主途蘭からの襲撃を雪華綺晶が未然に叩きのめし特に妨害されずに進んでいくわし(53)。だがそんなハイキングのように楽な道のりも、唐突に突き当たった行き止まりによって険しくなる。
しかもただ行き止まりなのではない。三つ、扉があるのだ。丁度俺たちを分断するように設置された扉はどう考えても主途蘭の策略。恐らく3対1じゃ部が悪いからこんなことをするんだろう、1組なら彼女が得意とする暗殺技術で始末できると考えて……
道は他にないから迂回はできないだろう。
「おいあれどうするよ」
カップルを見つけた時のようなKBSトリオを真似ながら雪華綺晶に尋ねる。実質このパーティの指揮者は彼女だからだ。
だが彼女は躊躇いなく(そもそも俺を無視して)真ん中の扉へと向かっていく。俺は小声でガキが……舐めてると潰すぞ(実年齢は上)、と言って槐と顔を合わせた。どうやら彼らとはここでお別れのようだ。
「俺は右に行くぜ。もしハズレ引いて戻ってきたらハズレの扉開けっぱにしといてや」
え、ちょっと待ってくれ!と泣き言言いそうな槐を無視して右の扉を開ける。蒼星石はちょっと罪悪感がありそうな表情を浮かべているが、残念ながら俺にはあいつに対してそんな感情は一欠片も持ち合わせていないのだ。だってお前が主途蘭どうにかしてりゃ良かった話だろボケ。
一人と一体残された槐と薔薇水晶。どうしようと慌てる槐とは対照的に薔薇水晶は冷静だった。性格も似てないし一緒にいた月日も短いが(殆ど檻の中で不貞腐れていたのを眺めていただけ)、主途蘭は姉妹だ。槐という、ローゼンには劣るかもしれないがれっきとしたマエストロが生み出した、同じ人形なのだ。
だからわかる。次に彼女がしようとしていることが。そして、真っ先に自分達が襲われるだろうということも。
「おとうさま」
狼狽している槐を呼ぶ。
「え、なんだい薔薇水晶?帰るかい?」
その台詞に少しばかりの呆れを感じはしたが、それを表情に出さずに薔薇水晶は提言する。
「行き、ましょう……主途蘭が待ってるの」
「うぅぅ、僕が招いた事態とはいえ……仕方ない、分かったよ……」
いつも通りの薔薇水晶と、その後ろをトボトボしながら歩く槐。彼らは左の扉へ。そしてたどり着いたのは、真っ白な水晶が文字通り生えるフィールドだった。
槐は一瞬戸惑ったが、すぐにここがnのフィールド、しかも主途蘭が所有する場所であると判断した。彼女に似た力の痕跡が感じ取れたのだ。
仮にも槐は錬金術を極めた人間。よく青年二人にカツアゲ紛いのことをされるが、彼は常人よりも長生きだし色々な力を持っている。本来であるならばあのクソガキ二人も倒せるくらいの力はあるだろうが、そんなことをしようものならその場で発砲されるし何よりドールズの報復が怖いからやらない。
「主途蘭……」
反抗期中の娘の名を呟く。しかしこれはまずいかもしれない。まるでデコイのように散りばめられた力の痕跡のせいで、主途蘭が近づいていてもわからないかもしれないのだ。
「薔薇水晶、気をつけてくれ。ここは……」
「妹なら、あそこ」
不意に薔薇水晶が遠くに聳え立つ水晶を指差した。目を凝らせば、その天辺に立つ人形がいる。主途蘭だ。彼女が、薔薇も使わないで、人形の大きさでそこにいる。
まるでアサシンが高いところに登って周囲の地形を掌握するように、彼女も高いところで槐たちを見下ろしていたのだ。槐の心臓が跳ね上がる。真っ先に自分たちを狙ってきたのだと、理解した。
「す、主途蘭!」
彼女の名を呼ぶが、主途蘭は険しい顔で何やら思いつめているようだった。返答はせず、ただ立ち尽くす。次いで、薔薇水晶が手ぶらで近寄っていった。
「主途、蘭」
ぎこちない喋り方で妹の名を呼ぶ。そこでようやく、主途蘭は反応を見せた。両手を広げて水晶から飛び降りると、スタッと着地を決めてみせる。高さ30メートルはあっただろうが、それでも余裕そうだった。槐としては当たり前だ、そう設計したのだから。
「いくら戦場を見ようと、怖いものがある」
何の合図もなしに主途蘭が語る。同時に薔薇水晶は足を止めた。
「人間の闇などあの娘で散々見てきたつもりだった。他にあれほどの憎悪と嫉妬を持つ輩はおるまい」
「何を……」
言っている意味が分からない。だがそれでも主途蘭は話を続ける。
「儂は愚かじゃった。哀れな父と弱い姉、それらから逃れるために逃げ出し、力を手に入れたい一心で契約し、戦い……いや、戦いではない。あれはただの搾取だ。だが、それすらも奴の闇に比べれば可愛いものよな」
自嘲気味に笑う主途蘭。眉をハの字に曲げる槐とは対照的に、薔薇水晶は的確に答えた。
「雪華綺晶。そして、そのマスター。貴女は、愚か。最も、敵に回してはいけない……どんな動物よりも獰猛で、どんな人間よりも欲深い……彼らと、敵対した」
単に主途蘭は後悔していたのだ。どうしようもない後悔を、二人にぶつけていた。父として、姉としてそれを聞く義務があった。そして救う義務も。
槐は一歩踏み出すと、力強く言う。
「主途蘭!今からでも遅くない、なんとかするよ!だから……だから、戻っておいで!後のことはそれから考えよう!きっと彼らも……怒るだろうけど、許してくれるかもしれない!」
必死な叫びだった。娘を手にかけたい父親などいないのだ。だから槐は望むのであればできる限りの援助をするつもりだった。
だが、雪華綺晶は笑いながら首を横に振った。
「なんとその言葉の心地良い事か。だが無理じゃ」
「なんで……」
「儂が一体あの娘のために何人殺めたと思う?」
泣き出しそうな笑みを浮かべて言う。
「10人?50人?100人までは覚えておる。世界中から人を攫った。そのために銃を持った人間とも戦った。そして養分にし、手駒にし……気がつけば儂の魂は真っ黒に染まっておったよ」
言葉を失った。前の青年への襲撃も彼女がやった事だとは槐は思っていなかった。だがここへ来て真相を知っただけでなく、自分の娘が殺しのための人形と成り果てていたのだ。
槐の頭は真っ白になり、呆然とする。全身から力が抜けた。そんな事をさせるために産んだんじゃない。ただカッコよかったから、アサシンのような格好にしただけだった。そんな軽はずみな気持ちから生まれた罪と、娘の苦悩が彼を傷つけた。
「力は手に入れた。だが、それだけ。結局あの雪華綺晶には届かず……新しい居場所すら失った」
彼女の脳裏に偽装として通っていた高校生活がよぎる。生まれたばかりで何も知らない彼女からすれば、中々楽しかったあの場所。だが、こうして契約者が行動に移してしまった以上もうあの場所にはいられない。迂闊に学校になど通えば、あの残酷な雪華綺晶とそのマスターは学校もろとも自分を消しにかかるだろう。
「お父様」
主途蘭が、槐を呼ぶ。初めてだった。初めて彼女が槐を父と呼んだ。
「儂は地獄に落ちる。その前に、まずは自らの原点を消す。でなければ、また貴方は儂のような哀れな人形を造ってしまうだろう」
そんなことないなど、言えなかった。槐は人形師だ。人間ではもうない、その魂も、人形を作るために存在する。きっと今はそうでなくとも、いつかは変わる。人形を作りたいと言う欲が戻る。人間に食欲があるように、満たされた欲はいつか磨り減って新たに欲するようになるのだ。
だから、槐は懐から拳銃を抜いてみせた。それは彼なりの決意だったに違いない。
「そうやって実の娘に銃を向けることになる。ならばその前に死ぬのが生まれてこない娘のためじゃ」
主途蘭も腰の剣を抜く。
ただ一人、薔薇水晶が目を瞑っていた。二人が戦う態勢に入っても、水晶の剣を抜かず、ただ静かに。まるで水晶の如く。
「生きるということは、戦うこと」
不意に薔薇水晶が呟く。
「ありきたりな言葉じゃな」
「ええ。でも、どこかで、誰かが言った気がする。戦うだけがアリスになる道ではない、とも」
「ならば姉上も戦わず剣の錆になるか?」
「いいえ。私達は、人形。人形は、人間のために、ある。お父様が戦えというのなら、従う。間違っていても、それが使命。ましてやお父様に……娘は殺させない」
「ハッ、あくまで自分を殺すか。それも良い、戦う目的を与えられるのはさぞ心地良かろう。……儂と違ってな」
刹那、主途蘭が一直線に薔薇水晶へと駆け出す。槐は慌ててそれを狙うが、銃線上に薔薇水晶がいて撃てない。
「まずは姉上から死ねッ」
喉元めがけて剣を突き立てる。だが、剣が彼女に触れる瞬間に主途蘭は動きを止めた。
「っ!?」
主途蘭は驚く。気がつけば剣を握る腕に蔦が絡み付いていたのだ。出どころは周囲の水晶……一瞬、雪華綺晶を警戒してしまった。
「まさか」
言いかけて、剣を避けて突進してきた薔薇水晶の掌底が主途蘭の胸元に突き刺さる。蔦ごと吹き飛ぶ主途蘭、薔薇水晶は淡々と言った。
「雪華綺晶は、私達のトラウマ。蔦を見れば本能的に、貴女は彼女の出現を、警戒する」
「ちぃっ!」
左手のアサシンブレードで蔦を斬りはらう。確かにその通りだった。主途蘭にとって雪華綺晶とは絶対的な敵であり力でもある。そして彼女が扱う蔦を見れば、冷静など保てない。薔薇水晶の作戦にしてやられたのだ。
だが、死んではいない。とてつもなく胸が痛いが……それが甘さ。姉としてか、それとも別の理由が齎した情けか。
「今日は随分とお喋りだな。いつもそれだけ喋るならば可愛げもあるだろうに」
「薔薇水晶は可愛いぞ!」
「そういうことを言ってるのではないだろうが……」
槐の謎フォローに呆れる主途蘭。だが、同時に嬉しくもあった。まさか初見で完膚なきまでに叩きのめされた姉が自分を手玉に取って一撃を加えるとは思わなかった。
彼女との戦いは無駄ではない。自分の糧となる。
「良かろう姉上、儂も全力を出そう。久しぶりにまともな戦いだ、楽しみたい」
そう言うと、主途蘭は背中から何かを取り出す。それはスモークグレネード。槐が作ったものではない、彼女がどこかから調達してきた人間の道具だった。
シュー、と音を立ててたちまちに煙が主途蘭の姿を隠す。本来ならばスモークグレネードに人間をすぐ隠すほどの能力はないが、きっと主途蘭が何かしら手を加えているのだろう。
「主途蘭!」
娘の名を叫ぶ槐だったが、煙が晴れた時には彼女は消えていた。完全に姿を消したのだ。まずいことになった。
「どこから来るか分からない、気をつけるんだ!」
注意を促し警戒する槐とは裏腹に、薔薇水晶は動かない。ただ直立し、その時を待っていた。
そして、
ズゴンッ!槐の真横に紫色の巨大な水晶が地面を突き破って現れる。驚いた槐だったが、すぐに薔薇水晶の行動の意図を理解した。
「やるじゃないか」
主途蘭が、水晶を挟んですぐそばにいたのだ。しかも剣を振り下ろしていた。もし彼女が水晶で槐を守らなければ今頃真っ二つにされていただろう。そして、そんな起点の利く薔薇水晶を妹は賞賛した。
「私、貴女のお姉さん」
そう言って薔薇水晶は凄まじい瞬発力を見せる。一気に主途蘭へと距離を詰めると、いつのまにか持っていた水晶の剣で襲いかかった。それを籠手で受け流すと、主途蘭は反撃に剣を繰り出す。
薔薇水晶は元々ローゼンメイデンに対抗して造られたドールである。自分の師であるローゼンを超えるべく造られた彼女は、スペックだけで見れば他のドールを凌駕している。槐も最初こそ打倒ローゼンを企んでいたが、いつしか薔薇水晶との生活に安らぎを見出してその目標を放っぽり出してしまったのだが……それでも彼女は強い。ただ雪華綺晶は相手が悪かっただけで。
もちろんその強さは主途蘭も受け継いでいる。
生まれたての頃は水銀燈に押されたが、彼女は進化するように、最適化するように個性を持たされた。どんな相手にも対処し、確実に任務をこなす……打倒ローゼンを捨て去ったとはいえ、造るならば全力を尽くすのが槐だ、妥協は無い。
二人の戦いは白熱していた。
「ふっ!」
主途蘭の振り下ろす剣を受け流す薔薇水晶。だがそれだけで終わるアサシンでは無い。左腕のリストブレードで殴りつけるように斬りかかる。
「ッ!」
間一髪で避けると、ローキックを打ち込む。それを主途蘭は膝を折りたたんで防御する。隙が出来た主途蘭に、蹴りの運動エネルギーを殺さないでくるりとフィギュアスケートのように回転すると剣で斬りつけた。だが主途蘭はダッキングしてそれをかわす。
一進一退の攻防が続く。槐はそれを黙って見ているしか無い。不必要に撃てば薔薇水晶に当たるかもしれないからだ。
「くっ!」
薔薇水晶が斬撃に混じらせ蔦を放つ。本来彼女の武装には無い蔦は、雪華綺晶が彼女に供与したものだった。まさかこれを予想していたのだろうか。
主途蘭の足にそれがまとわりついて動きを止めると薔薇水晶が斬りにかかった。
「ははっ」
主途蘭は笑いながら剣を手放し、薔薇水晶の腕を押さえて防御する。槐はここぞとばかりに銃を構えるが、
「邪魔をするな!」
主途蘭が左腕を槐に向けると、隠し手である籠手内蔵のピストルを放った。
「うっ!」
その一発が槐の脇腹に当たると彼は倒れた。
「お父様!」
槐に気を取られる薔薇水晶。それを見逃すほど主途蘭は甘くはなかった。
左手のブレードを展開すると、撫でるように薔薇水晶の足を突き刺す。苦痛に顔を歪める姉をそのまま突き飛ばすと、拘束していた蔦を切り落とした。
「契約者、あるいは大切な人。その価値は分からないが、否定するほど愚かでも無い」
倒れこむ薔薇水晶に歩み寄る主途蘭。剣の切っ先を彼女の目の前に突きつけた。
「だがそれが命取りにもなる。儂はそれを信用しようとは思わん」
見つめ合う姉妹。歯車が狂った血の通った二人は、静止した。
「薔薇水晶ッ!」
槐は倒れながらも、無理やり横に寝そべってリボルバーを撃つ。
見事なファニングだった。まるで西部劇のアウトローのように、シリンダーにある弾丸を撃ち切った。
槐は長い人選の中で、数年を西部開拓時代で過ごしたこともある。その経験が生きたのだ。まぁ、彼のリボルバーはダブルアクションだからハンマーコックしなくとも撃てるのだが。
「うぐっ!」
そのうちの一発が主途蘭の腕を掠める。すぐに彼女は二人と距離を取った。そして自身の腕を確認する……えぐり取られた擬似的な皮膚はもう再生していた。恐らく養分と化した人間からエネルギーを補給したのだろう。
「見直したぞ、お父様」
再び水晶の上に陣取る主途蘭。彼女は剣をしまうと、嬉しそうにそう言った。
「主途蘭!うぎっ……」
対して槐と薔薇水晶は手負いだった。だがそんな彼らに手を下さず、主途蘭は背を向ける。そして言った。
「生きていればまた会おう。それまで勝負はお預けだ、姉上」
それだけ言うと姿を消す。出血により薄れゆく意識の中、槐の心には主途蘭に対する罪悪感と。同時に、娘がここまで歪ながらも成長してくれたことに対する喜びが芽生えた。
夜の森に屍が転がる。
一つ、二つ、十、二十。数えるのが億劫になるほどの亡骸が転がっていた。
その中心に少年は立つ。黒いジャージに変化は無いが、その肌は返り血で真っ赤に染まり。月夜を映す瞳だけが不気味に光を放ち。
ジャコ、っと、淡々と拳銃の弾倉を変える。数個めの弾倉を入れ替えると、レバーを操作してスライドを前進し、弾薬を装填した。
圧倒的。まさにその言葉に尽きる。いくらゾンビを集めようが関係ない。弱冠十四歳の少年はそれらを撃ち、殴り、絞め、折り、全て殺してみせた。
そこには先程まで綺麗だった河原 礼は存在しない。ただ殺人鬼として行動する、殺しの天才がいるだけだった。
「人間は脆い。肉体的にも精神的にも簡単に折れるものだ」
まだ息のある屍の頭部に発砲する。その姿を見てめぐは感銘を受けていた。
「そしてお前もその一人だ、めぐ」
あれだけいた手駒は数分の内にすべて少年によって倒された。水銀燈は手を貸していない、ただ傍観していただけ。たまに彼女にも屍のは襲いかかったが、手が触れる前に少年に頭を射抜かれたのだ。
少年の姿を見て身体を捩らせる少女は息を荒くすると、両手を頬に沿わせた。いわゆる、恍惚のヤンデレポーズというのだ。
そんな狂った少女に興味もない少年は尋ねる。
「お前もじきにこうなる。嫌か?」
少女は息を飲むと、紅潮した顔と笑みで言う。
「私、死んでもいいわ」
ため息しか出なかった。やはり馬鹿は死んでも治らないというのは事実のようだ。なら彼女はここで死ぬしかないのだろう。
礼は左手に隠し持っていたカランビットナイフをクルクルと回すと告げる。
「じゃあ死ね」
向かい合う少年と少女。ロマンチックもクソもない二人は、自らのために殺しあう。愛情は歪で、殺意によって変質している。だがそれでいい、それで解決するのなら、どうでもいいのだ。