孤独のグルメ 微クロスオーバー   作:minmin

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今回は作者の中でかなり印象に残っているメニューです。こういうダブルカツは珍しいんじゃないでしょうか?
ちなみに複数クロスです。
ではどうぞ~


第十五話 東京都葛飾区亀有のダブルカツ定食

 葛飾区。

 東京の下町というと、俺はまずここを想像する。さすがに年々町の姿は変わってきているが、趣と人情に満ちていた古き良き昭和の空気。それが未だに色濃く残っている気がする。

 今日この町に来たのは、中川さんに頼まれた品を渡すためだ。スーパービジネスマンと女優のサラブレッド、顔も今流行りのイケメンというやつで、超が付くほど多才。本当になんで警察官をやっているのかさっぱりわからない人だった。

 

 

『ありがとうございます井之頭さん!これ、ずっと欲しかったんですよ!』

 

 

『いえ。お役に立てたなら何よりです』

 

 

『わからんな。わざわざ個人業者に頼まんでもお前なら大抵のものは手に入れられるだろうに。それにこんなものの何が良いんだ?』

 

 

『何言ってるんですか先輩!これはですね……』

 

 

 相変わらず仲の良い先輩後輩だった。中川さんは気づいていなかったようだが、中川さんの話を聴いているうちにその先輩の瞳が妙にギラギラしていった。最後の方では目に¥が映ってるんじゃないかと錯覚したくらいだ。ああなったあの人には関わらない方いい。未だ熱く語っている中川さんに挨拶だけしてさっさと逃げ出すことにしたのだが。中川さんが熱く語っている間、ずっと待っていたせいで、なんだか。

 

 

 ――腹が、減った。

 

 

「店を探そう」

 

 すぐに大股で歩き出す。まずはこの横断歩道を渡ってからだ。おっと、その前に。

 右見て。左見て。また右見て。派出所の前だからというわけじゃないけれど。交通ルールはきっちり守りましょう。

 

 

 

 

 ――さて、何を食うか。

 

 近年の都市開発の影響なのか、ベッドタウンとしての顔も持ち始めた葛飾には、地域の住民に根ざした店が多いと思う。外からやって来た客を呼び込む店ではなく、地元の人が気軽に食べに来られるような店が多いというか。こうして歩いていても、チェーン店ではなく、いかにもな『めし屋』をちらほら見かける。どれもいい面構えをしているんだが、いまいち決めてに欠ける。なんかこう、一目でどーんと胃袋にくるようなインパクトが欲しい。

 そんなことを考えながら歩いていると、お世辞にも綺麗とは言い難たい店の前に、小さなショーケースが置いてあるのが目に入った。中に陳列されているのは――食品サンプルだ。

 ふらふらと近づいて中を覗きこむ。ご飯、味噌汁、コロッケにから揚げ。焼きそば、オムライス。しょうが焼きに豚かつ。最近一般人が買うことも増えたという、本物かと見紛うような精巧なものではない。でも、確かに旨さが伝わってくる。

 

 ――決まり手、食品サンプル。

 

 蹲踞で相撲の如く手を動かす。良い飯が食えそうだ。

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 昔ながらの引き戸をがらがらと開けて店の中に入る。ぐるっと辺りを見回すと、カウンターはなし。4人掛けのテーブルがいくつかあるだけの、まさに『食堂』といった感じだ。

 お冷とお搾りを受け取って近くのテーブルに座る。俺の他に客は大学生くらいの青年二人組みと、還暦を過ぎてそうな爺さんが一人。それでもまだ開いているテーブルがあるのだ。4人掛けを一人で使っても問題ないだろう。

 パラパラとメニューを捲る。基本的に定食のようだ。何かメインを選んで、ご飯に味噌汁漬物の3点セット。隙を見せない素晴らしい三段構えだ。

 今日はなんだかがっつりいきたい気分だから、揚げ物いいんじゃないか?そんなことを考えながらとりあえずは最後までメニューを捲ってみる。すると、最後のページに明らかに最近挟みましたよというチラシ風のものがあった。

 

 

 新メニュー、ダブルカツ定食。大根おろし、ポン酢付き。

 

 

 ――いいじゃないか。ダブルで、カツ。おろしにポン酢と小技も効いてる。

 

「すいませーん!」

 

「はーい。ちょっとまってね。

 はいこれ。ご飯のおかわり」

 

 割烹着のおばちゃんが隣のテーブルの青年二人組みにごご飯のおかわりを渡している。どうやらあの二人組みが食べているのもカツ系統のようなんだが……。あの小鉢が多分大根おろしで、その隣がポン酢。左手にあるのがソースで、あっちが醤油か?それに……おいおい、からしとわさびが同じ皿で同居してるよ。

 

「お前って変なところで無駄に細かいよな。カツの味付けとか」

 

 二人組みの片割れ、眼鏡を掛けたどことなく性格の悪そうな青年が言う。

 

「……別にいいだろ。

 せっかく2枚もあるんだ。色々な食べ方しないと損だ」

 

 黒髪の神経質そうな青年の言い分に、眼鏡の青年は意地悪く笑う。

 

「そんなんだから館長殴っちまうんだよなー。

 まあ、島に行ってからましになったけど」

 

「うるせえよ」

 

 あの二人、憎まれ口を叩いてはいるがきっと仲が良いんだろう。気の置けない友人とは、ああいう二人のことを言うのだ。

 

「はいお待たせ。ご注文は?」

 

 あ。注文のこと、忘れてた。

 

 

 

 

 

 

「はい。ダブルカツ定食ね。

 ご飯はおかわり自由だから言ってちょうだい」

 

 

 ダブルカツ定食(ご飯、味噌汁、漬物付き)

 

 ダブルカツ

 豚カツがどーん!牛カツがどーん!キャベツが山盛り!

 

 大根おろし

 小鉢に入ってポン酢付き。おろしだけ?ポン酢だけ?おろしにポン酢をかける?

 

 

 ――なんだかすごいことになっちゃったぞ。

 

「いただきます」

 

 さて。どう食おうか。

 隣のテーブルの青年の気持ちが今になってよくわかる。カツ自体も、調味料も確かに様々だ。これは色々な食べ方を試してみたい。

 

 ――でもやっぱり、カツと言えばソースでしょう。

 

 一緒に出てきた空の小皿にソースをたっぷり入れる。端から2番目の豚カツをソースにたっぷりつけて……半分だけ、ぱくり。

 

 ――旨い。

 

 単純なんだけど旨い。奇をてらっていない、肉と油とソースの味。きちんと半分に噛み切れるやわらかさも、グー。

 今度は残りの半分全体にソースをつける。たっぷりソースをすったカツを、千切りキャベツの上に載せて、一緒ばくりだ。続けてご飯をかっ込む。これですよ、これ。

 カツからキャベツに移ったソース。それをキャベツに万遍なくいきわたらせて、大口を開けて放り込む。それで、ご飯。ソースキャベツをワシワシと食う。それで白飯を食う。俺って、幸せだ。

 

 ――ここでおろしちゃんですよ。

 

 真ん中の一切れに、半分だけ大根おろしをそのまま載せる。こぼさないように、一気に口へ。

 

 俺の口の中は、今オアシスになった。

 

 ソースの豪快な濃い味に染まった口の中を、おろしがさっぱりと癒してくれる。昼と夜で全く違う顔を見せる砂漠の如し。豚カツを食べるということは、実は砂漠を行くことに似ているのかもしれない。

 

 ――悪い悪い。君たちのこと、忘れていたよ。

 

 ずずっと味噌汁をすする。優しい白味噌と温かさで、なんだかほっこりする。漬物もいい。黄色すぎない、自然な漬かり具合のたくあんだ。また飯が進んでしまう。おいおい。もう空になっちゃったよ。

 

「すいません!ご飯のおかわりお願いします!」

 

 落ち着け。俺の胃袋は宇宙じゃない。容量に限りがあるからこそ、今この飯をできるかぎり旨く食うんだ。

 大根おろしにポン酢を少量たらし、わさびを牛カツにつける。この繊細な味付けで、静かな心を取り戻すんだ。今度も、ポン酢おろしとわさびは半分だけだ。おかわりのご飯も受け取って、戦闘準備完了。半分だけ、ばくり。

 

 ――なんっっじゃこりゃあ。

 

 牛だ。肉だ。カツだ。それは間違いない。でも、カツなんだけど、カツじゃない。カツの旨さがあるのに、油っぽくなくってわさびが良い味出してる。カツの味がするステーキ食ってるみたいだ。しかもわさび。ご飯がまた進んでしまう。が、箸が途中で止まった。もしかして、あの醤油って・・・・・・。

 残った半切れの牛カツに、大根おろし。肉の部分にわさびをつけて……おろしの上から、醤油を少量たらす。

 

 ――参りました。カツだけど、負けちゃいましたよ。

 

 結局、豚カツに塩からし、レモンからし、醤油からし。牛カツに醤油わさびと、食べ終わった時には何種類の食べ方をしたのかわからなくなってしまった。

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 店を出て、大きくげっぷをする。ダブルカツ。ダブルで負けちゃいましたよ。

 それにしても、俺が食ってる様子をやたらと真剣な目で見ていたあの青年は何者なんだろうか。

 

 

 

 

 その後、黒髪の神経質そうな青年が有名な書道家の息子であること、彼もまた書道家であることを知ることになる。それを知った青年の個展には、横伸ばしに書かれた『豚カツ』という文字に、『箸』という字が挟むように書かれていた。その書は色々な方面で物議を醸すことになるのだが……それはまた別の話だ。

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
今回は『こちら亀有公園前派出所』から中川圭一と両津勘吉。『ばらかもん』から半田清舟と川藤鷹生です。
チキンと豚は定番ですが、牛と豚ってあんまり見たことないですよね?
感想お待ちしております。

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