ローゼンメイデン プロジェクト・アリス   作:Ciels

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タイトルは淫夢本編です


sequence82 不機嫌な果実

 

 

 

 闇を恐れてはならない。人間の本質は闇であり、誰も本質から遠ざかることはできないからだ。本質は悪でもあり、悪は闇に回帰する存在でもある。

 本当に恐ろしいのは孤独である。孤独を前に人は進むことも戻ることもできない。ただ停滞し、置いていかれるだけなのだ。

 

 少女は孤独になった。無謀にも闇の王に戦いを挑み、自身の大切な存在を失ってしまったのだ。

 新たな力に酔いしれていた少女はいない。今はただ、暗い部屋の隅で震えていつか訪れる闇の王に怯える哀れな少女。そんな少女を見て、彼女の親友であった人形の魂は居た堪れない気持ちに苛まれる。

 

「琉希……」

 

 名前を呼ぶも、少女は震えて動かない。離れようとすれば、

 

「待って、行かないで!1人にしないで!ねぇリリィさん!いや、いやぁ!死にたくないっ!」

 

 酷い形相で泣きじゃくり、触れもしない霊体に縋り付く。亡霊はそのあまりにも覇気の無い少女を抱きしめるように覆うと、耳元で囁いた。

 

「大丈夫じゃ、お前は死なん。だがいつまでも引きこもっていては衰弱して、それこそ死んでしまうぞ」

 

 そう言ってちらりと扉を見てみれば、扉の前には手付かずの料理が並んでいた。どれも冷めてしまっていて、食べるには度胸がいるだろうが、衰弱してしまうよりはマシだ。

 翠星石を失ってから一週間。ずっとこんな調子だ。学校はもちろん食事にすらありつけない。槐にこの事を知らせようと離れれば錯乱するため情報の共有もままならない。

 唯一の救いは、まだ少女が『完全』になるまでは時間があるということ。それまでは奴も来ないだろうという確信はある。しかしその事を知らせても、少女の精神は一向に回復しない。

 あの日、泣きながら逃げ帰ってきた少女を見て主途蘭と妹である香織は絶句してしまった。なぜ自分は彼女についていかなかったのだろうと後悔する主途蘭と、最悪の事態に言葉も出ない香織。

 

「お嬢様、晩御飯をお持ちしました」

 

 決まった時間にメイドであるみつがやって来る。しかし琉希はなにも答えず、ただ震えるだけ。

 みつが扉を開ければ、琉希は小さな悲鳴をあげた。大丈夫だ、と主途蘭が言っても流れ出る涙は止まらない。

 

「……お嬢様、少しは召し上がらないととお体に触ります」

 

 悲しそうにするみつを見ても、琉希は答えない。こんな光景が一週間も続けば、さしもの主途蘭も疲れる。

 

「主途蘭さん、いますよね?」

 

 そんな時だった。唐突に白百合の名を呼ぶみつ。答えても亡霊である彼女の声や姿は認識できないからどうしたものかと悩めば、みつは言った。

 

「ちょっと、お話がありますので一緒に来ていただけませんか?」

 

 これには琉希も驚いた。縋るような目でこちらを見上げる少女に主途蘭は言う。

 

「琉希、ちょっと席を外すぞ」

 

「いや、行かないで!私からもう友達を奪わないで!イヤァッ!」

 

 空ぶる手を無視し、白百合は部屋から出て行く。琉希が恐怖のあまり部屋からさえも出れないことは、むしろ今は好都合だった。相変わらず絶叫が響いているが、今は仕方ない。

 部屋から出れば、みつのほかにもその横に金糸雀がいる。

 

「私達はあなたの声や姿が見えません。ですが霊体であるということは、他のドールの身体に憑依できるのではありませんか?」

 

 とんでもない提案だとは思った。確かに今、主途蘭と彼女らが会話する方法はそれ以外に無い。無いが、金糸雀の身体を差し出すということは、乗っ取られる可能性もあるということだ。

 

「私はお嬢様の親友である貴女を信用していますから……」

 

「カナも、琉希の友達ならいいかしら。だから主途蘭……」

 

 揃いも揃ってお人好し連中ばっかりだ。だが悪くはなかった。少なくとも、あの白薔薇陣営のように狂ってはいない。

 主途蘭はお言葉に甘えて金糸雀の身体へ入り込む。久しぶりに身体を持つ感覚に戸惑いを覚えながらも、白百合の少女として対話に臨んだ。

 

「それで、話とはなんじゃ」

 

 金糸雀の目つきが途端に鋭くなったのを感じ、成功したのだとみつは確信する。

 

「お嬢様の今後についてです。リビングで妹様と彼がお待ちですので」

 

「彼?」

 

「会えば分かるかと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼。それを見た途端に主途蘭は手が出そうになった。いつものようにソファに座って紅茶を飲んでいる香織はともかくとして、その対面に座っている男はここにいてはいけないと、心の底から思った。

 目が悪いわけでも無いのにメガネをかけて、マナーもへったくれもなく紅茶に砂糖をドバドバいれて飲み干すのは、宿敵である男の友人。

 坂口隆博。第4ドールのマスターにしてみつの恋人がいたのだ。ご丁寧に蒼星石を膝に乗せて。

 

「貴様、よくもまぁ面を出せたものだな」

 

「ええ……(困惑)なんか唐突に怒られたんですがそれは……」

 

 すっとぼけて困惑する隆博に、殺す勢いで視線をぶつけるも香織に宥められる。

 

「リリィさん、お茶会よ。今はまず、席について紅茶を飲みなさい」

 

「お茶会?姉があんな事になってるのにお茶会じゃと?貴様も殺してやろうか」

 

「座りなさい、主途蘭」

 

 真名を呼ばれ、そして香織が漂わせる物々しい雰囲気に主途蘭は従わざるを得なかった。大人しく、二人が見回せる椅子に座るとみつが紅茶の入ったティーカップとソーサーを机に置いた。そしてそれを飲む。飲んで、質問した。

 

「お前の姉をあんな風にした男の仲間だぞ。それを分かって上げたのだろうな?」

 

「ええ、もちろん。だから主途蘭、今はその敵意をしまっておきなさい。彼は私の客人なのだから」

 

 若干15歳の少女に威圧される。

 

「んで、香織ちゃんだっけ。話を聴こうか」

 

 なぜかキリッとして渋めの声でそう言う隆博。

 

「ええ。同時に主途蘭の疑念にも答えることになるでしょうから……そうね。彼と貴女をここに呼んだのは他でも無い。私の姉を守るためよ」

 

「守る?其奴はその姉の身体を乗っ取ろうとしてるんじゃッ!」

 

 飛びかかろうとする主途蘭に、香織は迷うことなく銃を向けた。黙ってろと、そう言っている他ない。

 

「確かに、俺の目的は蒼星石をアリスにすることだ。それもローゼンが提唱するチャチなもんじゃなくて、有機の身体を持つ至高の少女……」

 

「そうだろう!そのためにあの悪魔どもは不完全な琉希を逃したッ!翠星石を殺してまでもな!」

 

「でもな、俺は思ったんだ。みっちゃんから琉希ちゃんのことを聞いてな」

 

 メガネをクイっとあげる。

 

「あんな可哀想な女の子泣かせてまで、蒼星石をアリスにしたって意味が無いのさ。俺はもっとまともな道で彼女をアリスにするのさ。今はまだそんな方法見つからないけどな」

 

 そう言う彼の姿は真剣そのものだった。膝に乗せる人形の頭を優しく撫で、その思いを見せるのだ。

 

「……仮にそうだとしても、お前が我々に手を貸せば奴は黙っとらんぞ。それこそ殺される、裏切り者としてな」

 

「べつにあいつは友達だけど仲間じゃねぇ。協力関係だっただけだ。それに裏切り者って言うならあいつはハナっから俺を裏切ってる」

 

 少しばかりの怒りを含ませ彼は答えた。二人に何かがあったのは確かだが、それを探ろうとは思わない。

 主途蘭は疑心暗鬼になりながらも、何もできない自分よりは頼りになることは分かっていた。

 

「……信用はせんぞ」

 

「それでいいさ。俺は俺でやりたいようにらりるれろ」

 

「マスター、大事な所で噛んでるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく、電話の主は不機嫌だった。いつもは飄々としながらも指示を出してくるのに、終始黙ってうさぎの報告を聞いているだけだ。彼の親友が主途蘭陣営に傾いたことがかなりきているらしい。

 

「以上で報告を終わります、同志」

 

『……そうかそうか、君はそういうやつだったんだな』

 

 君がうさぎを指していない事は分かっているが、それでもゾッとする。この電話の声の男は、それこそ誰かを殺そうと思ったらきっちり殺す。殺し屋のように淡々とするだけではない、最後まで、きっちりと、死を認めてしまうほどに殺しきる。

 

「奴が敵に回るのは今回だけではありません。仕方がないでしょう」

 

『うるせぇな、分かってんだよそんな事』

 

 必要な事だとは思った。だが、うさぎの言葉は青年には効いているようで。ぶつりとそのまま電話が切れる。まぁいい、これが初めてではない。彼はよく切れる。キレやすい若者なのだから。

 結局、最後がうまく決まればそれでいい。そのためには彼が必要だ。

 




泣きじゃくる女の子好き
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