湧昇を駆ける   作:目黒六十

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第十一話 「秘密」

 

 木製のドアが軋む。その音を聞いても雪風は構うこと無くキーバードをカタカタと打ち鳴らし続けた。いつもの快活さはそこに無く、静かに没頭する姿に長門は頭を抱えた。

 

 「また篭っていたのか…。雪風、お前に引っ込まれると収集がつかん。頼りきって悪いとは思っているが神通の件は私だけでは少々荷が重い。」

 

 長門は雪風の部屋を訪れていた。雪風の部屋は艦娘寮ではなく執務室近くにある。彼女の特殊な待遇が垣間見える状況だ。今回長門が雪風の部屋を訪れたのは他でもない神通の件だ。事の発端は食堂での雑談だ。既に鎮守府内は神通の行動の是非とその処罰について艦娘内で対立が起きるほどの軽い内乱状態となっていた。喧嘩、と言って差し支えないほど些細なものだが、それでもここは軍であり敵地だ。現状は好ましくない。状況としては、神通を思慕する側は彼女の行動が遅れていればレ級に懐を狙われたと主張し、対して処罰の軽重を問うグループは模範的立場であるべき教師たる神通が軍規を乱した事実はより重く見るべきと主張しているのである。当の神通は、罰は廃艦だろうと幾らでも重んじて受けるがレ級を沈めるまでは海を離れるつもりはないといった様子だった。

 

 「あはは…。んでも今はちょっと手が離せないです。そだ、ちょっと長門さんにも聞いて欲しいんですけど…。」

 

 雪風は長門に視線だけ向け、マウスを動かすと、聞き覚えのある音声が流れた。鎮守府に突如現れたレ級の音声である。荒れ狂う波の音に混じって、必死とも思える程まくしたてて敵意を否定するあの声が聞こえる。

 

 「これはこの前のレ級か。」

 

 「そうです。こんな状況で皆さん忘れかけていますが、やっぱり何度聞いても意思があるように感じます。」

 

 雪風は音声のシークバーを見つめて、両手を振り上げるレ級を幻視した。あれが深海棲艦のすることだろうか、あれではまるで…私達と、同じ。彼女は戦闘が終わってから休むこと無くレ級の事を考えていた。

 

 「しかしそんな深海棲艦が存在するのか?雪風自身も他に見たこともないんだろう?」

 

 長門は雪風の言い分を理解しつつも、やはり当然の疑問をぶつけた。意志のある深海棲艦がいるのだろうかと。いや、認めたくないだけなのかもしれない。意志ある深海棲艦を今まで聞く耳すら持たずに殺してきてしまったのではないか、という罪悪感から目を背けるために…。

 

 「長門さんの言うことも最もです。私はかれこれ十数年も前線で深海棲艦と戦いました。」

 

 雪風は長門の内面を察しつつ、淡々と事実を述べた。気持ちは痛いほどわかる。相手が感情を持たない獣であればどれほど気が楽になるか。

 

 「その中で深海棲艦が口語を発した事が十二回、内容に差はありましたがどれも同じような事を繰り返すだけで、まるで録画されたテープみたいでした。」

 

 「私も見たことがある。それとレ級のものは異なる…と?」

 

 長門が鬼と呼ばれる敵と出会ったのは三ヶ月前…このトラック泊地が最も慌ただしかった頃の話だった。今でも鮮明に思い出せる。明らかに他と隔絶した強さ、主砲の轟音、狂気を感じる笑み…。そんな彼女もただひたすらに片言を呟いているだけだった。そこに意思はないと、ある種の確信を持って長門は考えていたし、それは今も変わらない。成る程確かに、当時感じたその印象と今回のレ級には齟齬がある。

 

 「私には音声波形による感情理解なんてものは分かりません。でも、敵意を示さないこの内容に、抑揚ある声…気になりませんか?」

 

 専門家に送れば話は早いのかもしれない。しかしこれは軍部の極秘中の極秘である、雪風はそう経験から判断していた。故に提督に進言し、レ級の音声データを保有しているのは提督と雪風だけである。

 

 「ふむ。奴に本当に意思が…感情があったと?」

 

 「私が気になったのは、本当にあのレ級だけだったのか…ということです。」

 

 長門はハッとして雪風の目を見た。随分ときな臭い話になってきた。長門は雪風の言わんとすることが何であるかを理解した。

 

 「つまりは、大本営がこの事実を今まで隠し続け、私達はそれを偶然見てしまった、そういう話ではないでしょうか。」

 

 「初めて経験した事は、決して初めて起こった事ではない、ということか。」

 

 これが事実であれば、大本営は深海棲艦が意思を持つことを知っている…ということになる。確かに深海棲艦に意思を持つものがいると広がれば世論は変わる。只でさえ、今も艦娘問題で政治は余計に揺らいでいるのだ。大本営が隠したがるには十分過ぎる理由だ。雪風はゆっくりと座ったままに身体を長門に向けて言った。

 

 「長門さん。これから先を聞く、覚悟はありますか?」

 

 沈黙が流れる。長門はつかつかと朱に染まる窓に近寄るとカーテンを閉めて、えらく見くびられたものだなと長門は薄く笑った。この雪風が私に何を期待しているかは分からない。しかし、雪風が他人に頼るのは非常に稀だ。折角のこの機会を逃すのは、廃艦になる可能性を考慮しても得難いものではないか。

 

 

 

 「いいだろう。お前だけには背負わせんさ。」

 

 「では、これを…。」

 

 カチリと音声ファイルが再生された。酷い喧騒だ。艦娘と思われる声が縦横無尽に飛び交っていた。長門にとって初めて聞くものではあったが、何故か異様な既視感に囚われた。

 

 『皆!翔鶴姉ェ!私ナノ!瑞鶴ヨ!』

 『騙されないで!瑞鶴は轟沈したのよ!あいつら深海棲艦によって!!』

 『違ウッ!違ウ違ウ違ウッ!!私ハッ!!!』

 『撃ち方始めぇ!!』

 

 音声はそこで終わった。目の間に光景が浮かぶようなものだった。いや、まさにあのレ級襲撃と全く同じではないだろうか。敵ではないと、瑞鶴だと主張していた深海棲艦、耳をかさない鎮守府の面々、このような事が過去にも起こっていたのだ。

 

 「これは…一体何処で。」

 

 「大本営のサーバーにあったものです。ニ年前からプロテクトが変わってないなんて、ちょっと笑っちゃいました。まぁ今は他国と戦争しているわけじゃありませんけど。」

 

 何よりもまず長門は雪風が二年前のプロテクトを何故知っていたのかという疑問が浮かんだが、笑ってしまったといいつつむしろ冷ややかな怒りすら感じる無表情に徹する雪風に口を閉じ、今はいいかと改めた。

 

 「場所と日時は?」

 

 「タウイタウイです。今から三年ほど前、十月二十八日になります。ちょうど私が南方にいたころです。鎮守府に人語を解すると思われる空母ヲ級が侵攻、自らを艦娘である瑞鶴と名乗る。外見上の変異は見られず、攻撃を行わずに接触を測ってきた、とのことです。」

 

 自らを艦娘とは名乗らなかったが、見事な一致だ。あのレ級とこのヲ級、とても関連性が無いとは言えるものではない。

 

 「その後このヲ級はどうなったのだ?」

 

 「当鎮守府にて迎撃、轟沈させること叶わず奇しくも逃亡した、らしいです。そして調べてみた結果…この事件の三日前にタウイタウイ所属の空母瑞鶴が轟沈しています。無関係と、言えますか?」

 

 最早確実と言ってもいい。例えもし艦娘側の轟沈を知る深海棲艦が偶然存在し、その深海棲艦が鎮守府を欺くためにこのような行動に出たとしても、それは類まれな知性を持つものがいたということになる。そんな深海棲艦がいるのならばここまで人類は戦局を有利に運べなかっただろう。

 

 「なる程な…前例があったというわけか。」

 

 「少なくとも一つはあったみたいです。意思を持つ深海棲艦、艦娘から深海棲艦へ、そんな荒唐無稽なことが本当にあるかもしれません。」

 

 なんということだろうか。もしこれが一般に触れられてしまえば艦娘という存在そのものの存亡危機となる。予てより政府批判に多用される深海棲艦は本国の実験兵器だったという論や艦娘は人類を裏切る工学三原則からの乖離論を押し上げる形となるだろう。軍部が隠す筈だ。長門は事の重要性をようやっと把握した。成る程これは提督には伝えられない。彼がこれを知ってしまえば、知ってしまったことが周知となれば間違いなく「提督」ではなくなる。そして、これが表すことは長門自身も深海棲艦へと変わる可能性があるということだ。それは一体どのようなものなのだろうか。タウイタウイの瑞鶴のように轟沈すれば深海棲艦へと移り変わるのか…もしこれが人間側だけでなく艦娘側に知られても、気の弱い艦娘は皆海へ出ることを恐れてしまうかもしれない。全くもって大問題だった。

 

 

 

 「私も、その話に混ぜてもらえますか?」

 

 長門がうんうんと想定外の事実に唸り続けていた時、突如ドアが開けられた。入ってきたのは羽黒、この鎮守府ではむしろ大人しい気弱な艦娘である。

 

 「むっ、羽黒!?いつから聞いていた!」

 

 バタンと再びドアが閉められる。普段の気弱さは鳴りを潜め、鋭い眼光で長門と雪風を見渡す。偶然聞いていたような雰囲気ではない。間違いなく目的があってここにいるようだった。

 

 「最初からです。長門さんが来た時はちょっと焦りました。雪風さんなら何か知ってるかと思って、失礼ですがずっと監視させてもらいました。この事実が大本営に伝わればいくら雪風さんといえ、只では済みませんよ。」

 

 脅しだ。長門はまず純粋に驚いた。羽黒は元来そのようなことを自主的にする艦娘ではない。その弱腰故に飛龍のような模範的とまではいかないが少なくとも良い子である。そこで長門は、神通の処罰に抗議していた数人の中に、彼女の姿が見受けられたことを思い出した。

 

 「らしくもない…どういうつもりだ?」

 

 「私は、あのレ級に感情があると感じました。」

 

 羽黒の一言に、雪風は最悪のケースにはなりそうもないことを察してホッとした。あの時羽黒は神通突貫後も攻撃中断を声高にしていたではないか。決して彼女に私達を貶めるつもりはない。そう感じると、雪風はゆっくりと引き出しから手を離し羽黒の言葉を待った。

 

 「悲しい目だったんです。見たこともないほど、悲しみに満ちてました。勿論相手は深海棲艦です。私は今まで深海棲艦をそれこそ何度も撃ち沈めてきました。今更こんなふうに同情するのは卑怯かもしれません。それで考えたんです。もし彼女に意思があって、仲間もいなくて、一人で戦い続けてて、孤独で、天龍さんを助けようとしてて、それを私達が踏みにじってしまったのだとしたら…。そんなことを考え始めたら、…寝れなくなっちゃいました。」

 

 えへへと頬を片腕で撫でる羽黒の姿に陽気さはなかった。恐らく、この数日誰にも打ち明けること無く一人で悩んでいたのだろう。なにせ姉妹艦の那智は長らく神通から教えを請うた援護派である。少々仲違いをしてしまっているという状態なのだ。更に、伴って出撃することの多いここトラックの利根は気難しい話が通用する相手ではない。一人で悩んだ末に、レ級の環境に同調し、そして隈がはっきりと浮かび上がるほど考え、この強行に及んだのだ。

 

 

 

 「だから、謝りたい…彼女を助けてあげたい!実際に会って確かめたい!長門さんと雪風さんにはそれに協力してもらいたいんです!」

 

 

 

 レ級という存在に引かれるようにトラックが歩み出す。そして時を同じくして、レ級は境遇を共にする二隻と出会う。太平洋に新たな流れが生まれようとしていた。

 





 艦娘側の視点でした。天龍はまだ意識不明です。

 そういえば海域1-6始まりましたね。エラー報告も多いみたいですので私は暫く様子見です。
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