血の海の上を、ナナシは歩いていた。
白い大理石をカツカツと踏みしめ、ナナシはようやく、ソレ、を見つける。
胸に大きな穴が開き、生気のない目が、白の天井を無意味に見上げている。
安っぽい甲冑と槍がトレードマークの、その男。
「…セン、さん…」
ナナシはその男の前で膝をついた。
騒ぎはすでに収まっている。だが、医療班が到着していない…もとい、壊滅しているこの城は、もう機能をしないのだろう。
この国がどうなるのか、もうそれは誰にもわからない。
国最高水準レベルの防衛能力を持った騎士と兵たちですら、〝あの四人″には敵わなかった。
ナナシは静かにセンの瞼を閉じさせてやる。
「…おやすみなさい、センさん…後のことは、僕に任せて下さい。」
この時、ナナシはすべてを思い出していた。
自身の生まれ、身分…そして、忘れていた、その〝知識″を。
この城を襲撃したのは、闇の書の守護騎士システム…ヴォルケンリッター。
蒐集をするために生まれ、闇の書の主を守護することが存在価値のただのプログラム。
闇の書は、魔導士が持つリンカーコアを〝蒐集″という特殊能力によって吸収し、その魔導士が持っている魔法と魔力を得る巨大ストレージデバイスだ。
だが、本来アレは、そのような目的で作られたものではない。
ナナシはそれがわかっていた。
ナナシは、すべての魔法の源である〝リンカーコア″を持っていない。
だが元々〝彼には必要ない″モノであったのだ。
――――転移魔法の座標指定からして、やっぱり闇の書の現主は隣国のモノか。
強力な偽装魔法であったが、要は唯の知恵の輪を外すようなイメージだ。
今のナナシを〝騙す″には、あまりにも子供騙しであった。
「…起動。」
ナナシはポツリと呟く。
――――もう、すべてを失ってでも構わない。
この城が陥落したと確信したら、隣国はたちまちこの国に攻め込んでくるだろう。
そうなれば、この城の皆だけではない…ナナシが世話になっている農家、町のみんなも殺される。
――――それだけは、絶対に嫌だ、
ナナシは歩く。
その右手に、絶対の盾、矛を携えながら。
「…×××、転移。」
〝大切なもの″を失いながら。
「…ヤミノショ、と、ヴォルケンリッター…? か…」
いつもの日記を書き終え、ナナシは背伸びをした。
「…ヤミノショ、ヴォルケンリッター…」
何度も、何度も繰り返す。
何故だろう、何故、今自分はこんなにも空虚な気分なのだ?
苦労して積み上げてきたものが、一瞬にして消え去っていく感覚…
激しい虚しさ。
だが不思議と哀しいといった気分にはならなかった。
ただ、失った。お別れをした、そんな気がした。
「…何を失ってもいい。」
ポツリ、と、過去に思った自分の思いを口に出してみる。
あの後…センという青年が四人の騎士に殺された後、自分は復讐に向かったのだろうか?
「わからない…なぁ。」
ただもう奪われたくなかった…それだけのことだったのだろうか?
「だったら、トンだ最低ヤローだよ、僕は…」
静かな部屋で、自身をナナシは侮蔑した。
春のぽかぽかとした陽気の中で、金髪の長い髪を一つにまとめている少女…フェイト・T・ハラオウンは、公園を散歩していた。
なんとなく一人になりたくなった…いや、一人で考え事をしているうちにここまで来てしまった、という方が正しいか。
最近、彼女の親友…高町なのはの様子が少しおかしい。
彼女は武装局員を目指していることもあって、毎日凄まじい量のトレーニングを積んでいる。
フェイトは二か月後にある執務官試験の勉強の合間に、彼女の練習に付き合ったり、付き合ってもらったりしているのだが。
いかんせん常識の範疇を超えている、だろうか。
彼女は疲れなどを全くもって顔に出さないので、かなり気づきづらいのだが、やはり疲れが見えるのだ。
…三年前、自分は色々なことがあって、彼女に救われた。
彼女は全くもってそのつもりはなったであろうが、少なくとも自分は、そうであったと思っている。
だから今度は、自分が何かしてあげたい…そう思っていた。
「…あれ?」
すると、いつも休憩がてらに座っているベンチに誰かがいる。
というのも最近は、あまりベンチを使う人間がいないので、ここに座る人間はフェイトが覚えている程度に限られている。
それが
「zzzzz…」
ベンチでぐっすりと眠っている、見知らぬ青年がそこにいた。
膝の上には、小さな真っ黒の子猫が丸まってのどを鳴らしている。
「なーぉ。」
小さく子猫がフェイトに鳴く。
ここは自分の場所だから横取りするな、とでも言いたげのようだ。
「君の邪魔はしないよ。」
ふふ、と短く笑い、隣のベンチに腰掛けるフェイト。
それにしても…
ついまじまじと見てしまう。
子猫と共に日向ぼっこ兼昼寝に興じているこの青年、凄まじいデルタ波を放っているというか、見ているこちらが眠くなってくるくらいに、実に気持ちよさそうだ。
今日は暖かいが、暑いというわけではない。かといってそこまで日差しも強いわけでもない。
つまりは絶好の昼寝日和と言っても過言ではないのだ。
加えてここ数日の執務官試験勉強、そして訓練からの疲れ。
さらにはお昼を食べた直後の昼下がりというフルブーストである。
―――こういう日も、たまにはあっていいかもしれない。
間もないうちに襲い掛かってきた睡魔に身を任せながら、フェイトは瞼を落とした。
――――綺麗ね。
草の匂いが、ナナシの鼻腔をくすぐる。
おだやかな草原の上で、誰かが自分に寄り添ってくれている。
暖かい、やさしい誰かが。
流れる綺麗な金髪を眺めながら、ナナシはつぶやいた。
――――うん、そうだね…とても綺麗だ。
その言葉が、その誰かのことを言ったのか、この景色のことを言ったのか。
――――ばか。
誰かは小さく笑って、朝焼けのように消えていった。
「…!」
ハッとして、ナナシは目覚めた。
時計を見るともう夕方だ。
休日だからと言って、ゆっくりしすぎたか――――そう後悔しながらナナシは膝の上のクロ――――あの時助けた子猫を抱え、何ともなしに人の気配がしたのでそちらを見てみた。
「…ハイ?」
見れば、綺麗な金髪がベンチの木版に広がっていた。
手は無造作に投げ出されていて、体は胎児のように丸まっている。
どこから誰が見ても熟睡している、デルタ波ビンビンの少女がそこにいた。
「…どうしましょう…クロ?」
「なーぉ。」
知るか、とでも言いたいかのごとくそっぽを向いてしまうクロ。
取り敢えず起こしておいた方がいい。もう日も暮れ始めているし、見た目からしてはやてと同い年だ。人気のない公園で一人寝たまま放置というのはさすがに危ない。
「…仕方ありませんね。」
恐る恐る、といった感じで、ナナシはその少女の肩を揺する。
「もしもし、すみませんが、この時間でお昼寝は危険ですよー…?」
そうしてナナシが暫く揺すっていると、
「うー…ん…?」
少女は目をこする。寝ぼけた目で、何もない宙を暫く見つめた後
「…ハッ!?」
「うわっ!」
ガバッと起き上がる少女。
見るからにしまった、寝過ごした。…感がすごい。
「あ…え、あ…? す、すみません!ありがとうございます、起こしてくれて…?」
少女は不思議そうな顔をする。
ナナシが突然ハンカチを差し出してきたからだ。
苦笑いしながらナナシは自分の口元を指さす。
慌てて少女は自身の顔のその部分に手を当ててみると
「…~~~~~~!」
赤面した。
まあ、致し方ないだろう。口から出た一筋の線が、そこに入ってしまっていたら。
「どうぞ、拭いてください。安物ですし、もう一枚あるので、大丈夫ですよ。」
白いハンカチを差し出すナナシ。実際百円程度で自分で買ったものである。痛くもかゆくもない。
「そ、それなら私持って…ッ!?」
あまりにテンパり始めていたのか。あたふたと自分のポケットを探すが、見当たらない。
軽い散歩のつもりであったし、そもそもいつの間にか外出していたので忘れてしまっていた。
「…」
「…」
暫くの沈黙の後。
「…使います?」
「ありがとうございます…」
素直にそのハンカチを受け取った少女。
もう自身のだらしない姿を見知らぬ人に見られてしまった恥ずかしさと、ハンカチを貸してもらった申し訳なさやらで、何がなんだか訳がわからなくなりつつあるようだ。
すると、遠くの方から声が聞こえた。
「お兄さーん。」
「あ、日和さん。」
手を振りながら声をかけてきたのは、音無 日和。 今年の春小学三年生になったばかりの女の子だ。
「では、僕はこれで。」
「えっ…あの…!」
ナナシは一礼すると、日和の下へ駆けていった。
「…どうしよう、コレ。」
少女…フェイトは、ハンカチを片手に困り果てることになった。
「いやぁ、すみませんでした。クロと一緒に一休み…と思ったら、いつの間にか眠っちゃってて…」
ナナシが苦笑いしながらクロを日和に返す。
「ああー。そうだね…今日は気持ちよかったもんね。」
「はい、休憩がてらにベンチに座っていたんですけど、クロが膝の上で昼寝を始めちゃって…」
「いいなあ…」
ナナシの話に、少しうらやましげな視線を向ける日和。
「今度は皆でお昼寝しますか?」
暑くならないうちに、と付け加えて、ナナシが言うと、日和は花が咲いたような笑顔を向けた。
「うん! …それにしてもお兄さん、すごいヒトと話してたね。」
「はい?」
凄いヒトとは?
先ほどの少女のことであろうか?
「偶々隣にいらっしゃっていただけですよ。あの子がどうかしましたか?」
「フェイト・T・ハラオウンさんだよ! 運動神経抜群で、頭もいいの!」
少し勢いづいた日和に少し押され気味になってから、ナナシは思い出す。
確か、日和は聖祥大付属小学校に通っていると聞いた。
「え? もしかして学校の先輩だったりしてますか?」
「うん!」
あれま、とナナシは呟きどうせなら送っていけばよかった、と軽く後悔する。
まあこの国は治安がナナシがポカーンとするほどまでに良すぎるわけで(の割には、先日ひったくり犯をぶっとばしたが)、心配ではあったが大丈夫であろうとタカをくくった。
(それにしても、あの子が…ですか。)
確かに、成績は優秀そうではあるが、寝起きのあの少々間抜けで可愛らしい表情を見て要るナナシは少し面白かった。
ひょっとすると自分は、図らずも皆の憧れであるフェイト・T・ハラオウンの意外な一面を見てしまったのではないか…と。
「ねーねー。どんな話してたの?」
「え?…いや、まあ、今日はいい天気でしたねーとか、そろそろ帰った方がいいですよー。
といった感じですけれど…」
(嘘は言ってない、嘘は言ってない。)
流石にあそこまで顔が真っ赤であったのだ。これ以上…それも同じ学校の後輩に広められるというのは苦行すぎる。
が、ナナシの誤魔化し方が下手くそだったのか、単に日和が鋭いだけだったのか。
日和は不満げな視線をナナシに向けながら唇を尖らせた。
「むぅ…なんか誤魔化された…」
「あ、す、すすすみません!」
それを悲しげ、と間違えて感じ取ってしまったナナシは必死に日和に謝る。
「あはは、お兄さん顔色うかがいすぎだよー。」
ホワンホワンと笑いながら進む日和。
(…アレ? 僕ひょっとしてからかわれてる?)
ナナシはポカーンとしながら、その後を追った。
日和を家に送った後、ナナシは八神宅に真っ直ぐ帰っていた。
帰っていた…はずだったのだが。
「…アレ?」
おかしい。
この交差点を通るのは二度目だ。
先ほどからずっと同じ道をグルグルと回っている。
「困ったなぁ…」
黒く長めの髪をわしわしと掻く。
妙だ。
確かに自分は方向音痴であるという自覚はあったが、さすがに同じところをぐるぐる回るのがわからないほど重症ではないし、そもそも、通い慣れている道だ、間違える事はないだろう。
ではどういう事だ?
ナナシは首をひねった。
また、同じ交差点。
その中央で立ち止まるナナシ。
普段なら危ないのでそんなことはまずしないのだが、いかんせん人の気が無さ過ぎる。車が通り過ぎる気配すらない。
「…おかしいなぁ。」
「さっさと気づいたらどうだバーカ。」
突如、背後から声がした。
若い、若干幼さの残る少年の、声。
振り向くと声と同じく、中学生くらいの少年が、夕焼け染まる住宅街の路地に立っていた。
「…ええと。」
ナナシは考える。
が、結論が出ない。
状況に思考が追いつかず、固まってしまう。
「一つ聞きてえ事がある。」
「なんでしょう?」
少年は人差し指一本を出し、問うてきた。
「闇の書…そいつが今どこで何してんのか、テメェは知ってるか?」
「っ!?」
瞬間、ナナシの全身が強張った。
ヤミノショ、ヴォルケン、この二つの単語。
今ナナシが追い求めるべき二つの単語を、この少年は知っているーーー?
「その様子じゃ、なんか知ってんだな?
…教えてくれ。」
雰囲気に反して随分と素直な態度ではあったが、自分はそのことに関して全く掴めていない。
寧ろ教えて欲しいくらいなのである。
「…すみません。僕もまだ、何も知らないんです。 出来れば、貴方がそれの事をなぜ追っているのか…というか、率直にお伺いします。
貴方は何か知ってるんですか? 教えてくださると、僕ものすごく助かるのですが。」
向こうが下手に出てきたので、こちらはさらに下手に行く。
それがナナシスタンスである。
が、半ば予想通り、少年はチッ、と舌打ちした後、苛立ったようにナナシを睨みつけた。
「テメェも"アイツら"の仲間かよ…面倒くせ。」
殺すか。
ナナシはその言葉の続きに、そんなものが含まれていることを察した。
次の瞬間には、鋭い殺気。
底冷えするような、冷たい殺意がナナシの体を舐め回すように支配する。
「う…あ…」
シグナムとシャマルの、"敵意"程度で固まってしまったナナシだ。
明確な殺意など向けられては、動くことすらままならない。
全身から冷や汗が出て、ナナシのシャツを濡らす。
(な、情けない…動けないや…)
足が震えないことが、不思議に思えた。
寧ろよくこうして立っていられるなと我ながら感心もしていた。
そんなナナシに対して、少年は狂的な笑みを浮かべた。
「よぉ〜く分かってんじゃねぇか。そんじゃ。」
グポ
と、粘質な液状のものが脈打つような音がナナシの耳に届く。
すると、少年の肩から肩甲骨付近…そこから、一対の"翼"が生えた。
ナナシは息を飲んだ、いや、そのまま息をするのを忘れてまでソレに見入った。
それは赤いガス状の何かが吹き出て翼のような形を形成していて、夕焼けの赤い日光に反射し、この世ならざる美しさを持っている。
だが、そんな翼は皮肉にも。
「死にな。」
少年の短い言葉と共に、ナナシの命を奪う"凶器"であった。
翼からナナシに向けて発射された数本の羽根は、ナナシの命を確実に奪うために脳天、心臓に標準が向けられ、それらは寸分の狂いもなく吸い込まれていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
だが、体は動かない。
そしてソレには、異常な既視感があった。
この少年ではない…他の誰かが、この少年と同じように美しい翼を持っていた。
だれ…だっけ?
ナナシはふと考える。
死が目前に迫っているにも関わらず、ナナシの思考は別のことに向かっていた。
こんな時に、何故なのだろう?
脳漿の何処かにあったはずの記憶は、答えてくれない。
ーーそんな事を考えても、もう死んじゃうのに。
もう目前にまで羽根は迫っていた。
現実の時間にすれば、1秒にも満たない、きっと、この思考をやめた途端、自分の人生は終わるのだろう。
そんな事を考えていた時。
ナナシの視界に、稲妻が走った。
雷光色のそれは、ナナシに向かっていた羽根の殆どを撃ち落とし、ナナシの目の前に着地する。
軌道がそれた羽根の一本が、ナナシの肩に突き刺さった。
「グッ…」
途端に激痛が走ったが、何時もの事…痛みに対する対処法ですぐに理性を取り戻す。
故に苦痛で顔が歪むこともなかった。
「だ、大丈夫ですか!?」
雷光の正体…それは、一人の少女であった。
「ああ、大丈夫ですよ。助かりまし…た…?」
ナナシは再び思考が停止した。
「あ、貴女は…」
「管理局、嘱託魔導士。フェイト・T・ハラオウンです。」
そこには、先程ハンカチを貸した金髪の少女の姿があった。
暫く惚けたい気分であったが、そうするわけにはいかない。
「あ、傷は浅いのでお気になさらず。」
「えっ…? あ、す、少し待っていてください!」
ナナシのケロンとした様子に面を食らったフェイト。
だが、その前にあの少年に事情を聴かねば…そう向き直ったその時。
「オラァァッ!」
「ッゥ!?」
一瞬にしてフェイトと距離を詰めた少年は、その方翼でフェイトを殴りつけた。
勿論フェイトはソレを防御魔法で防ぐ。
が、勢いをつけた分少年の方に競り合いでは軍配が挙がる。
少年はフェイト押し引きずりながら住宅の一つに突っ込んだ。
ナナシはフェイトの邪魔をしないべく素早く横に避ける。
少し卑怯者すぎる気もしなかったが、魔法が使えない、運動神経が少しいいだけのナナシがこの戦闘に参加すれば、間違いなく足を引っ張るだけだ。
ナナシは自身が何もできない無力ぶりを歯噛みしつつ、二人が吹き飛んでいった
住宅に目を向け、叫んだ。
「フェイトさ…ハラオウンさん、大丈夫ですか!?」
「他人を心配する余裕あんのかぁッ!?」
「うわっ…」
ヒョイッ、と、ナナシは少年の突進を避けた。
羽根攻撃よりはずっと遅いし、先ほどのように惚けてはいない。
躱すことくらいなら、自分にもできる。
「ちっ…」
「君の相手は私だよ。」
光槍がナナシの背後からすり抜けて少年に直撃した。
土煙が舞い上がり、少年の姿がかき消える。
「フェイトさん…大丈夫ですか?」
「大丈夫です。 それよりも貴方は…って、アレ?」
フェイトはナナシが羽根攻撃を受けた箇所を探るが、無い。
「あ、僕の勘違いだったみたいです。
ご心配おかけ致しました。」
「え!?」
そんな事はない、自分もあの傷を見たはず…
だが、その傷はない。
不思議に思うフェイトだったが、少年の方を放って置くわけにもいかない。
土煙が晴れると、そこには誰もいなかった。
「逃げられた…? バルディッシュ、転位反応は?」
『確認されません。 強力なジャミングがかけられています。』
「え、ぇえ!? しゃ、喋るんですかそれ…?」
つい驚きのあまりソレ、と呼んでしまったのは、フェイトの持っていた、黒い杖であった。
「あ…(もしかしなくても、この世界のヒトだよね…魔力も感じられないし。)…失礼ですが、事情をお聞きしたいので、ご同行をお願いしたいのですが。」
「あ、あー…はい。 わかりました。ただ、夕飯とかその他諸々で帰らないといけないので、連絡だけ入れさせてもらえませんか?」
「あ、はい。いいですよ。」
ナナシはキョロキョロ周りを見渡す。
というのも、ナナシはケータイを持っていないし、この近くには公衆電話もない。
故に彼はコンビニを探したが、そのコンビニも暫く歩いた場所にあったのを思い出す。
そんなナナシの様子を見て、フェイトは察した。
「あ…私のでよければ、電話、使いますか?」
「…正直、それを言ってくれるのを待ってました。ありがとうございます。」
ナナシは丁寧に礼をすると、フェイトのケータイを持って番号を入れていく。
そして耳をつけてこう言った。
「…あ、もしもし。シグナムさんでしたか?」
「ぇえッ!?」
フェイトの驚きの声が、閉鎖結界の中で木霊した。