孤独のグルメ 微クロスオーバー   作:minmin

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今回はクロス先1つだけ。作者は町の食堂や飯屋の雰囲気が大好きです。
ではどうぞ~


第十六話 東京都文京区目白台のお好み定食

 文京区。

 東京の中央北寄りに位置する『文の京』と住宅の街。明治時代から多くの文人、学者、政治家が集まった。夏目漱石、森鴎外、宮沢賢治もそうだ。講談社もここにある。まあ、全国的には東京ドームや東京大学の方が有名だろうが。

 それにしても、今日の仕事は気疲れしてしまった。趣味に凝るのは構わないが、それを人に押し付けるのはやめてほしい。自分の心の中や同好の士だけでひっそりと楽しむのが風流だろうに。

 中身のない精神論を延々聞かされ2時間……悲しいかな、お客様に文句を言うわけにもいかない。腹も減っているが、それ以上に神経が磨り減ってしまった。

 

 ――こういう時は、命の洗濯だ。

 

 実は前々から行ってみたかった銭湯がある。東京最古級の銭湯で、確かもうすぐ営業をやめてしまうはずだった。東京メトロの、確か有楽町線。護国寺駅に向かう。そこから歩いて10分ほどで目的地だったはずだ。

 相手はお湯だ。逃げる心配も売り切れになる心配もなし。ゆっくりのんびり歩いて行こう。

 しかし、こうして歩きながら改めて街の風景を眺めてみると、どことなく文化の香りが漂っているような気もしてくる。明治から脈々と受け継がれてきた、文学の志。身体ではなく、精神の強さ。そういった息遣いとでもいうのだろうか。なんでもない普通の飼い猫を主人公にしたくなるような、生活に根ざした文学の気配。そしてここにも、この街の人々の生活を支えてきた大事な場所がある。

 

 ――それじゃあ。ひとっ風呂、浴びてきますか。

 

 いい具合に色が褪せた暖簾をくぐる。千円札だったあの人も、こんな風に湯を浴びに来てたんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 まさに昔ながらの古き良き銭湯だった。

 番台に座るおばちゃんと下駄箱。壁に描かれた見事な富士山と松の木。池で優雅に泳ぐ鯉とそこに架かる赤い橋。もうすぐ無くなってしまうのが本当に勿体無い。

 

 ――でも、これだけはどこの銭湯でも変わらない。

 

 

 コーヒー牛乳(瓶)

 足を肩幅に開いて、片手を腰に当て、上を向きながら一気に飲むのが銭湯の作法!

 

 

「ぷはっ」

 

 これこれ、これですよ。これがないと、銭湯に入ったって言えない。俺は酒を飲まないから想像しかできないけど、風呂上りに飲むビールもこんな風に美味いんだろうか。

 

 ――そういえば、あの人どこに行ったんだろう。

 

 どうにも奇妙な人だった。まず言葉からして変だ。内容はわからなかったけど、あれ多分ラテン語か何かじゃなかったか?この時代、ラテン語なんて使ってる国あったっけ。顔立ちはなんというか、ギリシャ系ぽかったが。

 風呂上りの行動も奇妙の一言だ。描かれた鯉に驚いたり、壁に掛けてあるうちわを持って帰ろうとしたり。一番驚いたのはコーヒー牛乳を飲んだ時だった。言葉は通じないけど、あの時言っていたことはわかる。多分『こんなに美味い飲み物があるのか!』とかそんな感じだ。間違いない。

 

「ふう」

 

 上着は片手に、シャツを着込んで着替えが終わる。いつもの服装にもどると、なんだか落ち着いた。何も問題ないとはいえ、自宅以外で裸になるって、ちょっとスリリングだ。

 

 しかし。落ち着くと、なんだか。

 

 ――腹が、減った。

 

「店を探そう」

 

 早足で歩き出そうとしたところで――。

 

「あら、何か食べに行くの?」

 

 気軽に話しかけてくる番台のおばちゃん。これも昔ながらの銭湯ならではだ。

 

「ええ、まあ。ちょっと何か入れようかな、と」

 

 風呂上りだから、そこまで重くないものがいい。欲を言えば少し涼しげなものが食べてみたい。

 

「そしたらすぐそこの食堂が安くて美味しいわよ。おかずも色々選べるし」

 

 ほう、それは良いことを聞いた。

 こういう地元民のお勧めは、タクシーの運転手さんと同じくらい信頼できると個人的には思っている。ま、はずれならはずれた時だ。

 

「ありがとうございます」

 

 丁寧に一礼して引き戸を開ける。さて、どんな飯が待っているんだろう。

 

 

 

 件の食堂にはものの5分も歩かずに到着した。

 飾りっ気のない白地に黒文字の看板。先程の銭湯と同じガラスの引き戸。何もかもが昭和チックだ。

 

「いらっしゃーい」

 

 がらがらと音を立てて店の中に入ると、少し間延びしたおばちゃんの声。いいなあ、こういうの。

 厨房手前の棚にずらっと並ぶおかずの数々。どうやらここから好きなおかずを取っていくスタイルらしい。で、最後におばちゃんがご飯と味噌汁をよそってくれるのか。

 一皿一皿の量はそんなに多くないけれど、その種類は実に様々だ。色々なものを少しずつ食べたい俺みたいなやつは嬉しい。

 

 ――今日はあれこれ考えるのや~めた。

 

 風呂でさっぱりして良い気分だし、今日は深く考えずに好きなものを好きなだけとっちゃおう。

 

 

 

 

 五郎セレクションin食堂

 

 ご飯と味噌汁

 ご飯は大中小が選べる。味噌汁はわかめと豆腐の合わせ味噌。

 

 目玉焼き

 シンプルにちょっと固めの目玉焼き。片面焼き。

 

 コロッケ

 俵型のコロッケがどでんと2つ。横にキャベツがちょこんと添えてある。

 

 冷奴

 しっかりした感じの木綿豆腐。しょうが、ねぎ、ごまはお好みで。

 

 おしんこ

 なすときゅうりと白菜と。3種類が少しずつ盛ってある。

 

 

 ――なんだかすごいことになっちゃったぞ。

 

「いただきます」

 

 まずは味噌汁をずずっと一口。

 

 ――美味い。

 

 なんか、お母さんの味噌汁って感じ。

 ご飯を一口食べて、またすぐに味噌汁。先に汁物で箸を湿らせておいて、米粒が箸につかないようにするのが作法なんだよな。でも、今の俺にはそんなことはどーでもいい。美味けりゃ何も問題なし。

 

 ――で、目玉焼きなんだが。

 

 醤油かソースか。はたまた塩かケチャップか。いつの時代でも変わらぬ論争の元、目玉焼き。シンプルだからこそ、いつもなら味付けに迷うんだが……今日は、これだ。

 目玉焼きを丸ごとご飯の上に乗せる。黄身を少し箸割って……と。全体に満遍なく、醤油。ちょっと下品だけど、箸でざくざくと大まかに切り分けて、ご飯と目玉焼きを一緒にかっ込む。

 

 ――これですよ、これ。俺にはこういうのがお似合いなんですよ。

 

 たまごかけご飯とはまた別の世界だ。でもしっかり感じる日本人な味。やっぱりなんだかんだ言っても、俺たちの身体は大豆と米でできているのだ。

 ここで一回おしんこを挟んでおく。しゃきしゃきとした歯ごたえと丁度良い漬かり具合。漬物リセット、完了。

 メインのコロッケ。今時珍しい、どっしりとした俵型だ。最近のスーパーでは薄いペラペラのしか見なくなったけど、こういうの、ちょっと嬉しい。目玉焼きに醤油をたっぷりかけちゃったから、ここは敢えてなにもつけないでいこう。真ん中でざっくり半分に割って、がぶり。

 

 ――旨杉良太郎だよこれ。

 

 コロッケって、こんなに食べ応えある揚げ物だったっけ。衣も旨いんだけど、何よりもジャガイモの味がしっかりする。ほくほくだし、たまに口の中でころっと挽き肉と一緒に崩れてる感じがたまらない。うすっぺらいべちゃべちゃジャガイモにダブルスコアで余裕の試合結果だ。

 とはいえ、揚げ物だから油っぽさは口に残る。ここで登場するのが冷奴なんだが……こいつには、これだ。お搾りに水気を切ってから、えいやっとポン酢を回しかける。角のところを箸で少しだけ切り取って、ちびっと一口食べる。

 

 ――神様仏様、冷奴様。ありがとうございます。

 

 この絶妙な冷たさと、ポン酢と豆腐のさっぱりさ。疲れが全部吹っ飛ぶ気がする。食欲がもりもり沸いてきた。

 コロッケ、目玉焼きご飯、味噌汁。ご飯、味噌汁、コロッケ、冷奴。漬物、ご飯。なんだか忙しい。でも、いの食べるのに忙しいってことが嬉しい。食べることは生きることだ。俺は今、猛烈に生きている。

 結局、皿は1つ残らずあっというまに空になってしまった。

 

 

 

 

「ありがとねー」

 

 おばちゃんの気さくな声を背中で聞きながら店を出る。早起きして仕事した昼過ぎなのに、ぐっすり寝た朝のような爽快な気分だ。銭湯&食堂パワー、恐るべし。

 晩飯はたまごかけご飯かなあ。

 

 

 

 

 その後、仕事で訪れた温泉宿であの銭湯で会ったギリシャ系の男が働いてるのを見かけるのだが……それはまた別の話だ。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
今回は『テルマエ・ロマエ』から主人公ルシウスです。直接登場はしてませんが。笑
ちなみに原作漫画です。個人的にはルシウスが日本に来ちゃうのや映画はなかったことにしたい派です。出版社の儲け主義引き伸ばしの餌食になっちゃった感じ。勿論異論は多々あるでしょうが。。
感想お待ちしております。

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