<まゆ視点>
その日も、いつものように撮影だった。
私は読者モデルをしている。
だからこうやって月に何回かは撮影がある。
読者モデルのお仕事は楽しい。
可愛い服を着るのは嫌いじゃないから。
未だに写真をバシャバシャ撮られるのは慣れないけど。
でも、何だかんだでモデルのお仕事は好き。
他に好きなことは……特にないかも。
お料理とか編み物は、趣味みたいなものだから。
……恋とか愛とかは、まだよく分からない。
お母さんが言うには、「恋は一瞬にして堕ちるもの」らしいけど。
私にはまだよく分からない。
そんなことを考えていたら。
「佐久間さーん、撮影始めますのでスタンバイお願いします」
との声。
「はぁい、分かりました」
そう返事をして、今回の撮影場所であるカフェのデッキに上がる。
デッキからは、目の前の通りが一望できた。
色んな人が忙しなさげに通り過ぎていく。
誰も私のことを気にしない。
みんながみんな自分のことで精一杯。
そんな雑踏の中。
ただひとりだけ。
こちらを見ている"彼"と目が合った。
その瞬間、私は――まゆは全てを理解した。
あぁ、これが恋に堕ちるということなんだ。
<P視点>
30分前――
「プロデューサー、今ね~お仕事終わって近くのカフェに居るから~、迎えに来て~」
との電話を、フレデリカから受けた。
また帰り道が分からなくなったのか……。
などと考えつつ。
担当アイドルを放置するわけにもいかないので迎えに行ったのだが。
件のカフェでは、読者モデルらしき撮影が行われていた。
「あの店、入って大丈夫なのか……?」
入っていいものかと悩んでいたら。
モデルらしき少女が、カフェのデッキに上ってきた。
茶っぽい髪を緩やかに下した、穏やかそうな瞳の少女。
見た瞬間、天啓を受けたかのような感覚が身を包んだ。
この子は――この子なら――!
「プロデューサー? 何してんの?」
「……フレデリカ、迎えに来させておいて、何してんのとはご挨拶だなぁ……」
「ワ~オ、プロデューサーそんなに怒ったら眉毛がくっついちゃうよ~」
「……はぁ。ほら帰るぞ。というかいい加減道を覚えてくれ……」
「は~い」
そんな会話をしながらも、俺の頭はあの少女でいっぱいだった。
<まゆ視点>
「あの人と一緒に居た人って……」
撮影を終え、家に戻った私はパソコンで調べ物をしていた。
「やっぱり……アイドルの宮本フレデリカだ」
ということは、あの人は346プロダクションの関係者?
スーツ姿だったし、アイドルを迎えに来てたみたい。
ということは、346プロのプロデューサー?
……あの人にまた会いたい。
どうしてだろう、こんな気持ち初めて。
どうやったら会えるかな……。
そうだ、まゆがアイドルになればいいんだ。
それであの人に担当してもらえれば……。
ふふ、完璧。
そうと決まれば……。
階段を小走りで駆け降り、リビングに居たお母さんに対面する。
「どうしたの、まゆ? 顔がちょっと赤いわよ?」
「お母さん、まゆモデルの仕事辞めるね」
「辞めちゃうの? 可愛い服が着れて楽しいって言ってたのに」
「それよりも楽しいこと、見つけちゃったから」
まゆのその顔を見て、お母さんは全てを理解したかのように微笑んだ。
「――まゆ、アイドルになる」
<P視点>
「……見つけた」
事務所に戻り、モデル部門の同僚からありったけの雑誌を借りてきて数時間。
俺は、あの少女を見つけた。
「……佐久間、まゆ」
それが、その少女の名前だった。
それを知った俺の行動は早かった。
彼女の所属する事務所に電話を掛けた。
「突然の電話すみません、私は346プロダクションの者ですが――」
彼女の事務所と話す機会を取り付けた。
相手側にはまだ具体的なことは話していないが。
さて、どうやって相手側を説得するか。
考えて考えて、軽く徹夜しそうになった。
そして、約束の日。
「――えぇっ!? モデルを辞めた!?」
「はい、数日前に佐久間さんから相談されまして……モデルを辞めたい、とのことで」
「そう、でしたか……」
「もしかして、彼女をスカウトしにウチの事務所に来たんですか?」
彼女の担当だった女性はくすっと笑って俺に尋ねる。
「えぇ、まぁ……恥ずかしながらその通りです。不作法とは知っているのですが」
「なら今がチャンスじゃないですか、彼女は今フリーなんですし。……まぁ、私としては残ってほしかったんですけどね」
「辞めたいと言ったとき、彼女からは、何と言われたのですか?」
「曰く、やりたいことができた、そうです」
「そうですか……、本日はお忙しいところ申し訳ありませんでした、では失礼します」
「……お疲れ様です」
俺は事務所を後にし、仕事が残っている346プロへと引き返した。
「この後は……新人の面接か……、気が乗らないなぁ」
想像以上に参っている自分がいて、自分でも少し驚いた。
<まゆ視点>
今日は面接の日。
でも、まゆの気分は少し沈んでいた。
「……だって、電話で応対したの女の人だったんだもん」
そう、346プロへ連絡した際、応対してくれたのは優しそうな声の女性だった。
「あの人が、346プロのプロデューサーなのかな……?」
どんどん沈んでいくまゆの気分に対して。
まゆを乗せたエレベーターはどんどん昇っていく。
そしてついに、目的の階に辿りつく。
そしたらすぐ目の前にアイドル部門の事務所の扉が。
「……行くしかないよね」
意を決し、私はその扉を開く。
「失礼します、今日面接を予定している佐久間と言います」
「あなたが佐久間さん? ではこちらへどうぞ」
現れた女性は、電話の声と同じ人だった。
ライトグリーンのスーツを着た女性は、私を応接室へと案内する。
「では、座って待っていてください。もう暫くでプロデューサーさんが戻ってくるはずなので」
えっ、この人はプロデューサーじゃないの?
もしかして、本当にまゆが見たあの人がここに来るの?
手のひらが汗で滲む。
急に喉が渇いてきた。
どうしよう。どうしよう。
<P視点>
「やばいっ、地味に遅れてる」
無駄に広い事務所の中を小走りで急ぐ。
エレベーターに入り、押し慣れたボタンを押す。
ドアが開き、直ぐ近くのドアを開ける。
ドアを開けた俺が最初に見たものは。
「プロデューサーさん、面接の子なら応接室で待たせてますよ」
いつものように微笑むちひろさんだった。
「す、すみません。ちょっと遅れました」
「そう思うなら、早く行ってあげてください」
「はい、ありがとうございます」
そして俺は、応接室の扉を開いた。
「すいません、遅くなりました――っ!?」
そこに居たのは、俺の脳裏に焼き付いて離れなかった、佐久間まゆだった。
<まゆ視点>
扉を開けて現れたのは、あの日見たあの人。
まゆの脳内が、歓喜に彩られる。
やっと、会えた。
この日を待っていた。
言わなきゃ。
ずっと考えてたことを言わなきゃ。
「あの、私を――!」
<P視点>
突然の登場にびっくりしながらも、俺の脳内は至ってクリアだった。
言わなきゃいけないことがある。
その機会が、やっと訪れたんだ。
だから――
「あの、俺に――!」
「あなただけのアイドルにしてください!」
「君をプロデュースさせてくれ!!!!!」
その一目惚れは、大事な大事な、二人のモノ語のプロローグ。
オチが下らない駄洒落っぽいのはご愛嬌ということで。