あまり気にしないようにはしたいのですがお気に入り0感想0ですと他の人がそもそも読めているのかどうかそれ自体が気になってしまいますね…。
恐怖に我を忘れてレ級は海に飛び込んだ。いや、飛び込んだというよりは沈んでいったと言ったほうが正しいかもしれない。とにかく、彼女は海に入った。精神が錯乱したためか、ただただ深く潜ろうと、両手足をバタバタと動かした。まるで水に落ちた猫だ。塩水が火傷に滲み激痛を与える。全身を覆う火傷なのだ。常人では耐え難い痛みだろう。だが、それでも彼女は一心不乱に潜ろうとした。
するとどうだろうか。彼女の体は流体学から解離でもしたのか、スゥっと流れるように沈んでいったのだ。その速さたるや尋常ではない。とてもではないが人間が出せるものではなかった。少しずつ、彼女の肉体がレ級としての側面を開花させる。正しく、水を得た魚と言わんばかりにレ級は艦隊からの攻撃を逃れ、海の奥深くへと掻き消えたのであった。
「アレ、ココハ…。」
レ級が再び意識を覚ました時、彼女は水平線しか望めない大海原に仰向けで浮かんでいた。またしても、どこかわからない。好ましくない既視感に乾いた笑いを浮かべながら、彼女は先の恐怖を思い出し、身震いした。相手は全く分からない。一言、酷い状況だった。あわよくば殺されていたのだ。理由も全くの不明。だが艦載機が見えたことからも、そもそも爆撃なんてことをしでかすことの出来る存在ならば、相手が人間であろうことは間違いないだろうとレ級は推察した。人間が自分を殺しに来た。彼女のその想像は当たらずも遠からずと言ったところだった。
「ソウイエバ…火傷ッ!」
バシャバシャとやたらに四肢を振り回し、レ級は自分が負った帯多々しいまでの火傷を思い出した。しかし、両手の甲と平を繰り返し眺めるも、ドコにも傷らしい跡すらなかった。火傷だけではない。服や臀部から生えた尻尾にも目立った外傷はなかった。白昼夢。そんな言葉が浮かぶ。まさかあの出来事は全て夢想だった、なんてことがあるのだろうか。
「モウ何ナンダヨゥ…分カンナイ事ダラケダヨォ。」
またしても疑問が増える。苛立ちが募り両手で水面を叩く。自分が何者か。何故ここにいるのか。加えて、先の出来事は何だったというのか。もし夢ならば、島ではなく何故こんなところにいるのか。夢じゃなかったのならば…。
慣れない騒動に疲労困憊したのか、レ級はその後仰向けのままただひたすらに漂うだけであった。眼を覚ましてからというものぼんやりと暗雲を見つめ続けていた。時折、瞳孔が明滅し、震える体を抑えながらぎこちなく辺りを見渡す。有に半日はただそうやって過ごしていた。
そんな彼女の視界に異変が現れたのは夜が明けようかという時頃だった。水を斬る音にレ級は周囲を見渡した。明らかに異形とわかる見て呉れ。黒色の鎧を身に纏った、どこか人間味を帯びた…それ故に違和感の沸き起こる人外。深海棲艦雷巡チ級と呼ばれる存在が彼女に近づいていたのだ。
「モシカシテ…ワタシト同ジ…?」
その肌は異常なまでに青白く、眼球からは黄色のモヤが沸き立っている。どこか儚げで、非現実的だった。レ級は直感的に相手が自分と同じ存在ではないかと推察した。なによりも肌色や、どことなく纏う匂いが彼女の琴線に響いたのやも知れない。
同じ深海棲艦。その言葉は突然の暴力に孤独と疎外感を強くしたレ級にとって、余程魅力的であったのだろう。仲間なのかもしれない。今の今まで無気力だった彼女が立ち上がった。それは比喩でもなく、まるで凝固した氷かのようにしっかりと海面に足を付け体重を支えていたのだ。自覚があるのかないのか、レ級は自身のそれに疑念すら抱かず水面を滑るようにチ級に近づいた。
既に相手はレ級に気づいていたのか、躊躇することなくそのまま直進し続けた。互いに、近づく。初めての邂逅。もしかしなくともこれで様々な淀みが浄化出来るのではという希望が沸き上がる。最悪解らなくてもいい。なんでもいい、話がしたい。だがレ級の弾む心に反し、段々と警鐘が強く鳴り響いた。無情な暴力に触れ、レ級として、生命としての本能が産声を上げ始める。
ピクリとレ級は動きを止めた。左右から海中を何かが迫りきている。かなりの速度だ。海中をまっすぐ進んでいる。レ級にはその存在に検討すらつかない。もしかしたら思い過ごしなのかもしれない。だが、警鐘は最早劇鉄となって思考を塗り潰した。敵だ。敵だ。敵だ。レ級は相対する存在をじっと見つめ、反転した。
爆音が響く。レ級の後方に水柱が上がった。魚雷。左右からレ級に近づいていた正体は雷撃だ。そして海面に黒々とした何かが姿を現した。醜い鯨、とでも言い表そうか。先程のチ級を人外と称すならばこちらは異怪、深海棲艦駆逐イ級と呼称される存在だった。やはり、とレ級は速度を上げる。あの雷撃は間違いなくレ級を狙ったものだった。味方はどうやらいないようだ。両端から迫りくる二体のイ級は交差するようにレ級を追跡する。速い。イ級は巨大な風貌に似合わず猛烈な追随を見せ付け、らしく噛みつきでもするのか大きく顎を開いた。
レ級は自らの目を疑った。イ級の口内からまるで舌を突き出すかの如く、砲塔がぬらりと姿を見せたのだ。本当に生物なのだろうか。そして砲であるならば当然と言うかのように、間髪入れず砲撃が始まった。恐怖に負けじとレ級もジグザグと回避行動を行う。俗に言う之字運動という奴である。左、右前、また左。次々にレ級を掠めて砲撃が着弾する。レ級がどれだけ逃げようが無事に済ませる気はないようだった。脳を揺らす轟音に、正常な思考が出来ない。
「イイ加減ニシテヨ…」
鈍い軋み音が走る。砲弾が怒号を上げる度に、レ級の恐怖、困惑が理不尽に対する怒気へと変わった。ふざけるな。お前らはなんだ。何故ワタシなんだ。島での爆撃もそうだ。何も自分の存在の軽重を問うわけでも、まして敬愛しろなんて蒙昧を抱きもしない。だが、なんだこれは。
加速する戦闘の中、ゆっくりとレ級の尾が鎌首を上げる。鈍重なそれは、破裂せんとばかりに大口をガバリと開いた。まるで別の生命体のようだ。左右、そして頭頂に装備された砲門が嬉々として蠢き始めた。
撃てる。根拠はない。なんとなく、レ級には出来ると思えた。ワタシが深海棲艦ならば、奴らと同じだ。だから同じように撃てる、と。執拗に張り付くイ級に照準を合わせる。なんだ、大して速くもない。当てれる。それも簡単に。
「放テ。」
心臓の拍動か、大気はまるで命を吹き込まれたかのように、大きく震えた。標的をなんとしても討ち滅ぼさんとする意志か、砲撃は強烈な風切り音となって進む。レ級は高揚した。自らが持つ力に沸き立つ。そして、一抹の狂いもなく正確に着弾した。
「ハッ、ナニコレ弱ッ。」
イ級の身体は一度大きく膨らむと、見事に爆散した。跡形もなく、巨大な砲弾に踏みにじられたのだ。ざぁと通り雨が訪れる。否、一拍を置いて、弾けたイ級の身体が降り注いでいるのだ。腹が立ったから少し反撃してみた、たったそれだけ。自らの力でこの光景を作り出した、というとてつもない全能感に笑みが溢れる。
「逃ゲレルト思ッテルノ?」
相手の想像だにしなかった反撃に喰わされたか、イ級は仲間の残骸に目もくれずレ級の視界から一目散に逃げ出した。たった一発の反抗が百八十度形勢を転じさせたのだ。圧倒的優越にレ級の心が踊る。レ級の尾、いや「砲台」は相も変わらず緩慢に方向を変えた。
先の一撃とは打って変わって、レ級は最早イ級を直視せずおざなりに砲撃指令を出した。再びの直撃。右半身を抉られ、イ級は力尽きた。愉快だ。自分は弱者なんかじゃない。見ろ、お前らが寄ってたかった相手が何であったかを。
弔い合戦でもしようと言うのか、遠目に先程の異形が追い付いた様子が映る。だが既にレ級は恐怖などまるで感じていなかった。彼女にはチ級の姿が慌てふためく赤子にでも見えたのか、回避する素振りすら見せない。
「オ前モ、シテホシイノ?」
口角が上がる。言い馴れない歯の浮く台詞に酔う。チ級は射程に捉えたのか、後を省みずに一斉射を放った。が、レ級はまるで気にせず、フラフラと悦に浸る。チ級の砲撃はレ級から大きく外れ、あろうことか主弾は半身が残ったイ級に直撃。耳にべたつく水音が貼り付き、イ級の肉片が飛び散る。不運にも割合近くにいたレ級はもろに浴びることとなった。
「………サイアク。」
顔を庇った腕を下げ、レ級は笑みを止めた。腕は黒々とした肉片に包まれ、とりわけ胸に大きな塊がべったりと付着していた。チ級はびくりと震えた。水を刺された気分なのだろう。レ級の目にはそれまでにない殺意とでもいう意志が感じられたのだ。
胸に付着した汚物を投げ捨てようと腕で掴み………ここでふと、レ級を奇妙な感覚が襲った。なにかしてはいけないことをした不安に近い。禁忌を犯した背徳感かもしれない。この感覚の源はどうやら右の手のひらにあるようだった。まずい。レ級の本能は警告を発する。今すぐに払いのけ、海に捨て去るべきだ。何も考える必要も、見る必要なども、どこにもない。だが、彼女は好奇心に勝てなかった。それが彼女にとって幸運だったか、不運だったか。レ級はゆっくりと、手を開いた。
「…ア、………ソッカ。」
それは眼球だった。血肉にまみれ、圧力で潰され、ぐちゃぐちゃになったグロテスクな目。原型を留めない不明瞭な肉片とは違う。明確な、淡々と死を伝える視線。僅か数十秒まで、ほんの今さっきまで動き回りレ級を見つめていたそれだった。襲い来る自覚。込み上げる衝動に手が、震える。何故気づかなかったんだろう。
「………ワタシガ殺シチャッタンダ。」
そして、レ級は嘔吐した。腰を曲げ、堪えきれず、海に吐いた。
少しずつレ級の力が開花し始めました。ですが虫も、とは言わずとも大型の生き物は殺した経験のない彼女に初戦闘はくるものがありました。因みに今回の戦闘は縄張り争いみたいなものとして意図しています。
次は漸く彼女にも少し幸運が巡ってきます。