礼の自室で水銀燈は落ち着かない様子で自身の銀髪を弄る。くるくると、まるでハンドスピナーで精神を落ち着かせているようにも見えて、礼からすれば滑稽だった。
解散から数時間、とっくにお開きになった会議を経て心当たりがあり過ぎる水銀燈は少し焦っていたらしい。対照的に礼は黙々と拳銃を磨く。その余裕っぷりが気に入らないらしい。何かにつけては礼に当たろうとするが、彼女が我が弟の作業を邪魔しようものなら睨まれて動けなくなる。性癖が歪んでしまった水銀燈としてはそれも良いらしいが、今回に限っては当てはまらないらしい。
「なんでそんなに余裕なのよ」
ド直球に礼に尋ねる水銀燈。その声色は、いつもの挑発的な猫撫で声ではない。
「何か気にすることでもあるのか?」
まるで何もないかのように振る舞う礼。そんな態度に水銀燈の不振は深まる一方だ。
「大アリよ。あの変態ロリコン契約者を襲ったのはどう考えても病弱女よ?」
「分かってる」
「分かってる?ふん、そうは見えないわね。奴の狙いは貴方。まさかここまでするとは思ってなかったけど、どういうわけかあの憐れな負け犬は力を手に入れたようね……何が何でも貴方を手に入れようとしてるわ」
拳銃を組み立てる。まるで何年も扱ってきたかのようにスムーズに組み立てる様は熟練のシューターだ。スライドを数回引いて薬室内の安全を確かめると、ハンマーに指をかけながらトリガーを引き、ゆっくりと撃発可能状態から戻す。
「水銀燈、こっちへ」
弾倉を入れると麗しのツンデレ長女を手招きした。不思議そうに眉を動かしながらも水銀燈は礼の傍らへと向かう。礼は彼女の手を引き、胸に抱き寄せた。それ自体は、恐らく琉希ちゃん以外のマスターとドールがよくやっていることだ。
礼は不機嫌そうに振舞いながらも期待する水銀燈に軽く口付けする。この野郎中学生でちゅーちゅーひっつきやがって。
「んっ……なによ、急に」
「そう慌てるなお馬鹿さん」
「なっ!」
急にキスされて急にバカにされて大忙しな水銀燈に不敵な笑みを向ける。
「これはチャンスでもある。この機会を逃さない訳にはいかん」
最初の可愛い弟は何処へやら。ほくそ笑むその姿はもう黒幕なんですけどね、初見さん。
水銀燈はその様子に疑問を抱きながらも、このマスターが誤った選択をするとは思えない。そんな、意外に計算高い所にも惚れたのだと納得することにした。
己の胸にその軽い身体を預ける少女の頭を撫でる。強がりながらも物欲しそうに己を見上げる少女に口付けをする。
ーー面白い。この俺を手に入れたいか、めぐ。やってみろ。
天才とまではいかなくとも、いろんな意味で礼は頭が良い。日常に飽きていた少年は、ようやく見つけられそうなのだ。自分が飽きずに楽しみ続けられる世界を。
nのフィールドの殺風景な世界に銃声が鳴り響く。一定のリズムでもって発せられる破裂音に時折混じる、金属が弾ける甲高い音。会議から数日、今はもう夏休みに突入したのをきっかけに俺と隆博でジュンくんの射撃稽古に付き合っている所だ。
拳銃といえど.45口径という比較的大口径弾を扱うM1911は、少年の手では多少持て余してしまう事は想像に難くない。それでもやはりセンスというか、手先が器用なこともあってジュンくんの成長は早い。
時折やってきては数発撃っては全部命中させて満足して帰っていく礼ほどではないが、教えている方も気分が良い。
ジュンくんは弾倉の中を撃ち終わると、すかさずチェックのシャツをめくりあげて予備弾倉を取り出してリロードする。それが終われば周囲を確認。サーチアンドアセスという、射撃のストレスにより視野が狭くなる現象を解除するのに加えて周辺索敵をする技術だ。これだけスムーズに動ければ問題無さそうだ。
「よし、弾倉を外して薬室の弾も抜こうか。的を見てみよう」
俺の言葉にジュンくんは耳栓を外して頷く。言われた通りの動作を確認した後、俺たちとドールズ計6人でスチール製のターゲットを確認しにいく。距離にしておよそ20メートル、射撃を嗜んでいれば余裕で当てられるが、はたして。
「1、2、3の……6発。8発中6発だ。うん、連続してこれだけ当てられれば問題ないだろう」
「俺らより全然うまいんですがそれは大丈夫なんですかね……?」
上達の早さに驚く隆博。正直俺もここまで早く当てられるようになるなんて思ってもいなかった。しかも.45口径だぞ?いくら1秒に1発ペースとはいえ、こんなに当ててるんだから文句なんてつけられない。
そんなガンマンキッドに片手が無い雛苺が抱き着く。
「さっすが私のジュンなの!ジュン、ご褒美にい〜っぱいうにゅ〜、しようね!」
「わ、ちょっと!こんなところで言うなよ!」
うにゅ〜(意味深)。俺もしてみたいけどな〜?どうやらやることやってるっぽいなこの中学生も。
「あらマスター?マスターにはうにゅ〜だけじゃなくぶちゅ〜してあげますわ」
「え、何それは(困惑)」
雪華綺晶がぶちゅ〜って言うとぶっ潰されそうで怖いんですが。
「蒼星石もうにゅ〜するか?」
「うーん、遠慮しておくよ」
「酷いですね君!(レ)」
お前は相変わらずで安心するね隆博……でもこんなロリっ子ドールとうにゅ〜できるのは俺の性癖的には凄く魅力的だと思います。なんか果物の味しそう(小並感)ちなみに雪華綺晶はしっとりとしていて、それでいてベタつかない、すっきりとした甘さだ。
少女は輝いていた。比喩表現では無い、それは見る者全てが同じく輝いていると表現できる眩さだった。
めぐちゃんは病室で、靴も履かずに踊るように回る。キラキラと、生命にも似た輝きを纏わせ、楽しそうに、嬉しそうにワルツを踊る。それをベッドの上から主途蘭が複雑な表情で見ているのは、いい対比になるだろう。
「あは、あははははっはあははは」
主途蘭とめぐちゃんの指輪が輝く。本来なら苗床であるはずのめぐちゃんだが、この時ばかりは主途蘭の方がエネルギーを吸い取られていた。
ビチャビチャと、めぐちゃんが回る度に床にぶちまけられた液体が跳ねる。真っ赤で、雪のように白い病弱な肌にそれが触れると、めぐちゃんは更に輝いた。
足元に目をやれば、数人の男女が倒れている。どいつも息は絶え、生命の躍動を感じさせるめぐちゃんと矛盾した存在と化していた。
「そんなに楽しいか」
半ば呆れたように尋ねる主途蘭。めぐちゃんは笑顔のままピタリと踊るのをやめ、主途蘭に顔を向ける。
「ええ。とても。こんなに生き生きとした事今まで無かった。礼くんと一緒にいる時でさえも、結局はあの泥棒猫が脳裏をよぎっていたの。でもね、うふふ、主途蘭。今はそんなことさえ忘れてしまう。だってそうでしょう?たった一人のか弱い命が、幾人もの命を吸い上げるんですもの。これほど潤うこと、ないもの」
「そうかい。楽しんどくれ。儂は死体を片付ける。床と壁の時間を戻すのはその後でええじゃろう?」
「ええ。それまで私、踊っていたいもの」
そうして彼女はまた踊り始める。ため息混じりに主途蘭は姿見を利用してnのフィールドへの扉を開く。そして一人ずつ、重い思いをしながら引き摺り込んでいく。
生命の吸収。かつては雪華綺晶が行い、雛苺も手を染めた禁忌。めぐちゃんは人の身でありながらその禁忌を犯す。もう、彼女は人間とは言い難い別の何かへと変貌を遂げていることには、まだ気がつかない。
ここ数日、賢太の様子がおかしい。ぼーっとしては頬を赤らめて可愛い顔で微笑んだと思ったら、何やら落ち込んでいる……元々猫人間だからおかしな奴だとは思っていたが、それはあくまで存在についてだ。真紅は彼を、掴み所は無いが紳士的で、クールな者だと思い込んでいた。だがそれは誤りだったようで。
「はぁ……」
頬杖をついてため息する姿は、まるで映画のワンシーンのよう。見る者によっては魅了されてしまうだろう。もっとも真紅は別の人間に魅了されてしまっているのだから関係は無い。
そのうち段々とウザったくなってきた真紅は、かといってキレる訳にもいかないのでなるべく穏便に質問した。
「ちょっといいかしら」
「なんだい?」
機嫌がいいのか悪いのか。にこやかな顔で対応してくる。
「何かあったのかしら?ここの所、どうにも様子がおかしいのだわ」
そう指摘すれば賢太は苦笑いする。
「あぁ、すまないね。気分を害したのなら謝る」
「そうでは無いのだわ。ただ、その……前に話を聞いてくれたお礼というわけでは無いのだけれど。何か悩みがあるのなら、この真紅が聞いてあげても良くてよ」
そう言うと、賢太は神妙な顔で言った。
「悩みか……うん、そうだね。ある意味、悩みかも」
ほれきた、と言わんばかりに真紅は読んでいた本を閉じる。
「恋の病……かな」
出来の悪い面倒な高校生みたいな事を言い出したな、と質問したことを後悔した瞬間だった。