痛みというよりは、ただ単純に熱かった。急に焼印を押されたようにも感じたし、それにしては腹の中までホッカイロを突っ込まれたように熱いので不愉快だ。
そして少女が手を止めてその違和感を確認すると。
青年がいつの間にか彼女の脇腹に拳銃を突き付け、その引き金を引いていた。少女の顔が驚愕に染まり、それから遅れて痛みがやってくるとその身体がふらつく。
「ヒヤッとしたよ」
楽しかった、そう言わんばかりに青年は不敵な笑顔で彼女を讃えた。しかし彼は片足を思い切り振り上げて少女の背へと打ち付けると、前のめりになった彼女と位置を入れ替えるように回った。
マウントを取られ、激痛の中でもうつ伏せで、なんとかもがこうとする少女のふくらはぎを青年は撃ち抜く。
「あ゛ぁあッ!!」
少女の絶叫が響いた。それでも彼女は気力を振り絞って抵抗する。それまでテクニカルな動きで対処していた彼女らしくない、手のつけられない子供のように暴れて無理矢理拘束を解いた。
青年は特に抵抗せずに少女をフリーにしてやると立ち上がり、手にする拳銃のスライドを半分引いて薬室を確かめる。
「前は録に手も足も出なかったなぁ」
懐かしむように言う青年の背後で、少女は気力だけで立ち上がって無理にナイフを振りかざす。
「そういや前もカランビットだったな。随分物好きじゃないか」
青年は少女の腕をブロックするとそのまま攻撃を受け流す。受け流した先は少女の太もも。その鋭利な刃先はいとも簡単に彼女のきめ細やかな肌へと突き刺さり、肉に絡みついた。
「ぐあッ、あぁああ!」
膝をつきかけるが、踏ん張って右手に持つ拳銃で殴りかかる。しかし手負いになって鈍重になった動きでは目覚めた青年を殴ることは叶わない。
青年はまたしても腕をブロックすると、彼女の手にする拳銃に手をかけ、テコの原理で奪い取る。そしてその銃口を彼女の顎に打ち付けた。
鈍い音が響いて後ろへ転がる少女。もはや立ち上がることすらできなかった。
青年は奪い取った銃を左手に、両方の拳銃を少女に向けると笑った。
「おいおい」
その人を小馬鹿にするような言動が彼女のプライドを傷つける。
「CQCなら俺の方が上だ。一度言ってみたかったんだ」
不敵に笑う青年が言う。少女は虫の息でその様子を見ていることしかできなかった。
静かになった二人の戦い。だが彼らのドールズはまだ一進一退の攻防を続けていた。自身のマスターが倒れた事に気がついた翠星石は、鍔迫り合いの最中にも関わらず振り返ってしまう。
「琉希ッ!」
それが勝敗を決めた。雪華綺晶は如雨露を水晶の剣で払いのけると、一気に接近する。そして隙だらけの姉の腹へ、鋭い水晶の塊を一気に突き刺した。
ぐふっと、翠星石が咳き込む。そんな彼女をコルセットごと貫いた水晶を引き抜くと、そのまま蹴り倒した。
事切れたように動かなくなる翠星石。少女は溢れ出る血すら気にせずに相棒である人形の元へと這いずり寄ろうとする。
「すい、せいせ、き」
必死に血で濡れた手を伸ばす。その背後で青年は悲しげに、だがはっきりとした口調で言った。
「戦う自由は誰にでもある」
先ほどと同じように、まるで演説するように。
「だが自由とは常に責任との戦いでもある。誰も自由の前では責任と対峙しなければならないんだ……分かるよな?」
青年が少女の背中へ弾丸を撃ち込む。どんぐりのような弾丸は彼女の内臓へと入り込むと、回転を起こしてずたずたにした。
思い切り血を吐いて動かなくなる少女。だがまだ息はあった。青年はその姿に少しだけ驚くと、やってきた自身のドールを抱える。
「君も俺と戦う責任を遂行した。それだけだ」
青年はそう言うと、彼女に背を向けて歩き出す。
「ローザミスティカは貰っていく。戦利品の一つでも無ければやってられないだろう?」
青年の手の上には緑の硝子細工のような物が光っている。ローザミスティカ、ローゼンメイデンの魂と呼ばる物体。そして、アリスになるための手段の一つ。彼は少女からすべてを奪っていったのだ。
悔しさで胸が溢れる。友達を殺され仇を取れないどころか、彼女と家族同然だった人形すらも死んでしまった。
自分の無力さを呪う。呪って、涙を流す。だが彼女も最早流す涙は存在しない。彼女もまた、人を殺そうと決意した暗い存在と成り果て、その目からは涙の代わりに血が流れていた。
死にたくない。奴を殺すまでは、自分は死ねない。と、一人の人としては十分すぎるくらいの報復心を抱く。
だがそれも、やってきた気だるさと眠気に阻まれかける。死が、明確に彼女を襲っていた。
唇を噛んでも眠い。ならばとまだ動く指先で脇腹の銃創を触る。するとあまりの痛みに失神しかけたが、そのおかげで感覚がまた戻ってきた。
気配がした。うつ伏せになる彼女の横に、誰かがいる。青年ではなかった。彼の足音は遠くに消えていったのだから。
ならば誰と、首を動かして見上げてみれば。
「随分と苦しんでおるな、琉希」
存在の薄い彼女の友が、そこにいた。
余裕ぶって歩いていたが、段々とフィールドが崩壊してっている。あと数分で脱出しなければ俺も雪華綺晶も巻き込まれて消え去るだろう。
あんだけ余裕ぶっていた俺はどこかへ消え去り、また元のアホな大学生である河原郁葉が戻ってきて焦りに焦っていた。俺は全力でダッシュしながら雪華綺晶が示す出口へと向かう。
「こっち!?」
「あっちです!」
水晶だらけの世界の中、彼女が指差した方向へと向かうと、見知った顔がいた。隆博たちだ。俺を救出しに来た連中が全員こっちへ向かって走っていたのだ。
「お前なんだよ、結局雪華綺晶が助けちゃったのか!」
「そうだよ!いいから早く出んぞ!」
「主途蘭は!?」
「倒した!これでいいんだよな槐!」
強引に悲しむ人形師に同意を得る。彼は頷いたが、納得はしていないようだった。娘の死ぬ間際を見れなかったのは、それはそれで辛いのだろう。
とにかく出なくちゃならない。俺たちはそれぞれのドールを抱えると、一部真紅がもっと優しく抱きなさいとか言うのを無視して遠くの扉を目指したのだった。
少女のの友人であるリリィは、人形大の大きさだ。本当に人形だったのかと驚く少女を他所に、リリィと呼ばれた主途蘭は彼女の眼前にしゃがみこむと頭を撫でた。
細くて小さな手が琉希の茶髪を通り抜けていく。彼女は最早実態を持たないエーテル体。このnのフィールドでさえ実体を持たない、霊のような希薄な存在だった。
「すまんな、奴を止められなかった」
少しだけ悲しげに謝ると、琉希は口を綻ばせた。
「いいん、ですよ。私もだめだったから」
そうじゃな、と笑う主途蘭。彼女はふと倒れて動かない翠星石を眺めると、言った。
「もう儂は存在を存続させることすら危うい。奴に呑まれてしもうたからの」
今の主途蘭は残り滓。大元はすでに雪華綺晶の中にある。
「じゃがな、こんな儂でも最後にできる事がある」
「でき、る……?」
頷く主途蘭。すると、彼女は傷ついた少女に自身の身体を重ねた。
小さな身体が、大きな身体と繋がり光を出す。彼女の中へと入り込んだ主途蘭が言う。
「儂のすべてを、残り物じゃがお前にやる。お前は初めてできた友じゃからな」
「り、りぃさん」
刹那、眩い光が琉希を覆った。そして側にいた翠星石までもがそれに巻き込まれる。
揺れるフィールドの中、光が収縮していく。そこには、もう元の少女は存在しなかった。白く、どこまでも友達を想う少女がいる。
青年につけられた傷は最早存在しない。すべてが生まれ変わる。茶髪こそ変わらないが、長くツーサイドアップになった少女の髪。宝石のように赤い瞳は白百合の少女の如く。
なによりも、彼女の遺品であるリストブレードが少女の左腕に取り付けられている。
「儂から友への贈り物じゃ」
いつのまにか立ち上がっていた翠星石が、その声色を変えて喋った。それが翠星石ではないことなど容易に理解できる。彼女は言った。
「力は少ないが、この身体を依り代にする事で翠星石が物言わぬ人形になることは無いだろう。じゃがローザミスティカが奪われた今、その力はひ弱じゃ。当てにはするな」
シャキンと少女の腕の籠手から伸びるブレード。それをまた納めると、琉希は言う。
「でもまだやり返せます。その時は必ず、貴女の仇を討ってやりますね」
「頼もしいの。じゃあ、身体を返すぞ」
主途蘭は笑うと、ガクッと糸の切れた操り人形のように倒れこんだ。駆け寄る琉希、だが翠星石は自力で立ち上がると言った。
「あの末妹、ゆるさねぇです」
その言葉に頷く。そして燃え上がる報復心は、あの青年を襲うだろう。