湧昇を駆ける   作:目黒六十

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 いつもより投稿が遅れてしまいました。その分少し文章量多めです。



第十二話 「文殊の知恵」

 

 弓が番えられる。綺麗な姿勢だ。その指を離せば、間違いなく標的を射抜くだろう。ずっと近くで見続けてきたのだから、そこには年月に培われた信頼があった。自分には出来ないことだ。どうにも、あの零細な所作は真似できなかった。幼いと揶揄される性格の方に問題があったのかもしれない。だから何も考えず、彼女を見続けて、彼女がその矢を宙に放った時、ようやっとその矢先が狙う目標が自分であると気付いたのだった。

 

 「大丈夫カ。」

 

 景色が変わる。気持ちのよい空だ。既に白み始めている。それに覆いかぶさるように、タ級がこちらを覗いていた。夢を見ていたようだった。ヲ級は「別に。」と軽くあしらうと、海へと歩き顔を洗った。タ級は最初の一言以降声を掛けることもなく、只じっとヲ級の様子を見守っていた。

 

 「久シブリニアノ夢、見タ。」

 

 ヲ級が、ヲ級と呼ばれる存在になった直後の話だ。あまり、明るいものではない。それはタ級もよく知っていた。微睡みに落ちたヲ級の、何かに苛まれ責め苦を味わうあの姿を見れば、自ずとわかる。しかしタ級自身はこの話を詳しく知っているわけではなかった。なにせヲ級はこの件を決して話したがらない。ヲ級と出会ってからの約三年間、いわゆる暗黙の了解という奴だった。それでも、思い出したようにヲ級はこの夢を見ると、少しずつタ級に打ち明け始めていった。元々艦娘出会ったこと、艦娘であろうとし続けたこと、鎮守府に戻ろうと考えてしまったこと…。タ級が知っていることは精々それくらいだった。とはいえ戻って何があった、なんてのはわかりきったことだ。

 

 「ネェ、コイツハ艦娘ジャナイッテ言ッテタケド…ドウ思ウ?」

 

 ヲ級は静かに眠るレ級の横に立ち、昨夜の会話を思い出す。

 

 「難シイナ。艦娘デアルナラ燃料ト鋼材辺リヲ知ラナイノハ妙ダ。ンデモソレスラ演技ッテコトモアルカモシレナイ。」

 

 昨夜は全くの常識知らずであったレ級にアレヤコレヤと教えて夜が過ぎてしまった。なにせてんで何も知らないのである。艦娘を知らなければ、自分自身がどのように生きていくのかも知らない程度だったのだ。逆に何を知っているのかと問いたい勢いだった。

 

 「何ニセヨ、隠シ事シテンノハ間違イネーダロウナァ。」

 

 背を伸ばし、呑気にタ級は答えた。正直なところ、タ級にはレ級の隠し事などどうでもよかった。いつか話してくれるまで待てば良い。彼女は大雑把な反面、おおらかな思考の持ち主でもあった。気持ちの整理というやつは難しいものだ。焦って聞き出そうにも溝を深めてしまうだろうと、ヲ級を流し見た。

 

 「マ、イキナリ全部話セリャ苦労シナイワナ。」

 

 

 

 

 

 「ウー、姉御重イヨォ。」

 

 時間は移り、太陽が燦々と降り注ぐ中、レ級達は薄暗い海底にいた。周囲に魚影は無く、太陽光を余り必要としない陰性サンゴが点々とあるばかりだった。現在彼女たちが従事しているのは採掘作業である。断層付近の海底で隆起した燃料と鋼材を熟練のタ級が探し当て、レ級とヲ級が運ぶという算段だ。しかしいくら海中といえども鋼材の重さは中々なもので、レ級は堪らず弱音を吐いてしまった。

 

 「ヤカマシッ、ソングライブツクサ言ワズニ運バネーカ!」

 

 タ級としてはこれぐらいやってもらわねば困るという最低ラインだったため、妥協は一切許さぬ気概だった。なにせレ級は大変な大飯ぐらいである。燃料鋼材の消費もタ級ヲ級を軽く超えているのだ。それでおいて仕事しないなどということがあっては明日を生きる糧にも苦労してしまう。

 

 「鬼!悪魔!姉御!」

 

 「オイ待テ、ソリャドウイウ意味ダ糞ヤロウ。」

 

 昨日の今日の関係だというのにずかずかと文句をつけるレ級を見て、少しうらやましいなとヲ級は思った。自分がタ級と出会った頃は、力尽くだったこともあって半月は言葉すら殆どかわさなかった覚えがある。ヲ級は少し、レ級との関係の今後を不安視した。

 

 その時、海中を伝う振動が鋭敏なヲ級の皮膚感覚を叩いた。

 

 「静カニ!海上付近ニ何カイル!」

 

 三人が海面を見やると、暫くして大艦隊ともいうべき船舶が頭上を通過しようとしていた。ゴウゴウという振動音が身体を揺らし、陽の光が遮られる。周囲には艦娘の姿もいくつかある。どうにも遠征護衛の真っ最中といった様子だった。これを見やるとレ級はヒッと掠れた声を出し、無意識なのかガコンと鈍い金属音を上げ照準を艦娘達へと合わせ始めた。タ級はこれにを見ても冷静に突如現れた大艦隊に興奮したのだろうと考え、レ級に待て待てと待機を促すと興味津々といった様子で船底を覗き見た。

 

 「オウオウコリャドッカノ輸送艦隊ダナ。結構ナ量ダゾ。」

 

 タ級は振動音から即座に相手の戦力を確認した。恐らく軽巡三駆逐六、少なくとも重巡以上の艦娘はどうやらいないようだった。つまりはこの三人で容易に打倒できる範疇である。確かに燃料鋼材は自ら採掘をすることで賄うことは可能だ。しかしレ級が音を上げたように面倒で疲れることこの上ない。ましてや手の届く内にこうもチラつかされれば思わず余計なことを考えてしまうというものだ。

 

 「コリャ博打ニ出テモイイカモナ。コレダケノ量ダ。戦闘ガ無ケリャ軽ク一年ハ保ツゼ。人間ニ目ヲ付ケラレルダロウガ幸イコノ海域ハ泊地モ少ナイ…分ノアル賭ケダ。」

 

 顎に手を当て、タ級はまだ見ぬ報酬に顔を歪ませた。人間に目を付けられたとしてもこちらは少数、艦娘が襲い来るまで貪り最悪逃げ出してしまえば良い。一発勝負に出るかと覚悟を決めようとしたところで、レ級が先ほどまでのやかましい程の陽気を失い、何故か蹲って小刻みに震えていることに気がついた。

 

 「オイ、ワンコロ。何シテンダ。」

 

 レ級は返事もせず、ぶつぶつとうわ言をつぶやくばかり。タ級としてはこのチャンスを逃すのは流石に惜しい。先程は何も言わずに照準合わせを行い随分と好戦的だったではないか。一体何事か分からないが、ここはレ級にも是非協力しても貰わねば。「腹デモ壊シタノカ。」と声を掛け肩を掴み、そこでレ級が真っ赤に目を充血させ生気を失い、何かに怯えている事に気がついたのであった。

 

 

 

 大量の資材を積んでいるであろう船舶が遂に見えなくなった。結局はレ級の異様な反応にどうしていいか分からなくなり、遠征隊急襲作戦はおしゃかとなった。タ級は名残惜しむように艦隊を目で追いボイラーに聞き耳を立て続けた。

 

 「ナァ、ナンデ艦娘ヲアンナ怖ガッテタンダ。」

 

 当然の疑問を叩きつける。未だレ級は蹲り続け、タ級の質問に対してもさっぱりだった。しかしレ級から艦娘が苦手だという話は聞いていない。もし艦娘と戦闘になる事態になっていたらどうしようとしていたのだろうか。一人だけ逃げるつもりだったのかとタ級の中で怒りがふつふつと沸き上がる。

 

 「ヤッパコイツト関係アルノカ?」

 

 タ級を腰に差した刀を取り出す。昨夜のレ級の反応からしても、只ならぬ背景があるであろうそれを見せつけた。如何にレ級が同様していようとこれを見せれば何かしらの反応が見込めると思っての行動だったが、実際のところレ級は一切動かず、タ級は苛立ちを募らせた。

 

 「チッ、マァイイヤ。話シタクナッタラ言エヨ。」

 

 大袈裟に舌を鳴らしながらも、タ級は急ぐ自分を諌める。何かしらのトラウマのようなものを持っているだろうとはわかっていたのだ。なにせ遭遇した時の様子が尋常ではなかったのだ。あれで平凡な日常を送っていましたでは辻褄も何もあったものではない。しかしながら出会って一両日程度の相手に話せるものでもないだろう。故にタ級はそれ以上追求することもなく、仕方なしに作業を再開しようかと肩を回した時

 

 「ワタシ、アノ島デ天龍ッテ艦娘ニ会ッタノ。…ソレガ初メテ『人ト会エタ』時ダッタンダト思ウ。」

 

 と、蹲りながらレ級は語りだした。まさかこんなにも早く語るとは思っても見なかったタ級は数秒呆けつつも、同じくしゃがみ込み目線を合わせて次の言葉を待った。

 

 「直グ気絶シチャッテ。ナンカモウ傷ダラケデ。助ケテアゲナキャー、ッテ。デモ方法ガ分カンナクテ他ノ艦娘ヲ探シタノ。」

 

 ヲ級もこれには作業の手を止め、レ級を眺め、ナルホドネと先の話を理解した。どうやら大馬鹿者は自分だけではないらしいと考え、でもやはり事情を何も知らなかったレ級より余程自分のほうが愚かだと真っ白な自らの腕を見た。今でも夢想するのだ。元の体に戻れるのではないか、翔鶴姉や提督と平穏に過ごすことが出来るのはないかと…。

 

 「ソレデネ。艦娘ガ一杯イルトコロニ行ッタノ。ソレデ、ソレデネ………。」

 

 言わなくても、わかる。今朝方に見た夢はこういうことだったのだ。小さく震え続けるレ級の姿を見て、ヲ級は意を決した。これは、彼女は自分と同じだ。数年も内に留め続けた意気地なしの自分。いい加減過去と見つめ合わなければいけない。そして蹲る彼女の先に立つものとして、支えなければ。日々過去への妄執と後悔…こんなどうしようもない自分と同じ道を歩んでほしくなかった。

 

 

 

 「私ハ艦娘ダッタ。」

 

 レ級はハッとして顔を上げた。想像だにしない事態に頭に大量の疑問が沸き立ち、次々と溢れ出る疑問に困惑し、結局はじっとヲ級の言葉を待った。

 

 「出撃シテ、轟沈シテ、気付イタラコンナ姿ニナッテテ。」

 

 淡々とヲ級は続ける。長年溜まっていた苦悶が止めどなく溢れた。タ級にも詳しくは教えなかった内容、それでも今をおいて話す機会はないと感じた。

 

 「ビックリシタワ。提督ノ元ニ、翔鶴姉ノトコロニ戻ラナキャ。ソンナ気持チデ一杯ナッタ。」

 

 海底から音が消える。レ級もタ級も口を挟むことはしなかった。

 

 「当然コンナ姿ノ私ハ相手ニサレルコト無ク、ムシロ翔鶴姉ニ…。コ、攻撃サレチャッタワ。モウヒタスラ逃ゲテ逃ゲテ…馬鹿ミタイデショ…。」

 

 怯えながら涙する翔鶴姉が頭に浮かぶ。自分を、深海棲艦ヲ級を前に轟沈した妹を思い涙する翔鶴姉。そんな彼女に視線に耐えられなくて、現実を認めたくなくて逃げ出した。ここが海中でよかったとヲ級は名も知らぬ大艦隊に感謝した。

 

 これでレ級も落ち着くのではと、傷の舐め合いとはいえ似たような存在がいることで彼女の気が楽になることを期待した。

 

 「ヲッキュンハ優シイネ…。ワタシハ違ウンダ。憎ンダンダヨ。殺シタイッテ思ッチャッタンダ。」

 

 ところがレ級はヲ級に憂いを帯びた笑みを向け、再び顔を胸元にうずめ蹲った。ヲ級や、そしてタ級も想像していたものとレ級の実情は少し異なった。

 

 「何時ノ間ニカ自分ノ武器ガワカッタ。感情ニ流サレテ、ソレデソノママ、艦娘達ニ撃ッタ…。」

 

 艦娘達の、苦悶の表情が浮かんでは自分を見下ろす。罪悪感という言葉が咎となってレ級を蝕んでいた。他人を傷つけるという行為を理解していなかった。イ級の件でもそれは分かっていた筈なのに…。確かに天龍は艦娘達に殺されたも同然かもしれない。復讐、という名において正当性ある行為だったかもしれない。

 

 「今サッキモ身体ガ勝手ニ動イチャッテ…。ワタシハ…ソンナ自分ガ怖イ…。怖インダ。」

 

 それでも彼女はそんな自分の力と、感情に任せて自らも暴力を振るった事自体を恐れていたのだ。初めてあった艦娘達…幼い四人組を思い出す。レ級の姿を見た誰もが酷く怯えていた。恐らく、天龍を抱え行ったあの場所でも艦娘達は恐れを感じていただろう。自らがあんなにも怯え、恐れた死の暴力を与える権化に何時の間にか変わっていたことに何よりも恐怖した。

 

 暫くは沈黙が支配した。最初から艦娘として、兵器として作られたヲ級にレ級の気持ちは理解出来なかった。

 

 

 「ヘッ、ヲッキュンモワンコロモ大馬鹿野郎ダナァ!名ニ偽リ無シッテ奴ダ!」

 

 

 「チョットアンタ今ハマジメナ話ダッタノニ!」

 

 沈黙を破ったのはタ級だった。これまでの流れを断ち切る程の大袈裟な声で一笑いした。その大声たるや余りに突然だったためにレ級もヲ級も肩を大きく揺らし、断層にタ級の大声が反響するほどだった。しかしその一言を発した後、タ級はゆっくりと二人を見つめた。

 

 「ソシテ…アタシモ大馬鹿モンサ。若イ時ハソリャ色々アッタヨ。後悔モ二ツヤ三ツジャ足リナイネ。」

 

 タ級は静かに語った。タ級は二十年近くを生きる深海棲艦であった。生い立ちは異なるがタ級もレ級やヲ級と同じように悩み苦しんだのだ。

 

 「デモ今アタシ達ハ三人ダ。誰カガ馬鹿ヤッテモ、誰カガ止メレル。ソレデイイジャネェカ。」

 

 それでも今は違う。一人で生きるというのは辛いものだ。だからこそタ級は必死で仲間を探した。語り合える仲間を、支える仲間を。今やそれも過去のこと。一人二人どころではない。三人もいる。だからこそ何もかも背負い込む必要はない。タ級にはレ級の悩みを解決する良き方法など思いもつかなかったが、それでも彼女を支える存在がいるのだと伝えたかった。虚勢を張ってでも満面の笑みでレ級に手を差し出した。

 

 「姉御…。」

 

 「………ダカラソノ姉御ッテノハ止メロ。」

 

 タ級は面妖な名称に顔を顰めつつも、添えられたレ級の手をしっかりと握り、ヲ級に目配せをすると「ヨシ、チャッチャト終ワラセルゾ。」と号令を出したのであった。

 





 今回頭上を通りかかった艦隊はトラックへの資材を輸送していました。もしもここでレ級達が襲っていたら天龍も助からなかったかも…という悪戯。そろそろ艦娘と彼女達が再び絡み始めます。
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