短いですが、もう終わるのでもうちょい待って
一つ、この街にある唯一高いビルの上からうさぎは見下ろす。少女達の願いを、少女達の執念を。そしてその戦いを。彼はそれを傍観し、揃いつつある役者達に想いを馳せる。
白薔薇は美しい。眩い光で闇夜を照らす月のように。
月には魔力がある。古くは女性の髪は月光に晒し、美しさを得るのだと考えられ。二十世紀には人は自らの力で月を目指し。その努力の足跡と誇りの旗を月へと残してきた。そう。古来より人々は太陽と同等かそれ以上に、月に神秘を見出していたのだ。その神秘が人類を宇宙へと導いたのだと言っても過言では無い。
だがその実、月の光というものは太陽の光を受けて反射しているに過ぎない。仮に月が神々しくも光り輝く衛星であるのならば、人類の残した誇りと努力は地表で燃え尽きていたに違いない。
火とは、白いほど強い。赤い火の温度はたかが知れている。なれば、白い月の炎は人の心すらも燃え尽くすほどの高音。そして今、自らの姉の契約者を狙う白薔薇の抱く炎もまた、すべてを燃え尽くさんと彼女を追うのだから。道理は道理であると言えるのだろうか。
だが前述したとおり、月光は偽りの光であり、目にした光は光り輝く命の太陽からの恩恵でしか無い。そしてこれも道理ならば、あの白薔薇が抱く炎もまた、偽りの炎。誰かの心が生み出したものに過ぎないのだ。
月は光を纏う。自ら発せずに。ならばあの白薔薇の光の根源は、一体何処から来ているのだろうと思うのは自然である。無論、そこまでの考えに至ったのであれば、だが。
「お前じゃい!」
うさぎは考えを口にする。空虚の宇宙に向けて。白薔薇が月であるならば、太陽はまさしくあの青年だろう。産みの親が残したアリスという呪いはもはや機能を為していない。ただ、太陽の光を浴びていたいという月達が体良く利用しているに過ぎないのだ。
うさぎは滑稽だと思いながらも、よく電話をしてくる月の創造主たるローゼンが哀れで仕方がない。こうも娘達に嫌われた世界が今まであり得ただろうか。
「まぁ娘放って引きこもってたら貰える愛も貰えないからね、しょうがないね。ローゼンは最初こそ愛されてるんだから、こんなアリスゲームどうにかしろよ」
役者であり、語り手であり、僕でもあるうさぎの本心が漏れた。だがそれもどうでもいいのだ。それももうすぐ終わるのだから。うさぎの同志が、もうすぐ使命を達成する。その時が待ち遠しい。
雪華綺晶は悍しいとは、琉希達の言葉だ。最初こそあの人形は郁葉にゾッコンで、ヤンデレが加速しているだけのちょっと痛いけどそれなりに健気なだけの娘だと思っていた。
それが蓋を開けてみればどうだ。平気でつい最近までお茶をしていた姉妹を屠り、その身体を手に入れ、あまつさえ人間の身体すらも手に入れようとするのだからタチが悪い。だが一番悪いのは、その想い他人である郁葉だろう。あいつはサイコだ。自分と雪華綺晶のためならば誰であろうと殺すのだから。親友だった俺まで。返り討ちにしてやったが。
「おい止まれコラ!」
ようやく見つけた雪華綺晶に、車内から銃を向ける。だがそんな事はお構い無しに彼女は琉希を追って見せた。まだ夕暮れ時で人もいるかも知れないのに、ああも雪華綺晶はなり振り構わず攻撃をしているのだ。
「僕が行く!」
そう言うと、蒼星石が車から飛び出して頭上の雪華綺晶を追いかける。疑問は色々あるが、今はまず雪華綺晶をどうにかして止めなければならなかった。みっちゃんが運転する車で雪華綺晶を追跡し、やっと彼女が止まったと思った時には琉希は街はずれのビルにまで追い詰められていた。
「あそこ!ビルの上!」
そこまで高くもない4階建てのビルの屋上で、琉希は足を攻撃されたのか動けないようだった。雪華綺晶はジリジリと追い詰めるも、空中を追ってきた蒼星石の妨害によって戦闘状態へと突入している……俺たちは急いで下車してビルを登る。手持ちは拳銃しかないが、ここで雪華綺晶を倒さなければまた彼女は攻撃してくるに違いない。
「どこもかしこもけだものばかり」
水晶の剣で蒼星石と鍔迫り合いをする雪華綺晶。彼女はその最中、黄金色のガラス細工の瞳を憎しみに彩らせて呟く。
蒼星石が彼女を引き離すと、その意図を雪華綺晶に問う。
「けだものだって?今の君にそれを言う資格はないよ」
「そうかしら。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねと、昔から言うではありませんか」
何を言っているのだ、目の前の末妹は。もはや言葉が通じない。前から電波ではあったが、それでも雪華綺晶の台詞は尽く話の核心をついたものがおおかった。それが今では、唯一愛していたマスターを奪われたことにより一方通行。
「君のマスターが攻撃しなければ、僕たちも戦う事はなかった。郁葉くんが死ななくて済んだんだ!」
ちらりと琉希の方を見てみれば、蒼星石の愛するマスターとその恋人が彼女を連れ出そうとしていた。これでいい、今は時間を稼ぐのだ。幸い、雪華綺晶はマスターもいないしボディもないから力は出せまい。
だが、そんな蒼星石の考えを否定するように雪華綺晶は笑う。
「おかしなことを仰いますのねお姉様。私のマスターは生きていらっしゃいますわ」
「なんだって?」
妄言にも聞こえたはずだ。だが、蒼星石にはそうは感じられなかった。雪華綺晶の瞳は憎悪に満ちているが、それでも正気は失っていないようにも見える。狂ってはいるが、それでも雪華綺晶からは確信とも取れるような声色が伝わってきた。
「だって郁葉くん、電話してきたもの。迎えに行くから、琉希さんを殺して待っててって」
ビルの合間から蔦が伸びる。だが前ほど脅威になるものでもない。細い蔦は、蒼星石を絡めとる前に庭師の鋏によって裁断された。
「仮に郁葉くんが生きているのなら、その力の弱さはあり得ない!」
「ええ、ええ。今マスターは療養中でして。貴女方が木っ端微塵にしてくれたおかげです。そんな中で私が必要以上に生命力を使うわけにもいかないでしょう」
だから、と一言添えて白薔薇は笑う。
「あっけなく死んでくださいな、皆。私、マスターに迷惑をかけたくないの」
邪悪に、しかし無機質に笑う彼女は異常だった。蒼星石に迫ると、水晶と蔦を利用して何がなんでも彼女を排除しようとするのだから。そこに気品は感じられない。ただの殺人小道具と成り果てた少女がいるだけだ。
「それはさせないわ」
猛々しくも、高貴な声が響き渡る。吹き荒れる風と共に、薔薇の花弁が水晶と蔦を破壊する。
蒼星石は少しだけほっとした。頼れる仲間が来たのだという安心感だ。正直な話、この程度の水晶と蔦は蒼星石だけでも対処できたが、仲間は多い方がいいにきまっている。
紅薔薇の少女はそっと蒼星石の隣へとやって来るとステッキの鋒を白薔薇へ向けた。それはまるで、打者がホームランを宣言するように。荒々しくも頼り甲斐があった。
「まさか生きているとは思わなかったけれど」
真紅は言う。最も親から期待された薔薇少女。
「これで終わりにしましょう、雪華綺晶」
琉希を背負って俺とみっちゃん、そして金糸雀は車へと急ぐ。蒼星石が時間を稼いでいる間に彼女を撤退させ、装備を充実させる。それから雪華綺晶に対処するという算段だ。
雪華綺晶はきっと焦っている。昔ほどの用意周到さもなければ計画もない。きっと待っていても彼女は琉希を殺しにくるに違いないだろうから、わざわざ出向く事もない。
「すみません隆博さん」
背中で琉希が謝る。
「気にするな、女子高生おんぶできるだけでも儲け物だから……みっちゃん嘘、嘘だから!」
口は災いの元とはよく言うもんだ。ちょっとしたジョークをみっちゃんはマジに受け取ってムッとしている。後で弁解しなくては。そんな、戦闘にしては少し緩い空気で俺たちは車へと辿り着いて。奴を見てしまった。
賢太。車に寄りかかり、まるで俺たちを待っていたかのように佇むそいつと。
うさぎ。ラプラスの魔……いつか俺がやり取りをしていた淫夢厨を。