湧昇を駆ける   作:目黒六十

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 感想ありがとうございます。感想0件が1件に変わった瞬間、色んな伝達物質が分泌された気がします。大変嬉しい思いです。


第五話 「防衛艦隊出撃せよ!」

 

 崩れ落ちる天龍にレ級は茫然とした後、大慌てで彼女の容態をみた。脈はある。艦娘に心の臓があるか定かではないが内臓機能が生きているなら大丈夫だろう。死んではいない。

 

 だが決して好ましい状態ではなかった。よく見れば左腕は骨折でもしているのか紫色に染まり、背中は酷く焼けただれている。それだけに留まらず火傷と抉られたような傷が身体の至る所に見受けられる。素人目に見ても、直ぐにでも処置を施す必要があった。助けなければ。レ級にとって、天龍を助けることは奇跡的な偶然によって見つけた孤独から逃げ道だった。そしてイ級の視線を忘れるための逃げ道を得るため…。そんな邪なものも多少あったかもしれない。兎にも角にもレ級は天龍を助けるために行動を開始した。

 

 しかし悲しいかなレ級にそのような専門知識は皆目なかった。火傷の処置などもっての他だ。取り敢えず骨折しているならば添え木でもしようか、これが限界という始末。彼女に出来ることは限り無く少なかった。

 

 「アレ、傷ガ…治ッテル?」

 

 ふとここで彼女は異変に気がついた。痛みがない。キョロキョロと腹回りを除き見てみれば、チ級に抉られた腹部が違和感を覚えるほど急速に回復しているのだ。いったい何故…。

 

 「コレモシカシテ、薬ナノカナ?」

 

 回復の要因として認められるものは今しがた浴びるように飲んでいたドラム缶の液体だけ。もしや、とレ級は液体をじっと見つめた。ま、まさか。レ級はこの液体こそ音に聞く回復薬エリクサーではないかと睨んだ。勿論、現実は違う。冷静になればさしものレ級もふざけた空想と切って棄てたかもしれないが、彼女曰くエリクサーとの出逢い、加えて天龍との初めての会話で上がりに上がった状態では、妄想に花咲かせてしまうのも無理無かったのかもしれない。

 

 「ノ、飲ンデ。飲ンデッテバ!」

 

 レ級はドラム缶の液体を手で受けると、天龍に飲むように必死に促した。回復薬と分かれば話は早い。要は飲ませればいいのだ。しかし天龍は一向に目を覚まさず、液体はだらだらと零れるばかりだった。まぁ、当然である。そうして周囲が黒々と変色するほどまで格闘してなんとか飲ませた頃に、レ級はこれが本当に万能薬ならば天龍が傷付き倒れて付しているのは何故か、という当然の疑問に気づいて動きを止めた。

 

 学が、記憶が無い自分をレ級は恥じた。飲ませたはいいものの目を覚ます気配はやはり無い。安静にして手当てをしようと努力した結果、むしろ天龍の顔色は悪くなるばかりだった。いったいどうすればいいのだろうか。

 

 ここでレ級は件の四人の少女達を思い浮かべた。この女性はあの少女達と共通点が非常に多い。自分にはわからなくともあの少女達ならば、必ずや治療法を知っているのではないかと考えた。さらに言えば、そもそもこの女性は少女達の仲間ではと思い至る。無防備な状態に手を出す負い目を感じつつも、レ級は手懸かりを探すために天龍の荷物、艤装を漁った。

 

 レ級が見つけた目ぼしいものは小型の通信機、電波探信儀、認識表の三つ。認識表には天龍の識別番号、艦艇詳細、そして配属先として佐世保の名が刻まれていた。しかしレ級には佐世保が何を示しているのか、ましてやその場所など分からない。レ級が理解出来たのはこの女性の名は天龍だということだけだった。期待を寄せた通信機も損傷が見られ、使用できる状態ではなかった。

 

 最後の頼りは電波探信儀。所謂、電探である。が、レ級には使用法が全くもって分からない。やたらめったらに振り回す、両手で天にかざす等試みたもののさっぱりだった。そこでやっとレ級は元々電探は天龍の艤装に備えられていたことを思い出した。ならばレ級も同じよう艤装に挿せばいい。なんとなしにレ級は尾の砲塔真後ろにブスリと刺した。

 

 

 

 「イッタァアアアアアア!?」

 

 

 

 

 

 

 「提督!提督っ!」

 

 執務室にノックもなしに入り込んだのは大井だった。肩で息をし、今にも崩れそうだ。提督はこれを見て、罰の悪そうに視線を外した。大井は連日出撃許可を出せと兎に角うるさかったのである。気持ちは分からないでもない。艦娘にとって、ただ籠りきりという現状が好ましくないことは理解しているつもりである。だが今易々と出撃許可を出すわけにはいかない。提督は断固として折れるつもりはなかった。

 

 「なんだい、騒々しい。昨日も言ったが今はレ級探索が第一だ。」

 

 「そのレ級が見つかったのよ!」

 

 提督は呼吸を止め固まった。秘書艦の龍田も作業を止め、大井を見つめる。ついに見つかったか。ここで必ずや打ち倒さなければ。提督は立ち上がった。未だレ級が活動していることは明白だった。数日前の作戦では死体どころかその残骸すら確認出来なかったのだ。レ級に襲われでもすれば遠征部隊など紙切れの如く壊滅される。レ級の存在によってまともな出撃も、更には遠征すら出せない状況へと追い込まれていたのだ。

 

 「何処の海域だ。」

 

 前回の反省を活かし、確実に仕留める。そのためにもまずは情報。やはり、南西諸島海域だろうか。もしや南方にまで移動したか。深海棲艦には縄張りがあるのか移動することは珍しい。だが奴ならば、と考えてしまう恐ろしさをレ級は持っている。

 

 「鎮守府の、目の前よ。」

 

 一拍を置いて、提督は躊躇なく第一級緊急指令を発令した。

 

 

 

 

 

「此方長門、所定位置についた。水上レーダーに感あり、だ。」

 

 長門を含む第一艦隊を中心として、トラック鎮守府防衛戦が敷かれた。遠征部隊、哨戒部隊を覗く全ての艦娘が出撃している。といってもトラックにいる艦娘は大した数ではない。今出撃中の艦娘は精々十五程だ。鎮守府に被害を出さないためにも、緻密な作戦施行が求められる。しかも運悪く、今宵は時化だ。練度が低い艦娘では戦闘行為そのものを継続することすら困難極まるだろう。いや敢えてその時をレ級が選んだのかもしれない。今回に限って言えば量よりも質が必要だった。

 

 「レ級は視認出来るか?」

 

 「いや、まだ確認出来ない。」

 

 提督は深く息を吐くと、通信チャンネルを長門から切り変えた。

 

 「千代田、千歳の手綱は任せたよ。」

 

 「お姉のことなら任せてよ。それより提督は…ううん。なんでもないわ。」

 

 千歳の含みのある言葉が引っかかった。だが今は作戦の真っ只中だ。私情を挟むことは提督にとっても千歳にとっても憚れた。

 

 「うん?気にはなるがそれはまたの機会にしよう。」

 

 再びチャンネルを変更する。次の相手は…出来れば今回彼女を出撃させるような事態は避けたかった。だが他でもないレ級相手なのだ。彼女の力は必ず必要だろう。ああ、なんだか随分と問題児がいる鎮守府じゃないか、これも自分の力不足だなと自嘲する。自覚というものは非常時にこそ成されるものかもしれない。そんなどうでもいいことを一瞬思い浮かべ、そして記憶の片隅に追いやった。

 

 今はまず彼女だ。通信機越しで話すことすら久し振りだ。無意識に喉仏が上下する。

 

 「神通、聞こえるかい。」

 

 返事はない。まあ、分かりきっていたことだと提督は気を落ち着かせた。左人差し指でトントンと机を叩いて、話を進める。無意識につい、早口になる。

 

 「今回は非常時だ。君の気持ちを組んでやりたいが、どうか協力してほしい。頼めるか?」

 

  これも、返事はない。元より色好い返事は無理か。そもそも命令を聞いてくれているだけでも御の字なのだから。反論がないのならば、取り敢えずは大丈夫なのだろうと提督は受信機を離した。

 

 「…分かり……た…。」

 

 通信機から発せられた消え入りそうな神通の声は、来襲を告げる赤城の緊急通信に覆われた。

 

 「来ました!」

 

 通信室に緊張が走る。遂に、来たか。身体が強張る。レ級が鎮守府を襲撃するなど初めてのことだ。恐らくレ級単艦ではあるまい。必ずや部隊を仕切っている筈だ。もしかするとレ級は陽動、という可能性も捨てきれない。大丈夫だ、と自己暗示を反芻するが不安は消えない。自信のなさが恨めしい。本土の提督のように練度を突き詰めていればこうならなかっただろうか。他と競争する必要はないといって演習をやめるなんて馬鹿なことだったろうか。その時、提督の手に龍田の手が重ねられた。

 

 「提督…。」

 

 たった一言、提督を呼ぶ龍田の声に現実に呼び戻された。ああ、これで三度目だ。この一年間で全く成長していない。提督は龍田の手に左手を重ねた。

 

 「…正直に言えば、不安だ。何せ初めて戦う敵だからな、うん。」

 

 か細い手を握り、心を落ち着かせる。なんと情けない。気負いした状態で勝てる相手ではないぞ、と叱咤する。

 

 「大丈夫よ。たまには私達を信頼して、ね?」

 

 龍田には頭が上がらない。きっと彼女が…いや、彼女を含む私を慕ってくれている艦娘、そして未だ理解し合えず苦しんでいる艦娘達との出会いがなければ…私一人ではここまでやってこれなかっただろう。彼女たちの期待に答え、彼女たちに信頼されなければ。

 

 

 

 「砲撃、雷撃準備だ。油断だけは絶対にするんじゃないぞ!」

 





 レ級は再び、艦娘達と出会います。彼女は自分が艦娘達と敵対しているという事実を知りません。厳しい運命が待ち受けるかもしれません。

四話五話と大活躍だったドラム缶ですが、ゲームの装備ではなく単純に燃料輸送用の代物としています。装備品としてのドラム缶はあくまでゲームとしての仕様と割りきっています。

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