それを見て恍惚の表情を浮かべる。それは、「どいつから食ってやろうか?」と考えているようにも見えた。これにより、洞窟の中の皆の恐怖が更に高まる。
そんな中、一切顔色を変えない者がいた……まあ、俺なんだが。
この妖怪、実はかなり弱い。見た目こそ恐怖感を煽るものの、保持している妖力の質、量が、確実にこの妖怪が「弱い」の部類に入っていることを物語っている。
尤も、妖怪の力を測ることが出来ない彼らにとっては、「妖怪」こそが恐怖の対象であり、その強さは関係ない……のだと思う。
まあ、弱い妖怪でも素手の一般人に対しては無双できる位強いが。
さて、俺の信用を勝ち取るためにも、こいつには退いて貰おう。
俺は、後ろにいる妖怪のところまで歩き、拳に妖力を込める。そして、妖怪を顔面から殴り抜いた。妖怪も驚いただろう。自分の餌と思っているものにいきなり殴られ、数mも吹っ飛ばされたのだから、さぞ驚いただろう。
呆然とした表情をして上体を起こしている妖怪に向き、ゆっくりと、ゆっくりと拳を鳴らしつつ歩いていく。流石に自分との実力差を理解したのか、言葉にならない叫びを上げながら、妖怪はどこかに逃げていった。
もう一度洞窟の方を向き直るなるべく笑顔で、「敵意はない」ことを頑張って表現する。皆、俺を見て唖然としているが……さあ、どうだ?これで受け入れられるか……?
結果は上の通り。一応「自分たちに危害を加える存在ではない」とアピールできたらしい。
さあ、ここからだ。まずは言語でも教えてみるか……
ちょっと無理やりすぎる感が否めない。
あと短い。どうしよ。