クロメの骸人形達を倒した後、俺とチェルシーは雨宿りのため、近くにあった洞窟の中に居た。
さっきからずっと、チェルシーは俯いたままで一言も発していない。かといって俺から話しかける訳でもなく、ただずっと、眼前の雨を見つめるだけだった。
俺達の間には、音のある静寂が漂う。
「…今更だけど、助けてくれて……ありがとう」
その静寂を破ったのはチェルシーだった。
しかし、まだその顔は俯いており、膝を抱え込んだままだ。
「はい」
「その……怒ってる?」
チェルシーはそう言うと、俯いていた顔を上げ、潤んだ瞳を見せてきた。その瞳はまるで、過ちをを詫びるように、それでいて何かを懇願する意志を持っていた。
「…ちょっとだけ」
俺はその瞳を見つめ、はにかみながら答えた。
そう、とだけ呟くチェルシー。またもや静寂が訪れるが、今度は長くは続かなかった。
「…本当にごめんなさい。クロメを仕留めたらコウタロウが褒めてくれるかもって思って……」
チェルシーは一流の暗殺者であり、そんな幼稚なミスでしくじることは普通ではあり得ない。しかし、チェルシーの俺に向けての行動を、『幼稚なミス』という言葉で片付ける訳にもいかなかった。
どうやらチェルシーは、俺が叱責すると思っていたが、予想に反していたため何を言ったらいいか分からないらしい。
「ボルスっていう標的を始末した時点で充分凄いですよ」
「でも……」
「確かに忠告を守らなかったことは駄目ですが、それは…俺のためを思ってですもんね。まあ、結局、こうして生きてるんですからいいじゃないですか」
こんな言葉で彼女が自分を許すかどうかは分からない。けど、俺はもう許してる。俺に許しを乞うのだから、それはもう終わりでいいのだ。それで納得がいかないというのなら、彼女が自分に酔っているだけ、そういう言い方をしなければならない。
「…ごめんね」
この世界に来て、たくさん闇を見てきた。けど、今のチェルシーの顔はその闇によって悲しむ人達よりも悲しそうだった。
誰も死んじゃいない。迷惑をかけたから誤った。俺とラバ達の関係ならそれで済むはずなのに、それを納得できない自分を必死に抑えつけて。…謝ることしかできなかったのだろう。
なら、本題を変えるしかあるまい。
「…そういえば、何でチェルシーさんは俺に褒めて貰いたかったんです?」
チェルシーには悪いけど、どうせ気分が暗いのなら多少強引さは否めないが恋バナに繋げるしかない。
「…それ、本気で言ってる?」
チェルシーはさっきよりずっと低いトーンで、俺に親の仇を見るかのようにして言った。
「えっ?……」
これは…怒っているのだろうか。辺りの空気は、洞窟に入ったばかりの時より断然重い。
「コウタロウは…ずっと気づいてると思ってたのに……」
気づいてました。
けど、ちょっとからかっただけでそこまで落ち込まなくても……。
「…あ、すいません……」
「何で謝るのよ。……私と話す時より、レオーネと話したり、抱きつかれたりする時の方が嬉しそうだし…」
それは…否定できない。
二人と話す時なら態度は変わらない自信はあるが、姐さんに抱きつかれたりなんてしたら……。姐さんの胸に顔が埋まるんだぞ?どんだけ幸せな窒息なんだよ。その点、チェルシーちゃんは姐さんと比べるとちょっとだけ、奥手というか恥ずかしがり屋というか。まあ、それが普通で、姐さんが肉食過ぎるだけなんだけど。
「…そう、ですかね?」
苦し紛れでいっぱいの顔を逸らす。ヤバイな。自分で墓穴を掘っちまった…。
「コウタロウは……レオーネのことが好きなんでしょ?」
「姐さんも、チェルシーさんも、タツミやシェーレさん、ナイトレイド全員好きですよ」
「違うわよ。……その、恋愛感情の好きよ」
顔を赤く染め、心底恥ずかしそうに聞くチェルシー。そんなに恥ずかしいのなら止めとけばいいのに、と言おうとしたが、彼女にもそれなりにプライドがあるのだろう。
「…どう、なんでしょうかね……。自分でもよく分かんないです」
分からない。
確かに姐さんと居る時は楽しい。でも、それはチェルシーと一緒に居る時にも当てはまる。
なら、姐さんの魅力について考えよう。
美人で、スタイル抜群、おっぱいがデカい。姉御肌、喧嘩が強い、酒癖悪い、金遣いが荒い……あれ?後半は魅力と言えるのか?
「私は、…もちろんレオーネも、コウタロウが好き。でも、コウタロウは気づいてないだけで、コウタロウもレオーネが好き。……私は邪魔者なの。だからもう、コウタロウのことは諦めようとしたけど、殺される寸前で助けられたらさ、諦めるのも無理な話だよ」
なんとも表現のしづらい表情で、チェルシーは俺に告白してきた。分かってはいたが、初めて知った。彼女が言った、心の本音。
「私じゃレオーネに勝てない。コウタロウとの思い出も、触れ合った数もレオーネに負けてる。……けど、諦めたくない。どうすればいいの?」
悲痛な心の叫び。
男なら、『これから俺と一緒に思い出を増やして行こうぜ!』とかカッコいいセリフが言えるのだろうが、俺は何も言えなかった。
「…なに言ってんだろ、私。……ごめんコウタロウ。今の忘れて…」
何度目だろうか。そしてまた訪れる静寂に、この場を乗っ取られた気分だった。
雨はいつのまにか止み、雲は消え、空には虹が架かっていた。取り敢えず、ナイトレイドの皆が待っている場所に帰らなくてはならない。
俺は愛車こと、マシントルネイダーを呼び出す。変身していない状態で呼び出すのはこれが初めてだ。数秒後、俺達の前には銀色のバイクが姿を現した。この姿は、アギトの原作に登場した翔一のバイクと同じものだ。おそらくこのバイクに乗ったまま変身すると、バイクも変身するのだろう。そこらへんは、どうやら神様が気を遣ってくれたらしい。オマケにヘルメットまで用意されてある。
「…このバイクって乗り物に一緒に乗ってきた人達はたくさんいるんですけど、実はですね…二人で乗るの初めてなんです。いつもは一人や三人で乗ってて…。これは姐さんだってまだなんですよ?というか、姐さんはこのバイクに乗ったことさえないんですから!………ここら辺、姐さんに勝ってるて思いません?」
俺はエンジンをかけて、ガスを排出させ、グローブをはめながら言った。
「…私が……初めて?」
チェルシーは唖然の表情で、口をパクパクさせている。
「さ、このヘルメットを被ってくだ………」
俺がヘルメットを手渡そうとすると、チェルシーはいきなり俺の唇を自分の唇で覆った。
何故こうも、俺は強引にキスされるのだろうか。そうは考えていても、男だからだろうか、やはり気持ちよくて、そのまま考えるのを止めてしまいそうな快感が俺の頭を駆け抜ける。『これが女の子の唇なんだ』なんて、とても一般論で片付けられそうもない。ほんのちょっぴり触れてるだけなのに、心をごっそりと持っていかれそうな物凄い感覚。
ようやくチェルシーが唇を離す。
キスの間は何秒、いや何十秒だろうか。俺は、あまりにも想像を絶する快感で果ててしまいそうだった。
「…コウタロウ」
その艶めかしい吐息が俺の顔にかかる。それが、とても心地よかった。
「大好き」
チェルシーはそう微笑むと、瞼を閉じて、もう一度俺の唇を自らの潤んだ唇で塞いだ。
今回のためにどんだけ官能小説を読んだんだろう……。
そんなわけで、見事に風邪をひきました。パンツ履いとけば良かった…。
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