唐突に現れた薔薇水晶に、二人は動揺を隠せなかった。なぜなら彼女たちは槐のドールの存在をまだ知らない。ローゼンメイデンは7体、この間まで名前すら知らなかった雪華綺晶も、今ではどこかの狂った大学生と仲良く大人しくしているから、知らない人形はいないはず。金糸雀だって、今の時間では会っていないだけで、姿形はよく知っている。
そんな、彼女たちからすればサプライズ以外の何者でもない薔薇水晶は電柱から窓枠へと飛び、口を開いた。
「お父様の……薔薇を返して」
いつものように、周りにうるさい奴がいればかき消されそうな声で、雛苺に向けて言う。真紅はなにを言ってるんだこいつ、というような表情で新たなドールが口にした言葉の意味が分からなかったが……雛苺にはしっかりとその意味が理解できていた。
薔薇。きっと、あの喋り方のおかしいウサギが彼女に渡した薔薇……今の惨状の原因となった薔薇。恐らく目の前に現れた紫のドールは、あの薔薇の元の保有者なのだろうと。
「non、あれはもうヒナの物よ。一度手放してしまった宝はもう手に入らない……残念ね」
挑発するように、雛苺は拒否した。その一つ一つの動作が妙に大人びていて、なんだか水銀燈っぽくもある。薔薇水晶はそんな雛苺を見て苛立ちを覚えつつも、自分も大人になればあんな色っぽさが手に入るのだろうかという疑問と期待を抱く。そんな中で、やはり真紅だけが物事に遅れをとっている。
「待ちなさい、紫のドール。見たところ、雪華綺晶と似ているけど……まずは名を名乗ったらどうかしら?仮にもローゼンメイデンなのでしょう?」
真紅の言葉に、薔薇水晶はまた口を開く。だが、どうにも気が動転しているようだった。
「雪華綺晶……恐ろしいドール……私は薔薇水晶。あと、私はローゼンメイデンじゃ、ない」
え、と真紅の口から驚きが漏れる。過去に雪華綺晶と何があったのかは置いておいて、彼女は今、自らをローゼンメイデンではないと語った。だが、広い世界を見渡してみても生きた人形はローゼンメイデンのみ。そこで真紅は、よくローゼンの工房に来ていた青年を思い出した。
「まさか貴女、お父様の弟子の……?」
薔薇水晶は頷く。彼女は手にした水晶の剣で髪をくるくると弄ぶ雛苺を差した。
「雛苺……私のお父様が作った薔薇を……盗んだ泥棒猫」
なるほど、と真紅は一人納得した。つまり、雛苺が大人化した原因は薔薇水晶の製作者にあり、どうやったかは知らないが、雛苺はそれを盗んだ、と。
そして、この段階で接触してきたのは、恐らく薔薇水晶は真紅の支援を受けたいようだ。でなければ、雛苺が一人でいるところを襲撃すればいい。
「ふぅ……昔からちょっと変わった人間だと思っていたけれど……まさかそんなものを作るなんてね」
呆れたように真紅は言った。そう言えば、昔から人形を妻にしたいとかなんとか言ってたな、と思い出す。おかしな青年だ。
「ふぅん。真紅、結局そうなのね」
「なにかしら?」
嘲笑うように雛苺は言う。
「貴女はいつもそう。自分が強いように見せかけて、誰かに頼りっぱなし。最後の最後で美味しいところだけを貰っていく。でもヒナは違うわ。ヒナは……私は一人でやり遂げてみせる。戦って、恋して、添い遂げてみせる」
決意にも似た、邪悪な何かを雛苺の瞳から感じ取る。なにを、と言う前に攻撃は始まった。
蔦が、野いちごがついたそれが、彼女の手から複数伸びる。真紅はそれを杖で叩き斬り、防げないものは避けていく。薔薇水晶も同様に水晶の剣でさばく。
「雛苺っ!」
真紅が叫ぶと、雛苺は水銀燈に似た高笑いをしてみせた。
「あっははは真紅ぅ?無様ね!いつも見下してた妹分に為すすべもなく攻撃されているのは!」
そんな雛苺の姿が、水銀燈と被る。なんだか無性に腹が立ってきた真紅は、人口精霊であるホーリエに命じて真っ赤な薔薇の花弁を放出する。
「ローズテイル!」
咲き乱れる薔薇が雛苺の蔦をかき消していく……が、どうやら大人になって随分と荒々しくなった雛苺がその隙に突進してきていた。
雛苺は片手にジュン、もう片手に真紅の首根っこを掴むと、真紅の首を締め出す。そして、それを掲げる。
「ぐっ!」
「ほぅら真紅!貴女は弱い!だからこんな簡単な攻撃も避けられない!ねぇ、痛い?ならね、もういいでしょう?私とジュンの愛を認めてよ」
「だ、誰が……」
狂い笑う雛苺。だが、薔薇水晶を忘れてもらっては困る。薔薇水晶は真横から、真紅を締め上げている手に向かって斬撃を打つ。直前にそれに気が付いた雛苺は舌打ちをしつつ、仕方なくと言った様子で真紅を離した。
後ろへ飛びのく雛苺。二人は追撃せず、いつでも攻撃できるように構える。
「邪魔ね、貴女」
邪魔をした薔薇水晶を睨みつける雛苺。だが、何やら興が削がれたのか鼻で笑って手から伸びる蔦を収納した。
「まぁいいの。どうせただの人形でいるしかない貴方達なんて、いつでも壊せる」
そう言うと、雛苺はジュンを脇に抱えたまま宙へと浮かぶ。
「待ちなさい!」
「non、真紅。続きはまた今度しましょう?今はジュン成分を補充しないといけないの。またね」
なんだそれは、と言う間も無く、気絶したジュンを抱えた雛苺は窓から何処かへと飛び去っていく。その際、窓枠にジュンが足をぶつけていた気がしたが、今はどうでもいい。
真紅は唖然とした表情で、彼女が消えた後も窓の外を眺めていた。
薔薇水晶はそんな真紅を他所に、パソコンが無事であることを確かめるとnのフィールドを開く。
「真紅、行こう」
「どこへ?どこへ行くというのかしら?」
一度に色々失って意気消沈する真紅に、薔薇水晶は言う。
「化け物には、化け物を、ぶつける」
槐の店で、俺と隆博はコーヒーを飲みながら、目の前で落ち込んでいる槐の話を聞いていた。
「それで俺たちを呼んだってか」
槐は頷く。事の成り行きは聞いた。なにやら面白そうなことになってるじゃないか、ええ?大人化する薔薇とは……それさえあればきらきーとのイチャラブにも幅が増える。隆博も考えは同じらしい。野獣のような眼光で、薔薇の話を聞いてから蒼星石を眺めている。
「その、僕が蒔いた種で申し訳ないんだけども、できれば君達に回収を依頼したいな、と……ついでに真紅のマスターも」
おどおどした様子で語る槐。俺と隆博は同時にソーサーにカップを置いてから、質問する。
「回収はいいけどさ。それ、俺にくれないかな?」
「俺も俺も。ていうか寄越せや」
半ば脅すような感じで尋ねる。槐はビクッと身体を震わせ、俯く。どうやら渡したくないらしい。
「あれは、その……一つしかなくて」
「貸してくれればいいからさ。な?」
俺も鬼ではない。
「まぁ、それなら……」
「よし来た!その言葉を忘れんなよ」
喜ぶバカ二人とカツアゲされてる学生みたいな青年を、ドールズは紅茶を飲みながら眺めている。
「貴女たちのマスターっていつもああなの?」
「ああ、とは?」
いつもの微笑みを崩さず、カップから口を離すと雪華綺晶は尋ねる。いえ、なんでもないわ、と真紅はやや呆れたように言った。
本人たちは知らないが、薔薇水晶が言っていた化け物というのは一方は雛苺で、もう一方は雪華綺晶達、ローゼンメイデンヤクザ連合(主途蘭命名)らしい。なるほどな、と大して会話もしていないのに理解できてしまうあたり、雪華綺晶というのは恐ろしい。何が恐ろしいかって、オーラが恐ろしい。笑顔なのにどこか不気味で、油断をすればいつでも食べられてしまうような、そんな感じだ。それに、それを制御しているあのマスターも恐ろしい。
「まぁ、郁葉くんと僕のマスターはちょっと荒れてるからね」
困ったような笑みで誤魔化す蒼星石。ふと、真紅は雪華綺晶の隣に座る薔薇水晶を見る。震えている。
「震えるのも無理なかろうに。そやつは化け物じゃ」
不意に、部屋の隅に収監されている主途蘭が真紅の考えに気がついて言った。その顔は不貞腐れている。
「何か言いましたかしら、白騎士のお人形さん?」
「何も言っとらんわ」
ニコニコとしている雪華綺晶だが、彼女からの凍てつくオーラは隠せない。
「あの檻に入れられているドールも貴女の姉妹?一体何をしたの?」
何も知らない真紅が薔薇水晶に尋ねるが、
「人身売買と薬の密売で懲役を食らいましたの」
「暴力団か儂は」
代わりに雪華綺晶が適当な事を答えて有耶無耶になる。蒼星石も笑っている。ついていけていないのは真紅のみ。何なんだこいつらは、と真紅は理解ができないまま、紅茶を飲み干した。