魔法少女リリカルなのは Inane    作:なまびーる

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 プロローグ

  

   穏やかな春の朝、ここ、海鳴市にある閑静な住宅街。

  一般的な一戸建て住宅、八神家にて、一人の青年が目を覚ました。

  年は二十代前後だろうか。柔らかな黒い髪に、蒼い瞳と変わった特徴を持っている。

  名をナナシという。

  ナナシというのは奇妙な名ではあるが、彼は至ってこれを気に入っているので変えようと思ったこともない。

  こみあげてくる欠伸を殺して階段を降りる。

  ナナシのいる部屋は、元いる〝この家の大黒柱だった″人間の書斎であったのだが、とある諸事情によって女性だらけのこの家において与えられた部屋である。

  本人としては廊下でも全然かまわなかったのだが、今のこの家の主がそれを許さなかった。

  故に今はこうして、暖かい布団、そして食事にありつけている。

   だからこそ、返したい恩が山ほどあるのが今の彼であるのだ。

  「おはようございます。皆さん。」

  ナナシはリビングの入り口で恭しく礼をした。

その瞬間、一家の動きがピタリと止まる。

何とも形容し難い微妙な空気になってしまった。

「あ、あー…あのな、ナナシ君。」

「はい、なんですか?」

この家の主…八神はやてが、気まずそうに頬をポリポリと掻いた。

「そんな家の中でまで、気ぃはっておったら疲れへんか? もう大分経つんやし、肩の力抜いてもええ…というか抜いてほしいんやけどなぁ…」

あ、とナナシは笑う。

「あ、すいません。またつい癖で…あはは。」

「ついでに敬語も外してくれるとうれしいんやけど。」

「が、頑張ります。」

 ナナシがこの家にやってきてから二週間。

彼は、まだほんの少し、この家に馴染めずにいた。

 

 始まりは、数週間前。

 

 暗い森の中、青年は蒼い顔をしながら走りこんでいる。

「ハァ、ハァ、ハァ…!」

青年…ナナシは走る。

背中からは、機械を通した声が聞こえてきた。

『待ってください! せめてお話を…!』

「待てっていわれて待つ人がいるんですかぁッ!?」

どこから聞こえてくるかわからない声に叫んで返事をするナナシ。

その脇腹を、白色の光弾がすり抜ける。

「光の玉…!? うっ」

ナナシは前方に倒れこみながら受け身、そのまま再び走り出す。「ぞッ!?」

当然ながら地面は固い土と石が転がっている。

背中に感じる激痛に涙目になりながら、ナナシは走った。止まるわけにはいかない。

何故なら、彼には仲間がいるからだ。

〝道行く旅人を襲い金品を奪う盗賊団″、という名の仲間が。

ナナシに与えられた仕事は、彼らが遺跡の金品を漁る間、それを妨害する他の盗賊団を引きつける…と言うものなのだが、本当の所はアジトがばれたので、逮捕にやってきた管理局局員の囮になれというものだ。

だが、彼に疑う、という行動は存在しなかった。

というのも彼、ナナシには自分の名前がナナシ、ということ以外、綺麗さっぱり忘れてしまっているのだ。気がつけば彼らが目の前で何か妙な視線を向けていて、気がつけば、彼らの仲間に(という名の都合のいいパシリ)なっていた。

コレを刷り込み効果と言うのか、記憶のないナナシは彼らのことを全くもって信頼している。

最も、それもあと数十分て打ち砕かれてしまうのだが。

「ハァ…ハァッ…!」

息が切れる。全身に酸素が回らなくなり、意識がもうほとんど真っ白だ。「うわっ」

いきなりの浮遊感。木の幹に足を躓かせたのか、一転してナナシの視界は空に向けられる。

その細長い肢体に衝撃を受けつつ、体の痛みをきっかけにナナシの中て何かがプツンと切れた。

体が起き上がらない。盛大に息を切らせながら、ナナシはゴロンと空を見た。

重力が、自分の身体がこんなにも重いとは思わなかった――――

大の字になって、鉛のように重くなった体を地面にへばりつかせながら、ナナシの視界に一つの影が入る

それは、一人の少女。

月明かりだけが頼りの視界の中、よくはわからなかったが、影だけ見ると、とても若い、いや、幼いと感じた。

相手の盗賊団は子供まで使っているのか…と一瞬思ってもみたが、闘志は全く湧かない。

情けない事に、身体の疲労が彼の心を萎えさせていた。

だが、彼のそんな苦労も多少は無駄ではなかった。

よく見れば、少女の肩が少し忙しく上下し、荒い息遣いが聞こえる。それなりに彼女も疲労しているようであった。

「全く…早すぎ、です…よ…ハァ…ハァ…」

「ごめんなさい。貴方の仲間も既に逮捕しました…どんなに逃げても、もう…」

声色が若干申し訳なさそうだった。

それほど気にかけてくれているのか、はたまた、単純にナナシを憐れんでいるのか。

「そん…な…」

視界が眩む。 まさか、こんなちっぽけな自分の努力でさえ無駄だったのか。

 ただ、彼にやってきたのは怒りでも、悲しみでもなかった。

 空虚な脱力感…これだけ必死になって動いていたにも拘らず、あっさりと終ってしまった事への失望。

そして何故かほんの少しの安堵感を覚えながら、彼は意識を手放した。

 

 

 

 …草の香りがする。

穏やかな草原の上、僕は分厚い本を片手にごろごろと寝ころびながら空を見ていた。

   「You can’t undo anything you’ve already done.」

   そうだ…僕は記憶がない。

  でも、だからどうしろというんだ。

  …不思議な感覚だな。

  夢の中…明晰夢というのだろう、それとは少し違う。

  ふわふわとした暖かくて、何か気持ちいいものに包まれながらまどろんでいる、そんな感じ。

  いつまでもここにいたい…自然とそう思ってしまうような、そんな場所だ。

「Even if you lose memories so much, your crime does no disappear.」

僕の罪は消えない…? 

 あなたは、何を言っているんですか…?

「ナナシ…」

ナナシ…名無し…ななし?

ナナシ…そうだ、それが僕の名前。

「友達からもらった始めての贈り物だろ。 大事にしておけよ。」

 意識が再び溶けていく。

再び眠りにつく、自分と自分の体が徐々に曖昧になっていく感覚。

 最後に聞こえたのは、綺麗な鈴の音だけで―――――

 

 ナナシは目を覚ます。

「ここは…?」

視界にあるのは、白い天井。

ナナシはゆっくりと起き上がる。

「あ、アレ…?」

ナナシは拍子抜けたように頬を掻く。

拘束もなにもされていないのだ。

 あの時、少女は〝逮捕″という言葉を使っていた。

つまり自分は〝そういった組織″に捕まった、ということを示しているわけで…

「あ、気が付きましたですか?」

不意に、声色の高い少女の声が聞こえた。

「ええ、おかげさまで…ってぇぇえ?」

キョロキョロとあたりを見渡す。

声の主を探しているのだが、あたりはただの医務室のようでそれらしい備品以外特に見当たらない。

いったいどこから声がしているのだろう…? と首をかしげていると、ヒョコッと小さな影がナナシのいるベッドの隣にある小さなテーブルの物陰から出てきた。

 そう、本当に小さな。

「はじめまして! 私は独立融合管制機、リインフォース・ツヴァイと申します!」

「あ、どうも。これはご丁寧に…あ、僕はナナシと申します、苗字はありません。」

あまりにも普通に挨拶をされたので、思わず普通に返してしまったナナシ。

 ここでしばらくナナシの思考が停止する。

 

 あれ、何かおかしい。と

よくよく見れば、その小さな銀の髪が腰まであるかわいらしい少女…リインフォースは、テーブルの上に立っている。

そう、親指ほどの大きさなのだ。

「…妖精さん?」

思わず、そうつぶやいた。

「ハイ? って、あ。私のことですかーッ!?」

誰が何と言わなくてもあなたです――――と内心ツッコミを入れつつ、ナナシはその奇妙な妖精さん(?)に顔を近づけ話しかける。

「あ、あのー。できれば僕が今どういった状況になっているかお話しいただけると助かるのですが…」

「それは私から説明させてもらいます。」

 医務室に入ってきたのは、こちらもまた少女。

年齢にして十二歳ほどだろうか、小柄な体躯に栗色の髪が肩のあたりで切りそろえられている。

「初めまして。管理局ロストロギア特別捜査官、八神はやてです。よろしくお願いします。」

「あ、これはどうもご丁寧に…ナナシです。」

とてもじゃないが、拘束された犯罪者(?)と、局員には見えない状況の中、はやてと名乗った少女は話を始めた。

「あの人達が全部話してくれました…ナナシさん。」

ここでナナシは漸く気づく

この目の前の少女が、森の中で追いかけっこをしていたあの少女なのだと。

「えっ…と…大変申し上げにくいことなんですけれど…あなたはあの人たちに…その…」

そのはやてが、しどろもどろになって言葉を濁している。

流石にもうわかっていたことなので、ナナシ自身が言った。

「利用されていた、ですよね…」

「はい…」

ナナシの肩はガックリとうなだれた。

 

 取調室

 「この青年を、あなた方はご存知ですよね?」

局員の男一人が、盗賊団の団長の男に尋ねる。

団長に見せたのはナナシの顔写真。

「ああ、知ってるぜ。」

「この青年をどこで拾ったか、あなたは知っていますか?」

局員の質問に、団長は視線を宙に数回泳がせ、しばらく考えた後言った。

「此奴は…そうだ、第三十七管理外世界の…郊外にある遺跡に行った時のことだ。

案の定俺たちは例のごとく、金目の物目当てにもぐりこんだのだが…」

「その時にこの青年を?」

団長は頭を振った。

「いや…最初はわけのわからねぇ石版みてぇなものだったんだ。金目のものになりそうだったから、まぁ、どこかに売り飛ばそうと運搬船で運んでいたら、運搬室でいいつの間にかソイツになってたんだ。記憶がねぇっつーし、そんな石版から変化した生身の人間って、なんかすげぇ力ありそうだろ? だからさ、用心棒代わりとして置いといたんだが…」

団長は肩をすくめてドカッと椅子に座りなおした。

「てんで駄目でやんの。ったく、なんであいつにこんな仕事任せたんだか…さっさとうっぱらっちまえばよかった。」

 

 「…それで、皆さんは…どうなるんでしょうか?」

ナナシが尋ねる。

皆さん、というのは、あの盗賊団のことであろう。

はやては頬を掻きながら答えた。

「まあ…あのグループは、盗みはしてもヒトを殺傷してませんから…二~三年程で出られると思いますよ。」

 「そう、ですか…よかった。」

て、ちょっと待て。

ナナシは言った。

「アレ? じゃあ、僕はどうなるんですか。」

彼らとともに牢獄に入れられるのなら、それも仕方がない。

だが、それでは今のこの状況は納得がいかない。

何せ、手足はまるで拘束されておらず、医務室だって、見た様子であるとロックはかけられていない。

まるで、〝どうぞご自由に逃げて下さい″と言っているようなものだ。

「ええっと…確かに、あなたは記憶がなくて利用されていたとはいえ、犯罪に関与していたのは明らかです。

ですが、あなたの存在含め、あなたの周囲の状況を考えると、彼らとは別の、然るべき対応を取ることになります。」

「その対応とは…?」

ナナシはゴクリとつばをのむ。

別途で対応されるなど、嫌な予感がして仕方がない。

「今現在、管理局はあなたを古代遺産、ロストロギアとして認定し、あなたを保護することを、私に通達しました。」

首を縦に振るナナシ。

ロストロギアという聞きなれない単語ではあったが、ともかく彼女らは、それらを管理することが仕事らしい…

そして、そのうちの一つに自分が含まれると。

「えと、つまり…ですね。」

はやては少し照れくさそうに笑うと、ナナシに告げた。

「えっと…ナナシさん、これから私たちと暮らしませんか?」

 

 この時、ナナシはまだ知らなかった。

この誘いが、これからのナナシの人生を決定づけたことを。

これから始まる生活が、ナナシの過去と向き合うきっかけを作ってくれたことを。

 

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