真っ黒な自分の中を歩く。着ている服はいつも白なのに、自分という人間の本質は真っ黒であるから皮肉が効いていると思う。
元々白という色は好きでも嫌いでもない。それでも俺が常時白い服を着ているのは、やはり彼女の存在が大きいのだろう。彼女と同じ色を身に纏い、生きていくことの誇りというか何というか、そういう精神的なものが俺の中にあることは間違いなかった。
心は黒く染まっている。戦争でもなく綺麗な大義もなく、ただ自らのために人を殺すようになればそれも当然だと思う。守るでもなく、ただ私利私欲のために人の道を外れるという行為は、社会的に認められるものではない。
だがいいのだ。彼女が認めてくれさえすれば。俺のすべては彼女のためにあるのだから、俺は邪魔な奴らを片っ端から殺しさえすればいいのだ。今までずっと、そうしてきたじゃないか。
ーーこれこそ契約者だな!な!お前もそう思うよな!
頭の中で自分の声が反響する。
ーー俺はただ、やりたいようにらりるれろ。
呂律が回らずとも言いたいことは分かる。足は止まらず、何も思わず、ただ闇を歩く。使い古した拳銃を手に、俺はただ足を動かす。
暗い背景に映像が混ざる。そのどれもが俺が経験した映像。首だけそちらを向け、歩きながらそれらを懐かしむように眺めた。
遠い記憶。白きドールと共に姉妹の亡骸の上に君臨する。
もっと遠い記憶。赤いドレスのドールの手を取り、白いドールと対峙するも、最後にはやはり赤いドールを裏切る自分。
もっともっと遠い記憶。彼女達のお父様の、首を両手で締め付ける。
いつの記憶かも分からない。だがそれらは全て、自分の記憶である事は確かだった。自分と他人の血に塗れ、がむしゃらにもがき続けた。
ーーお前だけじゃない。俺たちのだ。
俺が増える。気がつけば、同じようにその光景を眺めて歩く、文字通り自分達がいた。俺は頷いて、感傷に浸るような顔で自分達の顔を見つめる。
どれも酷い顔だった。まるで全てに絶望したような顔で、こんな顔できるのかと、我ながら失笑してしまう。
ーーお前もこうなるかもしれないんだ、笑うな。
ふと、隣の自分に咎められる。それが面白くない。俺はこうならないという確信と自信があるせいだ。それは単なる自信過剰なだけではない。
ーーその計画も、俺たちがいなければ成し遂げられなかった。
それはそうだろう。お前達の失敗は俺の失敗だ。だからこそだ。俺なら成し遂げられる。
ーー俺たちの悲願達成は近い。
俺達の誰かが言った。その通りだ、もうすぐ終わる。この長い旅も。
遠く、前方に光が見える。白くて気高い、狂気に満ちた光。あれこそ俺たちが求めるもの。
アリス。至高の少女、その人。
そして囁かなければならない。彼女の耳元で、創造主よりも優しいテノールで、目覚めさせなければならない。
ーーこんなこと、もう終わりにしよう。
その通りだ。もう終わりにしなければならない。この狂った輪廻から、あの子を助けださなければならない。
休日、午前、隆博の部屋にて。まるで一昔前に流行った歌の題名みたいに言ったが、そんな華やかなものではない。今隆博と例のメイドさん、草笛みつは、机を挟んで対峙していた。対峙、というのはおかしな話だが、この空気を察するにそれが一番適切だろう。
机の上にはお弁当箱が開封された状態で置かれていて、隆博の目の前にはフォークがある。だが二人とも、硬直したまま動かないでいる。
「……」
そわそわとしながらも、なにかを言いたげな隆博が、ようやくフォークを手にしたのはみつがやってきてから30分も経ってからだった。
「いただきます」
やたらと緊張感を与える言い方でそう宣言すると、優しく、まるで地雷をナイフで探し出すみたいにフォークで卵焼きを刺した。そしてそれを持ち上げ、口に運ぶ。
咀嚼している最中、みつはずっと隆博の様子を伺っている……
「うん、おいしい!(NINI岡村)」
満面の笑みで隆博が言うと、みつの顔が笑顔で溢れた。
「本当ですか!?」
「非常にしっかりとした……濃厚な味だ(食通)」
満足そうに食べる隆博。余計なお世話だが、その台詞は使わないほうがいいぞ。
「やった!頑張って作った甲斐がありましたわ!」
両手を添えて喜ぶみっちゃん。ちなみに今彼女はメイド服ではなく、私服だ。童貞を殺すリブ生地のセーターにジーンズ……シンプルだが、胸が強調されるために非常にえっち。多分隆博興奮してるはずだ。
「でもいいんですか?みつさんみたいに料理上手で可憐なら彼氏もいるでしょうに……こんな独りもんの大学生の部屋に上り込んじゃって」
その質問にみっちゃんは驚く。
「え!?か、彼氏なんて私は……生まれてこのかたいなくて、ですね……え、ていうかお兄さん、大学生だったんですか?」
どうやら老け顔の隆博の実年齢を知らなかったらしい。
「大学2年、学生です」
みっちゃんの顔が蒼ざめる。
「え、私てっきり社会人かと……ご、ごめんなさい」
「え、あ、はい。え、みつさん、すみません、失礼を承知でお尋ねしますが、おいくつでいらっしゃるのでしょうか……?」
確かに俺も気になる。ぱっと見大学生くらいだろう。俺たちよりも先輩くらいの。
「えっと……もう二、三年で三十路に……えへへ……」
困ったように笑うみっちゃん。
「ファッ!?僕と同じくらいだと思ってました(小声)」
「あ、ありがとうございます……」
そしてまた沈黙。からの、みっちゃんからの質問。なんやこれお見合いか?
「あの、彼女とかって……」
「(今も昔も)ないです」
「あ、ない」
はい、と自信満々に言う隆博。いやお前中学の時いたじゃんか、一週間で振られてたけど。あの時の隆博は荒んでたな。
ていうかおい、これチャンスだぞ。これを聞いてきたってことは、お前にも春がくるかもしれんのやぞ。もっと相手を押し倒すくらいでIKEA。
その後隆博は卵焼きを完食すると、二人とも未だにそわそわした動きで会話を開始する。だが先程よりも緊張はほぐれたようで、出だしはスマートだった。
「みつさん夜中腹減りませんか?」
「え、お腹?」
「腹減りますよねぇ?」
いや緊張ほぐれすぎだろ。みつさん困惑してるじゃねぇか、一般人に語録は通用しない(戒め)みっちゃんはきょとんとした顔をしながらも、隆博が言っていることが夜ご飯の事であると何となく理解する。
「この辺にぃ、美味いイタリアンのお店、あるらしいっすよ」
「へぇ〜そうなんですね〜」
「じゃけん夜食い行きましょうね〜」
「そうですね。ふふ、なんかおかしな喋り方ですね」
おかしいのはまったくもってその通りである。いやいくらなんでも語録使うのは止めろ……と思ってしまったが、よく見れば隆博の拳が震えている。あいつ夕飯誘うのにすげぇ緊張していたみたいだ。なるほど、語録の力を借りたと……ホモビもたまには役に立つ(名言)
と、不意に携帯のメロディが鳴り響く。みっちゃんのスマホが鳴った音だった。断りを入れてそれをみっちゃんが確認んすると、一瞬顔が綻んだ。
「どうか、しましたか?(車掌)」
はい、ローザミスティカを落としてしまったのですが!(大失態)
「え、ああいえ、ちょっと……あの、お兄さん?」
なんだか恐る恐る尋ねるみっちゃん。
「お兄さんはその……フランス人形とか、球体関節人形っていうんですけど……そういう、お人形趣味の女ってどう思います?」
「はいぃ?」
突拍子も無い質問に右京さんが発動する。
「やっぱり、気持ち悪いとかって……思いますか?」
「いえ全然(マスターの風格)」
むしろその球体関節人形とイチャついてるんだよなぁ……僕も大好きです(隙自語)その回答が意外だったようで、みっちゃんは驚く。
「むしろ僕も好きですねぇ!可愛いお洋服着させて写真撮ったりも、何回ってわけじゃ無いんですけど、頻繁に」
某インタヴューを彷彿とさせる佇まいと口調で語る隆博。なんか腹立つなぁ。
「本当ですか!?」
その言葉に食いつくみっちゃん。無理もないだろう、彼女は大の人形好きだ。偵察資料にも書いてある。
「僕のお人形の写真見ます?」
そう言って隆博がスマートフォンを取り出す。そして液晶画面をみっちゃんに見せた。写っているのはもちろん蒼星石で、キリッとしたものからキュートな仕草を取っているものまで沢山ある。でもこれ、ローゼンメイデンって人間にそっくりすぎて側から見たらただの子供なんだよなぁ……
TDNは子供だった……?(お約束)
「きゃー!可愛い!ていうかボーイッシュ!王子様みたいでもうきゃー!」
ひどく興奮するみっちゃん。ぶっちゃけドン引きレベルだが、自身のドールが褒められて鼻が高い隆博は満足気な表情を浮かべている。ということは、みっちゃんは蒼星石に関する情報は持ってないのか。
「私も私も!私のカナも見て!」
ん?カナ?南カナかな?(MNMK)
隆博は興味津々と言った様子でみっちゃんが差し出すスマホを眺めた。そして、固まった。
金糸雀が、みっちゃんに抱っこされている写真が映っていた。ローゼンメイデン第二ドールであり、蒼星石の姉である黄色いドレスを着たあの金糸雀が、映っていたのだ。隆博は笑顔のまま固まる。固まって、今の状況を整理していた。
「あれ?お兄さん?」
その不自然な様にみっちゃんは首を傾げる。そうして隆博は悩みに悩み、結論に至る。
どうでもいいわ(レ)
隆博は、アリスゲーム上の敵よりも、一先ずはみっちゃんという惚れた女を優先したのだ。
「やりますねぇ!(賞賛)おでこがセクシー、エロい!」
「え、エロいだなんてそんな……」
唐突に飛び出す下ネタにもじもじするみっちゃん。隆博くんもうビンビンじゃないか。
「見えたか?」
高倍率のスポッタースコープを覗きながら、隣で同じように双眼鏡を覗く雪華綺晶に尋ねる。彼女も目を離さないまま頷いた。
「金糸雀のマスターでしたのね、みっちゃんさんは」
隆博が住むマンションの向かいに位置する雑居ビル、その空き部屋を不法占拠してあいつらのデートを観察していた俺たちはとんでもない事実を知ってしまった。まさか、あのメイドさんがアリスゲームに関わっていたとは……
俺は背後でじっと双眼鏡を覗く蒼星石を見る。俺たちからすれば、あのメイドさんは敵の一味だ。
「蒼星石……」
雪華綺晶が伺うように彼女の名前を呼ぶ。蒼星石は双眼鏡を外すと、いつも以上にキリッとした、男でも惚れそうな表情を持って言った。
「隆博くんは僕を裏切らない。僕も、隆博くんを裏切らない」
「ふぅん。つまり?」
「僕は隆博くんが望むままに、自分の為すべき事をやるつもりだよ。それがアリスゲームに反することになったとしてもね」
蒼星石の意思ははっきりとしていた。つまりは、隆博に自分の運命を任すと言ったのだ。なるほど、これは忠犬蒼星石ですわ。たまにボーイッシュな女の子に惚れる女がいるらしいけど、こういう所に惚れるんだろうな。
「後悔はしないな?」
俺は念入りに尋ねる。それはつまり、場合によっては俺たちの敵になるということに他ならないからだ。
「隆博くんが選ぶ道に後悔は無いよ」
「よう言った!それでこそ漢や!」
「マスター、女の子ですわ」
そういうツッコミはいいから(良心)俺は立ち上がってバックにスコープを仕舞うと、雪華綺晶を抱っこする。もう観察の必要はないだろう、十分な情報は得たからだ。
「そんじゃま、頑張って蒼星石。俺ら帰るから」
「うん。二人ともありがとう、僕の我儘に付き合ってくれて」
「いいんですの。人の恋路を見守るのも乙女たるローゼンメイデンの使命ですわ」
「んにゃぴ、ちょっとよくわからないです」
今度こそ、俺たちは鏡を経由して自宅へと戻る。蒼星石はしばらくその場から動かず、じっと主人の幸せそうな姿を観察していた。