もうもうと煙が立ち込める。ドラム缶の燃料は既に空となり、木々は燃え尽き炭となり、陸地は壊滅し半分の程となっていた。たった数日であの無人島は変わった。昼夜問わずこの地で戦闘が行われていた。着弾の音は絶えず轟き、深海棲艦の悲鳴が木霊する。レ級はこの海域を通りすがる全てに対して区別なく等しく平等に暴力を振るった。島の周囲には原型を留めてすらいない深海棲艦が一面に点在し、所々艦娘のものと思われる艦載機が浮かんでいた。
ピクリと何かに反応し、レ級は天龍の刀を杖のように用いて上半身を持ち上げ周囲を見回した。その身体には生々しい傷跡がいたるところに刻まれている。どれほど戦い続けたのか分からないが、既に相当の死線をくぐり抜けてきたようだ。数日前の無垢な少女はそこにはいない。選択の余地なく無情に命を踏みにじる深海棲艦、戦艦レ級がいた。どうやらレ級は違和感の元凶を掴んだらしく、一点を感情の読み取れない灰色の視線を彼方へと向け、ぎこちなく艦載機を放った。
「ナンダァ、テンデ弱イジャナイカ。」
「練度モ、機体整備モマルデナッテナイワ。」
ヲ級の戦闘機が次々とレ級の爆撃機を撃ち落とす。素人目から見ても両者は明らかに動きが違った。ヲ級はやはり相当な修練を積んだ熟練らしく、素早い発艦、適切な弾薬使用と無駄のない優れた技術を見せつける。しかしながらタ級はどうも相手の艦載機の弱さに不服らしく、洋上を仰ぎ見ると直ぐに目を離した。それを見て、ムッとヲ級は頬を膨らませる。
「早ク倒シテ来ナサイヨ…。」
「ンダヨ、何機嫌ソコネテンダヨ全ク。」
いつもヲ級の癖に、面倒なやつだ思いつつタ級は呆れた。恐らくご自慢の航空戦を見てやらなかった事が原因だろうと当たりをつけ、それでもなんとなく今更見ようとするのは恥を感じないこともなかったため、止めた。随分と懐き過ぎたかもしれないなぁと思わないでもなかったが、出会った頃の記憶を探って、まぁあの頃よりかは余程マジだろうとタ級は目先の戦闘へと意識を傾け深海棲艦の残骸を縫うように疾走した。島は目と鼻の先だ。漸くお相手との顔合わせである。
「ンナッ?レ級ダトォッ!?」
ぼぅと上半身だけを上げてこちらを見つめる姿にタ級は驚きを隠せなかった。ガコンと砲弾が急遽込められる。なにせレ級である。西方海域で長き時を過ごしたタ級にとっても南方のごく一部に数体しか存在しないレ級を見かけるのは数年ぶりの経験だった。嘗てレ級と遭遇した苦い思い出が蘇る。レ級を一言で表すならば、まさに狂風。話はまるで通じず、その圧倒的な火力に熟練を自負するタ級も防戦一方だった。
「イヤ、待ッテ。様子ガ変ネ。」
ヲ級の言葉にタ級も砲弾を砲身に留め、目を細めた。どうにもレ級の様子が妙であった。うわ言で何か呟いているようだ。視線をこちらに向けて入るが、その実タ級達をまるで見ていない。
「生意気ナ、一発カマシテヤル。」
タ級は全力で加速すると勢いそのままにタ級の第一主砲から徹甲弾が解き放たれた。途端、レ級が動いた。姿勢を低くし尾を上げ全砲塔が唸りを上げる。耳をつんざくけたたましい金属音が瞬いた。
「狙撃ガ御自慢ミタイネ。」
レ級は自らの主砲でタ級の徹甲弾を逸らした。いつぞやの神通の主砲を撃ち落としたそれと同じだ。続いて左右の副砲塔がタ級めがけて火を吹いた。
「ハッ!戦闘ハ大道芸ジャネーンダ!実戦ヲ教エテヤルヨ!」
タ級は襲い来る砲弾に構わずそのまま全速力で突っ込んだ。ああスイッチが入ったなとヲ級は呑気に思った。何しろレ級はあそこ迄既に死に体である。タ級一人で必ずやしとめるだろうという信頼だった。弾道がレ級に迫る。タ級は笑みを絶やさず、足をハの字に、上半身を前方に倒し、胸元に迫っていた砲弾をすべて回避した。タ級の主砲が目標を定める。レ級に次弾を込める時間はない。
「アタシノ一撃ハ軽クネーゾ!」
レ級の胸が撃ち抜かれる。表情をついぞ表すこともなく、勢いそのままにレ級は砂地を転がっていった。随分と早い幕引きだった。
「アッケナイ。」
「オイ、ソコハアタシノ技量ヲ褒メルトコダロ?」
タ級はすいすいと島に近寄り、上陸を試みる。それにしても随分と荒れた島だなとヲ級は上陸をためらった。
「ン?ドウシタンダヨ。」
「ヤ、不発弾トカアリソウダカラ…。」
一向に上陸しようとしないヲ級を見かねてタ級は声をかける。どうにも小心者だなぁと思わないでもない。しかしタ級にも不安症になる気持ちは理解できた。今はどこに鋼材や燃料が埋まっているかも分からない状態だ。この海域に移動してきたばかり、当然備蓄もない。怪我を治すことも容易ではない。加えてヲ級は空母だ。損失が一定以上、いわゆる中破を超えてからはその能力を十全に発揮することは叶わなくなってしまう。不発弾が爆発して戦えなくなり死んでしまいました、では成仏しようにも出来ないだろう。
「ソレジャアタシガ露払イヲシテヤルヨ。」
そんなヲ級の内心を推察し、タ級は意気揚々と砂浜を駆けた。おずおずとヲ級もタ級の踏みしめた道を歩く。
「シッカシ…レ級ガイタッテノハ予想外ダッタナ。」
「ア、マダ生キテル?」
レ級は島の中心で倒れ伏していた。胸には先程のタ級の一撃によるものだろう痛々しい傷が開き、全身を赤く染めていた。見れば見るほど生きているのが不思議な様子だが、胸部が上下しているのだからまだ死んではいないのだろう。
「ン、アア。ヤッパシブトイワ。」
流石の耐久かなとレ級を足蹴にする。もう虫の息だ。この海域の支配権を持つ深海棲艦を探してここに辿り着いたがレ級ならば主として納得である。群れていなかったのは他の群れと騒動があったのかなとタ級は首をかしげた。兎も角これで少なくともこの海域でのタ級とヲ級の地位は確立された。暫くはあの姫連中からの面倒な勧誘もなしに悠々と過ごせるだろう。鎮守府が不安の種ではあるが、こちらがおとなしく隠密に徹すればそう簡単に見つかるものではないと当たりをつけ、ここでタ級は「ン?」と呟いた。
「ナンダコレ、艦娘ノ刀ジャネーカ。珍シイモン持ッテルナ。」
寝そべるレ級の胸元に大事そうに抱えられた刀があった。嘗て見たレ級はこのようなものを持っていなかった。深海棲艦の艤装ですらない。しかし何処かで見覚えがあるなと考え、そういえば艦娘の艤装にこんなものがあったと想い出す。それにしても艦娘の装備を持つ深海棲艦とは珍しい。折角だ、戦利品代わりに頂いておこうと刀の柄をつかむ。
「ア?ナンダコイツ意識ガアルノカ?」
レ級は刀を離さなかった。両腕を交差し、必死に刀を抱きとめていたのだ。一体この傷だらけの肉体で良くそこまで元気なものだ、全く面倒なやつだと一瞥し、砲塔をその腕に向けたその時、レ級が意識があるのか無いのか
「…ヤメテ…。ワタシ、カラ…。モウ…奪ワナイデ…。」
そう洩らした。ピシリとタ級が固まった。信じられない、そういった様子でレ級の顔を穴が空くほど見つめた。ただひたすらに十秒程タ級はレ級を見ていた。普段見たことのないタ級の様子に、ヲ級も心なしか不安に思い小走り気味に近づいた。
「ドウシタノヨ。殺サナイノ?」
「ソイツハ…ソウダナ。マズ先ニ、一仕事シテカラダナ。」
タ級は刀から手を話すと、突如その身を翻し猛然と海へと走った。ヘラヘラと流す平時とは違う。むしろ焦りすらヲ級には感じ取れた。一体何ごとだというのか。こんな様子をタ級が見せるのは数年ぶりかもしれない。
「チョット待ッテ仕事デスッテ?突然何?」
「ウルセェ、一先ズ鋼材ヲ探スゾ。付イテ来イ、潜行スル!」
レ級は夢を見た。何か、そう何かの液体に浸かっている。その液体はどこか温かく、とても心地が良かった。そうだ、これは風呂だ。風呂に入った記憶なんてなかったが、なんとなしに思えた。極楽だ。今までの疲れが吹き飛び…ふとなんで自分は疲れているのかと疑問を感じて、走馬灯のように思い出した。自分がレ級と呼ばれる存在に生まれ落ちたこと。突如爆撃され死にかけたこと。初めて戦い、命を奪ったこと。天龍と出会ったこと。そして天龍が海に沈み、艦娘に憎しみを向け戦ったこと…。
「オイ、イイ加減起キロ!何時間入ッテリャ気ガ済ムンダ!」
突如掛けられた知らない声に、走馬灯がバタンとその幕を閉じた。頭上を見上げれば、誰かが覗いている。太陽の逆光となって見えないが見覚えのないシルエットだった。
「カァーッ!アンダヨ鋼材無茶苦茶無クナッテルジャネェカ…。今度ハオ前ガ取ッテ来テクレ流石ニアタシャ疲レタヨ。」
シルエットは額に手を当て、続けて首を振った。何故かは分からないが相手は相当疲れているようだ。靄がかかった頭を振って、状況を確認しようと身を乗り出し…自分が何かに入れられ、液体に沈められているということに気がついた。成る程先ほどの夢はこういうことかと納得する。とある錆が目に入った。これはあのドラム缶の中だ。
「オウ大丈夫カ。サッサト出テコイ、後ガツッカエテンダ。」
声に導かれて立ち上がる。尾が邪魔で立ち上がりにくい。まともに動かない四肢に右往左往しながらなんとかドラム缶から出ると、そこには見知らぬ二人組がいた。片や一人は射殺さんばかりの視線を向け、片や全身から力を抜き払い、警戒なぞ覚えがないかのように呑気に胡座をかいていた。
「アー、先ズハ自己紹介ダナ。アタシハオ前ノ上司デ、ソンデモッテコレカラ仲間ダ。ヨロシク!」
タ級とヲ級が仲間になりました。ちょっとシリアス続きなのでコメディ日常風の小説を明日あたりに投下するかもしれません。