ローゼンメイデン プロジェクト・アリス   作:Ciels

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sequence47 Don’t Look at Me Like That

 

 

 サプレッサーを介して多少なりとも抑圧された銃声が、街中に響き渡る。それも一つや二つではない。いや発信源は一つであるが、そこから次々と弾丸が放たれていく。

 ドシュシュシュシュ、という連続したくぐもった銃声が響きながら、ライフルのエジェクションポートから真鍮製の薬莢がこぼれ落ちていく。

 

「クソッ!」

 

 悪態を吐きながら、隆博は迫り来る触手に引き金を引き続ける。一つ触手が潰されれば、もう一つが追いかけてくる。その間に傷付いた触手は回復する……その繰り返しが、この3分間ずっと起こり続けている。

 ガツンと言う、通常とは異なった突き抜けるような反動が肩に伝わる。薬室を見てみれば、ライフルのボルトが開きっぱなしになっているのだ。つまり、弾切れ。

 

「リロード!」

 

 カバーしてくれる相手がいるわけでもないのに癖で叫びながら弾倉を交換する。自分で買ったものじゃないから古い弾倉は捨て、新しい弾倉をポーチから引き抜いてライフルにこめる。

 蒼星石はそんな相方の腰を抱きしめながら浮遊する。いくら人形といっても、その力は計り知れない。人一人浮かすくらいはなんてことないのだ。

 

「どうするのさ!この街意外と狭いからすぐに追いつかれちゃうよ!」

 

「どうするもこうするも今は凌ぐしかねぇだろうが!」

 

 自分のドールにブチ切れながら、それでも引き金を引く指を止めない。今、二人は危機に瀕している。

 

 一方で、真紅とのりちゃんもある意味で危機に瀕していると言えるだろう。

 雛苺は自身から、隆博たちを追っている触手よりも細めの蔦を出し、鞭のようにしならせて攻撃に用いる。真紅はそれを杖と薔薇の花弁で華麗に防いでいるが、防戦一方で攻撃に移れない。

 鞭の一つが防御をすり抜け真紅の脇腹を打ち付ける。

 

「ぐっ!?」

 

 真横に吹っ飛ぶ真紅。建物の壁を突き抜け、家具をぶち壊してようやく止まる。人間なら死んでいるに違いない攻撃も、ローゼンメイデンなら何とか耐える……が、無傷とはいかない。ドレスはなんともないが、肌は所々汚れてしまっている。出血はもちろん無いが。

 

「真紅ちゃん!」

 

 叫んでそちらに向かおうとするのりちゃんの前に、雛苺が立ちはだかる。

 

「だめよ。のりは元々アリスゲームの参加者じゃない」

 

 そう言うと、雛苺は自身の腕から蔦を伸ばしてのりちゃんを襲う。蔦は彼女の手足を縛り、そのまま宙に拘束した……拙者、リョナ大好き侍!義によって助太刀いたす!嘘ですごめんなさいやめてやめて叩かないでよッ!(ひで)

 ギリギリと手足を締め付ける触手にのりちゃんは苦しむ。当たり前だ、普通こんな痛みに慣れているはずがない。

 

「ひ、雛苺ちゃん……」

 

「本当ならこんなことはしたくない。でもね、のり。私も引けないのよ。幸せのために。死んでもらうわ」

 

 ギリギリと、遠くからでも聞こえるほどに触手は彼女の四肢を捥ごうとしている。少女の絶叫が響き、小さな銃声をかき消す。もちろん真紅はそれを良しとせず、薔薇の花弁を放出して攻撃を仕掛けた。だが、それはいとも簡単に、それこそ蝿を払うかの如く打ち砕く。

 

「のりッ!」

 

「あ、あああああああああ痛いいいい!!!!!!」

 

 ミシミシと、嫌な音が響く。守ると言っていた人は来ない。なぜなら、彼女は囮だから。深い絶望と痛みが、まだ高校生の少女を襲った。死というものが、こんなに間近に迫るなんて思いもしなかった。

 あの青年たちは、弟は、こんな世界で戦っていたのか。のりちゃんは、後悔と恐怖で胸がいっぱいになった。

 

 でも、でもだ。純粋に人を助けたいという少女を放っておく世界では、ないようだ。

 剣が、雛苺に迫る。投げナイフのように飛んできて、彼女の頭を吹き飛ばそうとやってきたのだ。

 

「ッ!?」

 

 驚きつつもその剣を蔦で薙ぎ払う。それと同時に、黒い何かの大群がのりちゃんへと打ち込まれる。正確には、彼女を拘束している蔦へと。気がつけば、のりちゃんを拘束していた蔦はズタズタに引き裂かれていた。のりちゃんは咳き込みながらも、自分を助けてくれた何かを一目見ようと剣が飛んできた方を覗き見る。

 

「随分と愉快な事をしているのね、雛苺」

 

 太陽を背に、黒い翼を羽ばたかせて彼らはやって来る。銀の髪と紅く深い硝子の眼で作り上げた、人に寄せて非なる人形。手には装飾の凝った一振りの剣。

 彼女を駆るは黒髪の少年。兄の狂気に触れ、自らもその深淵へと足を踏み入れ帰ることすらない、無垢というにはあまりにもかけ離れている欲望の化身。

 水銀燈と礼が、この場に参上した。

 

「俺たちも仲間に入れてくれ。退屈はさせないさ」

 

 そう言うと、礼は10メートルもありそうな高さから水銀燈の手を離して着地する。まるでヒーローのように着地する様は、人間ではない。俺なら骨折してる。

 雛苺は顔を顰めると、無理矢理皮肉った笑みを作って見せた。

 

「あらぁ、これはこれは。長女のお出ましだわ。そんなマスターなんて連れて……あなたはもっと賢いドールだと思ったのに」

 

「はぁ?なぁにいきがっちゃってるのよ。少なくともあんたの114514倍は賢いわ」

 

「変な数字を使うのはやめろ」

 

 のりちゃんは礼の姿を改めて見て驚く。

 

「ジュ、ジュンくんのお友達の……」

 

 礼は鼻で笑い、言った。

 

「兄貴から言われて来てみれば……なるほど、どうやら足止め役にされたみたいだな」

 

 俺は何も、のりちゃんを完全に見捨てているわけじゃない。手段は選ばないが、それでものりちゃんを死なすのは良心が痛むものだ。それに、真紅と蒼星石では苦戦することは分かっていた。隆博には悪いが、奴も含めて囮だった。だが囮が死んでは意味がない。俺たちまでやられるかもしれない。

 ならば。強いやつをぶつけてやれば、生存率が上がる。その答えが、礼と水銀燈。つい昨日退院した礼は暇を持て余していたし、薔薇の事を伝えたらニタリと笑って了承して見せた。もちろん囮とは一言も言わなかったが。

 

「まあどうでもいい。あの雛苺って奴を殺して薔薇を回収する。ついでにローザミスティカとボディも回収すればお釣りが来るくらいだな」

 

「はぁ?あなた馬鹿なの?いくら雑魚ドールが集まったところで私は倒せない。真紅と蒼星石を見なさい、たった一人に手も足も出ない。誰も私を止められない」

 

 自信たっぷりの雛苺が二人を嘲笑うが、礼は腕を回して準備運動するだけ。水銀燈も礼に寄り添って猫のように顔を擦り付けている。それが、酷く癪に触った。

 

「もう話はいいか?大人びた女はこれだから困る。聞いてもないのに自分語りだ。桜田に嫌われるぞ」

 

「殺す」

 

 いつになく純粋な殺意を剥き出し、雛苺は腕を振るって蔦を放出した。太い蔦が二人に伸びていく。だが礼と水銀燈は大して避けようともせず……

 当たることもなくその場から消えた。

 

「えっ……」

 

 驚く雛苺。手応えも無ければ姿さえ見えない。

 

「なるほど、これは素晴らしい」

 

 不意に、雛苺の背後から礼の声が響く。急いで後ろを振り返ってみれば、水銀燈をお姫様抱っこした礼がサングラスを手に自分に酔いしれていた。

 そんな馬鹿なことが、と思ってしまう。姿を消してから背後を取られるまで1秒程度だ。人間がこんなに早く動けるはずが無い。ならば、水銀燈の力だろうか。いや、彼女にこんな力はなかったはず……

 

「あなた、精神体ね」

 

 頭が冴えわたっている雛苺は一つの結論に行き着く。

 nのフィールドへ来る際に、礼は一度寝てから水銀燈に夢の扉を開けてもらってこちらに来たに違いなかった。それならば納得できる。

 夢という世界は、めちゃくちゃである。空を飛ぶ夢、超人になっている夢……人それぞれあるだろう。礼は、それを利用した。水銀燈の作用によって自身が超人的な能力を手に入れている夢を見ている最中に、nのフィールドへと来たのだ。結果、効果は持続し超人的な動きができる……よく分からんがそういうことらしい。

 

「今日は機嫌が良い。7分だけ相手をしてやろう」

 

 礼はそう言うと水銀燈のおでこに口付けして彼女を降ろし、サングラスをかける。そして両手で髪を掻き上げると腕を組んで雛苺に正対した。

 ふと、のりちゃんは家族に内緒でプレイしているホラーゲームを連想して思う。

 ……ウェスカーみたいだな、と。

 

 

 

 

 

 

 先ほどの広場を抜けて宮殿を進んでいく。異変はその時に起きた。

 スッと俺は片腕を上にあげて後方の琉希ちゃんに止まるよう促す。どうやら隣の雪華綺晶も異変に気がついたようで、無機質な表情を維持したままで小声で言う。

 

「囲まれましたわ、マスター」

 

 俺は頷いた。何か気配がする。柱が多い通路内で、何かが先ほどから周りをチョロチョロ動いているのだ。

 

「気をつけろ。見つけ次第殺せ」

 

 そう言って俺はライフルを構えながらゆっくりと進んで行く。一歩、二歩、三歩。その時だった。横の柱から、何かが俺目掛けて飛んできたのだ。俺はそれを察知し、ライフルではなく右ストレートで殴る。

 グシャリと拳に感触がし、ぼとりと何かが落ちる。ぬいぐるみだ。先程雛苺が侍らせていた、あの兵隊どもだ。

 立ち上がろうとするぬいぐるみに銃口を突き付けて押さえ込み、安全装置を解除して引き金を引く。バンッとくぐもった発砲音と共に、人形は動かなくなった。

 

「コンタクトッ!」

 

 琉希ちゃんが叫ぶ。同時に、周囲から刃物を持ったぬいぐるみや人形がわらわらとこちらへ突撃してきた。

 俺は何も言わずにひたすら引き金を引きまくる。

 

「マスター!」

 

 雪華綺晶が叫び、蔦を張って周囲の人形を薙ぎ払う。残った人形たちを俺が撃つ……後ろを見てみれば、琉希ちゃんがナイフを振るい、翠星石が如雨露で殴り、殲滅している。心配はいらないようだ。

 数十体倒したところで敵はいなくなった。どうやら後退したか、一時的に殲滅できたようだ。

 

「怪我はないか?」

 

「ええ、こちらは……あなたこそ、手から血が出ていますよ」

 

 そう言われて俺は自分の手の甲を見る。たしかに、いつの間にか浅く切られていたらしい。グローブがぱっくりと割れて血が滲んでいた。

 

「すぐに治る。しかし、どうやら近づいていると見ていいようだ」

 

 でなけりゃ襲ってこない。これはジュンくんに近いぞ。

 俺は銃に刺さった、通常よりも大きめの弾倉を取り外し、リップから覗く弾薬を押す。程よいスプリングの跳ね返り……結構撃ったが恐らくまだ20発以上はある。さすがシュアファイアの60発弾倉。

 装備を点検し、道を進む。そろそろ礼が来る頃か。

 

 

 

 

 

 

 大通りは、パリの美しい街並みが見る影もないくらいに激しい戦火に包まれていた。雛苺の大蔦が荒れ狂い、礼と水銀燈を襲う。しかし礼は超人的な速度と反応でそれらを避け、水銀燈は翼と剣で薙ぎ払う。いかに大人として強くなり、力が有り余る雛苺と言えどもこの二人を相手にするのは難しい。

 水銀燈は本来、ローゼンメイデン随一の武闘派ドールである。ローゼンメイデンが一人でも目覚めればそこへ攻撃を仕掛けるし、純粋に威力が高い武装を兼ね備えている。割とアホだから気がつかないだけで、かなりハイスペック。聖杯戦争なら勝ち確とはいかなくても優位だろう。

 礼も、実はかなりヤバイ。何がヤバイって、吸収がとてつもないほど速い。格闘技の試合を見ただけでその試合で使われていた技を繰り出せるくらいだし、運動もしているから動きも素早い。

 この間の主途蘭戦であまり振るわなかったのは、主途蘭の唐突な覚醒による部分が大きいわけで。実際、このコンビは強いのだ。

 

「ちょこまかと……!」

 

 苛立ったように大蔦を振るう雛苺。後ろで真紅がのりちゃんを安全な場所に移動させているが、構っている場合ではない。水銀燈は攻撃力に優れ、契約者の礼はスピードが異常。一瞬でも気を逸らせばやられるのはこっちだから。

 と、そんな時。たまたま地面に着地したばかりの礼の腕を、大蔦が捕まえた。着地狩りだ。

 

「そのまま死になさい!」

 

 雛苺は大蔦を操り、礼を空中へと吊り上げる。そして、一気に地面へと叩きつけた。

 

「礼ッ!」

 

 水銀燈が叫び援護しようとするも、雛苺の攻撃が激しくて駆けつけられない。さすがにこれには手応えを感じたようで、雛苺は笑った。笑って、すぐに顔を歪める。

 礼は、足から着地していた。凄まじい速度で叩きつけられたにも関わらず、まるでちょっと高い所から降りましたと言わんばかりの姿勢で着地し、蔦をしっかりと掴んでいる。

 

「足を狙うべきだったな」

 

 水銀燈は安堵したように笑う。礼は腕に巻きついた蔦を後ろへと引っ張った。

 

「きゃっ!」

 

 可愛らしい悲鳴をあげ、引っ張られる雛苺。相手の予期せぬ攻撃に驚く暇もなく、彼女は礼を中心に弧を描き、逆に地面へと叩きつけられてしまう。

 

「ぐぇっ!?」

 

 その衝撃たるや、車に撥ねられるのとどちらがマシか。そのまま彼女は激痛にのたうちまわる。

 

「ダメだ、全然ダメだ」

 

 悪役めいた口調で礼はその場で言う。そして悔しそうに顔を歪めて立ち上がろうとする雛苺を、驚異的な速度で接近して踏みつけた。

 

「こんなものか。所詮は大人ぶった子供だな」

 

「あんたも子供でしょ」

 

 攻撃が止み、うつぶせの雛苺へと腰掛けてツッコミを入れる水銀燈。まだ中学生なんだよなぁ……

 

「さて、雛苺。お前には二つ選択肢がある」

 

「せ、選択肢?」

 

 ギリギリと頭を踏みつけられる雛苺は問われる。

 

「大人しくローザミスティカと薔薇を渡すか、俺たちに無惨に殺されるか。心配するな、ボディは俺が有意義に使ってやる」

 

「うっわすごい悪役……」

 

 屈辱だった。まさかnのフィールドを逆手に取っただけの人間にこうまでされるなんて。単純なパワーではこちらが優っているのに、今にも頭を踏み砕かれそうで動くに動けない。しっかりと水銀燈も蔦を警戒して剣を離さない。絶体絶命とは、まさにこのこと。

 

「嫌、嫌よ!せっかく手に入れた力だもの!大人の身体だもの!渡すものですか!」

 

「ね、ねぇもうやめてあげて!いくらなんでも殺すなんて……」

 

 礼の残酷な手法にのりちゃんが止めようとする。だが礼は懐から何かを取り出して、少し離れた場所にいるのりちゃんへとそれを向けた。

 拳銃だった。H&K P30、ドイツ製の拳銃だ。これも、俺たちと同じく夢で手に入れたもの……礼は、退院してからの短期間に俺の部屋にある銃の雑誌を読み漁って知識をつけたらしい。じゃなきゃわざわざこの銃をチョイスしない。

 

「外野は黙ってろ。俺は決してお前の味方じゃない」

 

 銃を向けられ固まるのりちゃん。本気だった。礼は、邪魔されれば本気で撃つ……のりちゃんにも分かるくらいには殺意を出していた。のりちゃんはどうにかしてと横で痛む肩を押さえる真紅を覗く。だが、真紅は何も言わない。

 

「ねぇ、真紅ちゃん!このままじゃ雛苺ちゃんが!」

 

「……それも、仕方ないのだわ」

 

「え?」

 

 真紅の思いがけない言葉にのりちゃんは聞き返す。

 

「これは、アリスゲームだもの」

 

 歪んだ笑みで、のりちゃんと顔を合わせる真紅。まともじゃなかった。何かが真紅の中で壊れた。いや、違う。きっと、あの時大人になった雛苺にジュンを奪われた時から、聡明な真紅は変わってしまったのだ。知らぬ絶望に打ちひしがれ、呆然としていた時から。そんな真紅を、水銀燈は笑った。

 

「あっはははははは!真紅ぅ〜?最高!その顔、まさにジャンクよ!あなた最高に壊れてるわ!」

 

 決意が違う。ここにいる誰よりも、真紅は中途半端なのだ。成り行きで雛苺と対峙している彼女では、同じ舞台には上がれない。成り行きという点では俺たちも変わらないが、違う点はただ一つ。

 雛苺を殺す。自分を、そして自分のドールをアリスにする。その意思だ。

 

「おかしいよ、みんな。おかしいって、そんなの。狂ってるよ!」

 

 真に常識人であるのりちゃんは叫ぶ。この場に漂う見えない狂気に触れてしまいそうになる。

 

「さて、雛苺。そろそろお別れの時間だが……いいだろう。その意思の強さに免じて遺言を聞いてやる」

 

「この……!」

 

 苦し紛れに、蔦を召喚しようとする。だが、

 

「はいダメ〜」

 

 スパッと、水銀燈は雛苺の腕を剣で切断する。刹那、雛苺の絶叫が響いた。

 金切り声をあげる雛苺に目もくれず、代わりに彼女の切断した腕の接合部を見る礼。そこには血肉は無い。ただ、球体関節があるのみ。

 

「驚いたな。身体が大きくなっても人形であることは変わりないのか」

 

「なぁにそれ?結局それじゃああのジュンって子供と報われないじゃない。結局はおままごとの延長線上、ああ嫌だ、我が妹ながら呆れてものも言えないわ」

 

 心底蔑んだ言葉が雛苺を傷付ける。礼と水銀燈は、アリスになると決めている。人になり、至高の存在となり、生きていくことを決めたのだ。だからこそ、雛苺を非難する。それは単に、目の前にある難題を保留しているにすぎないのだから。きっと、俺と隆博でも同じことを言ったに違いない。大きい雪華綺晶とイチャラブするのは目標であるが、到達点ではないからだ。

 

「やめて、見ないで……」

 

「それが遺言でいいか?」

 

 いつの間にか恥辱の涙を流す雛苺に問う礼。容赦はない。

 

「安心して死ね」

 

 踏みつける足に力が篭る。雛苺は死というものを知らない。ひたすらに、その知らない事象に対しての恐怖が彼女の心を埋め尽くした。助けてジュン、助けてと、小さく呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイオリンの音が響いた。美しい音色が街に響き、気がつけばそれは破滅となって礼たちを襲っていたのだ。

 

「ッ!?」

 

 突然空から襲いかかってきたバイオリンの音色と衝撃波が、雛苺もろとも彼らを襲う。急ぎ水銀燈を抱き抱えその場を退く礼。

 一瞬だが、何が起きたのか雛苺は理解できなかった。だが、このバイオリンの音色に聞き覚えがないわけではない。そう、これは、あのドールが奏でる音色。

 

「なんだ?新手の敵か?」

 

「この音色……」

 

 水銀燈の顔が歪む。何やら思い出したくないものを思い起こしたようだった。

 バイオリンの音色は続く。空を見上げれば、小さな影が太陽を背に浮かんでいた。人形だった。

 

「あの子は……」

 

 真紅が呟く。そして小さな影は未だ倒れる雛苺の横へと降りた。

 黄色の可愛らしいドレスにバイオリン、胸には首から下げられた双眼鏡。そして、ヘーゼルグリーンの瞳と髪。おでこが可愛らしい。

 

「弱いものいじめはそこまでかしら!」

 

 黄色いドールはバイオリンの弦で礼達を指し、言った。

 

「あなたは……」

 

 朦朧とする意識の中、雛苺は自身を助けた黄色いドールに声をかけた。

 

「安心しなさい雛苺!このローゼンメイデン一の頭脳派である金糸雀が来たからには、あんな厨二病コンビなんて爆裂粉砕かしら!」

 

 ローゼンメイデン第二ドール金糸雀、見参。礼は心の奥底から彼女の到来を喜んだ。

 これで、アリスゲームが正式に始まるのだから。

 

「か、金糸雀……!」

 

 礼とは対照的に水銀燈は顔を引きつらせている。

 

「そんなに強いのか、あの金糸雀は」

 

「まぁ、ね……舐めてかかると痛い目に遭うわ」

 

 ふぅん、と礼は生返事して首をゴキゴキと鳴らした。それは楽しそうだ、と言おうとして、ポケットに仕舞っていたスマートフォンが鳴り出す。取り出してみてみれば、タイマーが時間を知らせていた。7分だ。

 

「ちっ」

 

 礼は短く舌打ちし、スマートフォンを仕舞う。水銀燈は少しばかり安堵した様子で剣を自らの翼に納めた。

 

「金糸雀……」

 

「雛苺、腕を切られてるかしら!?あれ、なんだか随分と大きく成長して……」

 

 どうやら今の状況がよくわかっていないらしい金糸雀に、雛苺は飛びついてそのまま抱きしめる。

 

「な、なにかしら!?キマシタワーを建てる気はないかしら!?」

 

「ありがとう」

 

 ボソリと、雛苺は呟く。刹那、彼女は落ちている腕を拾い上げて一際大きな蔦を地面から召喚した。蔦は彼女を包むとまた地面へと消えていく……逃げたのだ、あのドールは。

 

「あぶな!カナも巻き込まれるところだったかしら!?」

 

 テンションの高い金糸雀に礼は興味を無くしたように佇み言う。

 

「時間切れだ。お前はまた今度だ」

 

「せいぜい首を長くして待ってなさい」

 

「それ、首を洗っての間違いじゃないかしら」

 

「うるさいわねッ!」

 

 少しばかりのやり取りの後、水銀燈は翼を広げて羽を撒き散らす。視界を覆うほどの黒い羽が収まった時には、二人の姿は消えていた。精神体としての、タイムリミット。7分とは、そういうことだったのだ。

 

「金糸雀……」

 

「真紅!まったく状況を掴めてないけど、あなたも水銀燈の仲間かしら?いつからそんなに親しくなったの?」

 

「やめて。聞きたくない」

 

 そこには金糸雀が知っている気高い真紅はいない。ただ自分の醜さを自覚して捻れてしまった、哀れな人形だけがいた。

 

「……帰りなさい。今、あなたと戦う気分じゃないわ」

 

「ふふん!そんなこと言って、このローゼンメイデン一の怖いもの知らずのカナが」

 

「殺すわよ」

 

「ひぃ!?」

 

 おぞましい、真紅とは思えない殺意。それを向けられビビる金糸雀。

 

「し、仕方ないかしら!ここは戦略的撤退を選ぶかしら!カナは名将だから!バイバイ真紅!」

 

 そう言ってそそくさと日傘に乗って去っていく金糸雀。真紅はへたり込んだ。へたり込んで、両手で顔を覆った。

 

「真紅ちゃん……」

 

「ねぇのり、私は間違ってるわよね」

 

「それは……そうね」

 

「そう、そうよ。私は真紅。気高きローゼンメイデン第五ドール。あの言葉は間違い、そうなのだわ」

 

 自問自答する真紅。遅れてようやく広場へとやってきた隆博と蒼星石が、そんな赤いドールを訝しむ目で見た。

 

「なんかあったんか?急に蔦が消えたんだけどさ」

 

「のりちゃん、雛苺は?」

 

 のりちゃんは答えない。それどころか、彼女まで俯いて泣き出す始末。狼狽する隆博と蒼星石。仕方なく、二人は絶望する乙女達を置いて宮殿へと乗り込んだ。




話の内容暗すぎィ!
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