湧昇を駆ける   作:目黒六十

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こっそりと続きを投下します。


第二話 「対地爆撃」

 

 水面を走行する謎の少女達…艦娘との初めての邂逅から丸一日が経った。レ級は島に自生する数少ない木に体を預け、理解できない事実と疑念をひたすらに反芻させて時間を腐らせていた。何故自分がこのような人外じみた姿になっているのかと。だがそもそも、レ級には元来の記憶がなかった。自分が彼女たち曰く、深海棲艦の姿になる前に何処かで生きていたという感覚はある。だが肝心な具体的証拠がなかった。名前、家族、友達、住所、景観そのどれもが思い出せなかったのである。

 

 「オナカスイタ。」

 

 レ級はぼんやりと天高く上り詰める太陽を見上げ、腹を擦る。あれから丸一日何も口につけていない。自給自足で補おうにもこの島に自生する植物はどれも雑草じみたものばかりだった。果物らしきものも無ければ都合よく穀物なんぞが生えているわけもない。幾つかの植物を衝動に任せて胃に放り込んでみたものの、深海棲艦たる彼女にとって好ましいものではなかったようだ。

 

 「サカナ…カ。」

 

 海洋で漂流ともあれば主食足り得るものは魚である。そも周囲に食えるものなどそれしかない。魚を取る手段としてレ級の頭に浮かんだものは網、釣り、銛の三種類。どれも一般的な漁獲方法だろう。だが用意できる道具など何ひとつもない。ある筈もない。あるのは低草と数少ない樹木、そこらに転がる貝類に珊瑚の骨格くらいなものだ。さて実現可能な案はどれだろうか。まず網を手作業で、しかも短時間で作るなんてのは不可能に近い。次に銛。これは貝か珊瑚を使えば作れないこともなさそうではある。当初はレ級としても確実性の高い漁の候補として銛の可能性を強く信じていた。が、こちらも実際に作るとなるとそれらの素材を鋭利に削る必要があった。たった数時間で銛の刃を再現することは初心者には酷く困難な事だったのである。

 

 「ウゥ~気持チワルイ。」

 

 となると最後は釣りである。幸い釣り糸は繊維質の雑草で作れないこともなかった。魚の荷重に耐えれるかどうかは甚だ疑問ではあるが。針は適当な木片で代用するようだ。今現在レ級が何をしているのかと問われればゴカイ類の採取である。彼女が人間と同じ感性に基づいているかはわからないが、恐る恐るといった様子でゴカイを木の棒で突っついている。しかし覚悟を決めなければ魚を手に入れることは出来ない。レ級は意を決した。左手に持つ針を握りしめ、ゆっくりと蠢くゴカイに触れようとした。

 

 

 

 「…ナンカ聞コエル。」

 

 うっすらと腹に響く低音にレ級は腰を上げた。胸騒ぎのする妙な音だ。じっと音の方角を睨むと水平線から数羽の鳥が飛んで来ているのが見えた。逆光で詳細はよくわからないが見事な編隊飛行だ。数秒後に鳥達は天高く舞い上がり、レ級の視界から消え去った。

 

 妙な鳥もいるもんだなぁ。レ級は特に危機感も感じずに、再び手元の針をはっとした表情で見つめなおすと、些細な事だと鳥達を意識から逸らした。逸らしてしまった。瞬間、彼女の世界が、真っ白になった。

 

 理解できない。それが、唯一彼女が思考できたものだった。まるで、という例えすら浮かばない。ただなんとなく自分が転がっていることだけは分かった。凄まじい勢いで砂浜から吹き飛ばされ、顔面から突っ伏す。次に感じることが出来たのは全身を襲う痛みだった。なんとか顔を上げ、目を開けてみれば両手はズブズブと焼け、酷い臭いを放っている。一張羅のコートも焼け落ち、ボロ布のようになっていた。呆然と周囲を見渡す。島は凄惨な状況だった。数少ない木々が燃え、砂地は不可思議な程の歪んでいた。一体何が起こったというのだろうか。彼女には何もわからなかった。

 

 「…ナ、ナンデ……痛イ…痛イヨォ…。」

 

 焼け焦げた腕で胸を抱き蹲る。体感したことのない痛みに硬直したのだ。経験も知識も、そもそも記憶もない彼女には現状に対して何をすればいいかなどわかるはずもない。逃げることも、隠れることもままならなかった。原因を見つけて応戦するなどもってのほか。彼女はただただその場で覚えのない激痛に耐えることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 「第一攻撃隊の爆撃、成功しました。相応のダメージを与えたと思われます。」

 

 奇襲は得意中の得意。ましてや対地爆撃ともあれば彼女の右を出るものはいない。加賀は慢心することもなく、成功したという当然の結果を只淡々と旗艦である長門に伝えた。

 

 「よし。続いて飛龍、雷撃準備!羽黒、利根は雪風を中心に回避運動を取りつつ先行しろ!」

 

 長門は提督と密に話し合い選考した新たな一番隊、対レ級部隊に指示を出す。最高練度の部隊だ。睦月型遠征部隊からの報告を受けた時は驚きに耳を疑ったが加賀の艦載機がレ級と判断したならば間違いはない。この鎮守府のメンバーでレ級と戦った経験があるのは新造艦ではない雪風と神通だけだ。一瞬の油断が命取りになる。基本的にレ級に対して装甲は意味を成さない。そう言われている。つまり重要なことは如何にして回避するかである。長門としては自身の強度に誇りはあったが、重要なのは任務を果たすことだ。予定通り撹乱部隊による回避、加賀の爆撃、飛龍の雷撃、そして長門の砲撃を基点とする行動を開始した。

 

 「はいっ!雪風、行きます!」

 

 「羽黒、行くぞっ!我輩についてこい!」

 

 「はっ、はい!」

 

 羽黒、利根共に鎮守府内で一ニを争う練度の持ち主だ。相も変わらず羽黒は見ていてそそっかしいがそこを利根が上手くカバーしている。特に利根は筑摩からの又聞きもあるが、空爆に対して優れた経験もある。例え最強の深海棲艦とも呼ばれていたレ級相手だろうが単艦であれば遅れなど取るまい。長門としても信頼の置ける面子がここに揃っていた。万全の体制だ。

 

 「可怪しいですね…。長門さん、様子が変ですよ。」

 

 「どうした。」

 

 長門に疑問を投げかけたのは加賀と同じく経験豊富な空母として今回編成された飛龍だった。残された赤城は加賀と出撃できない事実に大層悔しそうな顔をしていたが回避中心とあっては飛龍に頭が上がらないらしい。飛龍は弓を番えたまま素早く長門に近づいた。

 

 「レ級の反撃が見受けられません。相手は戦艦級です。この距離でも応戦してくると思うのですが…。」

 

 ふむ、と長門は右手を顎に添えて思考する。確かに妙な話ではある。深海棲艦は厄介な相手だがその知能はお世辞にも高いとはいえない。稀に言葉を介するものがいないわけではないが、それでも対話なぞ不可能に近い。その例外を含めても、力に任せた猪突が基本スタイルである。普通ならば相手を認識した瞬間に猛然と躍りかかってくる筈なのだ。

 

 「出鼻を挫かれて行動不可能になっているか…。」

 

 「それか罠を張っているか、ね。」

 

 だが相手はレ級だ。特別知能の高い鬼姫に次いで強力な敵である。データに存在しなくとも加賀の言うように罠の可能性は十分に高い。となればわざわざ相手の陣地に踏み込む必要もないだろう。

 

 「いいだろう。今から対地砲撃に入る。やつを燻り出すぞ!」

 

 

 

 

 

 音がやんだ。度重なる爆撃に只レ級は蹲り耐えていた。そっと辺りを見回そうとして、次に全身を襲う火傷の痛みに硬直する。特に酷いのは背中だ。まるでガンガンと金属で殴られているかのようだった。

 

 「ウゥ…ニ、ゲナキャ…。」

 

 兎にも角にもここにいてはまずい。辛うじてレ級はその程度考えられるくらいには精神が残っていた。だがここは小さな島。一体何処へ逃げればいいというのだろうか。隠れる場所はどこにもない。レ級はそれでもなんとか生き延びるために、爆撃で生じた穴に崩れ落ちた。そして当然の如く、再び爆音が轟いた。今までの艦載機による爆撃とは違う。大きな風切り音を放ちながら巨大な弾頭が島を強襲したのだ。

 

 

 「…ナニ…コレ。」

 

 

 島の中心部に大穴、もとい島がレ級の付近を除いて大きくえぐり取られ、島としての体を完全に失っていた。今度こそレ級は確信した。殺されるのだと。相手は命を奪おうと襲ってきているのだと。信じられない。理由もなく殺されるだなんて、そんなことが起こり得るのだろうか。レ級は声を大にして叫びたかった。私がなにをしたというのか。何の権利が合って私を殺そうというのか。だが、無常にも爆裂、続く風切り音が鳴り響いた…。

 

 

 

 

 

 「目標地点中心部にて着弾確認です!」

 

 雪風は双眼鏡を離さずに持ち前の陽気さで軽快に答えた。爆煙が島をすっぽりと包む。レ級を逃すまいと加賀、飛龍の艦載機が上空を円周する。静かに煙幕が霧散する。島の緑は消え、完全な砂地と化していた。煙が晴れた時がレ級の最後だ。

 

 「て、敵影ありません!」

 

 羽黒が悲痛な叫びを上げる。何故か平地には何者も存在しなかった。いる筈のレ級が、いない。

 

 「何だと!?利根っ!」

 

 「残念ながら我輩の方にも反応なしじゃ。」

 

 優秀な索敵機を有する利根も首を振りながら長門の期待を裏切った。奇妙だ。長門は素早く状況判断を行う。まさか爆散したわけではあるまい。相手は飛び抜けた装甲を有する戦艦なのだ。まして無抵抗で死ぬ深海棲艦ではあるまい。

 

「もしや、潜水したのか?」

 

 可能性は高いだろう。深海棲艦は本来水底に棲息しているのだ。空母ですら潜水能力が確認されている。戦艦が、特にレ級が潜れない道理はないだろう。

 

「単横陣だ。対潜警戒!」

 

 長門達は雷撃を警戒し陣を変え、神経をひたすらに研ぎ澄ませた。いつ訪れるかわからない敵影に身構える。相手はレ級だ。最悪の場合、一撃で轟沈されるケースも考えられる。だからこそ、長門は預かる艦娘を守るため、索敵よりも万全の体制を整える方針を選んだ。

 

 しかし、その後利根が緊張の連続に吐息を漏らすまでの半刻が経っても、再び砲撃が海に響くことはなかった。

 

 

 

 





 戦闘は当然ですが想像です。艦娘の戦闘は現実の艦隊として考えるのか、ゲームとして考えるのか、それとも人型機動兵器として考えるかが難しいですね。
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