水銀燈は意外にもお節介を焼くタイプだ。口ではあーでもないこーでもないと言っては天邪鬼な態度を取る、ローゼンメイデン随一のツンデレだが、彼女が長女であることを忘れてはならない。
今日も今日とて、色んな意味でマスターである河原 礼の見舞いにと、どこかで買った土産物が入った紙袋を持って空を飛ぶ。その姿は通い妻のようだ。
「ふんふん〜ふ〜ん」
上機嫌に鼻歌まで歌って飛ぶ姿は、宿敵である真紅が見れば青ざめるかもしれないが、礼からしてみれば割と何時ものことだからどうでもいい。
さすがに昼間に堂々と入れはしないから、大抵の場合水銀燈がやってくるのは夕方から夜にかけてくらいだろう。今も時計の針は17時を示している。
そんなこんなで、入院している病院の近くまでやって来る。だが、どうにも空から見た病室が騒がしい。開いた窓からは何やら男女の声が漏れている……もしや。
脳裏にあの泥棒猫の姿が浮かび、先程までの上機嫌が一転して不機嫌さと焦燥感へと変貌した。水銀燈は急いでマスターの部屋の窓へと飛びつける。
「ねぇ礼くぅん。お姉ちゃんといいこと、しよ?」
「頭おかしいんじゃねぇかお前」
思わず隠れてしまう水銀燈。ちらりと頭だけ部屋を覗けば、そこにはベッドの上であの泥棒猫めぐにマウントを取られた礼の姿が。嫉妬に駆られた水銀燈はそのままめぐを八つ裂きにしてやろうかとも思ったが、何やら会話が続いていたので柄にも無く聞き耳を立てる。
「だって、溜まってるんでしょ?分かるの私。礼くん、あの銀髪ツンデレ人形ともっとえっちな事したいのに、向こうが恥ずかしがってさせてくれない」
「いや急に何言ってんだお前。そもそもそんな恋愛してきましたみたいな事言ってるけど、お前俺が初恋だって言ってたろ。まーた少女マンガ見て変な知識付けたな」
どきりと水銀燈の心が揺れる。ちなみに後半の礼の台詞は都合悪く聞いていないため、水銀燈には「彼氏が欲しがってるのに拒否する奥手な彼女」みたいな印象を与えてしまっている。
確かに、とツンデレ長女は回想する。言われてみれば、時折礼が野獣よりももっと鋭い眼光で自分をただ見つめている時があった。そういう時、大抵は何らかの攻撃を予想して身構えたり(彼女がそう思っているだけで実際には大の字になってさぁ来なさい!と吠えていた)したし、もしかしたらそのせいで礼は自分に手を出せなかったのではないか……(礼的には、欲しがりな水銀燈がちょっかいをかけまくっていたから単純にウザかっただけで、定期的に夜になれば色々盛り上がっている)
「ねぇ礼くん、私ってそんなに魅力無いかな?」
消え入るようなか細い声でめぐが口にしたのをきっかけに、水銀燈はようやく自分の世界から解放される。慌てて二人をよく見てみれば、めぐが自身の胸に礼の手を当てていた。
「私、胸だって水銀燈より大きいんだよ?」
「人形と張り合うのか(困惑)」
呆れ果てて困惑する礼を他所に、水銀燈はショックを受ける。次いで、自分の胸をフリーな方の手で揉む。
……真紅よりは断然大きいわね。
「ん、ふぅ、ね?私なら、身も心も満足にしてあげられる」
「面白ぇ奴だなこのキ◯ガイが」
皮肉たっぷりに礼が言っても、身体が(勝手に)火照っためぐは止まらない。この人頭おかしい……(小声)
「だいたい、そうよ。礼くんは人間じゃない。水銀燈は人形。人形は所詮人間の模造品。なら、いつかは別れる時がくるのよ」
めぐの言葉が水銀燈の記憶を掘り起こす。
水銀燈とて、何も昔から天邪鬼で孤独だったわけではない。誰かと契約し、一緒に住まい、戦った事だってある。そして最後にはとうとうアリスゲームが始まらず、ローゼンメイデンはその宿命の下、眠りにつく。目覚めた時には元のマスターはもういないのだ。
いつからだろうか。気が付けば、人と接する事が酷く億劫になった。どうせいつかは別れるし、なら最初から一人で戦ってたほうがマシじゃないかと、思うようになっていた。
きっと、あの拉致同然の契約でなければ礼とも今の関係を築けなかっただろう。
だからこそ、手離したくない。ようやく見つけたのだ。一緒に、心の底からアリスを目指してくれる人間を。
「礼くんも気づいてるでしょ?ペットと飼い主は同じ時間を生きられない。どちらかが先に死ぬ。人形はその逆だけれど……あなたの最期を看取るだけ。一緒には天国へ連れてこれない」
だから、めぐが突き付けた現実が酷く怖くなった。理解していたはずなのに、彼女は逃げていた。あぁ、また私は置いていかれる。ようやく見つけた、自分だけの、気兼ねなく自分を引っ張る王子様に。
煽るめぐとは対照的に、礼は酷く冷静な装いだった。そんな、冷めたようにも見える礼にめぐは次第に顔を近づける。
「私だけ。貴方を理解できるのは。天国へ行けるのは、私だけーー」
唇を近付ける。めぐの瞳には光がない。何か狂気めいた物を感じざるを得ない。
そして互いの唇が触れそうになった、刹那。
「ダメよッ!!!!!!」
水銀燈が窓枠を乗り越え、めぐに突撃した。
「ぐえっ」
仮にも病人であるめぐに容赦なくタックルをかます水銀燈。めぐはベッドから転げ落ちるとぶつけた部位を手で押さえて悶絶する。
水銀燈は涙をぼろぼろ零しながら、ベッドに寝ている礼に抱きつくとめぐに吠えた。
「あんたなんかに礼をやるもんですか!おばかさぁん!」
2007年頃のネットを見ているようなノスタルジーを感じる罵倒を吐く。めぐはそんな泣き虫天邪鬼ツンデレ長女を睨み付ける。女というのは本当に怖い、こうも簡単に極限の嫉妬を他人に向けられるのだから。
めぐは立ち上がり、不貞腐れたように笑う。
「あら、人間にもなれない憐れな人形さん、御機嫌よう。何しに来たの?ここはあなたみたいなジャンクが来る場所じゃないわよ?」
煽る煽る。J民以上に煽る。
「うるさいわねっ!人から奪うことしかできない人間に言われたくないわよ!あんたこそイかれてるじゃないの!ジャンクよジャンク!」
色々ブーメランだが、精一杯に水銀燈は返答する。キャットファイトと呼ぶにふさわしい光景を、礼は黙って見守る。
そんな時だった。埒のあかない状況を打破しようとしたのだろうか、めぐは強引に礼の手を引っ張って胸の中にたぐり寄せた。君随分力強いけど病気なんだよね?
「分からない?礼くんを満足させられるのは私だけなの!こうやって、あんたなんかじゃできない無理矢理なラブもできるのよ!」
無理矢理なラブってなんだよ(哲学)なんだかめぐの言ってることが安定していない。
「ねぇ礼くん、私の初めて……貰って?」
スケベェ……(レ)めぐはそう告げると、自身の唇を礼の顔に近づける。あぁ初めてってそういう……
だが、ここで黙っていられる水銀燈ではなかった。彼女は人間の泥棒猫に向けて翼を広げる。
「させないッ!」
突風が室内に駆け巡った。魔術的な風はそのままめぐのみを吹き飛ばし、壁際へと追いやる。
倒れこむめぐには目もくれずに水銀燈は礼を抱きしめた。
「私には力があるッ!あんたみたいな貧弱なジャンクに礼のおおおおお嫁さんが務まるもんですか!」
自分で言ってて恥ずかしくなっちゃう水銀燈ちゃん可愛い。めぐはよろよろと弱々しく立ち上がると、咳き込みながら笑った。口元には血が。もしや病気が……とも思ったが、口を切っただけのようだ。
「その力のせいで礼くんが怪我したんじゃないの?哀れね、あんたは力があるんじゃない、その力に翻弄されてるのよ!」
スケールがデカイ表現を決めるめぐ。水銀燈は少しばかりぐぬぬ、と言葉に詰まったが、返答が口から出る前にめぐは部屋から立ち去ろうとする。
「いいわ、精々終わりの時まで楽しんでれば?あんたなんてどうせそのうちいなくなるんだし。それから礼くんと一杯遊ぶから」
乾いた笑いが響く。めぐはそのまま逃げ去るようにして部屋を後にした。水銀燈は涙で濡れた顔で彼女が去った後も扉を睨んでいたが、そのうち怒りも収まったのか礼の胸に頭を埋めた。
礼は、そんな水銀燈の頭に手を置いた。
「大分お怒りみたいだな」
そう言われ見上げれば、意地の悪そうな笑顔で礼がツンデレ長女を見下ろしていた。水銀燈はむすっとした表情で対抗してみせたが、次第に眉をハの字にして俯いてしまう。
震える声で、水銀燈は尋ねる。
「ねぇ、礼」
「なんだ」
「あなたは……人形より、人間のがいいのかしら?」
そんな乙女チックな水銀燈に、礼は軽く頭突きした。痛っ、と小さい悲鳴が漏れる。水銀燈が文句を言おうと顔を上げてみれば、礼の顔が目の前にあった。
今までで一番優しく、彼の唇が乙女の唇に触れた。中学生の潤いと、永遠をその美貌と共に生きる人形の、ある種で擬似的なみずみずしさが触れ合う。
しばらくそのままで時が止まった。先ほどまでの、不安げな表情はどこへやら。今ではすっかり頬を風呂上がりのように赤らめて、蕩けた様で見つめ合う。
「これが答えにならないか?」
静かに、礼は言った。水銀燈はにやけてしまいそうになりながらも薄く笑い、彼女の威厳をたもったまま口を開いた。
「絶対に、離さないで。私がアリスになって、一緒に生きられるその時まで」
夕暮れ時の病室。兄がそうであるように、二人の人間と人形は、本当の意味で契約する。アリスゲームという、命と存在意義をかけた戦いに向けて。
この日、二人の兄弟は純粋な人間としての生を棄てた。共に歩む相手は人形。アリスという、先の見えないもののために、彼らは道を進む。そして、殺し合うのだ。
夜、めぐは一人病室に閉じこもりその感情を必死に抑え込んでいた。
礼と出会ってから光に満ちていた少女の笑顔は今では消え去り、憎しみと怒り、そして焦燥にかられた醜いものへと変貌している。
憎い。あの人形が。自分から、ようやく見つけた生きるための希望を奪いさろうとする、偽物が。ガリガリと、めぐは爪を噛む。爪だけでは無い、いつのまにか親指の先から血が流れ、シーツを染め上げている。
でも、憎いからといって自分ができる事は無い。無いのだ。だからこそ、悔しい。そして焦る。このままでは、本当に想い人は人形へと逃げる。
「嫌、それは嫌」
なら、どうすればいい?別に自分に取り柄があるわけでは無い。戦いなんてしたこともないし身体も弱い。どうすればーー
あるじゃないか。力が。
めぐは、自身の薬指にはめられた白い指輪を見て笑った。
主途蘭。あの子は、自分の人形だ。ならばそれを使わない手はない。初めて会った時から今まで会っていないが、そんなものは関係無い。契約しているのだから。自分はマスターなのだから。
それに、彼らは自分が主途蘭のミーディアムであることを知らないはずだ。これはまたと無いチャンスなのだ。
聞けば雪華綺晶とかいう白いドールに負けたとの事だが、強くなれば問題ない。だって、戦うための教材なんてここにいくらでもあるのだから。
「ふふ、ふふふははは、死んじゃえ、みんな死んじゃえ」
狂った笑みが溢れる。壊れる。身体だけでなく、心までも。
「あーもしもし、ローゼンさんですか。どうもこんちゃーす」
スマホを手に、自分の耳に当てる兎の紳士。格好からは想像もつかない砕けた喋り方で、誰かと会話する。
夜の病院の屋上、誰一人として立ち入らない場所で、紳士は誰を気にすることもなく喋った。
「やっとドールズが全員目覚めたみたいなんですよ〜。なんかヤバい奴らばっかでして。ハイ。ほんとどいつもこいつも私利私欲で笑っちゃうんすよね(一瞬だけ上半身が肥大化しておじゃるみたいな髪型になる)」
電話の先にいる誰かは黙る。それとは裏腹に、兎の紳士は楽しそうに語った。
「例のお弟子さんも絡んでるみたいで。もうさ、冬木の街みたいにめちゃくちゃやって終わりでいいんじゃない?多分そっちの方が面白いと思うんですけど(愉悦)」
だがそんな提案に渋る様な言葉を出す。
「あのさぁ……こんなんじゃ商売なんないよ〜(進行役)だいたいあんたが蒔いた種だって、それ一番言われてるから。男なら、背負わないかんときはどない辛くても背負わにゃいかんぞ(イニ義)」
割とまともな事を言う兎の紳士に、電話の先にいる誰かは黙る。
「まま、そう焦んないでよ。アリス欲しいでしょ?みんなやる気満々だからさ。え?お前がマッチポンプになってるって?なんのこったよ(すっとぼけ)」
言って、変態兎紳士は懐から赤い薔薇を取り出す。
「ばらしーとかすずちゃんとか、スペシャルゲストォ……もいるからさ。そのためにこいつも用意したし」
薔薇が不気味に光る。その光は、どこか力強さすら感じるほどに怪しい。
「なんでそんなもん持ってるかって?ん、まぁそう、ちょっとよくわかんないです(誤魔化し)」
再び薔薇は懐に入る。
「てなわけで、アリスゲーム始まるから。それじゃあ、またのーぅ!(大物YouTube r)」