ローゼンメイデン プロジェクト・アリス   作:Ciels

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sequence61 彷徨える者

 

 この世界には何もない。何もないわけではないが、現実感が欠けている。

 主途蘭はその真っ白な世界で、白い立方体に座ってその時を待つ。左右の腕にはリストブレード、左腰には片手剣、背中にはショートブレードを背負う彼女は、人間と変わらぬ大きさを保って静かに待つ。

 リリィと呼ばれた少女は、その身にいつもの純白のドレスを纏う。遠目に見れば神秘的な姿。しかし近寄るものなら滲み出た殺気で直視できないほど、恐ろしい。

 

「ふぅー……」

 

 落ち着かせるように息を吐く。そしてすぐ横で実家のような安心感でも抱くかのように眠る男を睨んだ。

 河原郁葉。あの忌々しい人形、雪華綺晶のマスター。当初、主途蘭はこの男の事は取るに足らない雪華綺晶の腰巾着程度にしか思っていなかったが。

 興味本位で彼の夢を覗いて、その考えを改める事になる。

 

 真っ黒。この男には夢はない。あるのは深淵。暗く寒く、ただ不快な闇が広がるだけ。そこに生は存在しない。死もまた然り。ただ、生物が見るような夢ではない事は確かだ。この男は一体なんだ?めぐでさえ、夢の中では歪んだ平和を繰り広げていたというのに。

 

 深淵を覗いた時、深淵もまたお前を覗いているのだ。そんな言葉を知識として持ち合わせているばかりに、あの夢を覗いた時から主途蘭はこの男に見られているようで仕方ない。

 主途蘭はこれ以上考えないように集中する。今はただ、任務に徹すれば良い。それが罠であろうと無かろうと、自分は自分の役割をこなすだけだ。

 

 めぐと契約した人形として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備を終えて主途蘭がいるフィールドへ乗り込むマスター達。緊張からか不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。後輩をかばいすべての責任を負った蒼星石に対し、作戦の長、雪華綺晶が言い渡した示談の条件とは……

 

 ふと、俺はそんな事を考えていた。今から戦闘が起きるというのに下らないホモビのことばっかり考えてしまうようでは重症だが、それだけ余裕が出てきたということでもある。

 攻撃を受けてうろたえる人間は専門用語で『的』といわれる……マスターミラーが言っていたじゃないか。俺はうろたえているか?むしろホモビの説明文を連想させて楽しんでいる。それでいい。

 

「しかし何にもないなここは」

 

 主途蘭の世界を進む俺は呟く。意気込んで入ったは良いものの、ここはただ真っ白な空間が広がっているだけだ。あるのは障害物になりそうな、大小様々な立方体だけ。

 

「きっと、作られてから日が浅いからだよ」

 

 隣を歩く蒼星石が返す。確かにそうかもしれない。彼女が生まれてからまだ一年も経過していないのだ。仕方がないことなのだろう。

 

「白。それが連想させるものは死。まるでこれから自身に起こる事を予期させているよう」

 

 先頭を進む雪華綺晶が透き通った声で解説する。だから不気味だって言ってんじゃねーかよ(棒読み)郁葉はこんな変態ドールといちゃついているのか(困惑)どうでもいいが、士気が下がるようなことを言わないでほしい。

 槐と薔薇水晶を見ろ、お前が喋る度にビクついてるぞ。

 

 しばらくそのまま進むと、雪華綺晶が足を止めた。俺は周囲を警戒しながら雪華綺晶に尋ねる。

 

「なんだ、どうした?」

 

「だぁれ。あなたはだぁれ」

 

「は?(威圧)」

 

 またわけわからない事を言い出した。

 

「気をつけてマスター、だれかいる!」

 

 蒼星石がハサミを構えて警戒する。マジかよ、もう襲撃か?

 いつでも襲撃されても良いようにライフルを構える。いつもトレーニングで使っているライフルだから咄嗟の攻撃でも反撃しやすいだろう。

 

「そこね」

 

 突然雪華綺晶が横に手をかざすと、その方向が弾け飛んだ。驚いて全員がそちらを見てみれば、とてつもなく大きな蔦が地面から生えてそこら一帯を破壊していたのだ。

 

「なんだありゃ!」

 

 前に雛苺の蔦に襲われたが、あれはまだ易しい。あんなに素早くないし、大きくもないから。

 

「外れ。それもいいでしょう、まだまだ戯が終わるには早いわ」

 

 くすりと雪華綺晶が微笑むと蔦が地面へと消えていく。どうやら今の攻撃は雪華綺晶が襲撃者に向けて放ったものらしい。強すぎィ!

 

「俺らいる?」

 

「うーん、いらない気がする」

 

 蒼星石と相談する。これこの子だけで解決するんじゃないですかね?おい槐、薔薇水晶泣きだしたぞ、なんとかしろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を切らして物陰に潜む。危なかった、気配は消していたのに僅かな視線で気づかれて攻撃されたのだ。しかも恐ろしく正確だった。

 主途蘭は震える脚を叩いて自らの恐怖を鎮める。雪華綺晶は化け物だ。自身は薔薇を用いてその力をブーストしているのに、彼女はそのままの姿、それも借り物の身体であの力だ。河原郁葉から供給されるエネルギーを抑えようにも、量が多すぎて押さえ込めない。殺そうかとも思ったが、果たしてあの人間は死ぬのだろうか?そもそも本当にあの青年は、眠っているのかも怪しい。もしかすると、彼は自分の意思で眠っているだけなのかも。

 

「……化け物どもめ」

 

 薔薇水晶が言っていた事を今更ながら理解する。マスターも人形も、どちらも化け物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 静かに礼はその時を待つ。河原郁葉が襲われた公園で、水銀燈と隣り合わせでベンチに座り、一言も発せずにただ待つ。

 時刻は夕暮れ、そろそろ雪華綺晶も主途蘭と接触しただろうかと思いながらもどうでもいい。きっとあの人形と兄はこのくらい何とも思っていないだろうから。正直な話、これは茶番だ。あの友達も人形師も、そしてそのドール達も、いなくていいのだ。

 証人が欲しいだけだ。主途蘭を倒し、その契約者を殺したという、目撃者が。

 

 森の奥から気配がした。水銀燈が警戒して立とうとするが、それを手で制して自分だけ立ち上がる。すると、その気配の元が姿を現わす。

 柿崎めぐ。あのイカれた女が、いつものセーラー服に身を包み、狂った笑顔をこちらに向けてやってきたのだ。手には血で錆びた包丁を携え、まるで死神にも見える。

 

「礼くん、こんばんは。そして久しぶりね」

 

「……めぐ」

 

 その名を呼ぶと、彼女は嬉しそうに身を拗らせた。妖怪みたいに動く彼女は見ていて不快だ。水銀燈を見てみればドン引きしている。

 

「ああ……久しぶりに名前を呼んでもらえたぁ……」

 

 一人快感に震える少女を他所に、礼は口を開く。

 

「やりすぎだ、全部」

 

 そう言うとめぐはピタリと動きを止めてその整った顔を向ける。

 

「全部あなたと私のためよ。言ったよね?礼くんのためならなんでもやるって」

 

 ああ、結局彼女はこうなってしまったかと。礼は少しの後悔とこれから起こる出来事への高揚、そして先に見据える開放感を心に内包させる。この少女は自分が壊したのだ。あの日病室で出会い、話し、ヒビ割れ、完全に壊した。それを気に病むほど礼は善人ではないが、それでも良い思いはしていない。

 これはただ死ぬよりも辛い事だ。そして、それを終わらせてやるのは自分だけ。ならそうしてやるのが一番だろう。

 

「戯言はいい。俺はさっさとお前を始末して帰るだけだ。どうせ主途蘭も今頃やられてるだろうしな」

 

一度戦った白い人形に想いを馳せる。彼女はマスターを誤った。自分は無理だが、きっとまともなマスターの下だったら今頃戦士として成長していただろうに。それが今では汚れ仕事を押し付けられる哀れなドール。マスターに捨て駒程度にしか思われず、圧倒的な力にバラバラにされ消えていくのだ。なんとも哀れな事か。

 

 めぐは笑みを消すと、包丁をこちらに向けた。正確には礼の横に座る水銀燈に。

 

「あんたがいなければ。あんたが邪魔だから礼くんがッ!」

 

「え、私!?」

 

 急に自分が責められて驚く水銀燈。そんな銀髪の頭を撫でる。お前は悪くないと、そう言うように。

 

「礼……」

 

「これは俺の問題だ。お前は自分の身を守ってろ」

 

 それだけ言うと、礼は一歩踏み出す。狂気に浸されもう現実へと帰ってこない少女を解放するために、懐から拳銃を抜く。

 

「正直言えば、こうはなりたくなかった」

 

 銃口をめぐに向ける。

 

「……大丈夫。今からでもやり直せるわ。その薄汚い鴉を殺せば、ね」

 

 呻き声が聞こえてくる。それはめぐの背後から……つまり森の中から。夕刻の薄暗い森の中から、それらは姿を現わす。人間?いや違う。めぐにすべてを奪われ、屍と化した者達。面識はないし同情もする気がないが、哀れだ。

 それらが覚束ない足取りで、めぐの横をすり抜けゆっくりと礼に近寄っていく。

 

「大丈夫。殺しはしないわ。でもちょっとだけ、そうちょっとだけ。例えば手足が無くなっちゃったりするかもしれないけど……でも死なないわ。だから安心して?」

 

 礼は鼻で笑うと、銃を構えて迫り来る屍に立ち向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチャンと、琉希ちゃんが持っていたカップが割れた。落としてもいないのに急にヒビ割れてそのまま崩れたものだから、琉希ちゃんだけでなくその場でお茶会を楽しんでいたドールズと妹も驚く。

 

「あ、カップが……」

 

 自身が持つカップから紅茶が溢れていく。

 

「お嬢様、怪我はありませんか?」

 

 すぐさまメイドであるみっちゃんが布巾を手にやってくると、大丈夫とだけ言って処理にかかった。

 お気に入りのカップだった。お揃いのを、リリィさんに渡す予定だった。それが何の前触れもなく割れた。不吉だな、なんて思う。

 

「呪いですぅ!あのロリコン野郎の呪いですぅ!きっと年下の琉希に手を出したくて仕方ないんですぅ!」

 

「えっ!?それってあの雪華綺晶のマスターでしょ!?怖いかしら、最近の変態は呪術も使うのかしら!」

 

 とんでもない風評被害で盛り上がる翠星石と金糸雀。いくらなんでもそれは酷くないですかね……?

 はしゃぐドールズと対比して、妹である香織ちゃんは訝しむような視線をカップに向ける。どうにも引っかかるなにかがあるらしい。

 

「……お姉ちゃん、何か嫌な予感がするわ」

 

「え?」

 

 そう言われてもただ困惑する。だがこの言葉の信憑性を彼女は知っていた。

 香織ちゃんにはある能力がある。能力というか何というか、彼女は占いが得意だ。迷信じみているが、その効果は凄まじいらしい。時折こうして天啓が来たように、何かを察知するのだ。もちろんこういう場合は良くないことが起きるが。

 

 琉希ちゃんは割れたカップを見る。嫌な予感、それはなんだろう?考え、考え抜いて、思いつく。

 

「白百合のように白い女。お姉ちゃん、心当たりない?」

 

「リリィさん……」

 

  ミステリアスな同級生を連想する。そういえば、ここ最近は元気がないようだった。何か関係が……

 

「視えるわ。白百合を食い散らかそうとする何か……これは……何?こんなの、私知らない……うっ」

 

 十八番である透視を試み、香織ちゃんは気分を害する。何かを見たらしい。

 

「香織、もう大丈夫です。ちょっと出かけてきます……翠星石、一緒に行ってくれますか?」

 

「えぇ!?翠星石は今からくんくん探偵の再放送と虐待おじさん本編視聴という日課があるんですが……」

 

 どうなってんだよ最近のドールは。

 

「お願いします」

 

「むぅう、仕方ねーです。どうせ何回も見てるんですから、行ってやるですよ」

 

 そう言って翠星石はカバンに閉じこもると、琉希ちゃんはそれを持ち上げた。

 

「待って、お姉ちゃん」

 

「はい?」

 

 出て行こうとする姉を止める。

 

「武器を持って行って。きっと必要になる」

 

「……わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢。俺は夢を見ている。まるで水の中を漂っているような浮遊感があり、真っ暗な中でも暖かさがある。心地良い。目を閉じていても暖かさが伝わってくる。これは母性のようななにかだ。

 

 ふと、何かが鼻を擽る。嗅いだことがある匂いだ。とてもいい匂い、少女の匂い。花の匂い。シャンプーの匂い。

 

 目を開く。闇が広がっている。ああ、この闇は心地良い、本当に。何度でも言ってやるくらいに。

 

 何かがやってくる。泳ぐように、漂うように、しかし確実にやってくる何か。それは白く、美しい。逃げようとは思わなかった。

 

 目の前までやってきたそれは輝いている。すごく煌びやかで、眩しくて直視できないのに、俺はそれに手を伸ばす。ああ、この感覚どこかで。

 

 

ーーマスター。

 

 

 声がする。その輝かしいなにかが発している言葉ということは分かる。この声は、雪華綺晶。ああ、雪華綺晶だ。彼女はようやく自身を形作り、手を伸ばす。

 

 

ーーマスター。

 

 

 名を呼ぶ俺の手を彼女は取る。暖かい手だ。だが、何か違う。いつも見て、話して抱いている彼女ではない。

 

 

ーーマスター。思い出して。いつも私が見守っているって。

 

 

 何を言っているんだろう。そんなこと、いつも感じている。

 

 

ーーほんとうの自分と向き合って。

 

 

 本当の自分。本当の自分とは。

 

 

ーー私は見守ってるから。愛していて。忘れないで。

 

 

 雪華綺晶が離れていく。俺は必死に離されまいとするが、うまく動けない。一体何なんだ?この夢は一体何を意味する?なぜ彼女は離れていく?

 

 声にならない声を発する。必死に彼女の名前を叫ぶ。だが気がつけば彼女はいない。俺だけが残される。

 同時に、あれだけ心地よかった闇が急に冷え出す。俺は身体を震わせ、寒さを凌ぐ。

 

 醒めてほしいと必死に思いながら、俺は目を閉じる。だがふと、何かを感じた。目の前だ。

 

 恐る恐る、目を開く。俺は恐怖で声が出なくなりそうだった。

 

 

 

 

ーー思い出せ。お前の使命を。

 

 

 

 俺だ。俺がいる。血塗れの、でも自分だけじゃない、返り血にも塗れている邪悪な自分。鬼。それが目の前で見つめていた。

 目を逸らそうとすると鬼は俺の顔を掴む。掴んで、逸らさせない。嫌々目が合えば、何故か恐怖心が和らいだ。

 どうしてそんな格好で、そんな綺麗な目をしてるんだと。矛盾で困惑する。

 

 

ーーもう二度と繰り返さないために。

 

 

 繰り返さない……

 

 

ーーわかるだルルォ?

 

 

 んにゃぴ……

 

 

 

 

 

 

 思い出す。自分が何者なのかを。

 

 そして笑う。鬼達が笑う。そうだ、そうなのだ。俺の使命。それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時的に主途蘭は先ほどのポイントに撤退した。また手を出そうとしても雪華綺晶に勘付かれて終わるだろう。なら一度作戦を練り直し、分断させる。それを得意とする主途蘭ならば、もしかすればあるかもしれないと思ったから。

 時間はまだある。ここは迷路のようなものだ、白に包まれれば方向を見失う。それはあの化け物でも一緒だと。

 

 だから、主途蘭は驚いた。

 

 男が起きている。目を開いて、こちらを見ているのだ。存在しない心臓が跳ね上がった。恐ろしい何かが、自分を視線だけで射抜いていた。

 

 

「おはよ、ございます(SGW)」

 

 

 

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