湧昇を駆ける   作:目黒六十

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 戦闘描写が見たかったという方、本当に申し訳ありません。



第八話 「トラックに大淀はいない」

 

 「被害報告を、頼んでいいかい。」

 

 提督は俯きながら、司令室に訪れた飛龍へ呟くように言った。重苦しい雰囲気だ。いつも雰囲気を和らげる龍田は事務関連の任でここにはいない。トラックは未曾有の被害にてんやわんやの多事多端だった。

 

 「はっ。鎮守府設備被害は食堂と工廠のみとどちらも軽微で収まっています。艦船被害は最終的に千代田・赤城・伊19・雪風が小破、綾波・千歳・筑摩・長門・神通・龍驤が中破、加賀・那智・大井が大破となりました。大破した三隻は修復に相応の時間が掛かると思われます。」

 

 レ級との戦闘によって生じた被害は想像に比べ幾分少なかった。これには提督も少しばかり心持ちを軽くした。要因としてはレ級との戦闘が余り長引かなかったことがあるだろう。レ級との本格的な戦闘が始まった時点で、レ級は大破に近い状況だったことが幸運だった。既にレ級の戦闘能力は最大限まで抑えられていたと言える。又、神通が中破で収まったことも意外だ。いや、ある意味では当然といったところか。流石は音に聞く華のニ水戦だ。

 

 「…神通の処罰に関してですが。」

 

 一拍を置いて、飛龍は目を軽く泳がせながら提督に問うた。未だに提督から神通に対する処罰が下されていない。飛龍としては神通の行動を理解できないわけではなかった。なにせ彼女が旗艦を務めたニ水戦が壊滅したのはあのサーモン海域北方なのだ。情報は開示されていないが恐らく、その時彼女が相対したのは戦艦レ級、今回の反応はまず間違いなくその影響があったのだろう。

 

 「処罰は、謹慎かな。実戦には暫く出て貰いたくないね。」

 

 提督は人差し指の腹で机を数度叩くとそう言った。なんとも軽すぎる処罰ではないか。結果がどうあれ軍規を乱した行為は許されるべくもない。

 

 「幾分軽すぎるように思われますが…。」

 

 「まぁ彼女は私の指揮下に本来入っていないからね。この話は終わりだ。」

 

 提督は遮るように飛龍の言葉を切った。神通に関しては、提督としても頭を抱える問題だった。彼女を実戦に出したのはこの一年で初めてだ。そもそも彼女はこれまで実戦参加を拒んでいたし、それがこの鎮守府に預けられることとなった経緯でもある。しかし何故か今回は自ら参加したいと言ってきたのだ。提督としては彼女に教鞭を離さず続けてくれたというこれまでの恩を感じているし、参加したいというならば不服はなかった。その時の神通の異様な雰囲気に気づけていれば…こうはならなかったかもしれないが考えてもしかたのないことだ。普段の彼女からはこのような結果になるとは到底思えなかったのである。処罰を与えようにもどうしようもなく自身の責任と神通の境遇を考え、重く出来ない。これがこの提督の駄目な、甘さだった。

 

 「入居に掛かる時間は具体的にはどれくらいだい。」

 

 「恐らく加賀・那智は一ヶ月程入渠する必要があるかと。」

 

 ふぅと吐息を洩らしながら提督は初めて顔を上げた。大破した艦の中でも正規空母は特に修復に時間が掛かる。加えて至近弾をまともに受けた那智は轟沈寸前だった。それに加えて小中破した艦娘が多すぎる。入居するためのドックの空きもない。小破程度ならば無理もきくが中破での出撃は無理があるだろう。

 

 「そうか。そして、レ級は…、多分生きているだろうねぇ。」

 

 一方のレ級は、端的に言って逃げた。十分程の交戦の後、遂に主砲門を損傷させたと思いきや突如急速旋回と共に海域を離脱したのだ。恐らく鋭敏な本能で戦況を敏感に感じ取ったのだろう。轟沈させることすら叶わなかった。

 

 「我々の大敗だ。うん。」

 

 清々しいほどに負け戦だった。トラック泊地は軽度ではあるが爆撃され、多くの艦娘が被害を受けることとなった。決して慢心していたわけではない。自分なりのやり方でトラックの艦隊を強くしているという実感もあった。艦娘の数も徐々に増え、最前線でもない限りは通用する戦力になったと慢心していた。だが、それでも結果が全てだ。今回の結果は重く見なければならない。少なくとも自らの都合がつく侵攻戦だけでなく、今回のような大しけでの防衛戦でも力を発揮できるようにならなければならないだろう。いつ又再びレ級が襲撃してくるかもわからないのだ。

 

 「提督…。お言葉ですが、あの状況で単艦とは言えレ級を仕留めることは非常に困難でした。艦娘は視界に頼りがちです。あの高波ではまともに標準を合わせることも出来ません。余り責任を感じすぎないようお願いします。」

 

 「はは、ありがとう。だが、それが提督の仕事だよ…。」

 

 提督は飛龍の内心を理解しつつ少し笑った。恐らく、今回はいつも異常に艦娘から私への愚痴もあっただろうに。普段より早口で捲し立てる飛龍の様子は嬉しいものだった。なんとかして元気づけようとしているのだろう。全く私はこの娘ら無しではまともに提督業も出来ない、出来るとすればそれこそ本当に責任を取るくらいなものだなと自嘲する。

 

 「大本営からはなんと?」

 

 「レ級が天龍を連れてきたことがまさか吉と出るとはね。今回の失態と天龍の件でチャラと言ったところさ、少なくとも資源は給与されることになりそうだ。」

 

 天龍は生きていた。厳密に言えば、轟沈一歩手前。あの戦闘中にて個別に命令を受け潜行していた19が回収していたのだ。とは言え一度海に沈んだ影響は無視できるものではない。生存はしているが、修復しようがない程の浸水被害を受けてはいた。もう海を走ることは叶わないかもしれない。本来であれば解体作業対象だろう。だが彼女は異なる。

 

 「それは…。」

 

「皮肉だろう?しかしまぁ多くの犠牲は払った価値があった。少なくともあの天龍は熟練中の熟練だ。軽巡洋艦ではあるが、彼女を失っていたら海軍全体で考えても少なくない損失だったよ。個人的にも、本当にほっとしたよ。」

 

 艦娘は兵器である。これが海軍としての基本的スタンスだ。もし艦娘にココロがあると認めてしまえば、国際世論が黙っていないだろう。世論が敵に着いてしまえば幾ら深海棲艦に対する唯一の有効手段といえど十全に活用することは出来なくなる。海軍はこれを恐れた。

 

 勿論実際に艦娘と出会い、触れ合った者は彼女たちにも心と呼ぶにふさわしい感情があることをよく知っているし、少なくとも消耗品のように扱うことは禁じられている。そして彼女達の性能を決めるのはスペックだけではない。練度・経験・知識、それら全てが必要なのだ。その点この天龍は現役遠征艦として十数年もの歳月を全うした才を持っている。深海棲艦で溢れかえる今、この経歴は驚異的だ。彼女が航行不能に陥ったとしても、その経験と知識は無駄にならない。教鞭を握ればトラックの神通がそうしたように優秀な教師ともなるだろう。

 

 

 

 二回戸が叩かれた。戸の叩き方で龍田だなと提督は理解し、どうぞと一言促した。

 

 「提督、気になることが…。」

 

 幾つか資料を抱えて彼女らしくもなく慌てて入ってきた。空き時間をなんとでも作って天龍の容態を見に行きたいのだろう。飛龍は軽く礼をして下がり、提督はハンドサインで彼女を送った。

 

 「これよ。今朝方に撮影された航空写真なのだけど…。」

 

 見れば、そこには島が写っていた。それなりの大きさだ。元々は十分に草木が生い茂っていただろう。

 

 「凄まじいね。正に戦争かな。」

 

 島は穴だらけだった。まず間違いなく天然のものではない。異様な姿を晒していた。まるで古典的なチーズのイラストだ。それほどまでに派手な戦闘がこの場所で行われたのだろう。

 

 「写真内に艦載機が写り込んでいるわ。この艦載機は間違いなく…。」

 

 龍田が別の写真を取り出した。背景から察するに先ほどの写真の一部を拡大したものだろう。その写真には黒々と輝く爆撃機が写っていた。見覚えがある。いや、ありすぎる。今現在貴重な資料用としてこのトラックにて保管されているレ級のそれだった。

 

 「レ級か…。やはりまだ生きているんだね。最早轟沈間近まで追い詰めたと思っていたんだけどね…。」

 

 どうやらレ級は生存し、しかもまだ戦闘行為を続行しているようだ。付近の海域で艦隊が作戦に従事しているという報告はない。恐らく深海棲艦同士で戦っているのだろう。予てより縄張り争いではないかと推察されている行為だ。

 

 「仕方ない。他の鎮守府に応援を頼むとしようか…。」

 

 一提督としての沽券に関わる話だがやむを得ない。レ級以外にも鎮守府に進行しようとする艦娘がいないとも限らないのだ。早急なレ級の討伐が求められる。

 

 「残念なお知らせなのだけれど、パラオ泊地は無理かもしれないわ。」

 

 眉を潜めて龍田を見た後、提督は数日前に見た資料を思い出した。

 

 「ああ、西方海域での大艦隊出現の話だね…。そうか、厳しいか。」

 

 なんてタイミングの悪さ。資源も艦娘の修復作業で底を尽きるだろう。新造艦を作るにしても一隻が限度だ。戦艦が建造できればいいのだが…。小破した千代田・赤城・伊19・雪風と無傷の羽黒・利根だけでは心もとない。遠征隊の睦月隊、陽炎隊、浜風隊から臨時的に主戦力扱いできる艦娘は…。

 

 「いないだろうねぇ…。うん。」

 

 天井を仰ぎ見て、現状の厳しさを痛感した。なんとか、しなければ。

 

 

 

 

 

 今も尚途絶えること無く煙が上がる無人島めがけ、二隻の影が走行していた。

 

 「オウ!アレガ此処ノ親玉サンミタイダナ。」

 

 大きく口角を上げ、無人島を顎で指す。長髪がスラリと風に乗って流れる。モデルのような風貌に似合わぬ極端に丈の短いセーラー服に丸見えの下着、羞恥心などどこ吹く風で悠々と滑る彼女は深海戦艦タ級。それも改フラグシップと呼ばれる超々高練度の極めて危険なタ級であった。

 

 「アンマリ、気乗リシナイ…。」

 

 答えたのは同じく白に染まった髪を棚引かせる女性。一体何故と言いたく鳴るほど巨大な帽子にも似た格納庫を頭に載せた深海棲艦、名称をヲ級改フラグシップという。こちらもヲ級の中でも最高練度に辿り着いた至高の存在である。

 

 「ソウ言ウナ、別ニ沈メル必要ハネーンダ。適当ニ追ッ払エバ万事解決ッテナ。」

 

 「フゥン。」

 

 タ級の何処か安心させるかのようなやんわりとした言いようにヲ級は内心反発しながらも同意した。乗り気ではない。しかしながらヲ級はタ級を強く信頼していた。横取りにも近いこんな横暴なことをやりたいとは露ほども思わないがタ級が必要だというのならそうなのだろう。

 

 「大丈夫ナノ?」

 

 「アン?何ガ?」

 

 ヲ級は伏し目がちにタ級を覗いた。

 

 「ソノ、倒セル自信アルノカナッテ。」

 

 タ級は大袈裟に身振りを加えてため息をついた。この問答を行うのは三回目だ、恐らく。初めて鬼と相対した時と、同じく姫と相対した時。

 

 「オイオイ此処ハ艦娘共ノ寝床カラ目ト鼻ノ先ナンダ。相変ワラズダナー、ソンナンダカラ他ノ連中ニ嘗メラレルンダ。シャントシロ!」

 

 ヲ級の背を強く、しかし痛みを感じない程度に叩いてタ級は叱咤した。基本的に鎮守府の近くに強力な艦娘はいない。それは人間側からしても深海棲艦側からしてもある種の摂理だった。

 

 「…ワカッタワ。」

 

 頬を軽く染めてヲ級はタ級から視線を逸らした。タ級に聞こえないよう小さく「アリガト。」とつぶやき、直ぐにタ級から距離を取った。敵だ。

 

 「サテ、来ナスッタゾ。ヒィ、フゥ、ミィ、ト何ダ十機モイナイノカ。」

 

 島から艦爆機が飛来する。どうやら相手も気付いているらしい。成る程海域を支配するに十分な索敵力だ。しかしながらその数はタ級の目視通りたった九隻だけであった。何かしらの理由があるのかもしれない。それでもヲ級は油断なくそれらを凝視した。目の前の艦爆機をヲ級に任せ、タ級は周囲を警戒しつつ先行する。阿吽のチームワークだ。

 

 「艦載機、全機発艦。目標、敵爆撃機、ヤッチャッテ。」

 





 最後の二人を早く登場させたくて戦闘描写は全カットとなりました。とは言えまたも戦闘回が続きそうな流れですが。

 感想にて幾つかあった意見なのですが流石にレ級単艦で鎮守府壊滅までは不可能だろうと思いまして、天候がかなりレ級に味方したという前提の下こんな結果に落ち着きました。また天龍の生死が都合良すぎるのではとの意見があったため、七話にて少し加筆を施しました。
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