ローゼンメイデン プロジェクト・アリス   作:Ciels

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sequence58 そうして俺は掌で

 

 

 今世紀最大の危機といえばなんだろうか。まだ21世紀に入ってから四半世紀も経っていないからなんとも言えないが、前世紀の最大の危機は間違いなく第二次世界大戦だろう。キューバ危機あたりも候補に入る。とにかくあの時代は世界が騒ついていたらしいのは歴史の授業をしっかりと受けていれば理解できる。

 だが俺から言わせてみれば、今目の前で起きている状況の方がよっぽど危機感があるだろう。髪の毛が逆立ちながら仁王立ちする雪華綺晶と、その前に平伏す俺。そしてその横でケロっとしている賢太……俺は、久しぶりに自身の生命の危機を感じていた。

 

「マスター」

 

 液体窒素くらい低温な声色で俺を呼ぶ雪華綺晶。俺は免許証を取り上げられた体育部員のように頭を下げて返事をする。

 

「愛人……今、そう言ったかしら?」

 

「はい、言いました……」

 

 コォォオォォォオオオ、と謎の環境音が雪華綺晶から響いてくる。恐る恐る顔を上げてみれば、雪華綺晶の顔がやばいことになっていた。見たんです!目だけが光っていた……(プレデター)

 俺はビクビクしながら雪華綺晶の言葉を待つ。そしてにじり寄ってくる雪華綺晶……人形だから小さいはずなのに、どういうわけか威圧感のせいで巨大に見える。具体的には北斗の拳のOPで出てくる謎の巨人くらい。

 彼女の手が触れる距離で歩みを止めると、しばらく沈黙。そしてまた頭を下げている俺に彼女は言った。

 

「顔を、上げて」

 

 言われた通りに顔を上げる。そして、頬に適度な痛みとパン、という打ち付ける音……雪華綺晶の平手打ちが俺の頬を叩いたのだ。

 彼女の顔を見てみれば、先程までのプレデターのような怪物は存在しない。ただ涙を流して悲しむ少女がそこにはいた。そんな姿に、俺は狼狽する。

 

「き、雪華綺晶……」

 

「マスターの、馬鹿」

 

 そう言って泣きじゃくる彼女を、俺は一瞬だけ戸惑って抱きしめる。そしてごめんよ、ごめんよ、とただ謝った。これは浮気だ。誰がどう見ても紛う事なき浮気だった。しかも相手は男。外見は美少女だけど、股間にはしっかりと小ぶりの分身が付いている。

 

「信じてたのにぃ……マスターは裏切らないって……信じてたのに……私が一番だって……言ってたのに……」

 

「ごめんよ……ごめんよ……」

 

 しばらくそんな、子供をあやす父親のような状況が続く。そんな折、賢太は相変わらずケロっとした表情で口を挟んだ。

 

「君は何か勘違いしているね、雪華綺晶」

 

 透き通った中性的な声が響く。俺と雪華綺晶は頭に疑問を浮かべながら賢太を見た。

 

「いつだって郁葉が一番大切なのは雪華綺晶、君だよ」

 

 なんだか満足気にそう言う賢太。

 

「どういう……意味です」

 

「そのままの意味さ。郁葉は言ったんだ。君を必ずアリスにするって。そして添い遂げるって。そのためには僕も利用するってね。でも郁葉は優しい。古い友達である僕を放っておけなかったんだよ。だから、愛人としての価値を付与しながら、お互い満足できる立場で利用することにしたんだ」

 

 雪華綺晶と顔を合わせる。俺は頷いた。確かにその通りだ。優しいってのは嘘で自分勝手なだけだが、賢太の力を利用しつつ死んだと思ってた友達と再びやり直したいと思っていたのだ。だから、まぁ、賢太は俺のこと好きらしいから、愛人ってことでお互い手を打ったのだ。

 だが雪華綺晶はまだ納得していない。彼女は少し膨れっ面で言った。

 

「キス、して。その文字通り泥棒猫の前で、彼にはできないキスをして、マスター」

 

 とんでもなく要求が高いが、素直に従う。それで気がすむなら何だってやる。俺はそっと、包み込むように優しくキスする。抱きしめて、舌を絡ませ、お互いを確かめ合うように。賢太にはしていない。これは俺と雪華綺晶だけの誓いの証。

 そんな俺と雪華綺晶を羨ましそうに眺める賢太。ふと、雪華綺晶と賢太の視線が合った。彼女の顔は……俺からは見えていないが、勝ち誇った表情で。賢太は察した。これは茶番だ。賢太に、自分と俺の絆を見せつけるための芝居でしかなかったのだ。腹黒さでは右に出るものはいないだろうと賢太は呆れる。同時に、割り込めないその関係を祝福する。結局俺はいつだって雪華綺晶に踊らされているのだ。それが嫌だと思ったことは一度もないが。

 

 

 

 

 

 

 

 私立有栖川学園では、土曜日だというのにテスト対策の授業が繰り広げられていた。中堅県立卒業の身としては土曜までそんなに勉強をしている奴らの気が知れないが、この学園ではよくあることらしい。しかしいくらお嬢様学校と言えども土曜の授業は午前中で終わる。現在時刻12時、琉希ちゃんは荷物をまとめて帰る支度をする。ふと隣の席を見れば、あの転校生リリィ・オヴェリィ・スティフノロビウムが薄っぺらの鞄を手に席を発とうとしていたのだ。

 

「リリィさん」

 

 自分でもよくわからないが、琉希ちゃんは彼女に興味がある。だからかもしれない。気がつけば無意識的に声をかけていた。声をかけられれば無視するはずもなく、凛とした表情のリリィはなんじゃ、と言葉を返す。

 

「あ、いえ……このままご自宅へ帰るので?」

 

「授業は終わったろう?ならここにいる必要はない。部活も入る気はないしのう」

 

 そこで会話が途切れる。それはそうだ、なぜ自分は当たり前のことを聞いてしまったのだろうと後悔したが、でも話しかけてしまった以上なぜか引くに引けない。頑固者の琉希ちゃんらしい。

 

「あ、その、もしよろしければご飯を一緒にって……」

 

 琉希ちゃんは意外にもコミュ障である。そんな彼女の申し出にリリィはしばし間を開けて一考。時計を見る。

 

「……いいじゃろう。腹も減ったしのう。ファミレスとやらにも行ってみたい」

 

 そう言うと、琉希ちゃんの表情が晴れた。内心はしゃぐ少女を見てリリィは静かに微笑む。彼女としても、このまま一人家に帰るのは味気ないのだろう。

 

 そうしてやってきたのは安くていっぱい食べられることで有名なファミレス。最後の文字がヤなのかアなのか未だに覚えていないが、とにかくそこへ二人はやってきた。席に向かい合わせで座り、メニューを開いて何を食べるか考える。財布と胃に相談した結果、琉希ちゃんはどこがミラノ風なのか分からないドリアとカルボナーラを食べることに。彼女は平均の女子よりも食べる。でも太らないらしいのでよく反感を買う。

 

「ステーキ……ふむ。これにしようか」

 

 そう言って頼んだのはリブロースステーキ。どうやら彼女も同じ口らしい。

 

「豪快ですね」

 

「食うべき時にたらふく食うのが好きでの。お主もかなり食すようじゃが」

 

「腹が減っては戦はできぬ。昔からよく言うではありませんか」

 

 何となしに言った言葉。しかしリリィは笑いながらもどこか張り詰めた面持ちで尋ねる。

 

「誰と戦を?」

 

「さぁ?慣れない諺を使いたかっただけです」

 

「ふっ、そうか」

 

 そう言うとやや張り詰めていた空気が綻ぶ。それからは他愛もない会話が続く。およそ普通の女子らしくない喋り方と内容だが、それでも二人は満足していた。それも食べ物が来てからはそちらに夢中になったために途切れたが。

 お互い綺麗に完食し、満腹も冷めやらぬ気分で店を出た時だった。駅前という事と土曜ということもあり、暇を持て余した学生が多い。気がつけば、目の前にやや不良っぽい同い年くらいの男が複数人。ニヤつきながら寄ってきた。

 

「今暇〜?」

 

「いいえ。行きましょうリリィさん」

 

 ぴしゃりと心を閉ざしリリィの手を引く琉希ちゃん。だが学生たちはその進路を阻む。周りには人の目もあるが、誰も関わろうとしないのはいつものことだ。

 こんな奴ら正直に言えば一人でやっつけられる琉希ちゃんだが、今はリリィもいるし学生服だ。後々問題になるのはまずいし、そうなればリリィの身も危ぶまれる。

 どうするか。そう考えていた時だった。

 

「おいクソガキコラ。うちの妹に何ちょっかいかけてんじゃボケ殺すぞ」

 

 柄の悪い言葉が聞こえてきたと思えば、二人と不良たちの間に見知った男が割って入ってきた。河原 郁葉である。不良達はメンチ切りながら向かい、彼の胸グラを掴みにかかる。

 だが不良は手を捻られそのまま地面に叩き落とされ、そのまま顔面を踏みつけられる。

 

「おい正当防衛だかんな!今から全員殺すけど、俺は悪くねぇ!」

 

 激昂しながらそう言うと、踏みつけていた顔を再度踏みつけた。どうやら失神したらしい。それに怒ったもう一人の不良が手を出してきたが、あっさり防御され膝蹴りを喰らい挙げ句の果てに後頭部を肘打ちされまくる。脳震盪を起こした不良は重なるように倒れている不良の上に覆いかぶさった。

 

「なんだこいつ!やべぇ!」

 

「何がやべぇんだコラ!死ね!」

 

 前蹴りが不良の股間に突き刺さる。前のめりになった不良の顔面を掴んでそのまま一気に壁へと叩きつけた。鈍い音がして倒れる不良。さすがにやり過ぎだと思うが、この青年は少し前に人を殺している。それを考えればこれくらいなんてことないんだろう。

 

「おいテメェ!」

 

 3人残った怯える不良達に告げる。

 

「こいつら連れて帰れ!あと学生証写メったからこの事チクったらお前ら全員殺すからな」

 

 いつの間にか倒れていた不良の財布から学生証を取り出して写メっていた青年。不良達は素直に頷くと、倒れた仲間を背負ってどこかへ消えた。正直ドン引きしている琉希ちゃんだったが、リリィはどうだろう。

 

「ふぅ〜……隆博と格闘技やってて良かった。怪我ないかい?」

 

「ええ……まぁ。助かりました。少しやり過ぎですが。あれでは過剰防衛ですよ」

 

「ま、多少はね?おーいきらきー、来ていいよ〜」

 

 青年がそう言うと、群衆の中から見知った人物がやってくる。雪華綺晶だ。しかも、薔薇を使っているのか大きい。なるほど、デート中か。

 

「マスター、素晴らしかったですわ!」

 

「いやそんな……(謙遜)」

 

 あの暴力を素晴らしいと言えるあたり、やはりこのドールもネジが飛んでいる。琉希ちゃんは呆れたようにそのいちゃつきを見ていたが、ふと隣のリリィが固まっていることに気がついた。訝しんで見てみれば、身体が強張っている。表情こそ凛とした真顔だが、何かあるのだろうか。

 

「お久しぶりです琉希さん……そちらはお友達?」

 

 雪華綺晶の言葉に、急に青年の目がギラつく。あの目、殺しをした後の目にそっくりだった。琉希ちゃんは少したじろきながらも頷く。

 

「そう……ふぅん。仲が良さそうで結構ですわ。お名前は?」

 

 そう尋ねると、リリィは間をおいて答える。

 

「リリィ・オヴェリィ・スティフノロビウム」

 

「そう、綺麗な名前ね。私は雪華綺晶。こちらは夫の郁葉さん」

 

「お、夫……」

 

 琉希ちゃんも二人の間柄は知っていたが、いざ言われるとちょっと引く。

 

「んじゃ俺たちもう行くから。また絡まれないようにね。最近駅前やたら物騒だから。学園都市かメキシコかってくらい危ないから」

 

 じゃあね〜と手を振る青年と人形。琉希ちゃんも挨拶すると、青年は振り向きざまに言った。

 

「お父さんによろしくね、リリィちゃん」

 

 リリィは答えない。ただ彼らが消えた後、帰るとだけ言って群衆に消えていく。残るのは琉希ちゃんただ一人。そして謎。彼らはリリィちゃんと面識が無いようだったが……なら最後の言葉は?

 

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