ある日の午後、自宅にて。珍しく大学の講義が休講続きとなったため、俺は平日なのに家でゴロゴロするという社会人が聞いたら即座に殺されそうな怠惰な1日を送っていた。溜まっているアニメでも見ようかなぁ、なんて思いながら、ソファに寝転んでテレビとレコーダーを起動する。
「あら、随分とお暇のようですわね、マスター」
ふと、雪華綺晶がドールズ用に設置してある姿見から姿を現わす。今日は朝から翠星石や蒼星石とのお茶会があったらしい。
「休講〜きらきーも一緒にアニメ見よ〜」
脱力しきって手を振ると、雪華綺晶はいつもの口だけにこやかな笑顔を見せてこちらへとトコトコ歩いてくる。おいでおいで、と手招きする俺の懐に、雪華綺晶は飛び込んですぽっと収まった。そんな彼女の身体を両腕で包み込むと、ふわりと鼻をくすぐる髪の匂いを嗅ぐ。直に、頭に顔を押し付けて。
「乙女の髪に顔を押し付ける紳士がいまして?」
「僕です」
「もう、私以上に欲望に真っ直ぐですわね」
そうだよ(肯定)人形に愛情傾けちゃいかんのか?
「あー良い匂い、かじっていい?」
「それは流石に怒ります」
「はい」
仕方がないので頭を撫でなでするだけで我慢する。ていうか頭齧るってなんだよ、バタリアンかな?(激古)
そんなこんなでしばらくは二人でアニメを見る。なんだか最近アニメ以上にファンタジーな体験をしているせいか、あまりアニメに新鮮味を感じなくなってきた。まぁアニメのヒロインより可愛いきらきーが隣にいるからね、しょうがないね。
「なんかアニメもつまんねぇな。何して遊ぼうかきらきー」
そう尋ねると、雪華綺晶もこれと言って思いつかないのか首を傾げて唸る。そんな困り顔の彼女をもっと困らせる遊びをしたくなった俺は、そのまま雪華綺晶の耳を甘噛みした。びくん、と雪華綺晶の身体が震え、嬌声をあげた。
「はぁ……ぁ!」
ほほ^〜(大物ミーディアム) あまりのエロさに思わず股間が完全装填。もうさ、またイチャついて終わりでいいんじゃない?
雪華綺晶はこちらに向き直る。そして困った顔から頬を膨らませた怒り顔を見せて言った。
「もぅ、マスター?悪戯はめっ、ですよ?」
小さな人差し指が俺の唇に触れる。なんかさ、この子の仕草一つ一つがあざといよね。なんなの?いろはすなの?(作品違い)
あまりにも俺の心をくすぐるその仕草に耐え切れず、パクッと人差し指を口に含んだ。あまりの唐突な奇行に驚く雪華綺晶だったが、なぜか次の瞬間には怪しい笑みを浮かべてちゅーちゅー指を吸う俺の口に、手をそのまま突っ込んだ。
「ヴォエ!!!!!!」
いきなり喉元まで手を入れてきたからむせるし苦しい。
「あら?お客様?いかがなされました?」
どうやら阿久市井戸レストランの真似事らしい。俺は答えようにも口を動かせず、涙目で嗚咽する。
「ぉおああああ゛」
きたない。
「いけませんねお客様。このような粗相をなさっては」
まだ何も出してないんですがそれは……でもこのままやられたらきらきーに向けてキラキラが降り注ぐ事になる。それだけは阻止しなくては。
俺はもう無理、どジェスチャーを送る。さすがにあのホモビほどどぎつくない雪華綺晶は、あっさりと手を……いや、腕を引き抜いた。
「いたずらのお返しですわ」
そう言って自らの手を舐めまわす雪華綺晶。俺と彼女の唾液が混ざるが、エロいとか思う前に苦しさが心を支配している。
「もう勘弁してくれ……」
「あら、これからですわ。ふふ、可愛いマスター。いっぱい遊んで あ げ る」
「もう十分堪能したよ……」
この後めちゃくちゃイチャイチャした(キングクリムゾン)
私はひとり。生きてもいないし死んでもいない。ただひとり、病室の窓の外を眺めて時が過ぎる。
愛されず、愛しもせず。私はひとり哀れで壊れた人形を演じる。それが生まれた時からの定めであるように。ただひっそりと、遠くない未来に訪れるその時を待つ。
旅立つことは怖くない。何もせず、ただ窓の外を眺めている今なんて、死んでいることと変わらないと思うし、それに、肉体を捨てて新しい世界に羽ばたけるということはとても素晴らしいと思うわ。
何にも縛られず、自由に、どこまでも飛んでいく。私が人生の中で一度もできないであろうことができるのだから。
「からたちの花が咲いたよ 白い白い花が咲いたよ」
ひとり、いつものように歌う。頭の中に巣食う記憶を思い出して感傷に浸るように。
歌を聴くものはいない。個人に割り当てられた病室に、私以外の誰かはいない。仮にいたとしても、気にも留めない。上辺だけの優しさで接する看護士。親。私の世界には住んでいない人たち。
だから、それ以外の世界から来た人なら。
しばらく、ひとり歌った後のことだった。
「音を外したのぅ。途中までは良かったが」
ふと、窓枠から声が投げかけられた。驚いてそちらを見れば、なんということか。白いドレスに金髪碧眼。絵に描いたような美しい少女がそこに腰掛けていたのだ。いや、少女と呼ぶには小さ過ぎる、人ではない大きさ。
「……天使?」
「こんな物騒なものを持った輩が天使に見えるのか、お主は」
シャキン、と左腕の袖から伸びる短刀。そして、右腰に差した剣。
「なら、お侍さん?」
笑みを浮かべてそう言うと、その少女は鼻で笑った。
「どこからどう見ても和服ではなかろうに」
「なら、騎士かしら」
「もうそれで良い」
呆れたように言う少女。親や看護士以外に話したのは久しぶりだったためか、自分でもびっくりするくらい口が動く。
「それで、騎士様はどうしてここに?」
そう尋ねると、騎士はクールな笑みを浮かべて言う。
「なぁに。死にかけの魂のくせに中々に魅力があるから来ただけのことよ」
死にかけの魂。言うまでもなく、私のことだろう。
「なら、あなたはやっぱり天使様ね」
「なに?」
「だって、そうでしょう?私の魂を貰ってくれるんだから」
「……死にたがりの魂なぞ欲するものか、たわけ」
少しばかり、麗しい騎士様の表情が曇った。でも、直球の罵倒というのはどうにも新鮮で。私はくすりと笑った。
「ふふ。残念」
「……おかしな奴め。だが、悪い気はせん」
ふん、と騎士様は笑うと、ふわりと窓枠から降りて、今度はベッドの鉄枠をひょいっと登ってシーツの上に腰掛けた。そして上半身をくるりと捻り、こちらに向き直る。
「そんなに命がいらんか、小娘」
「めぐ」
「なに?」
「私の名前」
「……めぐ。これでいいかの?」
「ええ。あなたの名前は?」
「主途蘭。頭がお花畑な父親が産んだ偽物の人形じゃ」
やや自嘲するように主途蘭は言った。なんだかシンパシーを感じるその様子に、わたしはそっと彼女の小さな指を握ってみせる。
「お父さん、嫌いなの?」
「好きなものか、あんなやつ。自分の娘があんなことになっておるのに助けず興奮するなんぞ……穢らわしい」
なんだかあまり聞いてはいけない様子だ。
「私も嫌い。私たち、同じだね」
「……わしゃ死にたがりではないがの」
「ふふ。確かに。それで、主途蘭?」
「さっそく名前を呼ぶあたり、お主はよほど神経が図太いと見える」
呆れるが、どうも嫌ではなさそうな主途蘭。
「さっき、聞いてきたよね。命がいらないのかって」
「聞いたのぅ」
「あなたは、私に何かして欲しいんじゃないのかな」
そう言うと、主途蘭の顔が賞賛と驚きの様子を見せた。
「……そうじゃな。死にかけの魂なんぞ元来興味はないんじゃが。お主は中々に見所があるからのぅ」
「あら、それはどうも」
主途蘭はベッドの上で立ち上がる。私の手を振りほどくと、短剣を忍ばせた左腕を突き出してきた。てっきりそのまま剣で刺されるかと思ったが、彼女の薬指に嵌められた指輪を見せてくるから、違うようだ。
「その命、わしに仕えてみる気は無いか」
そう言う主途蘭の瞳は真剣そのもの。私は頷く。
「わしはやらねばならんことがある。そのためには力がいる。お主の命を、わしの糧にして欲しい」
「あら、私の命があなたの中で巡るのね。素敵だわ」
「……肝が座ってるのぅ、めぐ。ならば、この指輪に誓うが良い。お主の命を、わしにくれ」
言わずもがな。誰に言われるわけでもなく、自然と私の口づけが指輪になされる。瞬間、眩い光が室内を包む。同時に、左手の薬指に熱が篭った。不快さはない。自分の命が幾分か削れるような感覚になるが、それがたまらなく心地良かった。
命が、燃える。主途蘭に、本物の命が流れ込む。
「く、ぉおおおおお……」
偽物ではない本物の命の奔流。主途蘭は感動すら覚える。
光が消え、気がつけば私の薬指に彼女と同じ指輪が。
「それは契約の証。わしとお主の、本物の証じゃ」
「けい、やく」
指輪を掲げる。白く、美しい装飾の指輪。明確なことは言えないが、どこか私の存在が、この世のものではなくなった気がした。
「死の淵に在るもの感覚が鋭いと聞く。めぐ、お主は理解しているだろうが、わしらのような人形と契約するということは、この世の理から外れるということじゃ。それをしっかりと覚えておけ」
「わかったわ、主途蘭」
さて、と。主途蘭が窓の外を見る。釣られて同じように見てみると、病院の外の道路に一人の少年がいた。服装を見るに、中学生だろう。何やら携帯に向かってひとり呟いているようだ。
主途蘭はジャンプして窓枠に立つと、振り返って言う。
「何かあったらまた来る」
「どこへ行くの?」
「狩りじゃ」
にやりと魅力的で凶悪な笑みを浮かべると、主途蘭は飛び降りる。足を折っていないかちょっと心配で窓の下を見れば、主途蘭は綺麗に両足で着地してみせた。
メグは笑い、手を振る。
「気をつけてね、主途蘭」
その言葉を聞いた主途蘭は振り返らず、手を挙げて返答した。
「お前留守番してろって言ったろ」
下校中、礼がスマホに向けて呟く。画面には仏頂面の水銀燈が。なんだかこれだけ見ればなんちゃらエグゼみたいだ。
水銀燈は悪びれるそぶりを見せず、つーんとした態度で無視する。教室で携帯が鳴ったから見てみれば、留守番させていた彼女が中にいるんだから、真面目な礼はキレるだろう。
「お前お仕置きな」
呆れたように礼が言うと、一瞬水銀燈の顔が綻んだ。どうやらそれを待っていたようだ。困ったもんだ、と礼は思いつつも、こうなった責任は自分にあるのだからしょうがない。まんざらでも無いし。
軽い口論を交えつつ、家に向かって歩く。ちょうど有栖川病院の前を通った時だった。ピタリと、礼が動きを止めた。
「どうしたのよいきなり」
急にフリーズしたマスターを見て、水銀燈が尋ねる。
「何かいる。狙われてる」
礼の目から光が消えていく。ヤル気の時の礼の目だった。それを見て、水銀燈も臨戦態勢。近くの道路ミラーを経由して礼のそばに寄る。
「……いるわねぇ、命知らずのお馬鹿さんが」
殺気を感じ、水銀燈も剣を取り出す。住宅地周辺なのにも関わらず、異常なほど静まり返っていた。これは何かの力が作用しているに違いない。とすれば、新しいローゼンメイデンが狙っているのだろうか。既知のドールズで敵対しているのはいないから、狙って来るとしたら第2ドールの金糸雀か。
「……どこだ」
水銀燈と背中合わせになりながら呟く。
「ここじゃ」
上から声。見上げれば、電柱から白いドールが、こちらめがけて跳躍していた。
咄嗟に水銀燈を抱えて前へと転がる。次の瞬間には、白いドールが先ほどまでいた地面に、剣を突き刺していた。
「お前が金糸雀か」
立ち上がり、礼が尋ねる。
「誰じゃそれ」
どうやら違うらしい。
「金糸雀はあんな物騒な武器ないわよ。服も顔も全然違うし。ていうかそろそろ離してくれないかしら」
腕に抱きしめる水銀燈が抗議する。彼女を離すと、謎のドールは剣をクルッと回して言った。
「いい目をしておる。殺し屋の目じゃ。退屈はしないだろう」
呑気にそんなことを言うドールに、礼は鼻で笑った。
「そんなことを言えるのも今のうちだ。誰だか知らないが、ここで死ね」
そう言って礼は水銀燈から剣を受け取る。それを見た白いドールは剣の切っ先をこちらに向けて言った。
「わしらの糧になれ、小僧」