ローゼンメイデン プロジェクト・アリス   作:Ciels

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sequence72 私はほしい

 

 

 クリスマスの賑わいはあくまで商店街やデパートの周辺だけのものであるのは想像に難くない。そりゃあ信仰していない宗教と言えども普通の家庭ではクリスマスツリーやら何やら出してケーキ食べたりもするが、それでも企業が想像しているようなCMの中だけの家庭なんてのは滅多にないだろう。

 槐が店を構える住宅街も、気温が寒くはなったがあまり変わらない。少子高齢化のせいで外で遊ぶ子供は減ったし、共働きもしょっちゅうだから賑わいはないもんだ。

 今日はクリスマス一週間前だが、相変わらず槐は人形作りに励む。こいつは一体どこから収入を得ているんだろうか。

 

「お父様……お茶、淹れました」

 

 ちゃっかり例の薔薇の使用で色々大きくなっている薔薇水晶がトレーにお茶を載せて工房へと入る。槐は作業を止めると、にこやかな笑顔で湯呑みを受け取る。ちなみに槐は紅茶よりも緑茶派だ。湯呑みも心なしかデカイから槐はホモ。

 

「ありがとう薔薇水晶」

 

 熱々のお茶を啜りながら飲む。暖かい。いくら暖房が効いていると言っても、冬の工房は陽が当たらないから冷える。薔薇水晶は近くの椅子に座ると、同じように緑茶を啜る。二人の姿はそれこそ仲睦まじい夫婦にも見える。やっぱり金髪美青年と美女は絵になるもんだ、羨ましい。

 

「お父様……最近は何をお作りに?」

 

 薔薇水晶が尋ねる。

 

「ふふ、クリスマスのお楽しみだよ」

 

「まぁ、それって……」

 

 クール系美女が笑顔になる。薔薇水晶は雪華綺晶をモデルに作ったらしいせいで顔立ちはなんとなく似ているが、目元は意外とキリッとしている。そんなクールビューティが満面の笑みを浮かべれば、誰だってキュンと来る。雪華綺晶の笑みは可愛いが、どことなく危険な香りもする。

 

 しばし休憩も兼ねて二人は会話を楽しむ。コミュ障の塊みたいな薔薇水晶も、ローゼンメイデン達とお茶会したりしているうちに、大分喋ったり表情を表すようになった。槐としては嬉しい反面、ローゼンメイデンのマスター達が半数以上キチガイなので何とも言えない。唯一彼に人形作りのイロハを学びに来るジュンくんだけが救いだ。

 そんな時だった。店の玄関の扉が開き、ベルが鳴ったのだ。作業で疲れている槐の代わりに薔薇水晶が売り場に出て行く。大人化するメリットは力や美しさだけではない。こうして他の人間と接する時にも役立つのだ。

 だが今回は何か様子がおかしかった。いつもなら薔薇水晶のお出迎えの挨拶がこちらまで聞こえるにも関わらず、何も聞こえてこない。いくら奥まった場所に工房があるとは言っても、声くらいは聞こえてくる。

 何かあったのかと槐はのっそり売り場へと顔を出す。そこには扉付近にいる客を見て固まっている薔薇水晶がいた。

 

「いらっしゃいませ、今日はどのような……」

 

 固まる薔薇水晶の代わりに槐が対応しようとすれば、やはり彼も固まってしまった。当たり前だ、目の前にいたのは客なんかではない。

 

 娘だ。死んだはずの、自分の娘がいたのだ。

 

 

「お久しぶりね、槐さんと薔薇水晶」

 

 

 娘が、否、娘にそっくりな少女が口を開いた。その声は娘とはかけ離れていたが、聞き覚えもあった。前に例の青年が武器を渡してきたときにいた、ポニーテールの少女だ。

 そのはずなのだが。

 

「君は、一体」

 

 街中でもそこまで目立つことはない意匠の純白なドレス。金髪のツーサイドアップ。ちらりと両袖から見える籠手。そのどれもが、死んだ娘のそれと被る。さすがに顔立ちは違うが、瞳も燃えるような赤色で、瓜二つと言っても過言ではないほどに見間違えるのだ。

 少女は店内を見回すと、すこし埃っぽい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。まるで故郷の匂いを確かめんとばかりに。

 

「前に来た時はこんな感情は生まれなかった。やっぱり懐かしいのね、リリィさん」

 

 何もない空虚に話しかける少女。だが、槐には見えなくとも薔薇水晶にはなにかが見えているらしい。

 

「主途、蘭」

 

 薔薇水晶はたしかにそう言った。

 

「貴女にも見えますか、薔薇水晶。同じ姉妹だもの、分かりますよね。お父様には分からないようですが」

 

 ずっと同じ微笑を浮かべてそう言う少女。

 

「君は、主途蘭なのか?」

 

「半分当たり。でももう半分は林元琉希。お久しぶりね、槐さん。積もる話もあるでしょうから、一度リリィさんに身体を預けますわ」

 

 少女はそう言ってから、急にガクンとうな垂れた。いきなりそんなことになるから槐と薔薇水晶は狼狽えたが、しばらくして少女はまた復活したように彼らを見つめた。だが様子がおかしい。先ほどまでの微笑はどこへやら、ちょっとむすっとしたような表情で口を開く。

 

 

「その、久しぶりじゃな。お父様、姉上」

 

 

 その声は、彼の死んだ娘そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 郁葉が襲われた。礼くんが言ってた通りの展開だったから大して驚きもしなかったが、その一方で俺はとてつもない不安も感じているから落ち着かない。

 蒼星石は真紅達とお茶会らしいから今アパートにはいない。俺は一人、換気扇の下でタバコをふかして考える。考えて、苛立ちばかりが募ったせいでタバコの消費量が尋常じゃなかった。

 

 郁葉は友達だ。小学生の頃にクラスが同じになって以来、ずっとツルんできた。親友と言えるほど綺麗な関係ではないが、悪友と言えるくらいには良好な関係を築いていたはずなのだ。

 

 その悪友が、未だに何かを隠しているのが気に入らない。まるで俺すらも邪魔者扱いするような感覚が、不快で堪らない。

 あいつとは何れアリスゲームで敵同士になる。それは目に見えている。遅かれ早かれ俺とあいつで殺しあうはずだ。それでも今は味方だ。当初の関係維持という目的は、自分のドールをアリスにするという目的のためにどこかへ流れたが、それでもあいつと俺はまだ味方でいいはずなのだ。一体なにを隠してやがるあのロリコンホモ野郎。

 

「クソが」

 

 一人悪態を吐きながらタバコを吸う。そもそも、あいつが主途蘭に誘拐されてから何かがおかしい。あいつがあいつでなくなったような、そんな感覚まである始末。

 だいたい、なんであいつは主途蘭のボディを奪った?なんでローザミスティカを奪っておきながら琉希ちゃんを殺さなかった?疑問は沢山ある。もしこの襲撃までもあいつのシナリオ通りだとしたら?琉希ちゃんが主途蘭と同化した事も手の内だとしたら?その場合、あいつは何をどうしたい?

 

「雪華綺晶はそのこと知ってんのか……?」

 

 知りたい。あいつの考えていることを、俺も知りたい。対等でありたい。友として、戦いを潜り抜けてきた戦友として、愛するもののためにすべてを殺す決意をした者として、そうありたいと思うのはいけないことか?

 

「礼くんはなんか感づいてんだよな……よし」

 

 現在時15時過ぎ。今日は講義が少なくて助かった、ならば行動しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーお前どこ行ってたんだよお前よ〜」

 

 一人で下校中、電柱の陰から馬鹿が出てきた。礼はため息を吐くと機嫌が悪そうに隆博を見つめる。

 

「なんか用っすか」

 

「ありますねぇ!ありますあります、ハイ」

 

「そのくだらねぇ口調はやめろ、殺すぞ」

 

 年上相手でも躊躇いなく物申す礼。隆博はケロっとしながら親指をあげて後ろを指した。

 

「ちょっと付き合ってや」

 

 

 

 そんなこんなで二人は近所のファミレスへとやってきた。礼は長居する気が無いらしく、普通に飯を頼む隆博とは対照的にドリンクバーのみを注文する。

 料理が来るまで二人は無言だった。お互い何をするでもなく、ただ待っている。隆博が口を開いたのは、ピザの一切れを食べ終えたときだった。

 

「礼くんさ、なんか知ってるでしょ」

 

「は?」

 

 威圧するように尋ね返す。隆博は二切れ目を口にすると、飲み物を飲んでピザを流し込んだ。

 

「郁葉が何考えてるか教えてほしいなって……」

 

 メガネをかけた中年の親父みたいな言い方で尋ねる。礼は舌打ちすると、またため息を吐く。

 

「情報量はあんたと大して変わらない」

 

「大丈夫大丈夫、考えでもいいんで。その分ギャラは上げるから(棒読み)」

 

 相変わらずな口調にうんざりしていたが、その瞳にどこか真剣なものを感じて礼は折れる。

 

「本気にはするなよ」

 

「おう、考えてやるよ(本気にしないとは言ってない)」

 

 人を馬鹿にしたような態度を一瞬拳で叩き直してやろうかとも思ったが、我慢する。礼は深呼吸して落ち着いてから、隆博に尋ねた。

 

「どれを聞きたいんだ」

 

「あいつがしようとしてる事」

 

 その大雑把な要求に、礼は的確に答えた。

 

「あいつは、アリスを作ろうとしようとしているんじゃないかな」

 

「アリスゲームなんだから当たり前だろガキ」

 

「聞けやボケ殺すぞ」

 

 気を取り直して。

 

「俺たちが、そしてローゼンが考えているアリスとは違う。あいつがやろうとしているのは、本当の意味での少女だ」

 

「んにゃぴ」

 

「ああもう、あんた大学生だろうが!察しろボケェ!」

 

 礼の怒号に周りが注目する。礼は咳払いして落ち着くと、怒りを抑えて言う。

 

「まずだ。なんであいつが林元琉希を殺さなかったと思う?」

 

「弾がなかったとは言ってたな」

 

「それもおかしい話だ。なら弾切れでどうやって林元と翠星石を倒した?」

 

「そりゃお前、雪華綺晶が二人ともぶっ飛ばしたんじゃ?」

 

「俺もそれは考えた。だがいくら雪華綺晶でも、あの短時間で翠星石を倒せるほど強くは無い。ましてや翠星石はローゼンメイデンの中じゃかなり強い方のドールだ。雪華綺晶も、本物のボディじゃなけりゃ力は出しにくいだろう」

 

 じゃあ、と隆博が尋ねれば、礼が先に答えた。

 

「きっとあいつにとってのアリスへのキーが林元なんだ」

 

「キー?」

 

「何がどうなってるのかは分からない。あいつが最後にどうしたいのかは俺でも分からないが……これだけは言える。あいつはもう、俺の知ってる兄貴じゃあない」

 

 隆博は言葉を失った。

 

「林元琉希が人間を超えた?ハッ、馬鹿言うなよ。本当に超えちまったのはあいつだろうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは……大変だったね、主途蘭」

 

 鍵のかかった店内で、戻ってきた娘から事情を聞く槐と薔薇水晶。

 彼女からは、あの誘拐事件の一部始終を伝えられた。どう戦い、破れたのか。そして今自分がどういう立場にあるのか。

 

「時間を、止める……」

 

 薔薇水晶が呟く。少女に憑依した主途蘭は呆れたように頷いた。

 

「いつの間にか出し抜かれて撃たれてしまった。この間も琉希が襲撃したが、あと一歩の所で時間を止められて形成逆転じゃ。もう少しでこやつも死んでおったわ。雪華綺晶も使いおるし、どうやって倒せばいいのやら」

 

 彼女達がこの寂れた人形屋に来たのは、あの青年を打倒する策を求めに来たことに他ならない。槐は娘からの初めての頼みに、一人考える。

 

「あのローゼンでも時間を操るという事はとうとうできなかった。それをやってのけるのか、彼は……」

 

「だが条件も分かった。あれが出来るのはnのフィールドのみで体力がある時だけじゃ。現実世界ではできんようじゃったが」

 

「nのフィールドのみ……?それは、つまり」

 

 何かに気がついたように槐は驚く。

 

「それは、彼がnのフィールドの支配権を持っているという事だぞ!?ローゼンですらnのフィールドは完全に制御できていないんだ、一体なぜ……!」

 

「それがわかれば苦労せんわい。じゃがラプラスの魔も何やら一枚噛んでいるようじゃったが」

 

 もう一歩という所で現れたあのうさぎ。言い分は最もだったが、都合が良すぎる。まるであれでは味方であることを隠しているようじゃ無いか。

 

「あのホモうさぎまで絡んでるのか……彼は一体何者なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うさぎが電話をかける。二、三回コール音が鳴り、いつもの彼の声が響いた。うさぎは周囲を確認すると、話し出す。

 

「私です。何人かが貴方の存在に気付きかけています」

 

 スピーカー先の誰かはしばらく何も言わずに黙り込む。そしてようやく口を開いた。

 

 

『やっぱり俺の弟だな。頭が回るね』

 

 

 青年の声。あの、よく聞く声がうさぎの耳に入った。

 

「今後はどうなさるおつもりで?今は主途蘭対処に皆が注目しておりますが、こうも早く露見するとなれば……」

 

『そう焦ることは無いだろう。隆博はきっとこっちに付く。俺の考えを知れば、アリスゲームなんてそっちのけで手を貸してくれるさ』

 

「貴方がそう言うのであれば。して、私の役割は?」

 

 うさぎが尋ねれば、青年はうん、と答える。

 

『一先ずローゼンの駒として動いてもらえればいいかな。あいつも今警戒してるからな……ま、気づいた所でもう遅いけど』

 

「いずれにせよ、奴は勝者の前に現れるでしょう。そして、真実を告げる事になる」

 

『あいつだけがそう思ってるだけだ。別に真実じゃ無いさ……その時が、お前の出番だな、隊長?』

 

「……すみません、クッキー☆はあまり精通しておりませんので」

 

『お前原理主義者かよぉ!?まま、ええわ。そういや野獣先輩ローゼン説見たぞ。最後のアナグラムがおもしろかった(小並感)じゃあそろそろ切るよ、雪華綺晶とイチャつかなきゃならないんだ』

 

「はい、では」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界に存在を縛られる事自体がアリスへの枷になってしまう不要の形骸なのか。エーテルから解放されたアストラル。イデアのイリアステル、逃れられぬカルマ……

 その輝きこそがアリスなのだろうかと、ローゼンは考えた。

 

 馬鹿だなぁ。ほんま使えんわローゼン。真実を教えてやろう。

 

 夢はいくら足掻こうが夢でしか無い。だが、夢は誰もが見られる。どこにでも存在する。雪華綺晶も、ドールズの身体があれば現界できるじゃないか。

 

 アリスとは至高の少女。少女の身体は無機の身体?否、有機の身体。

 

 

ーー体が欲しい……!

 

 

 いつか見た、雪華綺晶の声がフラッシュバックする。

 

 無機の身体は所詮人形でしか無い。ローザミスティカを集め、悲願を叶えたとして。無機は無機でしか無い。

 

 有機の身体はどうすれば手に入る?本当の意味で少女になるには?

 

 

 奪えばいい。

 

 有機から。

 

 

 最もローゼンメイデンに近い少女から、奪えばいい。

 

 そのためのお膳立てはしてやった。あとは手に入れるだけ。

 

 

「マスター、何を笑ってらっしゃるの?」

 

「さっき見た野獣新説シリーズを思い出しちゃって」

 

「あら、思い出し笑いは変態の証ですわ」

 

「もう手遅れなんだよなぁ」

 

 

 そう、手遅れだ。お前達がいくら足掻こうが、俺からは逃げられない。

 

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