早朝6時前、春の季節ではこの時間帯でも十分に明るい。すでにチラホラと窓から人が通るのが窺える。
出来れば、学校を休んでいるのだから街中や通学途中の知り合いに見つかるようなヘマはしたくないが、俺には時間がないのだ。
学生の身分では夕方までを拘束されてしまう。今日一日で、ある程度のゴールドを稼がなければならない。
「始めるか」
「えぇ」
目を擦るニアに不安を覚えないでもないが、今は頑張ってもらわなければならない。
「頼むぞ」
「わかったわよ」
俺が受けたミッションは《配達》だ。《受注》ボタンを押した直後に手紙が届いた。中は覗けないようにロックが掛かっていて、これを所定の場所に送るのが達成目標だ。
さすがに県外ということにはならないと思い目標地点を確認した。
「場所は都内だから、電車でいけばそんなには掛からないな」
財布と携帯だけを持ち、最寄駅までを歩く。携帯は胸ポケットに入れ、イヤホンを装着すれば、ニアの声を聞かれる心配もない。
「で、私は何をすればいいのよ」
ポケットに潜らせているため、ニアの顔はわからないが気合を入れたのかパチンと頬を叩くような音がイヤホンから聞こえてきた。
「ニアは周囲にプレイヤーがいないか察知してほしいんだ」
「わかったわ」
このミッションの難点はそこにある。今だからこそ、まだやれる可能性があるのだ。プレイヤーがまだ混乱から立ち直ってないか、信用していないか、どちらにしても熟練するにはまだ早い過ぎる。全プレイヤーが初心者ならば見つかっても戦闘になる可能性は低い。そもそも戦闘経験があるプレイヤーなんて一握りだろう。
俺は若干焦っていた。そういう意味でも今朝のニュース、ふざけ半分の輩ならまだいいが、これが狙って早々に動いたのだとしたら相当切れる。
つまり、逸早く行動できたプレイヤーはすでに溶け込むことがきたと言える。この状況で生き残る術を身に付けた者達は必ずいる。
俺はそんな連中と万が一にも戦闘になったとしても戦えるように準備しなくてはならないのだ。
「―――!1人いるわね。どうする」
「――!こんな近くにいるのか、距離と方角は」
さっそくのプレイヤー、これが敵か味方かどちらにせよ今は避けるべきだ。
「ちょうど正面50メートル、ギリギリだけど動いてないわ」
俺は一つの疑問をニアに聞いてみた。
「どうやって位置を知ってるんだ。正確には戦姫とプレイヤー、どっちの位置なんだ」
「戦姫ね。距離は絶対じゃないわ。頭の中に円があって点が表示される感覚だけだからある意味で目算ね。今はその円の端だから50メートルってわけ、ついでに言うと生気を消費してるからね」
「――!言ってくれよ」
「あんたが、やれって言ったんじゃない」
「でも、昨日みたいに全然痛みもないよ」
「当然、察知(サーチ)の消費は微々たるものよ。ずっとかけ続けない限りは減らないわ」
俺は勝手に使われる《生気》についてもう少し知らなければいけないようだ。一先ずは目先の目標だ。最寄駅までは今のまま直進するのが最短ルートだが、しょうがない。すぐ横道に逸れて回り道をして向かうことにした。
駅に近づくとさらに反応が二つ。さすがにプレイヤー数が多い。俺の持っている携帯内臓型はかなり個数が限られているが、本来の入手手段であるアプリをダウンロードしたユーザーの数は未知数だ。それでも間違いなく俺が様々なオンラインゲームで経験した人数を凌駕するものだと容易に想像がつく。
戦闘は相手プレイヤーを視認しなければ始められない。幸いなことに通勤ラッシュの時間帯では人ごみに紛れることができる。距離がわかったところで挑まれる可能性は低い。
揉みくちゃにされながら終電まで行くと、目的の場所までは目と鼻の先だ。画面に同封されていた詳細な地図が開かれ、それを頼りに高層のオフィス街を携帯片手に歩く。
駅に着いてからはまめにニアにサーチを賭けてもらっている。一応用心に越したことはない。朝に言ったこのミッションが今だからやれる理由はこれだ。万が一、配達の届け先に待ち伏せしている場合がある。
もしくは俺と同じミッションを受注しているプレイヤーと鉢合わせになる可能性すらあるのだ。
都内ともなるとプレイヤーの数も多いようだ。駅でサーチをかけてもらうと5人ものプレイヤーの反応があった。
俺は人ごみに紛れて、冷や汗をかきながらできるだけ人の多い場所から目的地に向かった。
「仕掛けてこなかったわね」
「やっぱりな」
「どういうこと?」
讀伽は歩きながら口を動かした。
「単純だ。まだ信じてないか、もしくは使いこなせてないんだよ」
それもそのはずだ。昨日死にも等しい宣告を受け、あれから十時間ほどしか経ってないのだから、讀伽も同様にまだ《戦姫ヴィスタ》を完全に把握しているわけではないのだ。
「俺を含めて6人がこれだけ接近しているのに誰も戦闘を始めた様子がないのがいい証拠だよ」
「なるほどね。なら、わざわざサーチをかけなくてもいいんじゃない」
「そうはいかない。間違いなくすでに戦闘をしたプレイヤーがいる以上は用心はしなきゃ」
今朝のニュースはその証拠だ。すでに戦闘を経験し、人をあやめているのだ。ニュースでは事故扱いとしている。つまり、犯人は捕まる心配をしなくていい。ならば一線を越えて犯人を踏みとどまらせる枷はないに等しい。
「それなら、ぶっ飛ばせばいいのよ」
「そうは言うけど、手ぶらでどうにかなるものなのか」
「無理ね。うん」
「…………」
配達のミッションは以外に楽だった。というよりも今だからこそなのだろう。これから見かける度に戦闘なんてのが当たり前になれば、目的地に着くまでに何回戦わなければいけないのか。
俺はニアとともに駅から数分歩いたとあるオフィスビルに入った。届け先はこのビルの4階になっている。場違いにもスーツを着た大人が闊歩する中で視線に晒されながらエレベーターで向かう。
実際にやったことは大したことではない。誰かに合う必要もなく、4階の重厚な扉に設置されている箱に向かって赤外線で飛ばすだけだ。すぐにミッション完了の知らせが届き、ニアが嬉しそうに報酬額と一緒に知らせてくる。
「たったこれだけでこんなに貰えるんだ」
「難易度は今だからこそだろうけど、結構うまいな」
報酬額は一回で7500G。ニアの服代が浮く結果になった。俺はすぐに受注したときのミッションページに向かい、同じものを見つけると迷うことなくボタンをタップする。残り受注回数は249回になっていた。おそらく全プレイヤーを含めたものだろう。
実費として交通費が飛んだが、それ以上の報酬に俺は躊躇わなかった。
家に帰りついたのは完全に夜が更けてからだった。都内を行ったり来たりと転々とした結果、俺は20回近くのミッションを完遂することができた。距離に応じて多少の報酬額に差はあったが、概ね15万Gを稼ぐことに成功したのだ。
途中からニアは完全にダウンし、イヤホンを通して寝息を立てていた。幸い他プレイヤーとは遭遇せずに済んだが、今週、三日後の休みには同じようには行くまい。
俺はすぐに自室のベッドに倒れるように突っ伏した。
「終わったの~」
片方が外れ、方耳だけ残したイヤホンから間延びした声が響く。
枕に伏せたまま籠った声で「終わった」と弱く告げた。
「じゃあ、さっそく武器を買いましょう」
「明日じゃダメかな~もう疲れて……」
重く閉じられた瞼は自力ではどうしようもないほどくっ付いていたのに、イヤホンの中からは大きく息を吸い込む音がこそばゆく擽(くすぐ)った。
「ダメ~、起きなさい」
大声量の叱咤が鼓膜を揺さぶって脳を覚ます。音楽を聴いているときに間違って大音量にしてもこんなに出たかと思うほどだった。
飛び起きるようにとはいかず、キンキンする耳を押さえて疼まるのがやっとだ。
外されたイヤホンからでも聞こえるニアの声音は御預けを喰らった子供のようだ。
気持はわからなくもない。戦姫というからには相棒となる武器は欠かせないだろう。それが目前で待ったをかけられたのだから。
「わかった、わかったから少し静かにしてくれないか」
イヤホンを携帯から外すと嬉しそうにショップのアイコンを指さしている。
方や最高の目覚めだろうが、俺は睡眠を妨げられ、生気の枯渇に似た頭痛を抱えるハメになった。まぁ眠気は覚めたけど。
「そういえば武器っていうけど何が売ってるんだ」
ショップは昨日ニアの服だけしか見ていなので、武器の類は初めて見る。
「なんだこれ!」
武器覧にはミッションの数にも劣らないページ数があったのだ。武器の種類から絞り込むが、それだけでも剣に槍に斧に弓、はたまた銃までがある。
「いっぱいあるのね」
「で、どれがいいんだ。やっぱりここは銃が……」
様々なゲームにおいて魔法がない場合は大抵《銃》が絶対的な戦闘力を誇るものだ。しかし――。
「当然《刀》ね」
「―――!ちょっと待った、もうちょい考えようよ。刀よりも銃のほうが強いに決まってる」
ニアが怪訝そうな視線を向け、《剣》の覧を急かすようにぺシペシ叩いている。
「刀が最強に決まってるでしょ。それに私刀以外は使えないわよ」
「えっ……!」
明らかに戦闘では遠隔攻撃が有利になるのはどのゲームでも大して変わりない。おそらく《戦姫ヴィスタ》も同様だろう。戦姫同士の対決がどういったものかは分からないが想像は付く。
さすがに銃弾一発で致命傷とはいかないまでも、武器の中ではプライオリティーが置かれているはずだ。
「刀以外は使えないの?」
「うん」
「そんなのありなのか」
キャラは武器を選ばないのが常だ。だというのに一種類しか使えないとは、ニアには悪いが讀伽は詰んだ気分だった。
「安心しなさい。私に刀を使わせたら右に出る者はいないわよ」
満面の笑みも今の俺には常套句にしか聞こえない。そりゃそうだろうとも、俺のやってきたゲームのキャラは皆同じことを言っていたのだ。さすがに聞き飽きた。そして大概というか、そういう奴に限って大したことないのを俺は嫌ってほど見て来ている。
でも、こればっかりはもうどうすることもできない。唯一出来ることと言えば、俺の予想を少しでも裏切ってくれることを祈るぐらいだろう。
「わかった。刀でいいんだな」
「えぇ、私のスキルも刀用のものだからね」
「そうなのか、明日は《演習》ってやつで見せてもらおうかな」
ニアは紅い髪を揺らして、画面の中で精いっぱい居丈高に胸を逸らした。
「任せなさい。私がどれだけ凄いかを思い知ることになるわ」
「……あ、あぁ」
もうどんどん小物にしか見えなくなってきた。
俺は《刀》のページに飛ぶように画面を滑らせると、俺の知っている時代劇で見たようなものから見るからにファンタジーっぽいものまで様々だ。
そして俺は付くづく思うのだ。生き死にがかかったゲームだと言う割にミッション然り、こういう所はとことんゲームなのだと思わせられる。
重量や耐久値があるだけでなく、一番値の張る刀には付加効果として刀自体にスキルが付与されているのだ。
「これ良いじゃない」
「全然足らないよ。所持金は15万Gだから10万Gぐらいで何とかならないかな」
ニアの指定した刀は二番目に値の張るものだ。赤字で足らないことを示しているのにニアはお構いなしだ。そもそも桁が違う。
「ケチケチしてると本当に良い物は手に入らないわよ」
「…………」
俺はまだニアの実力のほどを見ていないのだが?とは言えないのがなんとも口惜しい。
「そこを何とか、それに本当に良い物はお金では買えないんだぞ」
「言うわね……まぁいいわ」
ニアは画面の中でページに寝そべるように刀の画像を凝視している。
俺が下にスクロールすれば、ニアは転がるように滑るのだ。
「これなんかどうだ」
「ダメね。そんな飾り物の目で何がわかるのかしら」
「ぐっ……じゃ、ニアはどれがいいんだよ」
「これなんかは良いものよ」
ニアの示したのは以外にもリーズナブルな刀だった。波打つ刃文が生々しいリアリティを持たせている。
「そんなんでいいのか、効果も何もないけど」
「そんな物を最初から充てにしてるようじゃ先が思いやられるわね」
讀伽は何も言えなかった。ゲーマーの意地、譲れない物は確かにある。これが命を賭けた戦いだったとしても根本はゲームが基盤なのだ。しかし、それでも命を賭けた戦いというものは違う気がしたのだ。それがニアの言っていることにも一理あると判断を下した。
スキルや魔法が飛び交うゲームの中ではそれが当たり前で当然で義務のようですらあったのだ。先入観と言ってしまえば簡単だが、ニアの言うことも、俺がスキルや効果に固執するのにも当然ながら否定できないものがあるのだ。
「わかった。でも相手がスキルや効果付きの武器を使って来る戦いだ。否が応でもこちらが使わないと言うのはただの馬鹿だからな」
「だから、最初からって言ってるでしょ」
ニアは怒気を発した。昨日も今日も怒ったことはあったが、今はそれのどれとも違う本気の怒りだった。
「そうだったね。悪かったよ」
馬鹿というのはさすがに言い過ぎだった。素直に反省の旨を伝えるが、ニアの様子はやはり少し違った。短気なところはあったが、こんな些細なことで本気で怒るとは思わなかったのだ。
本当なら話題を変えるべきなのだろうけど、俺とニアはパートナーだ。戦い方や考え方は共有しておかなければならない。分かりあえなくとも自分の意見は言っておくべきだろう。
「ニア、確かにニアの言う通りだ。まだ戦姫の戦いがどういうものなのかわからないけど、スキルばかりにとらわれ過ぎたら直ぐに足元を救われるだろうね。でも、スキルなしでは切り抜けられない状況は絶対にあると思う」
ニアは顔を刀ページに向けて、振り向こうとはしない。
「ニアはどう思ってるかわからないけど、俺だっていくつもゲームをやってきたんだ。少しは理解してるつもりだよ」
「どうかしらね。でも、私も悪かったわ。その大きな声を出して……」
大きな声を出してるのは最初からだった気がしたけど、ここで口に出せば藪蛇が牙を剥くだろうなと思った。
「うん。仲直りだ。じゃぁその刀でいい?」
俺は画面に指を触れた。別に意図はないけど自然と画面の中のニアに仲直りの握手?みたいな感覚だ。
「まだ、全部見てないわ」
「はいはい」
俺は疲れているはずだったのだけど、指はスムーズに画面をスクロールしていく。
結局買い終わったのは日付が変わった頃だった。ニアが選んだのは最初に目を付けた安い刀……と少し高めの刀だ。比べれば高いと言うだけで、実際は俺の想像よりも安いのだ。そして選んだ2本の刀は両方とも小太刀である。つまり、ニアは二刀流なのだ。
「ニアは二刀流だったんだな」
「一応ね。でも刀なら大概使いこなせるけど、2本のほうが得意なのは確かね」
最初に選んだ小太刀は星刀(せいとう)『ハズキ』、もう一本は影楼刀(えいろうとう)『ゼッカ』だ。
ハズキは鉄刀で何の変哲もない普通の刀で唯一軽いだけの刀だが、ゼッカは刀身が真黒だ。
特に付加効果はないのだが。
「この黒はたぶん見えずらいはずよ。運が良ければ相手の反応が遅れるわね」
「はぁ、そういうもんなのか」
値が張ると言ってもスキルや効果のない刀は2本合わせても3万Gで済んだ。
さっそく手慣れた手つきで両腰に装着したニアはまさに戦姫だった。
「重くないか?」
重量が記載されているということは、重い物を身につければそれだけスピードが落ちるのだろう。
「えぇ、どっちも軽めだし、これぐらいはなんてことないわ」
満足したのか、ニアの顔は嬉しそうに頬を緩ませていた。
「ありがとうね」
「……!」
お礼の言葉は唐突にぼそっとニアの口から放たれた。
俺は確かに聞き取ったが、まさかニアが言うとは思わなかったため、一瞬間が空いてしまった。
「どういたしまして」
ニアも協力したのだし、これは俺のため……二人のためにやったことだ。お礼を言われるほどではないと内心で思ったが、今は素直に受け止めよう。