ローゼンメイデン プロジェクト・アリス   作:Ciels

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sequence60 誘拐と報復

 

 

 雪華綺晶は本来、鞄を持たない。それはアストラル体として生み出された存在であるから当然のことであるが。ならばあの、青年との出会いの時に収まっていた鞄は?と言われれば、あれは他の姉妹のために作られたスペアでしかないのだ。

 雪華綺晶は身体を持たない。今の身体が純度の高い姉妹達の残骸やスペアであるというのは前に彼女が説明した通りだが、そのせいか通常であるならば必要とする鞄の中での睡眠も必要が薄いのだ。ローゼンメイデンとしては異質であると、水銀燈は当初言っていたが、青年とその人形にとってはむしろ都合が良い。

 

 その日も彼女はマスターであるキチガイ青年と就寝を共にしていたが。ふと夜中、彼女が目覚めると青年がいないことに気がつく。

 雪華綺晶は嫉妬深く、粘着質な女の子でもある。一緒に寝ていればそれはもう蔓のように絡みついて離さない。だから青年がトイレに行きたい場合は一度起こしてからでないと動けないのだ。

 

 そのはずなのに、青年はいない。急速に雪華綺晶の心に孤独感が充満していく。同時に不安も……眠気をすべて吹き飛ばし、慌てているはずのマスターを探す。

 

「マスター?どこへ……」

 

 言いかけて、何かに気がついた。それは共に寝ていたベッドの上にひとつだけ置かれていた花の花弁。これは……

 雪華綺晶はそれを手にすると握り潰す。いつもの優しい(マスター成分が足りている時限定)雪華綺晶は消え去り、その表情はかつてのものへと変貌する。

 他の世界ではそれはもうとんでもない規模で色々やらかした、あのヤンデレを超えてキチデレと化した雪華綺晶の顔が、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 平日だというのに郁葉の奴からメールで連絡を受けた。何でも取り急いで伝えたい事があるから来て欲しいそうだ。流石に講義があったし、夜にしろと返信したら電話が鳴り、殺すぞ、という雪華綺晶のガチ脅迫を受けたので仕方なく蒼星石とやってきたのだが……

 

 nのフィールドを通して河原家にお邪魔する。もちろん靴は脱いで。

 

「お邪魔するわよ〜」

 

 某関西おばさんの真似をしながらやってくると、そこには様々な面子が揃っていた。雪華綺晶はもちろんのこと、賢太と真紅、槐と薔薇水晶、礼くんと水銀燈。だが、肝心の郁葉がいない。

 蒼星石が姉妹に挨拶をすませると、俺はここにいない変態ロリコン大学生のことについて尋ねる。

 

「あのバカどこだ?」

 

 言ってから、この場の空気の悪さに気がついた。真紅はお茶を飲んでいるが賢太は俯いているし、槐と薔薇水晶は正座でガタガタ震えている。礼くんは機嫌が悪そうに無言、水銀燈も同様に彼の膝に座している。なにやら葬式のようだ。

 するといつもと少しばかり様子の違う雪華綺晶が口を開いた。

 

「貴方はシロ。いえ、この場合はクロと言うべき存在」

 

「は?」

 

「さぁさ、お座りになって。今お茶をお淹れしますわ」

 

 要領を得ない雪華綺晶の返答に困惑する。愛は重いようだったがこんなサイコな発言するような子だったか?

 

「ちょっと待って!あいついないやん」

 

「お座りに、なって。どうぞ」

 

「はいすいませんでした(屈服)」

 

 真顔で言うものだから恐ろしい。俺と蒼星石はセットで言う通りにお座敷に座る。そして雪華綺晶が淹れてくれた9番茶に手をつける。

 

「お茶ちゃおちゃあちゃ!」

 

「もう、ふざけて飲むから」

 

 ふざけながら飲んだせいで熱すぎてこぼす。それを蒼星石はハンカチで拭いてくれる。そんな光景を、雪華綺晶は何も言わずにじっと見つめる。俺は早急に拭き取ると、またお茶を飲んで耐える。

 アクションがあったのは、それから数分後。俺と蒼星石がお茶を飲み干してからだった。その間誰も一言も発さずにいるもんだから帰りたい。郁葉、なんとかしろ。

 

「さぁ。これでお呼びした方々は揃いました」

 

 多少の笑みを浮かべている割には目が全く笑っていない雪華綺晶が言う。なぜか地に足つけずに少しだけ浮遊している彼女はなんかのボスみたいだ。

 

「さて。事情を知らない隆博様と青薔薇のお姉さまのために、もう一度おさらいしましょう」

 

 なにを、と言おうと思ったが言ったら多分黙らされる。

 

「私のマスターである……愛しの河原 郁葉くん。その素晴らしさは誰もが知る所存であるかと思われますわ」

 

 ただのキチガイなんだよなぁ……一瞬言いかけるが、雪華綺晶の眼光がこちらを突き刺してきたので口を閉じる。蒼星石はぎゅっと俺の太ももを見えないように抓った。痛い。

 

「ええ、ええ。貴方は私よりマスターと一緒にいらしたから、きっとその素晴らしさと偉大さを感受しているはず。そうよね、隆博さん?」

 

 様からさんにグレードダウンした。なんやねんその態度……嘘ですごめんなさい!(UDK)

 俺は適当に頷く。すると雪華綺晶はパァッと擬音が出るんじゃないかと思うくらいの笑顔を見せた。

 

「ああ、あの人は素晴らしい……身体を造らず私を見捨てたお父様なんかよりよっぽど……壊してしまいたいくらい、愛おしい」

 

 お前精神状態おかしいよ……

 

「こほん。お父様より偉大かどうかはさておき、雪華綺晶。君の話はイマイチわからないな。僕らも暇じゃない、お昼御飯もあるしね。内容を言ってもらおうか」

 

 ビシッと、ここで蒼星石が華麗に指摘する。そんな姉に、あらあら、と困ったような表現をすると雪華綺晶は指をこちらに向けた。

 

「今、私が喋っているのよ」

 

 瞬間的だった。いきなりどこかから蔦がやってきて、隣に座る蒼星石の口を塞いだのだ。俺は即座に銃を抜いて雪華綺晶に向ける。

 

「てめ」

 

「今、私が、話しているの。それを邪魔しなければ何もしませんと……意図を理解して欲しいのですけれど」

 

 目がおかしい。こんな雪華綺晶見た事がなかった。郁葉から聞いたが、出会った時はそれはそれは恐ろしかったらしい……今の雪華綺晶のように。

 俺は迷ったが、銃をホルスターにしまって座る。すると蒼星石の拘束が解かれた。深呼吸する彼女を抱き上げ、耳元で安全を確認する。どうやら傷はないようだ。

 

「ひぃぃ……」

 

 今の光景を見ていた薔薇水晶が完全に怯えている。無理もない、あいつは雪華綺晶に散々やられたからな。

 雪華綺晶は特に悪びれもせず、話を続けた。

 

「また横槍が入る前に……いいでしょう。今朝、私のマスターが何者かに攫われましたわ」

 

 俺は驚く。声も出なかった。

 

「気配も無く、ただ最初からいなかったように……携帯も、銃もすべて置いてどこかへ消えてしまわれた。あったのはこの白い花びらだけ」

 

 そう言って演劇のように雪華綺晶は手のひらにある花びらを掲げる。どうやらあのバカが消えたせいでヤンデレに拍車がかかったな。迷惑な話だ。

 俺は手をあげる。

 

「はい、どうぞ」

 

「どうも……その花は?なんの花だ?」

 

 聞けば、雪華綺晶は掲げた花びらを突然握り潰す。そして今にも人を殺しそうな真顔で言った。

 

「鈴蘭。その、花弁」

 

「スズラン……ああなるほど。そう言うことか」

 

 納得した。どうやら相手方は本気を出してきたようだった。ふと礼くんが顔をそらしたのを見逃さなかった。

 雪華綺晶はふわりと浮かぶと、天井を指差す。そこを見てみれば、天井などどこにもない。まるでモニターのように何かが映っていた。これは彼女の能力なのだろうか。

 

「これは?」

 

 賢太が尋ねる。

 

「今、あの方が見ている夢」

 

「なんだか真っ暗だぞ、なにもわからん」

 

 俺がそう言えば、雪華綺晶は指を鳴らして映像を変える。それはnのフィールド……あの扉が並んでいる、不気味な空間だ。

 

「夢を頼りに、マスターを追いました。哀れで弱い不完全なお人形、こういうのは私が一番得意なことなのに……こんな痕跡を残してしまった故に辿られる」

 

 槐がうっ、と落ち込む。そういや主途蘭は槐作の人形だったな。不完全と言われて悔しかったか。

 

「罠の可能性は?」

 

 蒼星石が尋ねれば、礼くんが口を開いた。

 

「むしろ罠だ。こいつは俺たちを引きずり出すための餌に過ぎない」

 

 このやろう俺一応歳上だぞ……!怒りを抑え、なるほどと頷く。同時に疑問をここでぶつけた。

 

「礼くん何か知ってそうじゃんアゼルバイジャン」

 

「……」

 

 礼くんは答えない。ただ機嫌が悪そうに、あいつに似た顔を向けてくる。怖いわ〜、理不尽すぎて、怖いわ〜♨︎

 だがまぁいいだろう。罠だと分かってて行く奴はいない。きっと雪華綺晶もそれを分かっているはず。

 

「それで、雪華綺晶。貴方は私達を呼んで何をしたいのかしら?」

 

 ふと、置物と化していた真紅が口を開いた。

 

「ええ。あなた方には、半分に分かれて私と共にマスターを奪還して欲しいのです」

 

「それはつまり……罠だと分かっていながら飛び込むと。そう言うことかしら?」

 

「聡明なお方ね、紅薔薇のお姉さま」

 

 おっと話が変わった。いくら友達のためとは言え、そんなところに行っては命がいくらあっても足りない。もうちょっと頭使ってくれよな〜頼むよ〜。

 ここで水銀燈が口を開く。

 

「もう半分は?」

 

「黒薔薇のお姉さま。それは貴女が一番分かっておいででしょう?」

 

 にやりと、雪華綺晶が微笑む。その笑みに優しさは一切見えない。ただ、お前が責任を取れと言うような何かが……

 礼くんは鼻で笑うが、機嫌は相変わらずだ。なんやねんこの状況。

 

「作戦の決行はいつだ?」

 

「今……と言いたいところですが。準備が必要でしょう?だから一時間後。それまでに戻って来てくださいな」

 

 しゃーない、悪友を助けるためだ。乗るしかないだろう。前は助けてもらったしな。いや、あれは薔薇水晶がドン引きしただけか?確証がないわ、思い返すのやめとくわ。

 だが槐はそうではないようだ。彼は恐る恐る言葉を発する。

 

「ぼ、ぼくは戦えないよ。戦力にならない」

 

 すると雪華綺晶があの冷たい眼差しで二人を覗いた。ふらふらと漂うと、彼女は震える槐の耳元で囁く。

 

「やらなければ、あなたも娘も死ぬわ。協力したんですもの。相手はすべて消そうとする……それも、相手は主途蘭なのよ。自分の汚点を残すかしら」

 

 槐の顔が絶望に染まる。やってることヤクザじゃねぇか。CIAよりタチ悪いぞこいつ。

 

「ねぇ、雪華綺晶。なぜジュンを呼ばないの?」

 

 不意に真紅が質問する。確かに戦力は多ければ多いほど良い。相手の力は正直未知数だ、ブースターとなる薔薇も所有している。

 

「マスターならそれをお望みにならないから。きっと、あのマエストロは躊躇ってしまう」

 

「……そう」

 

 まぁあの子はなぁ。いくら射撃を一緒に練習しているとは言え、誰かを撃つ事を強制させたくない。郁葉も同じ考えだろう。あの子が戦うのは自分と大切なものを守る時だけで十分だ。

 方針が決まったところで、俺は一時的に帰宅することにした。それぞれが一度戻る。準備のために。その際も、雪華綺晶は逃げるな、と遠回しに言ってきたが、そんな状況ではない。いつこっちもやられるか分からないんだから。

 

 残された礼くんと水銀燈は雪華綺晶と対峙していた。ソファに腰掛け不機嫌な態度を崩さない礼くんと水銀燈。今回のキーパーソンであることは間違いない。

 

「……私達に何をさせようっていうの」

 

 その問いに雪華綺晶は答える。

 

「何も。お姉様方はただ、ここにいればいいのです」

 

「はぁ?」

 

「だって、あの人間の目的は弟様ですもの。ねぇ、礼くん?」

 

 微笑を浮かべる雪華綺晶とは対照的に、礼くんは睨みつける。

 

「全部知ってて泳がせたのか?」

 

「泳がせたわけじゃありませんわ。ただ、二人に期待していたの。事実、私たちが出る幕ではありませんでしたから……さすがに前回の襲撃は堪えましたが」

 

「兄貴はそのことを?」

 

「もちろん。極力認知しないように努めてはいますが……私にそう暗示しろと仰られましたので」

 

 クソ兄貴め、そう呟く。

 

「だから、ね?礼くん。今回は、やっていただけますね?」

 

 礼くんは答えなかった。それは責任を感じているからか、それとも家族がしてやられたからか。

 いや違う。悔しさだ。それも犯人に対するものではない、兄に対する物だ。礼くんは、完全に兄に出し抜かれていた、見抜かれていた。その上で放置されていた。まるで被害者のように、何も知らな言うような風を装って、暗示して。動いていると見せかけ、自分にこの一件を押し付けていたのだ。

 

「それと、マスターから一言。お伝えします」

 

「なに?」

 

 礼は驚く。同時にこの白い人形が、どこまで本気なのか分からなかった。どこまで憤って、どこまで演技なのだ。まるで分からない。ある種、サイコパスだ。

 

「自分でカタをつけろ、その決定に文句は言わない……うふふ、あの人らしいわ」

 

 その伝えを、嬉しそうに言ってみせる雪華綺晶。礼くんはただただ屈辱だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電話をかける。いつもの相手ではない、うさぎは姿勢を正して神妙な面持ちでコール音を聞いた。

 しばらく待ってようやく繋がれば、いつものような淫夢厨はいない。そこには紳士がいた。

 

「はい、私です」

 

 誰にも見つからない、見られない場所で。そうしなくてはならないように会話する。

 

「はい、はい……すべて貴方の計画通りです。全員誘いに乗ったかと……はい、そのようです。奴はこの件に干渉しないようです、電話致しました」

 

 電話の先の声が大きな耳に響く。うさぎは音量をわずかに落とした。

 

「はい。しかしあの男が気がつくのも時間の問題でしょう、一番危険ですから。奴は兄弟を二人とも警戒しています。殺されないかと、薔薇園に閉じこもっています」

 

 上機嫌な声が響く。

 

「ええ、その通りです。しかし悠長に構えてはいられません。厳重に秘匿はしてありますが、この電話も盗聴される可能性があります。え?それは……しかし。いえ、わかりました。ご意向に沿います。いえ、役目ですから」

 

 そろそろ時間が危うい。

 

「して、あの中学生は如何なさいますか。はい、はい……分かりました。それで済むのなら安いでしょう」

 

 とうとう終わりを迎える通話。

 

「それでは私はこれで。はい、任務に戻ります。危険が伴いますが、お気をつけて。ええ、それでは」

 

 切れる電話。それをポケットにしまえば、いつものうさぎがいる。

 

「どーすっかな〜俺もな〜」

 

 そう言うと、うさぎはどこかへ消える。謎は深まる。そして。

 




OCLTかな?
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