感想、評価どんどんください。文がヨミヅレェッ! とかでもいいです。
ただし駄文にはご注意ください。
“ 鳥は卵の中から抜け出そうと戦う。卵は世界だ。
生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない”――ヘルマン・ヘッセ
真っ暗な部屋の中、青年は一人、母親の胎内にいる胎児のようにうずくまって寝ていた。
「…ぅ、ぅぅ…」
口からは嗚咽が漏れ、その瞼の筋からは、一滴の滴が落ちていく。
青年の名はナナシ…先日、この八神家に居候し始めた、記憶喪失の青年である。
今、ナナシの心はある一つのことに囚われていた。
孤独。
記憶のない、まだ〝生まれたて″のその時に、ナナシに居場所を与えたのは他でもない、件の盗賊団である。
無論、ナナシが彼らから受けたのは、〝仕打ち″以外の何物でもない。
毎日のように奴隷のような扱いを受け、しまいには捨て駒として利用される。
そこに仲間、や、絆、などという言葉は存在するはずもない。
だが、ナナシはそれでもよかった。
記憶がない、家族も、友人もいない、〝世界につながりがない″ナナシにとって、〝彼ら″という存在は、唯一繋ぎ止めてくれていた存在であったのだ。
それが、今は無い。
確かに、はやては共に暮らそうといってくれた。
だが、行き成りそんなことを言われても当人は困惑しか生まれない。
彼女が作ってくれた暖かいスープが、彼女がくれた暖かい布団が、余計に彼を孤独へと追い込んでいく。
人間が孤独に苛まれるときは、いつも心と身体に余裕があるときだ。
劣悪な環境の中で、ただただ一人になりたくないという気持ちから盗賊団で働いていたときは、そんなことを考える余裕が生まれなかった。
だからこそ、今は自覚してしまう。
自分は…一人である、と。
ひときしり泣いた後、ナナシは疲れたように眠りこけた。
自身の年齢すら覚えていないナナシだが、それなりに大人に近い年齢であることは自覚しており、この情けない姿を人に見られなくてよかった…と、ただ単純にそう思ったのは、彼の少ないプライドの一つでもあったのかもしれない。
蒼い草原の上、少年は一人、本を抱えて歩いていた。
少年は貴族だった。
片田舎にある小さな領主の跡継ぎであったが、比較的裕福で、つい最近迎えた誕生日にて、貴重なかのヴィンハイムの魔導書を買い与えてくれたのである。
少年はこの数日にして、この書のほとんどを読破して見せた、というのも、少年に魔法への強い憧れもあったし、何よりも、両親からの贈り物を精一杯使い倒したかったのである。
最も、使うことはまだできないのだが。
…でも、いつかは、きっといつかは。
少年は再び本の頁を開く。
少年は本が好きであった。頁を開くごとに次は何が、どんなことで自分を驚かせてくれるのだろう。
次の瞬間には、この文字を理解したときには、一体どんな未知の世界が広がっているのだろう。
たかが動物の皮、紙ごときに乗った文字らには、それがあった。
そんな少年を、周りの人間等は気味悪がった。
一般人から見れば、唯の意味の分からない文字の羅列、学者や一線を帰した人間達が見る、よく分からないモノ…それが本であるのだから。
勿論、両親からは特に何も言われなかったが、本に熱中するあまり村の友達を作らなかったせいで、陰ではあることないこと、色々言われていた。
少年はそんな陰口を知っていた。
だが、家の事情上、少年がどうこうできるわけもなく…いつしか、少年はそんな故郷よりも、外の世界にあこがれを抱くようになった。
少年は思った。
―――いつか、きっといつか、この本に載っている魔法を使いこなせるようになりたい。
そして、今まで読んできた本にもなっていない、たくさんの世界を見て回るんだ。
ぎらぎらと照りつく太陽のもと、少年は汗の気持ち悪さを感じつつ、二人の大人を見上げていた。
「…僕が?みんなを?」
――――ああ、そうだ。
――――君は、みんなを助けるヒーローになるんだよ。
大人は笑っていた。
穏やかな、やさしい笑み。
少年は彼らをあっさりと信用して、その手を取る。
無知とは罪だ。
逆を言うならば…罪とは無知。
〝知らなかった″など通用しないし、被害者はそんな理由で納得などしないだろう。
故に、少年は罪深かった。
たった一つ、人を〝疑う″ということを〝知らなかった″少年は、
少年は…
「――――ん?」
気がつけば、朝であった。
盗賊団での朝は毎日早かった癖が、今日も出ていたようだ。
まだ時計はかなり早い――――(実際のところは朝の五時少し前)時間で、大抵の人は寝静まっている時間帯だ。
ナナシはゆっくりと上体を起こした。
昨日までの孤独感、虚無感は無い。
部屋に据え置かれた小さな鏡を見てみれば、涙の跡も残っていなかった。
やけに、気分がすがすがしいのを感じる。
当たり前だ、春なのだ…そう思いながらナナシはカーテンを開けた。
「…ぁ」
嘆息のような、小さなため息が、口から洩れた。
朝の陽ざしに照らされた街と海は、気が遠くなるくらいに美しく、それはナナシが見たことのない景色でもあった。
自分が暮らしてきた世界とは全く違う…無償な感動を覚えながら、ナナシは更なる衝撃を覚えていた。
「…僕って、貴族で本好きだったんだ。」
昨晩見た夢の内容…それは間違いなく、自身の記憶であると確信できた。
明確な理由があるわけでもないが、夢の中の少年が、間違いなく〝自分″であることが漠然と理解し、熱心に何かの本を読んでいることも同様であった。
さすがに本の内容までは思い出せないが…でもとにかく、ナナシは弾けたように机に飛びつくと、机の上に広がっている日記帳に何事か書き付けた。
所謂、夢日記であるが、普通の日記としても書いてあったり、あったことのある、それなりに交流のある人間の細かい記憶もここに書いてある。
じゃないと、もし次に記憶を失った時に困るから。
盗賊団にいた、数少ないナナシに良くしてくれた人々のページをめくるたびに心が痛むが、白紙のところを見つけると、そこに内容を書き込んだ。
「…ふぅ。よし!」
書かれている文字はミッドチルダのものであるが、ナナシは書けるし読める。
ナナシが持っていた数少ない記憶の一つで、奇妙なことに〝ニホンゴ″もかけるということが、つい先日分かった。
それにしても、この清々しい気分というのはこう言うことだったのだろうか。
まだまだ氷山の一角すら解決していない小さなことだが、それでも、記憶が取り戻せるという希望が少なからずともあるということだけでも、今のナナシにとっては救いであった。
――――さて、これからどうしよう…
窓の外の景色を眺めて、はやてが起きだすまで待つか、朝食を手伝うためにそろそろリビングに降りた方がいいのか…
いや、流石に勝手にキッチンに立つのは不味いだろう…などとしばらく考えていると、遠くの海の方で、ボゥーッという音が聞こえた。
「…あ。船だ。」
短くそうつぶやくと、ナナシは音もなく立ち上がる。
盗賊団に拾われて最初に教わった事で、ともかくナナシの行動には音がない。
それこそ気配を殺せばだれもいないと思えるくらいに。
ボゥーッという船の音と同時に、はやての枕元に置いてある目覚まし時計が鳴った。
「うー…ん。」
布団から細い右手だけをだし、パチンと叩く。
見ればリインとヴィータはまだ深い眠りの中にいるようで、目覚まし程度の音では起きそうになかった。
どうもヴィータは昨日任務があったようで、結構大変だったらしい。
春はいい。
少なくとも、朝起きるのが冬と比べて起きるのが苦じゃなくなる。
隣でまだ幸せそうに眠るヴィータに毛布を掛けなおしてやってから、はやては布団から出た。
うす暗い階段をトトト…と降りて、早速皆の朝食を作ろうと準備に取り掛かろうとした、その時。
「おはようございます! はやてさん。」
「にょわぁぁあああああッ!?」
「わぁああああッ!?」
リビングの丁度入り口付近、そこの死角で立っていたようで、ズイッと出てくるナナシ。
あまりにも突然の出来事、というか、どんな肝の座った人間でも絶対驚く。
で、そのはやての妙な悲鳴に驚き返された(というよりも驚かれるとは思っていなかった)ナナシは妙な体制で固まっている。
二人そろって朝の八神家に綺麗な悲鳴の合唱をしてしまった。
「な、ナナシ君…!? 起きてたん?」
「は、ハイ…目覚ましが聞こえて、先にでてお手伝いができるようにと…あ。改めまして、おはようございます。」
律儀に礼をするナナシ。
「あ、おはようございます。」
思わず敬語で返してしまった。
「って、そうじゃなくて。 さ、朝ごはん朝ごはんと。」
「あ、何かお手伝いすることはありますか?」
ビシっ立つナナシ。
背筋はしゃんと伸びていて、期待に満ちた少年のようだ。
いやそこまで期待されても、と苦笑いしながら、はやては言った。
「じゃあ、野菜切ってもらおうかな。手、洗ってえな。」
「ハイ! もう洗っております!」
パッと細長い指を広げてアピールするナナシ。
嬉しそうににこにこと笑うナナシに対し、まさか、この青年は朝の手伝いをするためにわざわざ早起きをして…とまで考えたはやては少し申し訳ない、というか、何もそこまでしなくても…という感情に襲われていた。
まるで、この家に始めてきた守護騎士達のような、いや、それ以上にナナシは誰かに尽くすタイプであることが、容易に想像できた。
本人に自覚はないであろうが。
「ま、まあ…ナナシ君、お手伝いしてくれるのはとっても嬉しんやけど、やっぱりもう少し肩の力抜いてえな? 一緒に住む仲やんなから、遠慮はいらんで?」
ナナシは飲み込みと、察しが早い。
少なくとも今のはやてがナナシに対して引いている、といることは分かるようであった。
「あ…すみません。」
気まずそうに頭を掻くナナシ。
これがナナシがここにきて数日間は続いていた。
今はだいぶ落ち着いてきているが、それでもたまに、こういうことに歯止めがかからなくなることになる。
最も余計なことは絶対にしないので、生活的にはむしろ助かっているのだが、ナナシは八神家の使用人でなければ、召使でもない。同居人だ。
その日の昼は、ナナシはある場所へと向かっていた。
はやてからの紹介で、駅前にある喫茶店のアルバイトを引き受けたのだ。
「ええ~と…」
ナナシは昼間やることがこの上なくない。
絶望的に暇だ。
ナナシが来て数日、守護騎士と呼ばれるもう三人の同居人たちは、どうも仕事が珍しく立て続けに入ってしまっているようで、家を空けている(実はナナシは彼女らにあったことがない。)
話し相手がいなければ、やることも取り立てない。かと言えば、〝才能がない″ナナシは、はやての仕事の手伝いすらすることができない。
「ハァ…」
ナナシはため息をついた。
とてつもなく、自身の無能さ加減が露呈している。そう思った。
このまま何もしないのでは、テレビで言うところの〝ヒモ″ではないか。
少なくともはやて達の生活費の足しにでもなろうかと、今回は思っていたのである。
それにしても…
「ヒト、多いなぁ~。」
見渡す限り、ヒト、ヒト、ヒト。
村やら森やら沼地やらに移り住んでいたナナシにとっては
「う、おぇっぷ…」
人酔いするには十分であった。
(…マズイ、このままじゃマズイ…折角はやてさんが作ってくれた朝食が戻ってきてしまう…!)
大慌てで路地裏に逃げ込むナナシ。勿論口を押えながら。
幸いな事に約束の時間まではまだある。
暫く休んでから、なるべく人通りの少ない道を進んでいこう――――そう思って地図を取り出し、ルートを画策する。
ナナシは耳と鼻がいい。それも集中すれば、窓を閉め切って遠くの船の汽笛が聞こえてきてしまうくらいに。
そんなナナシの耳に、管理外世界…それもこんな都市のど真ん中では絶対にありえない音が届いたのだ。
――――ザリッ、という、砂を噛む音。
ナナシは知っている。
この音は、盗賊団が警戒しすぎるほどに警戒する、獣の足音。
ナナシは
(―――アレ? でも、ここはカンリガイセカイ、というやつなんだよな…? たしか、マホウに関するモノは一切出ないし、危険で大きな生物も、ここにはいないとか…?)
と首をひねる。
すると、か細い少女の悲鳴。
声色からして幼い、八~九歳前後の声が、狭い路地裏のナナシの耳にほんの少し届いた。
当然のごとく、駆けだした。
獣の足音の方向と、少女の悲鳴が同じ方向であったのもある。
路地裏を抜けると、そこは閑静な住宅街の公園前の道路であった。
恐ろしい程までに人がいないことを除けば、何一つ違和感がない。
が、たった一つ違和感があったのは、公園の中にある、砂場であった。
「こないで…こないでぇッ!」
泣き叫んでいる女の子に対する、黒い影。
「アレって…」
しなやかで強靭な手足。
豹によく似ているその生物に肩甲骨あたりからは、体毛と同じ黒い翼が生えている。
獰猛に開けられた咢からは、鋭利な刃物を思わせる犬歯がのぞいていて、今にもとびかかりそうだ。
「魔法生物…って、マジですか!?」
路地裏にあったガラクタを、蹴飛ばし、大きめの布を見つけ出し、駆けだすナナシ。
布を右手に巻き付ける。
【グォオアッ!】
そして、その魔法生物が、少女を喰らわんととびかかった。
「しゃがんでください!」
ナナシは叫ぶ。
少女はわけがわからないまま、そのまま素直にしゃがんでくれた。
右腕を突き出し、魔法生物の開かれた口に自ら食わせる。
ゾブリ
自身の肉の繊維が引き裂け、牙がめり込んでいくものすごく嫌な音と、遅れてやってくる激痛を脂汗を目一杯かきながらこらえ
「おりゃぁあああっ!」
走りこんできた運動エネルギーに身を任せ、体当たりで魔法生物ごと吹っ飛ぶ。
一人と一匹は転がりあいながら公園の端にまで到達する。
「え、う、…あ…?」
生まれて初めて死に近い経験をしたショックからか、少女は茫然とナナシを見ていた。
「に、逃げてください! 早く!」
ナナシが叫ぶと、少女ははっとした様子になり、慌ててかけていった。
まあ、これだけ騒げば近くの大人たちも気づくだろう。
最も、今はナナシが絶体絶命の危機なのだが、転がったショックでか腕から牙が離れた。
そのチャンスに乗って慌てて距離を取る。
「やっぱ布まいただけじゃダメだったかー…」
恐ろしい幸運なことに、ナナシの腕の骨は折れていなかった。
ただ、目の前の獣の牙がつけた二つの穴が空いているところから、諾々と血が流れ出ている。
はっきり言ってものすごく痛い、泣きたい。
そんなものをこらえながら、ナナシは考える。
――――今、この状況で生き残るにはどうすればいい?
そんなものはわからない。
ただ、考えているうちにも獣は襲い掛かってきた。
【グゥォアッ!】
「うわっ!?」
目にも留まらぬ…というほどでもないが、素早い動きでナナシに飛びかかる獣。
背中の翼も巧みに使う。
ナナシが体をひねらせ何とかよけきれたと思った次の瞬間には、背中に鈍痛が走っていた。
「ぐぁっ…!?」
ナナシの細い肢体が、公園のアスファルトの上を転がっていく。
「い、いててて…」
今ので、脇腹の何本か骨が折れた気がする。
戦闘開始わずか三分もたっていないうちに、ナナシは満身創痍と化していた、
「ったく手加減なんて…してくれません、よねぇっ!?」
ナナシが再び体を横にそらす。
ナナシの右半身があったところには黒い焦げ跡。
「…光の球、ッスカ…!?」
奇妙な体制のまま静止したナナシは、獣を見る。
【グル、グル、グルゥ…!】
そして、違和感を覚えた。
――――恐れることはない、獣は素直だ。敵ではない者を無暗に襲うことはない。
「獣…此奴は、獣…?」
余談だが、虎やライオンの顎の力は約450㎏、豹は200㎏。
つまり先ほどナナシの右腕は、かまれた時点で確実に噛み砕かれ、ナナシの胴体とサヨナラしていたはずなのだ。
だが、それが穴をあけられただけ…
「あ、甘噛み…?」
だが、それでは今のこの状況に納得ができない。
流石にこのの獰猛そうで、しかも涎がだらだらと垂れ下がりながら血走った眼で『じゃれてほしい』わけはない。もしそうであったら泣けてくる。
【グル、グル、ルルルルゥゥゥ…!】
頭をぶんぶんと降る獣。
まるで何かを振り落したいかのように。
「何か、に操られているんですか…?」
手足が異常なまでに震えている。
そうだ、あの頭は嫌嫌をするかのようにも見える。
「ど、どうすればいいんですかコレ…」
今なら、逃げ切れる。
だが、目の前の獣はどうなる? そもそも、逃げだしたとしてほかの人間等を襲わないはずがない。
例え操られていたとしてもだ。
今の彼には、ここにいても何もできない。
この獣を殺すことも、抑えることも、あまつさえ、救うことも。
だったらなんで自分は動かない?
―――いや、動けないんだ、コレ。
そして、弾けた弓のように獣は動いた。
【グルルルルァアアア!?】
なぜ逃げなかった、そう聞こえた。
恐ろしい速度での体当たり。
「…カハっ。」
【ルルルルゥゥァアア…】
ナナシに馬乗りになった獣。
咢を広げ、牙をむき出しになりながらも尚何かに抗い続ける。
まるで、それがしたくないかのように。
「…ッ!」
ナナシは、反射的に獣の上あごと下あごを両手で押さえた。
―――何を呆けているんだ、自分は!
まだ、この獣は抗っている。自分の中の、よく分からない何かと懸命になって〝ソレ″をやりたくないと戦っている。
だったら自分がやるのは、ソレをさせないこと。
だからせめて――――死ぬわけにはいかない。
「と言ってもかなり絶望的な状況なんですけれど…!?」
直後、それは起こった。
獣の黒い巨体が、ナナシの巨体から消えた。
「…え?」
先ほどの少女に代わって、呆けるのはナナシになった。
「…大丈夫だったかい?」
そこにいたのは、どこかの制服を着た、一人の老人であった。
いや、ナナシは一瞬、その男性を老人とは見えなかった。
影だけで見れば、背はシャンと伸びていたからだ。
「立てるかな?」
「あ…はい…イテ。」
骨が大分持っていかれていた。
「って、その前に、アイツは…」
「ああ、大丈夫。」
老人が、ある一点の方向を指さす。
「もう動けない。後で浄化しておくから、ケガなしで元に戻れるよ。」
「そう、なんですか…? よ、よかった~。」
安心して気が抜けたのか。はたまたただ単純に骨の痛みからか。
一瞬にして、ナナシの意識は遠のいていった。
「…ん、アレ…?」
木製のベッドの上で、ナナシは目を覚ました。
噛まれた右腕しか包帯はまかれておらず、よく見ると折れたと思っていた箇所には傷一つ、痛みすらなかった。
「ここは…」
あたりを見渡す。
床や壁は木製で、不思議と落ち着く雰囲気であったが、どうやら誰かの部屋のようでもあった。
「――――気が付いたみたいだね。」
「…あ。」
声をかけられるまで気が付かなかった。
部屋の入り口のドアに、あの時の老人がたっていた。
「勝手ながら、ある程度手当はさせてもらったよ。」
「あ、ありがとうございます。助けてもいただいてこんな…」
それに比べて自分は…
思わず自己嫌悪に陥りそうになったナナシを見て、老人は言う。
「いいや、私の方こそ、君に礼を言わなくてはいけない。ありがとう、ナナシ君。」
「…え?」
「入ってきなさい。」
恐る恐る、といった様子で入ってきたのは、一人の少女
あの時ナナシが逃がした女の子であった。
「あ…君…よかったぁ~「なぁ~ぉ」…?」
ナナシがホッとしたように肩を落とすと、鳴き声が聞こえる。
見ると、女の子のその腕には、一匹の黒猫。
心なしか、あの獣に似ているような…
「ああ、そこの子は、君が相手していた思念体だよ。」
「…え″。えと、飼い猫…だったんですか?」
女の子が頭を横に振って否定したが、仲は良好のようであった。
思念体、という単語には聞き覚えがなかったが、あの獣のことを指すのだろう。
「えと…お兄さん。助けてくれて、ありがと。」
少しもじもじとしながら、やや照れくさそうに女の子は言った。
「いや…こんな有様ですし、助けたというほどでは…」
むしろ助けられちゃっていますし…
「それでも、君の行動が、結果として一人と一匹の命を救ったんだ。あのままこの子が殺されていたら、間違いなく殺処分をせざるを得なかった。」
絶句した。
「申し遅れたね、私は木村という。
木村 政彦(きむら まさひこ)。ここの店長だ。よろしくね、ナナシ君。そして、こちらが私の姪。」
「高無 日和(たかなし ひより)です。」
「あ、ハイ…僕はナナシ…って、なんで僕の名前を…?」
そういわれて、糸目の木村は、微笑みながら一通の手紙を取り出した。
「はやてちゃんから、君の話は聞いているよ。」
ん?
一瞬、ナナシの思考が停止した。
「ってことはここがもしかして…」
「ああ、そうだよ。」
木村は、実に完成された老執事のように礼をして見せた。
「喫茶〝絹道(シルク・ロード)“へようこそ。ナナシ君。」
…これが、僕と店長の初めての出会いだった。
思えば、すべてはここから始まったんだ。
…うん、ぶっちゃけコレリリカルなのはじゃない(´・ω・`)
次回からは原作キャラと絡めていきたいなぁ…
で、なんで喫茶店なのに翠屋じゃないの?というのは、ま、まあネタバレになっちゃうのでやめときます…