広大な深林に銃声が響き渡る。その度に動物が警戒の声をあげ、鳥達が逃げるように羽ばたいた。観光にでも来ているのならとても自然に溢れて美しいと感想を述べるだろうが、今の俺達にはそんな余裕は無い。
「また来る!蒼星石!」
「こっちは大丈夫!」
扉を開けた先はよく分からない森だった。それもただの森では無い。木はデカくて、お太い!何というか、アメリカの自然公園の中みたいな色々サイズ感がデカイ森だ。こっちの木なんてさ、すごいんだぜ?人が4人集まって輪になってようやく囲えるくらいの太さだ。高さだって50メートルはあるに違いない。
もっとも今の状況は観光には程遠い。最初こそ静かだったものの、気がつけばわらわらとゾンビのように生気がない人間達が俺らめがけて集まってきたからだ。
「逃げるぞ!ついて来い!」
数メートル手前まで迫ったゾンビ共をライフルで蹴散らすと、大声で叫んで後退する。いや後退なのかわからない。入り組んだ地形のせいで前後があやふやになっているのだ。樹海とかもこんな感じで迷子になるのだろうか。
蒼星石もゾンビの手足だけを鋏で切り裂くと逃げる俺を追ってくる。奴らが生きているのか死んでるのか分からないが、動きがのろまなのは助かる。
「マスター、彼らまだ生きてる!多分操られてるんだ!」
軽快にジャンプするように移動する蒼星石が言う。
「はぁ!はぁ!気にすんな!邪魔ならどっちにしろ殺す!」
生身でnのフィールドへとやってきた俺は身体能力も変わらないから走るのがキツイ。普通に走るのならともかくとして、装備や銃を持った状態で走るのは苦痛でしかないのだ。そもそも俺は軍人じゃないし。
そんなこんなで数百メートルほど走ると、奴らの姿も見えなくなる。なんとか逃げ切れたみたいだが、ゾンビは鼻が効くと言うし安心はできないだろう。
俺は手頃な丸太に腰掛け、息を整えながらハイドレーションの水を飲む。
「あぁ^〜うめぇなぁ!」
「奴ら、主途蘭に生命力を奪われすぎてまともに思考できなくなってる……なんてことを」
正義感の強い蒼星石はあのアサシンドールのした事に怒りを募らせるが、俺としては銃を持って襲ってこないだけでもマシだ。あんな人数と銃撃戦なんてしたら1分ももたないだろうからな。
数分休憩して、俺は残弾を確認する。持ってきたのはライフルの弾倉が7つとハンドガンの弾倉が3つ。そして使い切ったのがライフルの弾倉2つだ。今装填している弾倉も10発は撃ってしまっているから無駄に使えない。
「バックパックも持ってくりゃ良かったな」
重量が増えるが弾がなくなるよりはマシだ。と、一度は静まり返った森がまた騒がしくなる。鳥が警戒するような声をあげているのだ。
俺は立ち上がって周辺を警戒する。まさかまたあのゾンビ野郎が来たのだろうか。
「蒼星石気をつけろ、なんかが」
「マスター上だッ!」
蒼星石が叫んだ瞬間、背中に鈍い痛みが走った。次の瞬間、発砲音。衝撃と痛みに倒れ込みながら振り返れば、すぐ後ろの木の上に主途蘭がいた。それも左腕をこちらに伸ばして……あの野郎撃ちやがった!
「クソッ!」
痛みを無視してライフルを構え引き金を引く。サイレンサーを装着していても発砲音は消えるわけではない。減音された銃声が数回響くが、主途蘭は忍者のように木から木へと飛び移るとそれをすべて避けてみせた。
「マスター!怪我は!?」
まるでパダワンのように蒼星石が俺の身を案じる。
「クソ!痛てぇ!」
結果的に言えば無事だった。着ていたアーマーの耐弾プレートに守られたようだ。貫通力が無くて助かったぞ。
死ぬほど痛いが骨にも異常はないようだから主途蘭を探す。だが彼女はいつのまにかまた消えていた。これは……ザ・フィアーじゃな?(MGS並感)
「背中守ってくれ!また撃たれたらシャレにならねぇ!」
そう命じると、蒼星石は背中合わせになるようにカバーしてくる。出て来いクソッタレ……(プレデター)
ガサッと木の上で音がした。すぐにその方向を向いて発砲する。
「いたぞ!いたぞぉおおおおお!」
単発で撃ちまくる。だが主途蘭はいなかった。代わりに穴が空いた鳥が落ちてきた……悲しいなぁ。
「案外雑じゃな」
不意に真上から声が響く。すぐに二人で見上げてみれば、主途蘭が真っ逆さまに木にぶら下がってこちらを見ていた。
「死ねコラッ!」
真上にライフルを向けて引き金を引く。だがカチリという音だけでライフルはうんともすんとも言わない……弾切れだった。迂闊だ。
刹那、主途蘭の腕から蔦が伸びる。急なことに対応できずその蔦が俺の片足に巻きつくと勢いよく引き上げたのだ。
「アッー!」
「ま、マスター!」
無様に捕獲されていく俺を見上げる蒼星石。一方で俺は主途蘭の立つ太い枝の下に上下逆さまに宙ぶらりんになってしまった。
「貴様もあの男同様色々危険じゃな。ここで大人しく眠っておれ」
ちょっと眠ってろお前!(意訳)主途蘭は吹き矢のようなものを取り出すと、俺の首筋目掛けて何かを吹いた。針だった……あれ、なんだか眠くなってきたのら。
「う、羽毛」
あっけなく眠りに着く俺。
「主途蘭!マスターを離せ!」
「この人間には興味はない。だが貴様は別じゃ……ここで死に我が剣の錆となれ、蒼星石」
冷たく言い放つと彼女はまた木から木へと飛び移って隠れようとする。それを蒼星石が許すはずがなかった。
彼女は持ち前の素早さで主途蘭を追うように木へと飛ぶ。アサシンをモチーフにして造られた主途蘭でも、戦う庭師を職とする蒼星石を撒くのは至難の技のようだ。
「なかなかどうして、機敏に動きよる」
逃げ回りながら余裕を含んだ賛美を送ると、主途蘭は蔦を腕から展開させ遠くの木へとそれを巻きつけた。そしてその蔦を縮ませる事により蜘蛛男のように今までより高速に移動してみせる。
「速い……!」
流石の蒼星石でもこのスピードには着いてこれない。段々と距離が開き、ついには彼女を見失った。
そこで気がつく。自分が森のどこにいるのか分からない。もちろん、マスターである俺の場所もロストしていた。これこそ主途蘭の計画だった。俺が目覚めてもいいように、蒼星石を孤立させる。
「どこに……」
懸命に周囲を見回す蒼星石。そのオッドアイに、見覚えのある物体が映る。ゾンビ達だ。
「そういうことか主途蘭」
険しい表情の蒼星石。主途蘭は単に彼女を孤立させただけではない。配下のゾンビがいる、自分のエリアへと彼女を誘導したのだ。
迫り来るゾンビ。簡単に殺せる相手だが、蒼星石は人を殺したことがない故に鋏を向けるのを躊躇う。だが主途蘭と同時に相手するのは至難の業だ。だからまた跳躍し、細めの枝の上に足をつけた……が。
バキィ!と、枝が折れる。驚いて枝を見てみれば、主途蘭が遠くから蔦を操り枝をへし折っていたのだ。
地面へと叩きつけられると、すぐに蔦が自分の手足に絡みついて拘束する。
「高貴なのは認めよう。だがそれは甘さでもある。貴様の敗因はその甘さだ。手を下すまでもない」
一人高台から動けない蒼星石を見下ろす主途蘭。必死に蔦を外そうとするが、手足が拘束されているせいでうまくいかない。
気がつけば、ゾンビ達は蒼星石を囲んでいた。鋏はすぐ目の前にあるのに、なにもできないでいる。
「くっ!レンピカッ!」
人口精霊を呼び、自身の拘束を破ろうとする……が。
「それも予想済みじゃ」
ターザンのように近くを通り過ぎていった主途蘭が人口精霊を掴んで奪っていったのだ。
「安心せい。貴様のローザミスティカを奪った後にこやつは活用してやる」
手の中で暴れるレンピカをただ見るしかない蒼星石。ゾンビの手が乱暴に彼女の身体を掴む。
「や、やめ!」
言葉は通じない。その生気の無い男達が、彼女を解体しようと無造作に引っ張り出したのだ。彼女の顔は苦痛に歪む。
「いぎっ!?ああああああ!!!!!!」
絶叫が木霊する。主途蘭としてはこの結末は望んだものではないが、そうは言っていられないのが現状なので甘んじて受け入れる事にする。
ミシミシと関節が悲鳴をあげる。力はそうでもないが、寄ってたかって引っ張られれば人間でも裂けるだろう。蒼星石の脳裏に死の文字が過ぎる。同時に、自分のマスターであるあのメガネの寂しがり屋の顔が浮かんだ。
「マ、スター……!」
「呼んだかマイハニー!」
幻聴ではない。はっきりと、あの青年の声が響いた。同時にライフルの発砲音もだ。
彼女を嬲っていたゾンビ達はたちまち地面に倒れる。それを主途蘭は驚いた顔で眺めた。
「そう驚く事ではないでしょう?主途蘭」
刹那、背後から自信と気高さに満ちた乙女の声。振り返れば、拳を握りしめこちらに振り抜こうとする真紅がいたのだ。
「ごぁッ!?」
上条さんも真っ青なパンチを頬に打ち込まれ吹っ飛ぶ主途蘭。彼女は空中で回転すると、なんとか足から地面へと着地した。
そんな主途蘭を、真紅は何事もなかったかのように見下ろす。
「あら、これでも本気で殴ったのだけれど……あまり痛くはなさそうなのだわ」
主途蘭は頬を拭うと強がりながら笑った。
「いや、痛かったぞ。まさかあの真紅が武闘派とは思わなかったわ」
二人がやり取りをしている間に俺は蒼星石の拘束をナイフで解いて鋏を渡す。しかしまぁ、あれだな。郁葉じゃねぇけどああいう声をあげる女の子も……最高やな!(リョナへの道)
と、そんな俺達の前にデカイ黒猫が俊敏にやってくる。賢太だ。
「無事でよかった。友達の恋人が傷付くのは見ていられないからね」
そう言うと賢太は人間へと戻る。
「姿が無いからどこへ行ったかと思ったが……なるほど、蒼星石は儂をあぶり出す餌か」
別にそう言うわけでは無い。単純に雪華綺晶が賢太と真紅を待たずに侵攻を開始してしまったからだ。
「しかし君も変わらないね、まさか眠らされるとは。遠野になった気分はどうだい?」
こいつは郁葉には従順なくせに俺にはクソほど煽ってくるからムカつく。
「うるせえ。お前だって郁葉と四章ごっこしてんだろ!」
「……まぁ、多少はね?」
「してるのか(困惑)」
やっぱりホモじゃ無いか(確信)まぁこいつらの性事情はさておき、今は主途蘭をどうにかしなければならない。
「四人に勝てるわけないだろ!」
「ふん、部が悪い勝負に勝てると思うほど自惚れてはおらん」
違うだろぉ?(語録不足)でも淫夢厨じゃないから仕方ないね(寛容)
「あら、私の姉妹を傷物にして帰れると思っているの?」
真紅が威圧する。傷物にしたのは俺なんだよなぁ……(別小説)
「ホーリエ!」
真紅は人口精霊を呼び出すと、枝から飛び降りて主途蘭へと向かう。そして彼女の周囲に薔薇の花弁が舞った。
「ローズテイル!」
必殺技のごとく叫ぶと、凄まじい風と薔薇の花弁が主途蘭を襲った。しかし主途蘭は余裕の表情で笑う。
「ふん」
地面から突き出た水晶がローズテイルを阻む。だがこれで終わる武闘派ではない。拳を握りこむと、水晶へ向けて思い切り打ち付けた。
音を立てて割れる水晶。その後ろにいたはずの主途蘭は姿を消していた。
「口調の割には随分と荒っぽいな」
いつの間にか先程まで真紅がいた枝に座っている主途蘭が嘲笑う。
「その減らず口もすぐにきけなくしてやるぜ」
俺がライフルを向けると、主途蘭は邪悪に笑って何かを放り投げた。それを見て身体が強張る。レバーが外れた手榴弾だった。
「グレネードッ!」
慌てて俺は蒼星石を抱えて木に隠れる。賢太も同様に、一番手榴弾に近い真紅を猫形態でもってかっさらって隠れる。
爆発は凄まじかった。あの手榴弾はM67と呼ばれる米軍採用のモデルで、爆風だけでなく破片で相手を殺傷するタイプのものだ。
その破片の一部は200メートルまで飛来する。一つでも喰らえば重賞は免れないだろう。
「クソ!あの野郎!」
悪態を吐きながら木から顔を出せば、もう主途蘭はいない。どうやらこれを機に逃亡したようだった。
「ね、ねぇマス……隆博くん」
「はい?」
不意に蒼星石が言い澱むように名を呼ぶ。彼女は顔を赤らめて困ったように笑うと言った。
「さっきの登場、かっこよかったよ、きゃ!」
思わず俺は蒼星石を抱きしめて赤いほっぺにちゅーした。可愛すぎるだろこの子。
空虚の世界に足音が鳴る。コツン、コツンと小気味よく。鼻歌を口ずさみ、一人歩くは雪華綺晶。真っ白な背景にパールのドレスを身に纏い、後ろ手に道を行く彼女はピクニックのお人形。
時折襲い来るゾンビと水晶、そして蔦をすべて自身の蔦一本でねじ伏せながら歩く姿は王女の化身。
彼女はいつもの微笑を絶やさず、しかし金色の瞳には暗い光を灯しながら、愛すべき人が待つ所へと足を運ぶ。そんな自由気ままな彼女の行く手に、彼女はいた。
「結局、儂はローゼンメイデンどころか姉すらも越えられなかった」
人間大の水晶に寄りかかるのは暗殺者の人形。彼女は自身の手から伸びる蔦を見て自嘲気味に笑う。
「親から見放され、人形としての本質を見失い、最後に残ったものはこの進化する力だけ。哀れすぎやしないか」
化け物に対抗するために得た蔦の力。姉と戦いその偉大さを身を以て知った故に身についた白い水晶。だが、その本質はすべてこの少女が持つ力。
主途蘭が真似た少女は足を止めた。その顔は先ほどと変わりない。そして、目の前にいるマスターを攫った哀れな乙女にも興味など抱かない。ただ、スマートフォンで暇潰しに検索したSSを読むように、少女の独白を聞いているだけ。数分すれば内容は忘れる。
「自ら闇に堕ち、道を進んだと思いきやすべて貴様らの掌の上。どうあがいても儂は人形の域を出ないようじゃ」
「マスターはこの先?」
それすらも無視して雪華綺晶は問う。興味はないとはっきり告げていた。だがそれでも、生まれたばかりの少女は言う。
「そんな儂でも戦わなければならん時はあるようじゃ。例えば、貴様」
横を向きながら指をさす。その先には雪華綺晶。背筋を伸ばし、バレリーナのような佇まいは人形の美しさの見本のよう。
「貴様とあの男を生かしておけば、これだけではない。もっと死人が出るだろう」
「ダァれが殺した駒鳥さん」
雪華綺晶は歌い出す。
「正義感や綺麗事で止めるのではない。本能で貴様らを止めるのだ」
彼女が寄りかかる水晶に薄っすらと人影が見える。白いパーカーの青年、彼女が愛して止まない男。
その水晶を雪華綺晶は指差す。そして狂気に満ちた笑みを浮かべて言う。
「みぃーつけた」
瞬間、主途蘭が動く。今まで薔薇水晶と蒼星石を相手にしていた時のような速度ではない。それすらも凌駕した、本気で殺しにくる速度。
左腕の暗器を展開させ、右手には剣を握り、無垢な少女へと一直線に襲いかかる。
「それは私よ」
主途蘭の剣が空振った。気が付けば雪華綺晶は自分を通り越して水晶へと歩み寄っていたのだ。
完全に捉えていた。暗殺者として生み出された自分の動体視力が、あんなにのろまに歩く姿を見失うはずがない。すぐさま振り返り、ゆるいロングウェーブの髪目掛けて剣を振るう。
「私の目で、ガラスの目で」
主途蘭の動きが妨げられる。最初は蔦が剣に絡みついたのかと思った。だが違う、糸だ。蜘蛛の糸が、自分の身体に纏わり付いている。
警戒していた。彼女が蔦で妨害してくるのは目に見えていた。それを十八番とするのが雪華綺晶ではなかったか。だが今のは違う、意識してたとかしていなかったとかではない。完全に、気がついたら糸が絡まっていたのだ。
「このッ……!」
必死に主途蘭が糸を解く。剣を使えばあっさりと糸は取れる。その間にも少女は歩みを進め、そして歌う。
「誰が作るの、死衣装。それは私よ。私の糸で」
主途蘭に絡みつく糸の数が増える。いつのまにか増える。未知なんてものではない。悍ましい。何が起きているのかわからない。
「誰が掘るの、お墓の穴を。それも私よ。私の水晶で、小さな水晶で」
主途蘭の身体を影が覆う。上を見上げてみれば、彼女よりも大きな水晶が落ちてきていた。急いで動きに支障をきたす糸を切り裂くと、その場から飛び退いて水晶を避ける。刹那、落下した水晶が先程までいた場所に穴を開けるほど深く突き刺さった。
「化け物めッ!」
呪いを吐き捨てながら再び雪華綺晶の背を追う。だがまたしても不可思議な事が起きる。どれだけ彼女に近寄ろうとも、距離が縮まらない。隣を見てみれば、まだあの水晶があるではないか。彼女は進んでいないのだ。どういうわけか、進もうとしてはこの場所に引き戻されている。
「誰がなるの。司祭になるの。それは彼。私の愛する大事な人間」
雪華綺晶の手が水晶に触れる。
「彼の聖書で、小さな聖書で」
雪華綺晶の手にはいつのまにか拳銃が握られている。古いが機能美に溢れた拳銃。それをそっと水晶で眠る青年の胸元に置く。
「付き人は誰?それは」
歌う少女は振り返る。その笑みはこの世のものとは思えないほどに歪で、それでいて純血で。
「私。マスター、お迎えに上がりました」
水晶が割れる。光を反射し神秘的にも見えるカケラが零れ落ち。
青年が目を覚ました。