ローゼンメイデン プロジェクト・アリス   作:Ciels

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sequence78 葛藤と決意

 

 

 

 

 止まった時間。変わらない日常。最高に楽しいわけではないが、幸せな時間。歳を取らず、繰り返しの日々がここでは過ぎ去っていく。そんな、誰もが心の奥底で憧れる理想的な人生を俺はここで送っている。

 否、俺はもう死んでいると言ってもいいだろう。いくつかに分裂してしまった河原郁葉という哀れで激情的な青年のうちの一つとして、nのフィールドと夢の狭間で怠惰な日々を過ごすのだ。

 

 俺はアリスゲームに勝って、この世の中の理不尽さに負けた。苦しんで苦しんで、それでも雪華綺晶をアリスにしたくて。知り合いを殺した。友達も殺した。そして家族すらも、この手で葬った。それでも彼女はアリスには到達できなかったのだ。哀れで仕方がないだろう。

 目の前では親父がずっとゲームをしていて、台所でお母さんが料理を作って、礼がサッカーに出掛ける。そんなありきたりな日常を俺は繰り返す。

 

 そして俺の腕には、動かない雪華綺晶を抱えて。

 

 

「礼は強い子だよ」

 

 

 俺は招かれざる客に言葉をかける。いや、招かれざる客ではないはずだ。なぜなら、リビングに今入ってきた男も、俺なのだから。

 同じ見た目で、同じ声。違うのは今の主義主張くらいだろう。そいつはゲームをする親父と料理を作るお母さんをどこか愛おしく見ると、俺の隣に座った。

 

「でなけりゃ毎回俺の前に立ちはだかってないさ」

 

 俺は鼻で笑った。その通りだ、礼はどの世界でも最終的には俺と戦うのだから。負けた事も沢山ある。戦術的にも直接的にも、俺は礼に何度も悩まされてきたからだ。

 

「それも今回きりだ」

 

 もう一人の俺が、どこか野心的な顔でそんな事を言った。俺はさも興味があるようなふりをして尋ねる。

 

「なら、目処がついたのか」

 

 分身は頷いた。

 

「お前は連れてけないが」

 

「だろうな。もう行こうとも思わないよ」

 

 明確な拒絶だった。それはお互い様だが。片割れは俺の横っ腹に銃を押し付けた。それはついさっき、俺が礼に託したものと同一のもの。その意味は痛いほどわかっている。

 

「悪いな、これくらいしか方法が見つからない。お前も見たかっただろうに」

 

 そう謝罪してくる俺に、頷いて答えた。

 

「いいんだ。俺もそれを望んでた」

 

「そうか……そうだな」

 

 ようやく終わる。俺という、この世界に居てはいけない存在が消える。この河原郁葉という、システム化されてしまった存在から解放されるのだ。

 

「やっとあの世で俺の雪華綺晶に会える」

 

「羨ましいよ」

 

「でしょ」

 

 しばらく二人で笑いあった。それも乾いた笑いでしかない。それでいいのだ。俺たちは疲れ果てていたのだから、昔みたいに笑い合うなんて事はもう出来ない。それで、いい。

 

 銃声が響く。腹が熱い。あれだけ重傷を負ってもケロッと治っていたはずだった俺の身体は、今度こそ死ぬのだと嫌でも思い知らされた。

 悪くはなかった。もう一人の俺が去った後も、俺はしばらく痛みを享受しながらソファに座っていた。即死させなかったのは見せしめという意味もあるだろう。俺は最期の時までこの痛みと向き合わなくてはならない。

 

 視界が狭くなる。段々と、親父の背中が見えなくなっていく。ようやく終わるのだ。そう思えば気は楽だった。瞳を閉じ、その時を待つ。

 

 

 風が吹いた。爽やかな、傷の痛みも忘れるくらいに気持ちのいい風が。

 

 そっと、誰かの小さな手が俺の頬に触れた。懐かしい感触に、俺は久しく忘れていた感情を思い出した。

 

 

「ああ……来てくれたんだね」

 

 

 最愛の、俺だけの人形が、俺を迎えに来てくれた。

 

 行き先はわからないがーーきっと地獄に違いないが。それでも、俺は最期の最後で救われたはずだ。

 

 長く、それでいて短い俺の人生。終わりの時にそんな幸せが訪れるなんて。

 

 

 神さまは、残酷で慈悲深い。

 

 

 

「マスター。共に参りましょう」

 

 

 

「そう……だね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 琉希ちゃんからの警告を受けた俺はパニクっていた。家に帰るや否や、テレビで放送されている駅伝を呆けたように眺める蒼星石に縋り付くように抱きついたのだ。

 駄々っ子のように泣きつき、混乱する頭を彼女の頭に押し付ける。痛いだろうに、蒼星石は俺の頭を優しく包んで撫でてくれた。そして優しく、聖女のように尋ねてくる。

 

「どうしたの、隆博くん」

 

 俺は顔を上げると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったまま事の顛末を伝える。

 

「どうすんだよ……!どうすりゃいいんだよ!郁葉裏切って傍観なんてできねぇよ、みつさん殺させる訳にもいかねぇよ……!どうすりゃいいんだよぉ!」

 

 まるでこの世の終わりみたいな感情ですがる。蒼星石は困ったように笑い、俺の唇にそっと口づけしてくれた。まるで赤子を落ち着かせる母親のように。

 

「ねぇ、隆博くん。実はね、今日水銀燈たちと、ある場所に行ったんだ」

 

「え?」

 

「そこでね、郁葉くんと会った。僕たちの知る彼じゃない、別の世界の彼だ」

 

 なぜそんな事を言うのか分からなかった。ただ俺はその話を黙って聞いていた。

 

「別の世界の郁葉くんはね、アリスゲームに勝ったんだって。それで、雪華綺晶をアリスにしようとした。でも、それは叶わなかった」

 

 蒼星石は悟ったように、でも何かの感情を押さえ込むように言う。

 

「僕たちはね。アリスに、慣れないんだって。お父様は、結局、嘘をついていたんだ」

 

 最後の最後で、彼女の嗚咽が漏れた。涙がボロボロ溢れて、俺に負けないくらいに歪んだ顔を無理やり笑わせていた。

 

「僕、君と恋してから、ずっと夢みてた。いつかアリスになって、君と結婚して、子供を作って。一緒に歳を取って死ねるんだって。でも、そんな事最初からできなかったんだ」

 

 歪な笑顔に涙が溢れる。ああ、そんな。そんな事って。俺は動けなかった。ただこの少女が傷つく様を眺めていることしかできなかったのだ。

 彼女は言う。

 

「僕はいけない子だ。できもしない事を夢見て、君をその気にさせて、勝手に絶望して。今、君までも絶望させてしまったんだから」

 

 いけない。こんなんじゃいけない。そうだ、俺なんてまだ良い方だ。みつさんを死なせるか、郁葉を裏切るか、選択肢があるんだから。その選択肢だって、上手いことやればどっちも回避できるんだ。

 彼女にはそれが無い。追い詰められている。ならどうしてやればいい?俺が、マスターとしてできることは。彼女の夫としてやれることは。

 

「蒼星石」

 

 涙を拭って俺は向き合う。そうだ、こんなの俺じゃ無い。俺はどこまでも自分勝手でめちゃくちゃじゃなきゃならんのだから、こんな問題で立ち止まっちゃいかんのだ。団長だって言ってたじゃないか。止まるんじゃねぇぞって。

 

「お前はアリスになれる。俺は方法を知ってるんだ」

 

「え……」

 

 彼女は驚いた顔で、その色違いの瞳を俺に向けた。

 

「郁葉の計画だ。あいつがもう俺の知ってる奴じゃないのはわかってる……だから、それなりに信用していいと思うぜ」

 

 そうだ。礼くんが考察していた事だ。琉希ちゃんの身体を乗っ取る。

 

「それは……知ってる。本人から聞いたから。でも、それじゃあみつさんは」

 

「やってみせるさ。俺たちならできる。誰も、敵以外は死なずにやり遂げてみせるさ」

 

 俺は笑った。獰猛な笑みでもって、彼女を安心させたのだ。

 

「そのためにも、ここであきらめちゃいかんでしょ。蒼星石、手を貸してくれ。お前が必要だ」

 

 そう告げると、蒼星石は涙をゴシゴシ拭って頷いた。

 琉希ちゃん、そんでもって河原郁葉ァ!あなた方をアリス独占で訴えナス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼星石はどうか知らないが、俺は大して問題視はしていなかった。このまま正攻法でアリスになれないのであれば、抜け道を見つければいい。そしてその抜け道は、もう見つけている。あの馬鹿兄貴もたまには役に立つ。

 俺は部屋の隅っこで震えている水銀燈を抱きかかえると、一緒にベッドの上で横になる。

 

「おいバカドール」

 

 いつものように水銀燈を呼ぶと、彼女は虚ろな瞳で俺を見た。理由はわかっている。本当に些細な事だが。こいつは思っている以上に繊細で面倒だ。それが可愛いのだが。

 

「今まで自分が信じていた物を否定されて落ち込んでるのか?」

 

「……気安く心を読まないで」

 

 図星すぎて笑った。そんなわかりやすい自分の人形を抱きしめる。俺としては珍しく、彼女を安心させてやるためだった。

 

「心配いらないよ、水銀燈」

 

 優しく、多分今まであった中で一番綺麗な声で。

 

「俺がいるじゃないか。きっと、俺たちは一緒に居られる。だろう?」

 

 俺の胸に顔を埋める彼女は頷いた。黒い翼が俺を包む。

 

「私、礼のお嫁さんになりたい」

 

「なれるさ、そのために頑張ってるんだ」

 

 彼女の頭を撫でる。昔親父がしてくれたように……

 

「死んじゃ、嫌だからね」

 

「お前もな。絶対、死ぬなよ」

 

 しばらく二人で温もりを感じ合う。敵は多い。だが、その分愛も燃え上がる。俺は自身の心の炎を燃え滾らせながら、野望をくべる。

 人を辞めても、絶対に成功させてみせるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて、いろんな人の葛藤をを見てきたわけだが。彼らにしてみれば最大の敵である俺は、相変わらず賢太と雪華綺晶を侍らせて炬燵でゴロゴロしていた。

 賢太は俺の太ももにしがみついて眠りについていて、時折股間に出が伸びてくるのでそれを払う。寝てる時まで何やってんですかねこの人……?

 雪華綺晶は負けじと俺の身体に抱きついて、俺もお返しに抱き返す。可愛くて仕方ない俺のドールは、他のドールズと違って悩んでなどいなかった。

 

「今日は来客が多いなー」

 

「はい?」

 

「なんでもなーい」

 

 一人そんな事を呟く。もこもこした彼女の髪の束に、顔を埋めた。

 

「いい匂い、食べていい?」

 

「ダメです」

 

 仕方ないので匂いだけ堪能する。女の子の匂いも良いが、彼女のは突き抜けて素晴らしい。もう、こう、匂い嗅いだだけでナウい息子♂がいきり立つ(変態糞土方)

 しかしあれだな、せっかく賢太がいるんだから、三人で三角形になって、しゃぶりあわねぇか?(ド変態)

 

「マスター、私嫉妬深いの。マスターが他の人とまぐわってたら、それだけで怒りが込み上げてマスターの大事な所を壊しちゃう」

 

「そんな冗談やめてくださいよ(ゆうさく)」

 

 いくら回復能力が高くてもそれは想像しただけでゾッとするからやめろ。

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