戦姫ヴィスタ   作:可美津 時亜

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崩壊

『プレイヤーの諸君、私は《戦姫ヴィスタ》の開発メンバーの一人だ。まずは、プレイしていただき感謝する。すでにこのアプリがただのアプリでないことをわかっていただけたことだろう。戦姫はプレイヤーの分身とでも思ってくれて構わない。さて本アプリの目的は諸君らも知っての通り『戦闘』にある。戦姫を武装し、自分だけの戦姫を戦わせる。もちろん勝てば特典があり負ければ相当の対価を支払う』

 手紙から動画が開かれて、再生される。それは一対一の戦闘シーンだった。一人称視点で戦っているプレイヤーの視点だ。覆面をした敵が戦姫を携帯から召喚した。

『戦闘において重要なことを教えておこう。視界の左端に表示されているHP・MPバーについて、当然HPは戦姫のものだ。そして下にあるMPバーは諸君らのものだ。つまりは《生気》がMPとして表示されている』

 

 動画の戦闘シーンではスキルと思われる必殺技が使われたことで三割ほど一気にMPが減った。スキルの使用にはMPが必要ということだ。そして減った分のMPは何もしなければ少しづつ回復するようだ。

 これは讀伽がすでに体験している。

 そして動画の戦闘は数発のスキルを命中させ、相手を倒すことに成功した。敵の戦姫は血を流して前のめりに倒れると、その体を飛散させた。……そして、相手プレイアーも力なく倒れる。

 

『負けた場合は画面左上、HPバーの手前にある小球、共命(セラフ)が一つなくなる。これが一つもない状態で敗北した場合、セラフの対価として諸君らの命を以て補うものとする。今相対していたプレイヤーはセラフを持っていなかったがために倒れたのだ』

 動画の中では覆面の男がビクとも動かない。手にしていた携帯が零れ落ち、糸の切れた人形のように固まってしまった。そこで動画が閉じられ、また手紙が広げられる。

 すでに背中を冷たい汗が伝っている。携帯を持つ手すら小刻みな震えが治まらなかった。

『脱却の防止として当然アプリの消去は出来ないし、携帯本体を壊した場合、アプリ自体は存在しているため、その間戦姫は待機モードに入る。待機モードの戦姫は常に《生気》を吸収し続ける。だいたい三日で生気を吸い尽くす計算になっている。直ぐに買い変えることをお勧めする。これより《戦姫ヴィスタ》を存分にプレイしてくれ。さぁ、命をかけた心躍る戦争の開幕だ』

 それを最後に手紙が閉じられて消滅した。

 

「…………!」

 俺は整理が付かなかった。嘘か本当かの疑問よりもまず、俺が退屈してやまなかった繰り返しのような日常が今、音を立てて崩れ去っていった。しかし、それは俺の期待する非日常ではない。生暖かい季節、気温が俺を真冬へと誘うかのように薄ら冷たいものへと変わった。

「本当なのか」

 速く脈打つ鼓動を置き去りに俺の口が動いた。

「えぇ、私はそのためにいるんだもの」

 本当かどうかはすでにニアが見せた。現実ではあり得ない光景が裏付けするかのようだった。そして手紙の主が言っていたように携帯の画面の中にもセラフと思われる小球が5つ、確かに表示されていた。

「だ、だけど……」

 俺が死ぬ。それの意味すらよくわからない。今だって初めて動画の中の死を見たのに何も感じるものはなかった。如いて言えば、俺が考えたことは保身だった。

「なら、戦わなければいい。ずっと家にいれば……」

「無駄よ。私達戦姫は敵が半径50メートル以内に入れば察知することができるの。正確な位置はわからないけど、距離を計ることは可能よ。そして戦闘開始の条件はどちらかが相手を確認し、『聖戦(クルセイド)』と言えば、専用のフィールドが構築されるわ。つまり、戦う気がなくてもおかまいなしってこと」

「そんな……でも、これが事実だとすればさすがに大騒ぎになるし、人が死ねば警察だって動く」

「どうかしらね……」

 そう内心では絶対だと言い切れる自信はなかった。動画の中で倒れた覆面は特に外傷もないのだ。つまり傍から見れば突然死。

 なによりも得体のしれない携帯ゲームが原因で死んだなどと言ったところで誰が取り合うと言うのか、仮に捜査当局が動いたとしてもそれ相応の被害、無視できない死体の山が積みかさなった後かもしれない。

 俺はすぐに自分のPCを立ち上げ、《戦姫ヴィスタ》発売前の情報交換掲示板を覗いた。

 そこには秒単位で次々に書き込みがなされていく。そのほとんど全てが愚痴や文句ばかりで役に立ちそうな情報はない。

「ダメか」

 

 時刻はすでに20時になっている。今日の所は外出しない方がいいだろう。しかし、俺にはやることが山ほどある。ゲームで培った経験で出来るだけリスク回避をしてきた俺は物事を損得で考えるようになっていた。

 このデスゲームとも呼べる告知が本当の場合、何よりも優先すべきは情報と最低限の知識だ。

 俺は夜通し、ニアに質問をぶつけた。

 その結果、最初にしなければならないことが浮上した。《戦姫ヴィスタ》においてゲーム内通貨『G(ゴールド)』が非常に重要であること、すでにニアの服に財産を吐き出してしまったが、ゴールドさえあれば、戦姫を武装させて強くできるし、何よりも命とも言うべきセラフをこのゴールドで買うことができるのだ。もちろん破格の値段だが、この事実はある意味で救いになる。

 そしてもう一つ、戦闘についてだ。こればかりは実践するほかないが、武器の性能やスキルの練習の場として『演習』が出来るらしい。実際の聖戦フィールドを展開して、その中では一人だけでなく展開者の許可があれば、多人数同時に行えるという便利な機能もあるようだ。

 

 とは言え、俄かに信じ難く、想像しずらい。これも実際に目で見るまでは、どうにもならないだろう。

 そしてこの『演習』にも欠点がある。《戦姫ヴィスタ》のプレイヤー以外には感知できないらしいが、プレイヤーが見れば一発でわかってしまうと言うのだ。そして戦闘になった場合、フィールドが展開されているため、不意打ちを食らうはめになる。

 

 今やるべきことは、いかにして効率よくゴールドを貯めるか、そして戦闘の仕方をマスターしておかなければならないということだ。

 

 外はすっかり明るくなっていた。俺の心とは裏腹に春が陽気に小鳥のさえずりを運ぶ。ニアはすっかり欠伸をして眠たそうに眼を瞬(しばた)かせているが、俺の頭はまだ冴えたままだ。ずっと気が張り詰めてたこともあり、まだ予断を許さない。

 そんな時、ニアが眠たそうに欠伸をしながら致命的発言をした。

「そういえば、私武器持ってないわよ」

「えっ!!…………いやいや、デフォルトで何かしらあるだろう」

 俺はすぐに画面のメニューから所持品を洗った。……というか洗うまでもなく、空白だった。

「――!まじかぁ」

 

やることが決まった。俺が以前見た《戦姫ヴィスタ》のPVでは武器を駆使した戦闘を繰り広げていた。もちろん画面の中でアニメーションとして動いていたわけで、今の状況とは異なるが、戦闘スタイルとしては間違っていないだろう。

「まずはゴールドを集めなきゃな、でニア、ゴールドの集め方を教えてくれないか」

「う~ん。基本的には聖戦で勝つと貰える。あとは戦利品を売ったりね。一応金策としてミッションが受けられるけどあまり効率は良くないわね」

「この際、効率は後回しにしよう。手ぶらで戦闘を仕掛けられるのは避けたいし、最悪戦い方は戦闘中に身につければいい。まだセラフは5つあることだしね。鷹を括るのは良くないけど、避けては通れないなら強くなるしかないからね」

 ニアは驚いたように眼を開けて、面白そうに口に端を上げた。

「わかってるじゃない。『ハズレ』って言ったのは保留にしておいて上げるわ」

「そりゃどうも」

 

 

 

 その日、俺は学校を休んだ。もちろん学校に行ってる場合ではないのだが、いつまでも休むことなど出来る筈もない。

 夜の間に多少の知識はニアから聞き終えている。今日一日は金策のためにミッションを試す予定だ。

 そして俺が今日一番に確認しなければならないことがある。PCを起動し、最新のニュースを確認する。

「――!!」

 昨晩、都内の各所で数名の男性が意識不明の重体で倒れていたというのだ。あまり詳しいことまでは載っていないが、『外傷はなく』という文字に昨日見た動画の覆面を思い出した。

「本当だったのか」

 俺の心は絶望したのか、それとも安堵したのか、半ば予期していただけに、突き付けられた現実に不思議と心臓が引き絞まった。

 

 

 ざっと顔を洗い、眠気を飛ばすと携帯の画面に指を走らせた。

「まずはミッションだ」

 開かれたミッションのページには数千という膨大な数のミッション件数が表示された。当然全てを隈なくチェックすることはできない。検索からジャンル別にいくつか表示してみた。

「とりあえず高額のものを見てみるか」

 ニアも興味が出たのか目を擦りながら、ページを捲って覗きこんだ。

「え~と、『聖戦において30vs1で勝利せよ』って無理だろ」

 命がけの聖戦において手抜きは望めない。そんなガチバトルにおいて30人のプレイアーのリンチに勝たなければならないのだ。

 他にも『セラフが無い者同士での聖戦に勝利せよ』などもあるが、どれも命をかけた賭けみたいなものだ。

「だったら、もう少し安いので探せば」

「あ、あぁ」

 報酬順のページを二桁分ほど飛ばして捲ると、ニアが指さした。

「これなんてどうかしら、大変そうじゃないし、報酬もまあまあ、受注回数もそこそこにある」

「そうだな、あまり外には出たくないけど、これぐらいじゃないとラチがあかないからな」

 俺はニアの指し示したミッションをタップして開くと詳細な情報が記載され、中央下部に受注の項目が表示される。

「ニアも手伝ってくれるよな」

「しょうがないわね。その代わりに貯まったらいい武器を買ってちょうだいよ」

「わかった」

 ニアの了承を得て、というよりニアなしでは達成できないのだが、俺は『受注』の項目を力強く押した。

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