プロローグ
「ニア、避けろ」
「くっ……!!」
薄暗い空間の中、爆発がニアを襲った。二人の戦姫が今まさに火花を散らしている。
赤く燃えるような髪を靡かせ、煤が付いた顔を袖で強引に擦る。ニアは肩で息をし、細い足が力強く立たせているものの、すでに満身創痍だ。
「もういいニア……」
「――!!ふざけないで、負けたらあなたは死ぬのよ」
ふざけてなどいない。自分と同じぐらいの女の子がこれ以上傷つくのは見てはいられない。たとえ、現実に存在しなくても、それならばいっそ……。
視界の端に映し出された。メニューを空中でタップし指を走らせる。いくつかの項目が並び、その中の最下部に《rising》の文字が表示される。
「――――!!」
いつものような当たり前の日常は、当たり前の日常しかくれない。そんなことを考えつつ、名残り惜しそうにPCの前から離れ、登校に着いている。では、当たり前でない日常はどうすれば訪れるのか。
「そんなものは知れている」
まだ、人気がない小道に入って一人溢した。
そう、それはPCの中にしかない。ゲームをしているときだけは、自分は現実世界を離れ、画面の向こうへと飛ぶことができる。しかし、それも傍から見れば異常なほど熱心にプレイしているという程度なのだ。
結局のところ異世界にワープしたり、ゲームの世界にダイブ出来る筈もなのだから。
「はぁ~、何で現実はこんなに退屈なんだ」
生きるために働き、死ぬために働く、そこにどんな幸せがあるのか、まだ高校2年生の高坂讀伽(こうさか とくか)には程遠い理想郷だ。
唯一の楽しみがゲームであることの何がいけないのか。親の冷たい視線が暗に今後の不安を隠そうともせず突き刺す。
学校が見え、緩やかな斜面を登ると周りを青々と茂る木々が覆う、都立桜花学園がその勇壮な佇まいを覗かせた。開校5年目の新しい校舎は学校とは思えないほどの前衛的な造りになっている。二階より上がクモの巣状に多方面に延び、U字型の校舎を張り巡らせている。
2年目ともなればさすがに慣れる。迷うことなく下駄箱で履き替え、二階にある教室へと向かう。
白い床はいつ見ても褪せることがない。衛生管理も隅々まで行き届いた廊下を滑るように進み、何度上がったことだろう階段を上がると、すぐに自分の教室が目に飛び込んでくる。
滑らかなドアを滑らせるといつものように中から雑談の声が一層大きくなった。
「おう、高坂」
これもいつものことだ。特段話しかけてくる友人がいるわけでもないが、彼とは昨晩も会っていたのだから、この反応もさすがに慣れた。
「おはよう、三島」
そう手を上げて返答すると、三島は待っていたとばかりに駆け寄ってきた。
「その様子だと、俺が落ちた後もやってやがったな」
「まあね」
三島とは最近仲良くなったのだ。とは言え一方的な面があるのも事実だ。
当然、クラス内でもオタクとして認識されていた高坂は毎日の授業を作業のようにそつなくこなしていた。無論他人からの認識などに興味はないが、あながち間違ってないので特に口に出すこともしなかったのだ。
そんなある日、PCゲームをしたいと三島から相談を受けたのだ。最初は乗り気ではなかったが、こういうときは自分の好きなゲームを勧めたいのが性(さが)というものだろう。
短髪に少し体育会系を匂わせる三島春徒(みしま はると)は、やはりゲームに馴染みがなかった。
案の定、やり方などのレクチャーをすることになってしまったが、人付き合いの苦手な俺でも不思議と三島の接し方は不快ではなかった。
彼に勧めたのは俗に言う狩猟ゲームだ。CMでも宣伝しているだけあってかなりのクオリティを持ち、ユーザーの心を掴んだら放さないゲーム性にはどんなコアなユーザーでもハマってしまう。
「で、結局素材は集まったのかよ」
「一応ね。三島が落ちた後にレアレイドボスが出てね。それで一気に集めることができたんだ」
「……!かぁ~やっちまったか、後もう少し粘るんだったな」
「また今度、そのボスを討伐しに行けばいいよ」
会話を途絶えさせるように始業のチャイムが鳴りだした。
「言ったな、絶対だからな」
足早に自分の机へと踵を返すと、示し合わせたように先生が教室に入る。
そしていつものように灰色に変わった風景が始まる。1限目から6限目まで同じことのように過ごした。その間考えることと言えば、ゲームのことだけだ。やりだしたら極めないと気が収まらない性質らしく、実を言えば三島とやっている狩猟ゲームも半ば遊びだ。すでにそのゲームではやることが無くなっていたのだ。
それでも三島に付き合うのは、やはりゲームの話が出来るからだろう。ゲームをやっている時以外では三島との話は少しだけ楽しいのだ。少しだけ……。
だが、それも直に終わるだろう。好きなゲームを進めておいて勝手だとは思う。それでも、抗いようのない疼きはそれを上回ったのだ。
終業のチャイムが鳴り止むと三島は開口一番に今日も尋ねる。
「今日は何時から始める?」
予想はしていた。三島に勧めてからと言うもの毎日この調子だ。
「とりあえず、帰ろうか」
こういうときは、切り出しずらいものだ。俺は自然と気が伏せった。それを察したのか、珍しく三島も口を閉ざした。
下駄箱を出ると、部活動に励む生徒が多いのか帰宅する生徒はまばらだ。三島も部活をしているが、何も言わないのを俺は休みだと判断した。
ゆるやかな坂道を下りながら、重たくなった空気を払拭するように吐き出す。
「悪い。もうお前とはゲームできないかも」
「――――!!」
三島はわかっていたのか驚きは少ないようだ。
「気にするな、元々は俺がゲームのことを教えてもらってたんだ。こっちがお礼を言いたいぐらいだぜ」
「――!そんなんでいいの、俺が勧めたんだよ」
三島の反応に安堵するも、やはり三島は残念そうに続けた。
「そうか、お前と出来なくなるのは残念だけど、いつまでも素人にかまってたら進まねぇよな」
「違う違う。そうじゃないんだ、その……今度出るゲームをどうしてもやりたいんだ。ただ三島にはあのゲームを勧めちゃったし、今度出るやつは少し値が張るから……」
「なんだ、そんなことか、てっきり俺とやるのが嫌になったのかと思ったぜ」
高坂はぶんぶんと顔を振って否定した。
「なら、俺もお前の買うやつに移ろうかな、そしたらまた二人でやれるだろう」
高坂は呆気に取られ、湧き上がるものを感じた。少しだけ……。
「で、お前の言うゲームってなんだ?」
一瞬間をおいて落ち着くと、溜め込んでいたせいか、つらつらとゲームについての情報を引き出す。
「《戦姫ヴィスタ》って言う携帯ゲームなんだけど」
「あぁ、半年前から話題になってるやつか、確かニュースではアプリ配布時の回線が混雑するからって事前に抽選で一日人数制限したっていうやつか、配布用だとサービス開始から10日先まで埋まってるって話だったな」
「うん。それには通らなかったよ。でも今度開発した電子企業が独自にアプリ内臓型の携帯を売りに出したんだよ。何とかそれには間に合ったんだ」
「まじか!すげぇな。それも数量限定とかなのか?」
「三千台だね」
この予約購買権の抽選に当たったのは、まさに僥倖だった。高坂は半年前の宣伝からすでに目を付けていたのだ。あらゆる雑誌や掲示板など《戦姫ヴェスタ》に関することはすべて頭に叩き込んでいる。サービス開始前に得られる情報などたかが知れているが、それすら夢中にさせるほどの期待が全国のユーザーから寄せられているのだ。
高坂の予約してある携帯はアプリがサービス開始になる時刻と同時に発売される。5月2日の土曜日、13時、つまり明日、満を持して待望のゲームアプリ《戦姫ヴェスタ》が発売・開始される。きっと量販店の前では予約権を片手に三日前ぐらいから泊まり込んでいる熱狂的なゲーム中毒者がいるはずだ。
「そうか、だったら、俺は落とせるのを待つかな。確か10日ぐらいだったか?」
「そうだね。でも結構するよ?」
「かまわねーよバイト代も入るしな。また教えてもらうことになるな」
三島は快活に言って、さらっとレクチャーを頼み込んだ。
ちゃっかりしてるなぁ~と思いながらも高坂は不思議と嬉しく微笑むのだ。
まだまだ桜の木には根気よく桃色の花を咲かせ、夕暮れ時の生暖かい風が坂を下から吹き上げた。
三島は高坂と違って電車通学だ。その間、駅に着くまでの間、二人は新しくやり始めるアプリについて話歩いた。
「このゲームの魅力は自分だけのキャラクターを育成できるところなんだ。とは言っても《戦姫》だけあって女の子なんだけどね」
「…………お前、女の子だから……」
「――!違うよ。自分だけの、唯一無二のキャラって所に反応してよ」
「冗談冗談」
笑い合うように三島は高坂の肩を叩いた。
「でもそれって最初にしくって変なのが出ちゃったら最悪じゃないか」
「…………、戦姫ってぐらいだからそうそう変なのが出ることはないと思うけど」
自分に限っての予感は外れがちだ。高坂は懸念を残しつつ続けた。
「それでRPGのようなレベルはなくて、完全スキル制とあとは武装ができるんだ」
「……」
「聞いてるのか?」
考えるように三島が物思いに耽っていた。そして頭を振ると高坂の目を見て告げる。
「すまん。さすがに婆さんがでたら続ける自信ないな」
「……馬鹿か、そんなのがどうやって戦うんだよ。武装が杖って……安心しろ、そんなことがあったら俺もやめるよ」
高坂と三島は笑い合いながら駅までを過ごした。馳せる思いは明日のことでいっぱいだ。高坂は半年間待った。携帯もすでに機種変更済みだ。あとは受け取るだけになっている。抽選に受かった者は発売日までに新規購入手続きか機種変更手続きをしなくてはならない。そして機種変更の場合は受け取りと同時に解約がなされるのだ。これを怠った場合、並んでも所定の手続きを済ませなければ受け取ることができない悲惨な事態を生む。
《戦姫ヴィスタ》、フィーチャーフォンが絶滅しつつある今、新たなタッチパネル式のアンドロイド携帯が普及し、前時代を塗り替えた今、それに伴ってゲーム業界の競争も激化の一途を辿るはずだった。しかし、蓋を開けてみれば、ゲーム業界から一つ外れた電子機器メーカーの独走状態だ。それも半年も前の告知は、当時の熱狂を冷ますどころか半年の間にさらなる熱気を増していた。
世界に一つ、自分だけの戦姫と呼ばれる女キャラを育成し、全国対戦も可能、タッグありのバトルは相手に応じて武装の変換を可能にしている。ハイクオリティなキャラクターデザインもさることながらPCゲームや据置型のゲーム機に劣らずの完成度を秘めている。
つまり、今までのゲームが同クオリティ以上に手に収まる携帯の中に内臓されているのだ。
熱狂しないほうがおかしい。すべてのゲーマーは間違いなく食い付く。その中には当然俺も含まれるわけだ。
三島と駅で別れ、一人帰路に着いた。退屈で平凡な日常が明日を待たずして変化の兆しを見せる。俺の頭の中はすでに明日のことでいっぱいだった。いつもならすぐ家に帰ってPCの起動ボタンを押し、ゲームを明け方近くまでやるのだが、今日ばかりは何も手に着きそうになかった。
読んでいただきありがとうございます。