ねぇ礼くん、知ってる?人間はね、死ぬと肉体という枷から解放されるのよ。魂だけになって、様々な時間、時空を飛び回れるの。それこそ旅行するみたいにね。
直接触れ合えないのは残念だけれど、それでも後悔していないわ。だって他でもない貴方に殺されたから。貴方は私の天使様だった。私という出来損ないで哀れな女に、愛する幸せを与えてくれた。だから、私が死んで貴方が幸せになれればそれで良いのよ。
ねぇ、そんな悲しそうな顔をしないで。私、ずっと見守ってるんだから。
暗い闇の中で、貴方を見守ってる。いつか訪れる水銀燈との営みを、手に取れるように。
礼くん。私は呪いなんかじゃない。今度は私が貴方の天使になる番。幸せになって。
ーーとある少女の遺書より抜粋。
俺は、残酷な人間だ。
愛する者を至高の少女にするために、別の愛する人を殺したんだから。殺して、その身体を奪ってしまったんだから。
本当はめぐのことも大好きだった。捻くれたクソガキだった俺に、まるで懐いた猫のようにじゃれてきて、毎日好き好きって言ってくれて。水銀燈と言い争ってたけど、それもそれで楽しくて。なのに俺はそんな理想を捨ててまで水銀燈のためと言い張って彼女を殺した。
人形は人形でしかない。無機の魂は有機の器に馴染めない。だからローゼンだってアリスを最後まで作れなかった。そんな事、分かっていたじゃないか。
それでも諦めきれず、兄貴は動いた。時間も、世界すらも超えてその悲願を成し遂げるために。もうそこには、常人の意思は存在しない。ただアリスを求める獣なのだ。
俺も同じなのだろうか。目の前で眠る少女の死体。綺麗な黒のロングヘアー、すらりと長い手足。いつかお前が言っていた、俺が胸が好きだって話。あれ、当たってたんだぜ。病人服の胸元から見える谷間を、毎回のように盗み見てた。
本来の時間が止まった世界で、お前は永遠に美しい姿でいる。俺がアリスゲームを勝ち抜けば、その瞳を開く事ができるだろう。
だがその時、お前にあるのは水銀燈の意識。結局俺は、お前に何一つしてやれなかった。お前は俺を慕ってくれたのに、それらしい事は何もしていないのだ。投げつけたのは、脅しの言葉だけ。
「めぐ、近くにいるのか」
優しい匂いがする。病室に漂っていた、死の匂い。あの少女がずっと醸し出していたものだ。
きっとお前はいつでも俺のそばにいるのだろう。それでいい。お前の犠牲を無駄にする男ではない。俺は、自分の私利私欲のためにしか生きられない獣だが。
しっかり、決めてみせる。アリスを、至高の存在をこの手で掴み取ってみせる。
隆博が裏切った。裏切ったというよりは、あいつの良心が俺を許さなかったというところか。
昼間だというのに部屋のカーテンは締め切られていて、裸の俺の横には同じように裸の雪華綺晶と賢太が仲良く眠っている。そういや怒りに任せてとんでもないことしてたな俺。思い出したら興奮してきたけど、それ以上に怒りが優っている。
シャワーを浴びて外行きの服に着替え、鏡からnのフィールドに飛ぶ。家には礼と水銀燈の姿は無かった。別にいいさ、どうせどいつもこいつも俺に隠れて何やらやってんだから。邪魔なら叩き潰せば良い。
「随分怒ってるな。親友に裏切られたのがそんなに応えたか?」
nのフィールドを徘徊する俺に、別の俺が話しかけてくる。
「計画がうまくいかなけりゃ誰だってそうなるだろ」
負け犬どもめ。俺に話しかけるな。
「あ、ちょっと待ってくださいよ!(気さくな先輩)あいつが敵対するのは今に始まった事じゃないってそれ一番言われてるから」
そんなことは分かってる。だがそれでも、友達が敵対するのは気分が良くない。ましてや殺し合いになるかもしれないんだ、最悪だ。
俺は延々と話しかけてくるそいつらを無視すると、ひたすらnのフィールドを練り歩く。行き先もなく、ただひたすらと。
まるでこの時は俺が負け犬みたいに。
「僕が、ローゼンの意思を……?」
師である槐の一言に、ジュン君は震えた。少年の心を揺さぶる一言を放った青年は、静かに、しかし確固たる意思を持って頷く。
「彼の後釜は君が相応しい。誰にも辿り着けなかった最上の人形師、マエストロになり得るのは、君しかいないんだよ」
休日の昼下がり、槐の店。いつものように人形造りを教えてもらいに来ると槐の様子がおかしかった。何やら重く、緊張した面持ちで、椅子に腰掛け彼を待っていたかの如く。対面し、紅茶を飲んでから話をすればそんなことを言い出す。
「なんでいきなりそんなことを?」
「ローゼンに、会ったんだ」
その一言は、少年の心を更に動揺させた。槐は状況が理解できていない少年に、更に告げる。
「僕は、僕はね。君の才能に嫉妬している」
「え?」
いつにもなく真面目な槐は言う。
「君を弟子にしてから数ヶ月。たった数ヶ月だ。なのにもう君は僕を越してしまったんだよ」
怒りが伝わってきた。同時に諦観も。
「でも僕は、まだ槐さんみたいに生きた人形は……」
「それは僕が、まだ最後の秘儀を教えていないからだ」
ふと、槐は掌を前に突き出す。そして出現させてみせたのだ。暗い、それでいて明るい、まるで心を吸い寄せられそうな何か。
人形の魂を。
「でもね、同時に納得したよ。なぜローゼンがわざわざ下界に降りてきてまで君を任命したのか……それは心さ」
「心?」
「君の、真に人形を愛する心。僕にはそれが足りなかった。主途蘭を見殺しにした。君はしっかりとやりきったじゃないか。雛苺に真紅……僕じゃ、一生かかっても辿り着けない境地に君は辿り着いた」
槐はふっと笑うと、立ち上がる。そこには大学生たちに脅される弱々しい青年は存在しない。誇りを抱いた人形師が、そこにはいたのだ。
「これから君に、最後のレッスンを施す。そして、辿り着いてくれ。我が師でも到達できなかったアリスという境地に。君の使命さ」
甘い誘いだった。常人ならば、ただ光に寄りすがる虫のように流されてしまう。でも少年は違うのだ。明確な意思を持って、その秘儀に辿り着こうとしている。
「話は変わるけど、みっちゃんって実はエロいよね」
唐突に隆博が目の前にいる金糸雀にそんなことを言い出した。エ゛ッ……と糞フルコースを食わされた我修院並みに言い淀む金糸雀だが、今この林元家のリビングには隆博と二人きり。蒼星石とみっちゃんは夕飯の買い出しでいない。
「なんでカナにそういうこと言うのかしら?カナそういうキャラじゃないかしら」
「いやだってつまんないんだもん。香織ちゃんも習い事でいないし。お前弄ったら楽しそうだし」
護衛と称して隆博がここに住み込むようになってから数日が経つが、彼はこの奇行とも呼べる行動のせいで香織ちゃんには罵倒されるわ琉希ちゃんと会おうものなら錯乱されるわで刺激が足りないらしい。今もこうして他人の家で実家のような安心感を抱き、ソファーでゴロ付いている。
金糸雀はノートパソコンを閉じると、趣味のネットサーフィンを邪魔された苛立ちを抑えつつ答える。
「でもみっちゃんってそこまでスタイルが完璧ってわけでもないかしら」
「あのさぁ……人の彼女を貶すなって、イワナ、書かなかった!?んにゃぴ、たしかにおっぱいちっちゃいけどね」
ハハァ、と真面目に受け流す。
「でもスレンダーかしら。あと童顔。ロリ属性っていうのかしら、ああいうの。カナもみっちゃんを着せ替え人形にするの楽しいし」
「(俺も)やりますねぇ!やりますやります、ハイ。んー、何回って訳じゃないんですけど、頻繁に。最近は〜、3日前」
どうやら3日前にお洋服を用いてイチャついたらしい。どうでもいいわ(レ)と思いながらもついつい会話に興じる。
「スク水とかも似合うんじゃないかしら?」
「お、そうだな。実はみっちゃんくびれ凄いからハイグレが似合うんだゾ」
「え!?意外かしら……みっちゃんなんで今まで彼氏いなかったのかしら」
「ま、俺と会うまで処女だったからそれでいいんですけどね、初見さん」
「しょ……」
デリカシーもクソもない。だが悲しいかな、隆博とはこういう奴だ。
野獣の日を逃したので初投稿です