一方で、俺と雪華綺晶はいつも通りの日々を過ごしていた。
もう夜も深いので、ベッドの上で横になりながらスマートフォンで動画を見ながら眠りにつく。腕の中には動画を興味津々に見ている雪華綺晶……というのが定番の組み合わせだ。時折雪華綺晶にセクハラするのも忘れない。
「マスター、もう私は鞄に入りますわ」
とうとう活動限界が来たのか、目をこすりながら雪華綺晶はこちらを振り返り言ってきた。俺もそろそろ眠いから、ちょうどいいだろう。明日は昼から講義があるとはいえ、眠いまま受けたくもない。
「俺も寝るよ。ほら、おやすみの」
「ちゅー、ん」
俺の言葉を先読みしたかのように、雪華綺晶と俺の唇が触れる。相変わらず俺の唇は乾燥しているが、それも潤された。うーん、ミーディアムは最高だな!な、お前もそう思うよな!(レストラン従業員)
そんなこんなで平和な一日は終わる。雪華綺晶が鞄に入っていくのを見届け、相変わらず暑い気温にうんざりしながらも、タオルケットを腹の上にかけて眠りについた。隣の部屋では相変わらず礼がどったんばったん大騒ぎしているが、俺も似たようなことをつい最近しちゃったせいで怒るに怒れない。寝よう。
「ん?」
まるで宅配業者になんでもするから許してくれと言われたおっさんのような声を出して、俺は目が覚めた……ふかふかのベッドの上ではない、ひんやりとした床の上で。眠気を振り払い、起き上がる。周りを見渡すが、自分の部屋ではないことは確かだった。
似たようなことがちょっと前にもあったばかりだ。そう、雪華綺晶と契約した時……nのフィールド。前に来た場所とは違うようだが、そうであるのは確かだった。
「……クソ、また巻き込まれたな」
すっかり慣れてしまったアンティークドールバトルに、やや嫌気が差しながらも立ち上がり、なぜかそこらに散らばっている廃車の影に隠れる。誰の世界かわからない以上、安心していられるわけがなかった。
遮蔽に隠れ、とりあえず誰も周りにいないことを確認する。次いで、車の中に何か有用なものがないかも確認した。
それは当たり前のように存在していた。
「マジかよ」
AK74M、ロシア製のアサルトライフルが座席の上に放り出されていたのだ。願っても無い有用な武器を急いで手にし、今度こそ俺は頭を悩ませた。
「いったい誰の世界だ?こんな物騒なもん普通ないだろ」
水銀燈の世界でも、ここまで当たり前のように武器はなかった。あるとすれば、包丁くらいだったか。あの警備人形は水銀燈が作り出したものだから、元からあったものではないだろう。
だからこそ、ここはヤバイ。元から、木が生えているように廃車や何かの残骸が散らばり、実がなるように銃火器が存在する。それだけで、ここの世界の持ち主は相当危険であると言える。確か、nのフィールドは主の願望やらで形を変えるはずだ。
とにかく、この銃が使い物になるか確かめる。安全レバーを最大まで下げ、薬室を半分開いて状態を確かめた。
既に銃弾は装填済み。発射可能である……いや、せめて薬室の弾薬は抜いとけよ。杜撰な安全管理に呆れながらも、安全装置を入れる。その時だった。不意に、背後から物音。
「クソ!」
悪態を吐きつつ、物音がした方向へ銃を構える。
「マスター、私です」
と、車の残骸から見知った一体の純白のドール。雪華綺晶だった。張り詰めた糸が解け、構えを解く。
「ああ雪華綺晶、よかった。君もいたのか」
「ええ、目が覚めたらここに……やはりマスターもこちらに連れてこられましたか」
「やはり?」
気になる言い方をする雪華綺晶。
「何やら知っている気配がしますので。それに、ここは人間の夢の世界。恐らく、マスターのご友人が、マスターを無意識のうちに呼んだのです」
「隆弘か……」
何となく、この危険なものに溢れて殺伐とした世界に納得がいった。確かに、あいつなら四六時中こんな酷い場所で戦う夢を見ているに違いない。
「ていうことは、隆弘もどこかにいるってことか?」
「恐らくは。問題は、この夢の世界はやけに防御が硬いせいで脱出ができないのです」
雪華綺晶の説明に、声にならない憤怒の叫びをあげる。あの野郎、やっぱり碌でもねぇ。
「とにかく、あのクソメガネを探そう。あいつにどうにかしてもらわないと出れないって認識でいいんだよな?」
雪華綺晶は頷く。そう言えば、今日の俺の格好はいつもの服装だな。まぁ、これが一番慣れているんだけども。
色々怒りたい事が山ほどあるが、今は仕方なく頭のおかしい親友を探すことにする。
時を同じくして、隆弘も何かを探すように夢の世界をうろつきまわっていた。そいつのおよそ50メートル背後では、双子のドールズがその男を監視している。翠星石と蒼星石だ。
つい先ほどまで執拗に自分たちを狙っていたあのメガネだが、今は不気味なほどに大人しくなっていた。そしてふらふらとあてもなく彷徨っている。
「あいつやっぱり頭おかしいです」
そう言うのは口の悪い姉である翠星石。
「でも……いくら夢だからって、あんなにならないよ。何かに操られてるのかも」
自分のマスターである隆弘を擁護するのは心優しいボーイッシュ、蒼星石。
「頭おかしい奴はどこにいってもおかしいです!夢でも変わらないですぅ!」
「しっ、声が大きいよ」
姉を宥める妹は、同時に何かの異変を感じていた。確かにあのマスターは時折おかしなことを仕出かす人間であるが、蒼星石にいきなり銃を向けてぶっ放すなんてことはしない。だって、あんなに寂しがりやで、言動はおかしいが蒼星石を大切にしていたのだから。
「うーん……あれ?」
不意に、蒼星石は隆弘の後ろになにかもやのようなものを見た。それは翠星石にも同じであったようで、確かに何かが隆弘に取り付いているようだ。
「あれは……雪華綺晶?」
時折人型になるもやは、一見すると雪華綺晶。だが、何かが違う。
「でも、雪華綺晶の髪やドレスは白っぽいピンクですよ?あれじゃ紫ですぅ」
確かにそうだ、と蒼星石も思う。だが、それにしても瓜二つのシルエットで。だから、隆弘の前方から件の雪華綺晶とそのマスターがやってきた時は何が何だかわからなくなっていた。
「おー兄弟、愛しの我が友よ、待ってたぞ」
ようやく見つけた友達が機関銃片手にそんなことを言うもんだから頭が痛くてたまらなかった。俺はそんな危ない友人をあまり刺激しないように注意しつつ、会話を試みる。
「あぁ、よう。元気か。あと、兄弟なのか友達なのかどっちなんだ」
「んなもん言葉のあやだろうが!冗談も通じねぇのか!」
急激に沸騰しかける隆弘。奴のテンションはいつもよりも少し高い気がする。つまり、俺の苦労が増えるってことだ。
「悪いけどな、明日大学なんだ。そろそろ帰してくれないか。ここはお前の世界なんだろ?」
そう尋ねると、今度は隆弘が首を傾げて質問してきた。
「俺の世界?この女の子一人いない世界がか?」
「雪華綺晶はそう言ってるぞ。だから俺も引き摺り込まれた。蒼星石はどうした?」
蒼星石。その言葉に反応したように、隆弘は何かをブツブツと唱え出す。
「蒼星石……あぁ、そうだった。あの子はどこだ?」
どうやらこいつも自分のドールの場所は知らないようだった。おかしいな、いくらここがこいつの夢の世界とはいえ、ここまで人を巻き込むとなるとローゼンメイデンを介さなければならないはずだ。
「とにかく、あれだ。蒼星石を探そうぜ。あの子ならなんとか」
「うるせぇ!俺に命令すんじゃねぇ!お前もあの性悪タラちゃん人形の仲間なんか!?ぶっ殺す!」
唐突にブチギレた隆弘が軽機関銃をこちらに向けてきた。俺は慌てて待ったをかける。
「おい待て!」
「うるせーこれでもくらえ!」
撃ってくる。明確にそう感じた俺は、雪華綺晶を抱えて横に走る。刹那、連続した発砲音が響いた。けたたましい音と共に、俺が今までいた場所に弾丸がぶち当たる。
「クソ!」
悪態をつきながら走る。だが、あまりの反動に耐えられなかったのか、隆弘は射撃を中止し、またこっちに狙いを定め用としている。おまけに耳も痛いみたいだ。当たり前だ、耳栓もしないで発砲すれば拳銃だって耳を痛めるに決まってるんだから。
俺は急いでなにかの建造物の後ろに隠れる。その直後に壁に弾丸が突き刺さったが、コンクリート製の壁は弾丸を通さないでくれた。いったいどうしたってんだ。
「クソ、クソ!あの野郎撃ちやがった!」
それなりに信頼していた友達に撃たれたという事実が俺の胸に突き刺さる。だが、そう嘆いてもいられないのでどこか隠れる場所を捜すが……
「おい変態人間!こっちですぅ!」
ふと、頭上から聞き知った声が投げかけられる。上を向けば、建物の三階から翠星石が顔を出していた。なるほど、性悪人形ってあいつのことか。
「マスター、お友達が来る前に合流しましょう」
脇に抱えた雪華綺晶が冷静に指示を飛ばす。それ以外にできることはないと、俺は従うことにした。
「兄弟、隠れるな!俺が直々に始末してやる!」
隆弘は親友を探す。血眼で、腕には軽機関銃。そして背後には、うっすらと紫のドールがいる。彼女は隆弘の耳元で何かを囁いた。すると、隆弘は何かを閃いたように、俺たちが隠れた建物を指差した。
「おお、蒼星石!そこにいるのか。待ってろ、今あの変態ロリコン淫夢厨の魔の手から救ってやるぞ!」
淫夢厨はこいつだって同じだ。