湧昇を駆ける   作:目黒六十

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 ここ数日食中毒と風邪による脱水症に苦しめられていました。皆さんも風邪薬だけでなく胃腸薬の常備をお忘れなく。



第七話 「深海棲艦の摂理」

 

 「神通を止めろ!」

 

 金縛りから最も早く逃れたのは長門だった。有らん限りの声を上げる。神通の行動は完全な独断。余りにも危険すぎる行為であり、鎮守府の全員を規律から離背させる可能性があった。何よりレ級に対して単艦で挑むなど愚かと言わずしてなんとする。

 

 「こちらは任せろ!レ級から目を離すな!」

 

 神通を那智が追う。しかし神通の加速は並大抵ではなかった。しけの海を巧みに進む。新造艦の那智ではこの荒れた海、尚且つ闇夜を目標目指して走行するという難度は高過ぎた。何しろこの鎮守府で航行技術の教鞭を握ってきたのは他ならぬ彼女なのだ。平時ならば単純な速力がモノを言うかもしれないが、この荒れた海では追いつける筈もない。

 

 「神通を、失うわけにはいかない。」

 

 提督はこれ迄と、うってかわって即座に判断を下した。神通を失う、それは由々しき事態だ。レ級単艦に鎮守府を襲撃されあの神通を轟沈させられたとなっては最悪提督の首が飛びかねない。恩師であり、提督に神通を預けた少将に顔向けも出来ないだろう。実際に提督が何を持って神通を優勢したかは分からないが、其処らの勘定は例に漏れずこの提督も早かった。

 

 「攻撃許可を出す!目標はレ級!一丸となって叩き込め!」

 

 この命令は間違っていない。少なくとも、神通が無断行動に出た時点からはそうだ。しかし提督には横を向くことが、隣にいる龍田を覗くことが出来なかった。取り返さねば、提督はそのままチャンネルを変え、次なる指揮命令を伊19へと続けた。可能性はまだ捨てきれない。

 

 

 

「先の言動は気になりますが、こうなった以上仕方ありません。」

 

 飛龍はいち早く弓を番えた。後に続くように長門を含む他の艦娘達も砲撃態勢に入る。那智も神通を止めるのではなく、共なって突撃する形となった。レ級の発言は確かに気になりはする。だが彼女達にとってそんなレ級という新たな可能性に対する興味より、仲間に対する情の方がより深かった。もとより彼女たちにレ級が、深海棲艦が仲間になるなんて世迷い言を信じる気は毛頭ない。神通を止められないのならばレ級を廃除する。それは至極当たり前なことであり、だからこそレ級に救いは起こり得なかった。

 

 「待って!皆さん待って下さいっ!」

 

 違った。一人だけ、勇気を振り絞り己が眼を信じたものがいた。声を張り上げ長門の前に立ち塞がる。重巡洋艦羽黒だ。

 

「血迷うな羽黒!奴の虚言に惑わされるな!」

 

 羽黒は引かなかった。普段の泣き虫と呼ばれる態度を隠して、額に汗を一筋流しながらも勇気を振り絞った。きっと長門さんの言うことが正しい、皆正しいかもしれない。自分は馬鹿なことをやっている。提督によっては解体もされうるだろう。そう思いながらも彼女は自らの目を信じた。

 

「違います!彼女は涙を流していました!本当に敵じゃないかもしれません!攻撃を止めてください!」

 

 レ級は泣いていた。こちらを見つめて、何か安堵するように微笑みながら涙を流していた。見間違いだと問われれば正直そこまで羽黒に自信があったわけではない。だが、少なくとも羽黒にはそう見えた。泣いている可能性のある子ならば、何としてでも助けたい。たとえそれが敵であっても。それが常日頃泣いてばかりいた羽黒だからこそ掲げていた彼女なりの生き方だった。故に彼女はレ級を攻撃することに反対したのだ。だが、もう遅い。

 

 「ちょっと!そんなこと言ってる場合っ!?もう火蓋は落とされたのよ!」

 

 大井の魚雷が羽黒の脇をすり抜ける。既に数多の砲撃爆撃雷撃がレ級に対して放たれてしまっていた。賽は投げられた。レ級が本当に友好的であったにしろ、艦娘を欺こうとしていたにしろ、戻ることは叶わない。戦闘は始まっているのだ。戦わないという選択肢は、ない。

 

 「そんなっ…。」

 

 

 

 

 

 レ級は砲撃で吹き飛ばされながら、目の前でゆっくりと浮かぶ天龍を見つめた。天龍が海に落ち、水飛沫を上げる。「あっ。」とレ級はそれだけ呟く。再び右肩に二発着弾し天龍との距離が空く。ぐるんぐるんと世界が廻る。次に天龍を見たとき、既にその姿は何処にもなかった。レ級の焦点がぶれる。腹に徹甲弾が突き刺さっていた。血が滝のように吹き出し、身体がなんとか上半身と下半身を繋ぎ留めようと叫ぶ。

 

 もう何度跳ね、何度横転したか分からないほどの数を経て、漸くレ級は水面に倒れ混んだ。強烈な刺激と、感情とも呼べぬ悲鳴が全身を痙攣させ、まとも動くことは不可能だった。呼吸が出来ない。

 

 無意識に右手を前に伸ばす。天龍が沈んだ場所へと。会ったのは僅か半日ほど前、会話もろくにしていない。はっきり言えば赤の他人かもしれない。それでもこの世界に来て初めて出会えた友達、そう友達になれると思っていた。片思いなのだろう。だから天龍を助けようとした。初めて、目的を得た。偶然ではあるが彼女のおかげで食事にもありつけた。なんとなく全て上手くいくと思っていた。殺されかけたりだなんて悪いことは最初だけ、天龍と会って良いことが続いていくだ。そう無意識に楽観していた。だが、現実は残酷極まりなかった。彼女が沈む天龍をその手に掴むことが出来れば、いや他の艦娘による救済でもいい。少なくとも、その手に訪れたものが四十一センチ砲でなければ、彼女は救われたかもしれない。

 

 右手が弾ける。四十一センチ砲ともなれば島の一つ焦土にすることなど雑作もない。その威力にたちまちレ級の右手がひじまでボロ布のように縦に裂けた。余りにも酷い姿だった。痛覚すらわからないのか、右手の状況に気づいていないかのようにレ級は前を見続けた。

 

 空を埋め尽くさんばかりに砲弾の雨が降り注ぐ中、レ級の視界で天龍の眼帯がぷかりと海面に浮かび上がり、当然の如く荒波に呑まれて消えた。

 

 友達も、家族もいない。記憶もない。寝る場所も何もない。突然訪れた爆撃。味わったことのない暴力。仲間かと思えば理不尽な敵対。訳の分からない自分の力。そして、遂に出会えたかと思えた友達の喪失。彼女の中で、決定的な何かが切れた。血が溢れ出る右手を酷使し、四つん這いで身体を起こす。瞳孔は異様なまでに開き、皮膚の下をまるで得たいの知れない何かが蠢いているかのようにミミズ腫がはしった。彼女の身体に異変が起こっていた。

 

 

 

 「奴が動いたぞっ!?もっと撃てい撃てい!」

 

 レ級の悍ましい反応に利根は焦る。見れば、利根以外の艦娘も額に汗を流し、いつも以上に砲撃を乱発し雷撃を無造に放っていた。羽黒はこの光景を見て理解した。誰もがレ級を恐れているのだ。今しがた見せた奇妙な反応のせいではない。最初から内心ではレ級を恐れていた。だからこそ彼女の行動、それに喋れたことに疑問を感じず、仲間だと言う主張の可能性すら切って捨てて倒そうとしているのだと。もし彼女が何の武装も持たない少女であれば、せめてイ級程度の強さであれば…。

 

 「やっと本性を現しましたね…。ですがもう遅い!終わりです!」

 

 神通は既に肉薄していた。しけにも関わらずすさまじい速さだ。それだけでも彼女の練度が垣間見える。最早その距離たった数十メートル。超至近弾だ。威力も、命中率も、確実にレ級を仕留めるための距離。あと一撃、あと一撃食らわせればレ級はもたない。神通は怒りと憎しみに震えながらも、その実非常に冷静だった。高さ七メートルを越えようかという大波をもろともせず、一切の躊躇もなく、神通は極めて正確にレ級の頭部を撃ち抜いた。

 

 撃ち抜いた筈だった。神通の一撃は確かにレ級目掛けて飛んだ。しかし、レ級は何事も無くその場に踏みとどまっていた。

 

 「一体どういう…。」

 

 神通の視線からレ級が消えた。一体何処に…。視界から消えたレ級を探すため体勢を変えようとしたところで、神通は自分が宙に浮いていることに気づいた。なるほどレ級が移動したわけではなかった。ただ神通が砲撃を受け、先程まで自分がレ級をそうしていたように吹き飛ばされたのだった。

 

 レ級は四足で身体を支え、二問の砲塔から煙を上げながら、まるでサソリのように尾を上げ静かに構えた。神通の一撃は確かにレ級を捉えていた。レ級に当たらなかったのは、他でもないレ級がその砲弾を撃ち落としたからだ。レ級が砲弾を撃ったのだ。

 

 

 

 

 

 レ級は哭いた。鼓膜がはち切れんばかりの絶叫を上げ、艦娘達に牙を剥いた。

 

 海が更に荒れ狂う。呼応するかのごとく、暗雲からうだるほどの大雨が降り注いだ。大きな金属音を掻き鳴らし、尾の大口が開く。奥底の見えない大口から途絶えること無く、百を超える艦爆機が解き放たれ風を切り刻み、レ級の背中から溢れ出るかのごとく大量の魚雷が海に投射され海を塗り替え、左右それぞれ12.5インチ副砲二門、上部16インチ三連装砲三門の計七門が雄叫びを上げ、艦娘達へと撃ち放たれた。

 

 

 

 皮肉にも、ここトラック鎮守府にて深海棲艦レ級は誕生した。

 

 

 





 六話七話は少々急ピッチだったかもしれません。鎮守府に所属する大凡の艦娘は次回明らかにしたいと思います。

 最後は誕生とするか覚醒とするかで悩みましたが、最終的にどちらの意味も取れる誕生にしました。他にも違和感等ありましたら感想又はメッセージでにてお願いします。
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